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『郷に入れば郷に従え 』
バルタサール・デル・レイaa4199)&紫苑aa4199hero001

 バルタサール・デル・レイ(aa4199)はメキシコ人である。

 二〇一六年を日本にて過ごした彼は故郷の年末年始をふと思い返す。あそこの年末年始は正月というよりも、ずっとクリスマスが続いているような感じだった。とはいえ、クリスマス――神の誕生日を祝う気にはなれなかった。なぜならばバルタサールは神など信じていなかったからだ。
 そんなバルタサールが唯一信じているものがある。金だ。だからかつてのバルタサールは、年末年始を自らの「宗教」に従って過ごしていた――とリリカルに言えば映画のように格好が付くが、所詮は犯罪での金稼ぎである。

 まぁH.O.P.E.のエージェントとなった以上、もうそういうのからは足を洗った。というか今もやっていたらヴィラン扱いされてブタ箱送りである。というわけで、H.O.P.E.自体も年末年始はあんまり依頼もなさそうで……探せばあるのだろうが、わざわざ探すのも億劫で……まあ寝正月にでもするか。そんな結論で落ち着いた。

 が。

「暇」
 それは二〇一六年十二月三十一日の出来事であった。バルタサールの自宅部屋に、彼の英雄である紫苑(aa4199hero001)の声が響く。
「暇」
 机に突っ伏したままの紫苑の声を、ベッドに寝そべって漫然とテレビを点けっ放しにしていたバルタサールは聞き流す。年末めいたバラエティが意味もなく流れ、意味もなく笑い声が響く。ぴちょん、とキッチンの蛇口から水が一滴したたった。淀むような昼下がり、電気を点けるほどではないが少し暗い室内。今日は遠くから工事の音も聞こえない。
「暇。暇。暇なんだけどー」
「さっきからうるせぇな……」
 流石に毎分単位で言われてはバルタサールも上体を起こした。雅な風貌の英雄と目が合う。瞬間。
「大掃除しない?」
 まるで突拍子のない一言だった。「は?」と思わず聞き返すバルタサール。その間にも紫苑は立ち上がっていて、掃除機やら、雑巾代わりの古いタオルやらを取り出していて。
「しよ、大掃除」
 こうなったらテコでもNOと言わない存在であることを、バルタサールは知っていた。というかいつの間にやら雑巾を手渡されていた。溜息を吐いた。

「掃除っつったって別に汚れてないだろうが……」
 ブツクサ言いながらも窓を拭くバルタサール。今まで雑用は組織の下っ端にやらせていたものだ。彼の言う通り、今の住まいには生活に必要な最低限のものしか置いていない。つまりは整理整頓やら断捨離やらの以前に殺風景なわけで、普段から掃除もそこそこやっているためにそんなに汚れてもいない。「大」とはつくが、味気ない大掃除である。ぶっちゃけ綺麗になった感動とか爽やかさとか達成感とか皆無である。

「おい、終わったぞ……」
 まもなく。溜息めいた声と共にバルタサールが紫苑の方へと振り返れば。彼はバルタサールのスマートホンをいじっているではないか。
「……。スマホで遊んでるぐらいなら手伝えよ」
「遊んでないよ?」
 ほら、と紫苑が画面を見せてくる。通販サイトだ。そして表示されていたのは、キュートでファンシーな雑貨やら家具やらインテリアやら。ちなみに、「購入済み」と表示されている。
「おい」
 お前なに勝手にやってんだオイ。そんな意味を込めたバルタサールの低い声。対する英雄は全く悪びれていない様子で笑顔を浮かべ、
「えー? だってこの家すっごく殺風景なんだもん、まるで家電があるブタ箱じゃない?」
「ブタば、……おい家賃払ってるの俺だぞ」
「きっと楽しいよー注文したのが届いたら。レイアウトは手伝ってあげるからさ」
「……」
 クーリングオフしよう。無言のまま誓うバルタサールだった。
「ねえそれよりさ、おなか空かない?」
 そんな彼に英雄が続ける。大掃除が終わって、気付けば夕暮れも過ぎていた。掃除を始めたのがもう昼下がりのいい時間だったので当然ではある。つまり腹も減ってくる。
「年越し蕎麦、食べに行こうよ」
「蕎麦ぁ? 家にあるインスタントのヌードルでいいだろ」
「いいじゃん年末ぐらい。年越し蕎麦。行こうよ行こうよ」
 ほら、と紫苑がバルタサールの背中を押す。男は面倒臭そうに溜息を吐いた。コートを引っ掴んで、自炊しないがゆえに生活感のないガランドウのキッチンを通り過ぎる……。







「寒っ……」
 十二月の最後の夜は冬らしい気温だった。防寒具を着込んだバルタサールは紫苑と共に大晦日の町の中。こんなに寒いのに屋台の立ち食い蕎麦なんて。しかも箸の文化も「すする」という文化もバルタサールには未だ慣れない。つまり蕎麦をうまく食べられない。
「美味しいねー」
 その隣で紫苑は品良く蕎麦を食べている。箸も使えるし麺もすすれる。屋台は結構、繁盛していて、別の席から陽気に酔った声が聞こえる。
「あれ? お腹いっぱい?」
 つゆまで飲み干した紫苑が、横目に未だ蕎麦と格闘中のバルタサールを見やった。しかめ面と沈黙が返答。紫苑は頬杖を突いてクスクス笑う。能力者を眺める。

 ――紫苑は、英雄である。ここではない世界から来た。
 だからこそ思う。時代や世界が違うと、人間の性質や価値観も全く異なってくる、と。けれど、本質的には同じなのかもしれない。そうとも思うのだ。
 紫苑はバルタサールの横顔を見ている。食事という生きる行為をしている人間を見ている。生まれながらのサイコパスはどの世界にも存在するが、バルタサールも紫苑自身も後天的に壊れた人間。壊れた機械や道具は修理すれば直るけれど、壊れた人間はどうなるのか?
 そう、だから、これは紫苑の暇潰しであり、遊びであり、実験である。ここの世界は、前の世界に比べてうんと自由だ。だから色々、遊んだり試してみるのも悪くない。

(暇だと、どうでもいいことを考えてしまうしね)

 ちょうど、バルタサールがようやっと蕎麦を食べ終えた。代金を払ったバルタサールがマフラーを巻き直す。
「帰るぞ、紫苑」
「え? まだだよ」
「あ?」
「除夜の鐘とー、あと初日の出も見たいかな」
「なんだと……」
「いいじゃん、行こうよ。どうせ帰って惰眠を貪るよりは有意義だよ」
 言葉終わりにはもう、紫苑は絹糸のような髪を靡かせて歩き始めてしまう。バルタサールがマフラーの中で溜息を吐きつつ、ついてくる。「自分勝手な奴め」と言わんばかりだ、そんな気持ちを煙で吐いてしまおうとバルタサールはポケットをまさぐり、煙草のケースを取り出して――
「歩き煙草はダメだよ」
「いで」
 紫苑に手の甲をつねられて。バルタサールは肩を竦める。
「お前は俺の母親か」
「こんな子に育てた覚えはありませーん」
「うるせ」
 からかうような含み笑いを聞き流し、バルタサールは仕方なく喫煙所へ向かうのであった。虚しい。
(やれやれ)
 全く良く分からない奴だ、あの英雄は。色々と面倒くさいし、嫌味ったらしいし。関係は良好、というよりも打算的である。しかし――バルタサールは煙草に火を点けつつ、思うのだ。紫苑は、今まで自分の周りにいなかったタイプである。大抵の場合、誰もがバルタサールを恐れて近寄ることはなかった。であるから、紫苑がバルタサールをおちょくって楽しむ様子には、いっそ「物好きな男だ」と感心すら抱いていた。
(何が楽しいやら……)
 紫苑の興味は尽きることを知らない。あれやこれや、今日だって。喫煙所の向こう側、紫苑がいつの間にかバルタサールのポケットから抜き出したサイフでおしるこを買っていた。

「おい」







 近所の寺社、祭られているモノすらも知らない場所で鳴る、除夜の鐘。ぼーー……ん。真冬の夜空にまた一つ、音が響く。かれこれ何度鳴ったのか、バルタサールは早々に数えるのをやめていた。
「何の意味があるんだこれ」
 寺の敷地の片隅に腰を下ろして遠巻きに眺めて、バルタサールは眉根を寄せた。
「人には百八つの煩悩があるから、その煩悩を祓うため……だって」
 その隣に座っている紫苑が答える。「煩悩?」バルタサールが不思議そうにする。
「煩悩の数は百八個なんかで足りるのか」
「さぁ? 清く正しく生きてる人はそれで足りるんじゃない?」
「どういう意味だそれは」
「さぁ? あれ? ひょっとして自意識過剰ぉ……?」
「……お前な」
「おしるこ飲む?」
「ったく、それ俺の金で買ったやつだろ」
「そうだけど、問題ある?」
「……」
 なんとまぁ。言葉はなく、バルタサールは差し出されたおしるこを受け取った。手を温めつつ、鐘を見る。寒いし、人混みが酷いし、何が楽しいやら分からない……これ以上溜息を吐くと紫苑に文句を言われそうなので、バルタサールはそのまま缶を開けた。次の瞬間、時刻は〇時、二〇一七年が味気なく訪れた。
「あー。で、次は初日の出だっけか」
 二〇一七年にバルタサールが最初に口にしたものは甘ったるいおしるこだった。そのまま、彼は言葉を続ける。
「太陽なんていつ見ても同じだろう。なんだってクソ寒い早朝に見てありがたがるんだ。まったく理解できん」
「つまらない日々に、特別感を出してメリハリつけてるんじゃない? あ。バルタサール、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「……はいはい。おい、さっきそこに自販機あったろ。コーヒー買って来い、ブラックで」
「え? やだよ自分で行きなよ面倒臭い」
「どの口で言うか……」
 新年だからと言うことを聞いてくれるかと思った自分が馬鹿だった。なんつー新年だ。バルタサールの初溜息。


 この後――紫苑が満足するまで初日の出を見て。帰宅したバルタサールは昼まで爆睡する正月を送ったのであった。



『了』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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バルタサール・デル・レイ(aa4199)/男/48歳/攻撃適性
紫苑(aa4199hero001)/男/24歳/ジャックポット
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2017年01月12日

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