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『月の雫、導く光 』
不破 雫ja1894)&不破 十六夜jb6122


 久遠ヶ原学園。中等部校舎の裏手。
「えっ。筧さん、どういうこと?」
 連絡を受けた不破 十六夜は、大きな目を更に見開いた。
 通話相手は、学園卒業生でフリーランス撃退士をしている筧 鷹政。
 十六夜は以前、生き別れの姉の所在について鷹政へ依頼をしていた。
 厳密には同行した依頼の縁で持ち掛けた『頼み事』に近いけれど。
 それがようやく、心当たりが見つかったのだという。
 会うにあたって、姉との思い出の品や手掛かりになるものを持ってきてほしい、鷹政は十六夜へそう要請したのだ。
『急に『姉妹です』といわれても、わからないかもしれないんだ』
「わからない……」
 十六夜は、呆然として繰り返した。
 双子なのに、わからない? そんなことってあるんだろうか。
(別れてから何年も経つんだよね、仕方ないのかな……。でも)
『それじゃあ、一週間後に。俺から学園へ行くよ』
 通話が終わっても、十六夜はしばらくその場から動けずにいた。




 珍しい人に呼び出された。
 雫は怪訝な顔で、中等部校舎を迷うことなく歩き進む男の背を見つめる。
「依頼の斡旋、ではないんですよね?」
「うん、俺から個人的なお話があってさ」
「……筧さん……恋人ができたと聞いて安心していましたが、やはりロリk」
「違うから。そういうのじゃないから」
 鷹政は振り返らないが、声は笑っている。だからと言って、雫の疑念は晴れない。
 やがて辿りついたのは――

 進路指導室。

 雫の顔が、露骨に引き攣る。
「まーまーまー 待ってる人が居るんで! 俺のことは空気だと思って!!」
「……待ってる?」
「そう。俺の依頼人。雫さんと会ってほしいんだ」
「…………」
 少女は警戒したまま、引き戸に手を掛けた。

「……お姉ちゃん!!」

 出迎えたのは、全く予想もしない呼称だった。




「お姉ちゃん……よかった、やっと会えた!!」
「どういうことですか?」
「ボクだよ、十六夜だよ!! えっとね、思い出のモノとか用意してきてるの、こっちに来て!!」
「…………筧さん、これは?」
 雫は、抱きつこうとしてくる黒髪の少女を片手で防ぎながら鷹政を見上げた。が、穏やかな表情が返るばかり。
「『生き別れのお姉さん』を探して、久遠ヶ原へやってきた不和 十六夜さん。話だけでも聞いてみてよ」
「……生き別れ……、姉妹……?」
 雫には過去の記憶が無い。幼少の頃に天魔に襲われた影響と思われる。『雫』という名のみが確かで、他の家族の存在も姓も覚えていない。
 覚醒したアウルだけを頼りに久遠ヶ原へ辿りついた。天涯孤独だと、思ってきた。
 虚を突かれ、十六夜にグイグイと腕を引かれて部屋の奥へと引っ張り込まれてしまう。
(十六夜さん……、何度か依頼で一緒になった覚えはありますが……)
 見覚えがある。雫にとって、その程度の印象だ。それが急に、どうして?
「この写真、七五三の時だよ。覚えてない?」
 瓜二つの少女が二人、着物姿で並んでいる。……二人とも楽しそうに笑っている。
 雫は、こんな風に笑ったことがない。
 記憶を喪う前と言われたところでピンとこない。
「それとね……この刀なんだけど。家に伝わるものなんだ」
 その反応に少しだけ寂しそうな顔をして、十六夜はテーブルの下から一振りの刀を取り出した。
「……『月詠』?」
「よく似てるでしょ。対の刀だよ」
 『月詠』、月光の如き輝きの刀。雫が記憶を失う以前から持っていた唯一の品である。
 ある歌の『上の句』が彫りこまれているのだが――
「ね?」
 十六夜が持ち込んだ刀には、『下の句』が彫りこんであった。
「…………」
 これでどうだ!
 胸を張る十六夜に対し、雫の表情は曇ったまま。
「お姉ちゃん……」
 十六夜は唇をかみしめた。泣きそうになるのを、ぐっとこらえる。
(ほんとうに……本当に、忘れちゃってるんだ)
 こうして向き合って、瞳を覗きこんで、十六夜は確信を得たというのに。
 鏡合わせのような二人なのに、思いは未だ、一方通行だなんて。
「体に擦りこまれたものは記憶を喪っても消えないと思うんだ。ちょっと待ってて。ボクが実家の味を再現してあげる!」
「それは待とうか、十六夜さん!?」
 実家の味は知らないが、十六夜の振舞う料理の味を知っている鷹政が血相を変えて止めに掛かる。
「だって、だって……これ以上、どうしたら思い出してくれるの?」
「うっ」
 十六夜が黒い瞳に大粒の涙を浮かべて見上げるものだから、鷹政はたじろぐ。
 そこへ雫が冷静に言葉を挟んだ。
「どうしてそこまで、こだわるのですか?」
 記憶。血縁。喪っても、雫は久遠ヶ原で新たな絆を結ぶことができた。生き抜いてこれた。
 喪う前の存在が、今になって必要とも思わなかった。
「そんなこと言わないでよ……。『家』を継げるのはお姉ちゃんだけだし、みんな探してたんだよ」
 姉が見つからなければ、古流剣術を受け継ぐ不破の家は、いつか十六夜が当主となる。
 自身の実力と適正から不安があると、かつて十六夜は鷹政に零していた。
「思い出して。一緒に帰ろう? 家を継ぐとかは今すぐじゃなくていいよ。だけど、お願い、否定しないで」
 十六夜の小さな手が、雫の両手をぎゅっと握る。溢れ落ちる涙が降りかかる。
「待っててね、簡単なモノ作ってくるから!」
「あっ」
「あっ」
 二人が一瞬ひるんだところで、十六夜はサッと部屋を抜けていってしまった。
「……筧さん、どうするんですか?」
「……どうしよう、ね。調理室だとは思うけど」
 強引に止めに向かう?
 知らぬ顔をして、帰ってしまう?
「仕方ありませんね」
 どちらを選ぶ気にもなれなかった。雫は、深く深く息を吐く。
「待ちましょう、少しお腹も空いてきました。思い出しようもないことですが、それで十六夜さんの気が晴れるのなら付きあいます」
 思い出の品を広げられたテーブルを前にして、雫はソファへ体を沈めた。




 ややあって、十六夜が揚々と戻ってきた。
「お待たせ! 秘伝のクリームシチューだよ!!」
 その手には土鍋。スペースを空けられたテーブルの中央にドドンと置く。
「……クリームシチュー」
 蓋を開けると、液体が赤く煮えたぎっていた。雫は死んだ魚の目で呟く。
「ボク流にちょーっとアレンジしてるけど! 食べてみてよ」
「どうぞ」
「雫さん? なんで俺の分まで?」
「鍋とは分かち合うものとどこかで聞きました。遠慮はいりません」
「そうそう! 筧さんも一緒に食べよう?」
 十六夜に悪気はない。雫には厭な予感しかない。
 押し切られ、鷹政は取り分けられた器を受け取った。

 ……、…………、

 雫が、スプーンを口へ運ぶ。
 その刹那、赤い瞳に光が宿った。銀の髪が殺気でフワリと広がる。
 器が手から落ち、床へ着くその前に大剣を顕現し神速で振り抜いた。
「――えっ」
「私を毒殺しようとは……その度胸は認めます」
 十六夜の眼前へ刃を突きつけ、氷点下の声で雫は言い放つ。
「まあ、軽く命の危険を感じる味付けではあるよね」
 雫が落とした器を咄嗟に拾い上げた鷹政もまた、涙目であった。 



 雫が繰り出す攻撃を、烙印の力を借りながらギリギリで十六夜は回避する。
「っっ、おとなしく目的を明かしなさい、暗殺者!!」
「暗殺ぅううう!? 渾身のクリームシチューに対して酷いよ、お姉ちゃん」
「私の知るクリームシチューは白です」
「見た目に惑わされないで、大事なのは味でしょー!」
 避けられた刃は壁に備え付けられた棚を、上から下へと斜めに切り崩した。
「その味が酷いから言ってるんです。貴方、自覚が無いんですか?」
「味見してるったら。お姉ちゃんこそ、舌がおかしいんじゃない!?」
「自分の能力を棚上げしての言い様、感心しませんね……!」
「のっ…… そ、そりゃあ、ボクはお姉ちゃんに敵わないよ! それでも一生懸命やってるんだよ!」
 話題は戦闘能力ではなかったはずだが、雫の言葉が十六夜にも火をつけた。
 逃げの一手だった十六夜が応戦の構えを見せる。
「見せてあげる、今のボクの力!!」
 壁を蹴りつけ、十六夜はアイビーウィップを振るう!
「その程度ですか!」
 アウルで象られた植物の鞭は、飾られていた壺を割り天井の蛍光灯を落とし雫の手首を絡めとるも、他方の手で引きちぎられる。
「まだまだ!」
「遅い!」
 
 攻撃する、物が壊れる、
 回避する、壁に穴が開く、
 言い争う、火に油。

 二人の応酬を、時に崩れ落ちる天井から避難しつつ鷹政は見守っていた。
(生き生きしてるなぁ、二人とも……)
 壮大な姉妹喧嘩であるが、ギリギリで相手へ致命傷を与えない加減は絶妙なコンビネーションとも言える。
「はいはい、二人ともその辺で……」

「でも、胸の大きさはボクの方が勝ってるけどね!!!」

 十六夜、全力で地雷を踏み抜いた。



「血縁かどうかはわかりませんが……今後、定期的に両親たちと会う。それでいいですか、十六夜?」
「うん……充分だよ。ありがとう、お姉ちゃん」
 ボク、ここで死ぬのかな。
 渾身の一撃を受けた十六夜はそんな覚悟をしたが、重体ギリギリラインでダメージは留められ、我に返った雫がヒールで癒してくれた。
 十六夜に根負けする形で雫が妥協案を提示すると、今度こそ十六夜は雫に抱きついた。
「せっかく作ったシチュー、粉々になっちゃったから……街で何か食べようか、お姉ちゃん」
「それは良いですね。……猫カフェとか、どうですか? 動物が嫌いじゃなければ」
「猫っ? う、うー……お姉ちゃん、好きなの?」
「そうですね……。何故か怯えられてしまうんですが」
「ボクはね、小さい時に大きなのに飛びかかられてからちょっと苦手なんだ……。だけど、どうしてか寄ってくるんだよね……」
「自慢ですか」
「違うよ! もーー。お姉ちゃんと一緒なら平気ってこと! 行こうよ、猫カフェ!」

 シチューが粉々、とは。
 会話の初手でツッコミを入れ損ねた鷹政は、崩壊した進路指導室から出てゆこうとする姉妹へ言葉を掛けあぐねていた。
「あっ、筧さん!」
 そこで、くるりと十六夜が振り返る。
「今回は本当にありがとう!」
「ああ、いや。良かったよ。二人とも仲良くね」
「それじゃあ、オプションで部屋の片づけはよろしくね!」
「アフターサービスも万全とは、フリーランスの仕事は細やかですね。お疲れ様です」
「……そうだね。うん。猫カフェいってらっしゃーい」
 十六夜と肩を並べる雫の表情が、普段より少しだけ柔らかで。
 11歳という年相応に感じられて。
 そんな姿を、鷹政は初めて見た気がしたのだ。
(うん、良かった)
 互いの欠けたピースがカチリと嵌るような姉妹を見送り、卒業生は部屋の片づけと反省文を書くべく大きく伸びをした。




【月の雫、導く光 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1894 /   雫   / 女 / 11歳 / 姉 】
【jb6122 /不破 十六夜/ 女 / 11歳 / 妹 】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 32歳 / 仲介人 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
ニアミスの続いていた姉妹の再会をお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年01月10日

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