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『ツラナミ 』
ツラナミaa1426

 この世界が蝕まれるよりも随分と前の、この国が最も輝いていた時代。
 その片隅に埋もれながら今も息づく、小さな物語。

 一人の少年がいた。
 中流――と言っても好景気の恩恵を余す事なく受けた両親の元に生まれ育ち、ごくありふれた、豊かな日々を送っていた。
 少なくとも関わり合いのない者の目には、そう映った。
 だが、その瞳には子供らしい輝きが宿っていなかった。
 それどころか滅多に笑わず、感情を顕わにする事もなく、無欲で、冷めていて、友達もいなくて。
 だから、家の外ではいつもひとりぼっちだった。
 道を歩いている時も、公園に佇んでいる時も、誰かと肩を並べるところを見た者はいなかった。
 にも関わらず、少年は常に青痣や切り傷を負っていた。
 誰も気づかなかったとも、気に留めなかったとも、手を差し伸べなかったとも言わない。
 しかし、心から少年の事を想い、その姿が物語る出来事にまで踏み込みはしなかった。
 父や母でさえも。

 なぜなら、人間味が薄いのも、生傷が絶えないのも、父と母によるものだから。

 家に帰ると、決まってお酒と煙草の匂いが鼻につく。
 そして――ほら、罵声が飛び交う。ほら、食器が飛び交う。
 なにが原因なのかは判然としない。
 ただ、そうしたいからそうしているのだろうと子供心に思った。
 不和、破壊、悲鳴、異臭、怒号、不義、暴力、苦痛、嗚咽、激情、不快――殺気。
 二人の暴力は、しばしば家財道具を傷め、家屋の寿命を削り、少年に痛みを齎した。
 それがこの家庭にある全てだった。
 それが少年にとっての家族だった。
 テレビや本、家の外にいる大人達が聞かせてくれた家族とは、あまりにもかけ離れていた。
 隣近所からもこのような音は聞こえてこないし、静まり返ってさえいた。
 以上を以って、少年の中に“ある意識”が芽生え、密やかに育まれつつあった。
 やがて六歳を迎えた頃、少年は生まれて初めて手紙というものをしたためた。
 古い女神と同じ名に宛てた封筒を赤いポストに投函する事なく、直接届けるつもりなのか自ら携え、どこかへ出かけていった。

 数日後、父と母はこの世を去った。

 少年が願い、手紙に書いた内容そのままの結果だった。
 もしも誰かに理由を尋ねられたなら、彼は味気ない顔でこう答えただろう。
 二人とも周囲に暴力と罵声を振りまく「“よくないもの”だったから」――と。
 事故とも他殺ともつかない夫婦の急逝は報じられこそしたものの、世間を賑わせる事なく、すぐに他の派手なニュースの陰に埋もれていった。

 * * *

 それから更に数日後の事。
 少年は公園で、ぼんやりとブランコに揺られていた。
 家にいると、ケーサツや耳慣れない肩書きの大人が何人も来ては聞き取れない説明と同じ質問を何度もしてくるので、少し煩わしかったのだ。
 良く分からないが、両親があまりにも“綺麗”に亡くなったので、逆に不審に思われているらしかった。
 なにしろ何の痕跡も残されておらず、目撃者もいない。
 前後に関わりのあった人物と言えば少年ぐらいのものだから仕方ないのだろうが、いくら聞かれたところで答えが変わる筈もないのに。
 息をついて、公園内をそれとなく見回す。
 時折顔見知りの親子が通りかかっては、自分を認めるなり足早に逃げ去って行った。
 少年は気にしなかったが、それを見かけるたびに頭の回転が鈍るような錯覚を覚えた。

「――“お願い”、確かに叶えましたよ」

「?」
 不意に、後ろから声をかけられた。
 少年が揺動を気にしがちに振り向くと、そこには大人の女性が一人いて、笑みを湛えていた。
 彼女がゆったりと側面に回り込むので、少年もブランコを止めて、きちんと相手に向き直った。
 初対面だが、誰なのかは分かっていたから。
 相手にとってもそれは同じであるらしかった。
「これからどうするのですか」
 女性は笑顔の割には抑揚のない声で、そう尋ねた。
「……シセツに、あずけられるって」
 それは家に来た大人達から辛うじて聞き取り理解に及んだ、数少ない事項だった。
 彼女は「そう」と気のない声で返し、すぐに会話は途絶した。
「…………」
「……あまり気が乗らないみたいですね」
 やがて沈黙を破ったのも、また女性の方だった。
 気遣いげな言葉を柔和な笑みで、けれど無味に紡ぐ様が実に奇妙だ。
 少年としては、自分でもよく分からないというのが正直なところだった。
 気が乗らないと言われればその通りなのだろうけど、難色を示すほどの情動にかられているわけでもない。
「なにか、やりたい事でもあるのかしら」
 ――やりたいこと?
 女性の独り言じみた問いかけに、ほんの少し少年の心が揺れる。
 一度も言葉にした事のないそれは、しかしずっと前から宿っていた、夢。
 誰の為にもなりはしない有害な二親という反面教師が居ればこそ培われた、己への願い。

「ぼくは――“だれかのためのもの”に……なりたい、です」

 声に出すのだって初めてだ。
「…………そう」
 女性はどこか含みのある間を挟んで相槌を打つと、相変わらず笑顔を貼り付けたまま、しばし押し黙った。
 少年は漠然とそんなものだろうと思っていた。
 こんな曖昧な夢を聞かされたら、普通大人は正そうとするか適当にあしらうに違いない。
 これまでの経験から、そう決めてかかっていた。
 だが、次の瞬間彼女が口にしたのは、少年にとって思いもよらぬ“提案”だった。

「誰かの為のものになりたいのなら……――私と来ますか?」

「…………!」
「私は“誰かの為の道具(もの)”として、“お願い”を聞いています。貴方の夢と同じ……かどうかは、分かりませんけれど」
「…………」
 目を見開く少年に更なる言葉を添えて、女性はじっと答えを待つ。
 果たして、少年は――戸惑いがちに――とうとう頷いてしまった。
「本当によろしいのですね」
 彼女は気持ち小声で、最終確認をした。
「……はい」
 幼い少年には断る理由が見当たらなかった。
 事実この女性は少年の願いを聞き届け、完遂してみせたのだから。
 そしてそれは、他の願いに対してもそうだったのだろうから。
「分かりました。では、今日から貴方が“ツラナミ”さんです」
 女性――ツラナミであった人物は、少年に手を差し伸べた。
「私の事は“先生”とでも呼んでください」
 決して他者に向けたものではない、“ただの笑顔”を絶やさぬまま。
 ツラナミはその手を握り返すと、行儀良くも抑揚のない声で応えた。

「はい、先生」


 この日、両親を失ったばかりの少年が行方不明となった。
 不審な出来事が相次いだ事で、地元では一過的に様々な憶測が飛び交ったが程なく自然消滅し、この出来事もまた時代の陰に埋もれて、忘れ去られた。
 ましてや彼が“ツラナミ”を襲名し、人殺しを生業とするようになった事など。
 少年が“誰かの為の道具(もの)”となった事など。

 誰も知らない。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1426 / ツラナミ / 男性 / 47歳(本文中は6歳) / エージェント】
【NPC / 先代ツラナミ / 女性 / ? / 先生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お世話になっております。藤たくみです。
 お名前についてはずっと以前から「おや?」と思っておりましたので、今回このような形でルーツをお任せいただき嬉しく思います。
 また、久しぶりに地下的な領域に纏わるお話を手掛ける事となったのも相俟って、とても楽しく筆を執らせていただきました。
 お気に召しましたら幸いです。
 ご指名ありがとうございました。
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2017年01月05日

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