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『導は未だなお遠けれど。 』
クレア=Ika3020)&ジェシー=アルカナka5880

 星の灯りは存分にあれども、新月の空はやはりどこか、暗い。そんな月のない暗い夜空を窓ごしに見上げ、ジェシー=アルカナ(ka5880)は小さく、だが重い溜息を吐いた。
 こんな夜はいつものように、上司であるクレア=I(ka3020)は部屋に篭ったままだ。そうして、そんな上司が心配でジェシーが寝るに寝れないのもまた、いつもの事。
 月のない夜空から部屋の中へ――その向こうにあるクレアの部屋までをも見透かすように、眼差しを巡らせジェシーはまた、吐息を漏らした。

「クレアちゃん、大丈夫かしら……」

 見えぬ姿を見つめてそう、呟きはすれどジェシーはそこから動かない。――どうしても、動けない。
 だってジェシーはすでに1度、不用意に動いて失敗しているのだ。こんな風に月のない、新月の夜に。
 あれはまだ彼女のトラウマを知らなかった夜の、殴りたい程に愚かな自分の過ち。それはきっと、どうしようもなく仕方のないことなのだけれども、それでも未だにジェシーはあの夜の自分が、どうしたって許せそうにない。
 ――あの夜、クレアは重体を負っていて、それだというのに治療もろくにせず、そのまま部屋に篭ろうとしたのだ。だからジェシーはついそんな彼女を案じ、ちゃんと治療しろと怒鳴りつけてしまったのである。
 とはいえその行動自体は、本来なら部下としても、親しい人間としてもきっと、間違ってはいないハズだ。だからこれが他の誰かであれば、あるいは『あんなこと』にならなければジェシーだって、恐らくこれほどに後悔はしていない。
 それでも――ぎゅっ、と手を拳に握りしめ、ジェシーはまた眼差しを窓の外へと向けた。そこに在るはずもない月を、挑むように睨み付ける。
 あの日、思わずクレアを素の男性口調で怒鳴ってしまったジェシーに、彼女は本気の涙を流した。全力で、ジェシーを拒絶した。
 そんな彼女の姿に、どうしようもなく傷つけてしまったのだとわからないはずは、なくて。だから、逃げるように自室へと駆け戻っていく彼女をただ、見送ることしか出来なくて……
 あれ以来ジェシーは、幾ら時が過ぎて行ったとしても新月の晩だけは、クレアにどう接していいか判らないままだ。そうして新月の空に必ず思い出す――思い出さずには居られない、あの夜の後悔をただ胸に抱きしめ、心の痛みに惑ってばかりいる。

(せめて、部屋の前まで様子を見に行こうかしら……?)

 これまでにも何度か考えたことを、今夜もまた考えて、ダメ、とジェシーは小さく首を振った。それがまたクレアを傷つけることになってしまったら、そう思うだけでジェシーの足はすくんでしまう。

 今のジェシーはただ、クレアを意図せず傷つけてしまうのが、怖くてたまらないのだ――





 自室でベッドの上に膝を抱えてうずくまり、クレアはもう幾度目とも知れないため息を零していた。こうしていても何も変わりはしないのだと、頭では嫌というほど解っているのに、その先の一歩を踏み出す勇気がどうしても持てずにいる。
 思い出してしまうのはあの夜。部下であり、友人のような存在でもあるジェシーを、これ以上なく傷つけてしまったあの日。
 日頃からクレアの小さな変化にだって気付いてしまう彼だから、クレアは上司として心配をかけまいと、ジェシーの前ではいつも微笑んでみせていた。――普段なら、それが出来ていたのだ。
 でもあの日は、陳腐な言葉で言ってしまえばただひたすらにタイミング悪く、幾つもの不幸な出来事が重なってしまって。そんな風に自分を装う余裕など、どこにも残ってはいなくて。
 それはまず、失った恐怖――新月の夜に思い出してしまう、歪虚から庇ってくれた母の死。幾ら時を経ようとも今なお鮮やかに蘇る、月のない夜空の下で見た歪虚の姿と動かなくなった母。
 そこに重なったのは、心の拒絶――男性の怒鳴り声で思い出してしまう、暴行されて恐怖から刺殺してしまった父の死。最期に向けられた父の顔は、恨みに歪んではいなかっただろうか。
 そんな過去が不幸にも、あの日の状況に重なってしまった。ゆえに、すっかり平静を失ってしまったクレアには、普段なら受け流せる怒鳴り声が、あの瞬間だけは父その人が蘇ってクレアを怒鳴りつけているかの様に感じられてしまったのだ。
 だから――

『……ッ、嫌……ッ!』

 思わず目の前のすべてを全身で拒絶して、そのまま後も振り返らず逃げ出した。そうして自分の心を守るため、自室のベッドで布団にくるまり過ごした翌朝、ようやく落ち着いたクレアはやっと、自分を案じてくれたジェシーを一方的に傷つけてしまった、と気付いて。
 けれど同時に、もはや謝るべきタイミングを完全に逃してしまった事も、理解せずにはいられなかった。だから、それでもこのままではいけないと、思いながらもそのまま無情に時は過ぎ。
 もうあれから何度目の夜明けが過ぎていったのか、クレアにはもう判らない。判っているのはただ、日に日に強くなる、ジェシーにあの夜のことを、クレアの取ってしまった態度を謝らなければならない、という想いだけ。
 でも――

(ごめんなさい)

 心の中だけで呟いて、クレアは抱えた膝に顔を埋める。ぎゅッ、と小さく全身を縮こめて、自分自身を守るように、膝を抱える腕に力を込める。
 謝りたいと願う、その気持ちに嘘は一欠片だって混じってやしない。けれど、1度逃してしまったタイミングをもう1度掴み直すのは酷く難しい。
 だから、いつかこの気持ちを、想いを、――後悔をきちんとクレア自身の言葉にできる日まで。

 どうかもう少しだけ、時間を頂戴。





 窓から見える空が明るくなり始め、朝の気配が澄んだ空気に満ちて来た頃。ようやく忍び出るように部屋を出たクレアは、辺りに漂う紅茶の良い薫りに気付き、そっと微笑んだ。
 それが誰の手によるものなのか、すぐに解った――だってこんな朝はいつも『彼』が取って置きの紅茶を淹れて、自分を待ってくれている。きっと今朝もまた同じように、『彼』が紅茶を淹れてくれたのだろう。
 そう、予感と呼ぶにはあまりに陳腐な予想に従って、歩き出したクレアが辿り着いた先では案の定、ジェシーが彼女を待っていた。もっとも、おはよう、とクレアに笑いかけた表情からは少なくとも、わざわざクレアを待っていた素振りは見つけられなかったけれども。
 あくまで『いつも通り』を装うように、ジェシーが暖かな湯気を立てるポットをテーブルに置きながら、言った。

「紅茶を淹れたけど、一緒に飲まない?」

 そう、笑ってクレアを促すテーブルの上には彼の言葉通り、今まさに琥珀色のお茶を注いだティーカップがある。――結局あのまま眠れなかったから、同じくそうであろうクレアの為に用意したのだとは、おくびにも出さない。
 そんな風に『いつも通り』を装いウィンクしてみせたジェシーの言葉に、どこかほっとして『いつも通り』にクレアが微笑んだ。

「――ええ。貰うわ」

 そう、頷いてかたんと椅子を引きテーブルに座るクレアの、だが笑みを見たジェシーは内心、やっぱり、と吐息を零した。やはりクレアもまた、眠れぬ夜を過ごしたのだ。
 いくら表面上は『いつも通り』だったとしても、ジェシーとクレアは、普段の笑顔の違いで疲れや無理をしているのが分かるくらいの付き合いだ、と自負している。だからこそ、それが本当の『いつも通り』ではなく装っているだけだと判ってしまった。
 でも。そんな、クレアの心の奥底に押し隠された心情に気付いても、ジェシーにはまだそこに踏み込めはしない。まだ、それだけの勇気も資格もありはしない。
 だから、結局。

(あたしに出来るのはこれだけなのよね)

 諦めと、それから悔しさと共に、ジェシーは己の立ち位置を自覚する。自分に出来ることは、出来ると自分に許せることはただ、こうして眠れぬ夜を過ごした新月の翌朝に、クレアを迎えてとびきりの紅茶を淹れる事だけ。
 それは無力を噛み締めるようで、自分が無力であることを許すようで、正直を言えばあまり愉快な感情ではない。それでも、あんな風にクレアを泣かせるよりは遥かにマシだから。
 新しい茶葉をお湯で躍らせながら、努めて他愛のない出来事を話すジェシーの背中に、クレアは無言で感謝の眼差しを注いだ。――ジェシーが案じてくれて居ることに、本当は気付かれていることに、クレアだってまったく気付いていない訳じゃない。
 でも、こうして紅茶の薫りに誘われて普段通りに微笑む事しか、今の彼女にはまだ出来ないのだ。上司として情けないし、すっかりジェシーの好意に甘えてしまっているとも自覚してはいるけれど。
 ――それでも、そんな彼のおかげでクレアがどんなに助かっているのかは、いつか伝えられたら良いと、願う。特にこんな夜明けの紅茶は、クレアに日常を感じさせてくれるから、ひどく安心するのだと。
 カタン、とクレアの前に新たなティーカップが置かれる。そっと持ち上げてひと口含めば、馥郁とした薫りと柔らかな紅茶の味が、身体いっぱいに広がっていく。
 その薫りと暖かさに、すべてが溶け出していくような心地を覚えて、ほぅ、とクレアは安堵の息を吐いた。ジェシーが淹れてくれた紅茶なら、一口飲めば絶対に解ると断言出来るくらい、クレアは彼の紅茶を愛している。
 そんな風に賛辞を向ければ、ジェシーが嬉しそうに、そして得意そうに笑ってみせた。――もうずいぶんと『いつも通り』に戻ってきた、とそんなやり取りにまた安堵する。

 それでも、いつか、きっと。

 互いにそんな想いを胸に秘めながらも、表面上は『いつも通り』を振る舞い続けるしか出来ない2人を、夜明けの月だけが窓からそっと見守っているようだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 / 職 業 】
 ka3020  /   クレア=I   / 女  / 20  / 猟撃士
 ka5880  / ジェシー=アルカナ / 男  / 28  / 格闘士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご指名頂きましてありがとうございました。

親しきお2人それぞれの痛みの夜の物語、如何でしたでしょうか。
お任せ頂いたご好意にすっかり甘え、色々と暴走してしまったような気がしてなりません。
今は踏み出せない一歩をいつか、踏み出せる日が来れば良いと、心から思いながら紡がせて頂きました。
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にリテイクをお申し付けくださいませ(土下座

お2人のイメージ通りの、互いに痛む過去を抱きながら薄氷を踏むノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
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蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年01月06日

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