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『ヒトのモト 』
海原・みなも1252



 ――ここは何処?

 夢か現かと問われれば、
「その間」
 とあたしは答える。
 ここは海の広がる内面世界。
 この海は氷が張るように冷たくもなれば、胎内のように生温くもなる。
 いずれにしても海はカタチを変えながら、意識の隅に流れ着いたあたしを手招きする。
 無邪気な子供を誘うみたいに。


 ここにあたしはいるけど、足はなかった。
 足は、溶けていた。
 両足が太ももの所から混じり合って、一つの大きな肌色のカタマリになっていた。
(さっきまで足だった気がするけど)
(どうしてこんな姿に?)
 己に問いかけてはみたけど、驚いてはいなかった。心の底では分かっていた。

 あたしは少し前に、こう思った。
(人魚がヒトの始まりだったら、どんな感じなんだろう)
 ――理科の授業で進化の話を聞いたからだった。
 ヒトは霊長類から進化したそうだ。
 だけど、昔は色んな説があったらしい。ヒトは恐竜から進化したと言う人もいれば、魚から進化したなどと唱える人まで……。
(もしも、人魚からヒトが生まれたのだとしたら?)
 ヒトが還っていく先が、人魚であるなら。
 人魚はどんな生き物になるだろうか。
 おとぎ話に出て来るような姿ではないだろうと思った。
 人間に憧れるような、弱い存在ではありえない。
 もっと力強く、大きく、命が震え出すようなおどろおどろしいモノだった筈だ。

 下を見れば、足が、なかった。
 ぐるぐる回る、意識の海の底へとあたしは呑まれていく。
 生々しい肌色の下半身から、透き通った蒼色の鱗が生えてきた。
 鱗たちは幾つも幾つも、メリメリと肌を突き破って顔を出すのだ。
 最後の一枚まで鱗が出ると、それらは一斉に身を震わせた。まるで穢れを払うように。
 鱗の生えた場所は、一つ一つが、細い針を刺されたように痛かった。
 風船になったような気分だった。膨らみ過ぎて、小さな穴をたくさん開けられる、あたしという風船……。

 あたしは呻いた。
 叫びもした。
 口の中に、生温かな海が流れ込んできた。
 舌先に絡まった海のしっぽは、しょっぱかったけど、苦しくはなかった。
(当たり前のことよね)
(あたしは人魚なのだから)
 もがいている身体とは裏腹に、あたしの意識は冷静だった。
 そして残酷だった。

 半透明の蒼い鱗は花が咲くように開いていった。
 音なく広がっていくあたしの尾鰭。
 幾重もの花びらが折り重なるようにして、命が開く。
 膨張していく尾鰭と、渦を巻く海の咆哮。
 それをあたしの意識が冷たく眺めていた。

 深く深く、落ちていく中で、あたしの指先が舞った。
 そこには黒ずんだ水掻きがあった。
 海の声を聞く耳には、大きな鰭が生えていた。
 ――あたしは、弓のように身体を反らせる。
 上半身も膨らみ続けていた。
 大きくなる場所と、そうじゃない所があって、ぐんにゃりと歪んで膨らんでいくあたしの身体。
(萎んだりしないの?)
(ねえ、ねえ。こんなに膨らんで、萎んだりしないの?)
 悪戯っ子のように繰り返して、あたしの心が騒いでいる。
(馬鹿言わないで。萎んでしまったら、死んでしまうの。あたしの身体なのに)
(あたしの身体だけど、あたしだけのモノじゃないわ。ヒトのモトなのよ。死んだって仕方がないじゃない。淘汰されただけ)
 ああやっぱり、あたしの意識は残酷だ。

 あたしの身体は落ちていく。
 海の底へ。
 鱗の花を開きながら。
 膨らみ続けるカタマリの中で、そこだけが美しく。
 穢れた海とくすんだ身体の中で、そこだけが蒼く輝いて。
 開かれた鱗の隙間から、透明な粘液が流れ出ていた。
 粘液は生温かな海をゆっくりと侵していった。


 あたしは、落ちて、落ちて、落ちて。

 ――特に問題はないと思う。
 ここは夢と現の間だから。



終。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
佐野麻雪 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年01月10日

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