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『 ■ その宝石に魂を捧ぐ ■ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

「こんな夜中に荷物を取りに、ですか?」
 夕食の後かたづけを終えリビングで人心地ついたのも束の間、ティレイラは思わずシリューナにそう聞き返していた。
「ええ、大丈夫かしら?」
 どこか申し訳なさそうに目を伏せたシリューナに慌ててティレイラはソファーから立ち上がる。
「はい! もちろんです!」
 師であり姉のような存在でもあるシリューナの頼みなのだ。文句のありよう筈もない。
 ただ。
 その、そもそもの依頼主が“姫”である事がティレイラに警戒心というか疑心を抱かせずにはおれないのだ。
 つい先日もその“姫”に頼まれごとをしてひどい目に遭ったばかりのティレイラである。何か企んでいるのかも、とは彼女ならずとも考えないでないではないだろう。相手は“あの”が付く姫なのだ一筋縄でいくとはとうてい思えない。しかもこんな夜中にだ、急ぎで荷物をここへ届けて欲しい、などと。更に付け加えるなら連絡をしてきたのは姫本人ではなく使用人だったというではないか。
 何かありそう…と思うとティレイラとしては気乗りがしない。
 とはいえ姫とはシリューナと趣味と好みが合致した謂わばシリューナの同好の士である。何か早急に見せびらかしたい逸品を手に入れただけかもしれないわけだが。
「お願いね」
 シリューナに頼まれると弱いティレイラであった。シリューナが自ら取りに行く事も出来るそれを、配達屋さんとしてティレイラに託すという事はそれだけ信頼されているという証でもある。そう考えると気乗りはしないがやる気は増した。
「行ってきます!」
 元気よく応えてティレイラは東京の片隅にあるシリューナの魔法薬屋を出ると、姫の館へ飛んだのだった。

 何度も訪れた事のある姫の館のドアベルを鳴らす。涼やかな風鈴のような音色を響かせると程なく扉が開いていつもの老婆が真新しいお仕着せ姿で顔を出した。
「お待ちしておりました」
「こんばんは、よろしくお願いします」
 下げられた頭にティレイラも頭を下げる。
 老婆に促されエントランスホールへ入った。そこには“姫”の姿はなく、代わりにカバーを被せられたオブジェのようなものが1つあるだけだ。
「こちらを運んで頂きたいのです」
 老婆はそうしてカバーをとった。
「わぁ…!」
 思わず声が漏れた。それは、オブジェが“姫”の姿にそっくりだったから、だけではない。氷のように透き通っているが氷ではなかった。繊細なガラス細工のようにも見えなくはないが、ガラス細工にしては輝度が高い。
「これ…宝石ですか?」
 光を浴びてキラキラと鮮やかな色彩の輝きを放つそれは、美しく磨き上げられた正に宝石にしか思えなかった。だが、その一方でこんな巨大な宝石があるのかとも思う。オブジェはティレイラと同じくらいの高さ、“姫”の実物大もあるのだから。
「そのように聞き及んでおります」
 ティレイラは老婆の諾の言に息を飲むようにして、まじまじと姫の宝石像を見上げた。
 宝石像は胸元で両手を握り合わせ何かを祈るように少し上を見上げて佇んでいる。
 それは硬い質感でありながら姫の柔らかく微笑む豊かな表情をそのままに宿し、足首まである長く波打つ髪はいつものように束ねられているのではなくマントのように広げられ1本1本まで忠実に再現されていた。どうやったら宝石でこのように模する事が出来るのだろう。
 これは見せびらかしたくなるのもわかる。最高の職人の最高の仕事に違いない。どれほどの年月を使って仕上げたものか。ティレイラはその宝石像が精緻に模された作り物であると信じて疑いもしなかった。
「これを運べばいいんですね?」
 ティレイラは再度確認するように尋ねた。興奮なのかそれともまた別の作用によってなのか、宝石像に伸ばす手がわずかに震えている。それほどまでに心は宝石像に奪われてしまっていたのだ。だからティレイラはこの場に姫がいない事もいつの間にか気にならなくなっていた。
「そのように言付かっております」
 深々と老婆が頭を下げた。
 ガラス細工と違って割れにくくはありそうだが、とにかく傷をつけぬよう、汚さぬよう、大切に丁重に運ばなくては。そんな使命感にティレイラは丁寧に梱包を施すと、かくて宝石像をシリューナの待つ魔法薬屋へ細心の注意を払って運んだのだった。



 ◇◆◇



 夜中に突然荷物を取りに来いと言われた時は何事かと思ったりもしたが、連絡をしてきた姫の使用人の声が心なしか切迫しているようにも感じられたので、取り急ぎティレイラに荷物を取りに行かせ、シリューナはただ待っているのも手持ちぶさたで、まったり湯船に浸かっていた。
 姫の荷物とは何であろうかと想像すると期待に胸が膨らむ。厄介なものである可能性は高いが、そこは同じ穴の狢。究極の逸品を御せるか御せないかという話であれば自分に自信がないわけではない。
 湯船のお湯を両手にすくい上げる。水面に広がる波紋が照明の光を乱反射させている様をぼんやり見つめながらシリューナは考えていた。
 姫は一体、何を手に入れ、手に余り、こちらへ投げてきたのだろうか。あの姫の手に余るというのは多少不安要素ではあるが、場合によっては高く恩を売れるかも知れないのだ。
 どう転んでも悪いことはあるまい。
 そっと、すくい上げた湯を湯船に戻す。
 早く帰ってこないかしらと意気揚々待っていると、どれくらい時間が過ぎたものかティレイラの「ただいま帰りましたー」という元気のいい声が玄関口の方から聞こえてきた。
 シリューナは湯船から立ち上がると、どうせティレイラしかいないのだからと身嗜みもそこそこにバスタオルを巻いただけの姿で脱衣所を飛び出す。
「おかえりなさい」
 廊下でティレイラを見つけて声をかける。
「ただいまお姉さま…って、ちゃんと拭いてください」
 濡れたままの洗い髪にティレイラが眉をしかめたが気にした風もなくシリューナは尋ねる。
「それで荷物は?」
 気になって仕方がないのだ。
「リビングに置いておきました。梱包も解いてありますよ」
「そう」
 言うが早いかシリューナの足はリビングを向く。その背をティレイラの声が追いかけてきた。
「今、お茶をいれますね」
「ええ、お願い」
 心ここにあらずのシリューナは半ば空返事をしてリビングの扉を開く。
 刹那、感嘆の声をあげた。
「まあ!!」
 そこに置かれていたのは浴びた光をさまざまな色に跳ね返す美しき宝石像だった。しかもただの宝石像ではない。原寸大の姫を模した像だ。いや、模しているのではないか。シリューナはすぐに気づいた。それは姫そのものだと。
「つまり…」
 コレクターたる姫は異世界で何か面白い魔法道具を入手し、迂闊にも宝石像に封じられてしまった。それを自分に解いて貰うためここへ運ばせた。
「…といったところかしら?」
 シリューナはくすりと微笑む。
 宝石像にこれ見よがしにかけられた琥珀を思わせるペンダント。恐らくはこれが何かしら作用しているのだろう。これが姫を宝石像に封じた魔法道具、か?
 だが。
 そんな事はどうでもいい。後回しでいい。そんなことよりもだ。
 あのプライドの高い姫が自分にこんな醜態を晒してくれるなんて。不可抗力であったとしても素晴らしい。
 そう考えただけで気持ちが高揚し、愛しさも相まってシリューナはバスタオルが落ちるのも厭わず姫の宝石像に抱きついていた。
 祈りを捧げる姫の宝石像。どういう状況で封印されたのかはわからないが、微笑む余裕があったところが小憎たらしくも姫らしく思う。それでこそ同好の友か。
 さても姫の意識はあるのかないのか。何れにせよ、この状況を知ったら怒るより羨むに違いあるまい。
 シリューナは目を閉じた。湯上がりの火照った体を熱伝導率の高い宝石が心地よく冷ましてくれる。
 この時、既にシリューナは宝石像に心を奪われていた。
「うーん…気持ちいいー」
 そこへティレイラが紅茶を運んできた。
「あ、お姉さま! 倒れるっ!?」
 ティレイラはトレーをテーブルに置くと慌てた様子でシリューナと宝石像に駆け寄った。そこまで体重を預けたつもりはなかったがシリューナが抱きついた事で宝石像がバランスを崩しかけていたのだ。
「壊れちゃったらどうするんですか!!」
 グラグラと揺れる宝石像を支えつつティレイラはシリューナに「ダメですよ」と頬を膨らませた。
「そんな簡単に壊れないわよ」
 少し拗ねたように言ってシリューナは不承不承宝石像を手放した。もちろん、口ほどに拗ねているわけではない。これから、いくらでも宝石像を愛でる時間はあるのだ。この前、さんざん姫に振り回されたところだ。今すぐ封印を解かずにじっくり堪能してからでも罰は当たるまい。意識がなければ封印されてから封印が解かれるまでの時間も感覚的にはゼロに等しかろう。
 重ねて言えば、宝石は硬いが脆い事も多い。万一倒れた衝撃で砕けたりなどしたらそれはそれで寝覚めの悪いことになるだろう。だからまあ、残念ではあるがここはティレイラに従い引き下がったわけである。
 ティレイラが傷はないか確認しながら、シリューナの洗い髪で濡れてしまった宝石像をタオルで拭いていた。
 シリューナは落としたバスタオルを拾おうと手を伸ばす。
 その時だ。
「お姉さま!!」
 声と共にティレイラが背中からシリューナの腰にしがみついてきた。
「何っ!?」
 シリューナが驚いて振り返る。
 何かに強く引っ張られるような感覚に足下に力を入れて踏ん張った。同じように感じているのだろうティレイラも何かに引っ張られまいと必死に抗うようにしてシリューナに右腕だけでしがみついてくる。
 ――右腕だけで?
 シリューナはティレイラを介して魔力が流れ込んでくるのを感じながらその左腕の先を目で追った。
 ティレイラは左手でペンダントを握っていた。姫の宝石像の首にかけられていたはずの琥珀を思わせるペンダントだ。
 いや握っているのではない。手の平は開いたままだ。その手の平に……。

 そこで意識はプツンと途切れた。

 それは瞬く間のような出来事で。



 ◇◆◇



 彼女は静かに目を覚ました。
 目の前に宝石像がある。全裸の女性の腰にしがみつく少女の像だ。少女の首に琥珀色のペンダントがぶらさがっていた。
 彼女は無意識に口の端があがるのを感じながらゆっくりと部屋を見渡した。広いリビングのテーブルにまだ湯気のあがる、誰も口を付けていない様子の紅茶を見つけてソファーに深く腰掛けると、彼女はそのカップを取った。
 立ち上るベルガモットの香りに身を委ねつつ、一口喉の奥へ流し込んで人心地吐く。
「お茶を用意しておいてくれるなんて気が利くじゃない」
 声をかけたがもちろんそれに応える者はない。いや、それどころではないというべきか。この部屋の、この館の主は今、宝石像となって彼女の目の前に封印されているのだから。
 心を奪い肉体を宝石化して魂を封印するペンダント。
 その扱い方や副作用など調べていくうちに、是非ティレイラで試してみたくなった。とはいえ、こっそりやればまた以前のようにシリューナに怒鳴り込まれるだろう。だから今回は一万歩も譲って、自らを代償として先払いしてみたのである。
 返礼にティレイラの宝石化を所望し、それをシリューナと堪能するつもりであったのだが、この状況を見るに思わぬ副産物が手に入ってしまったようである。
 彼女が仕掛けた策にどちらも自ら墓穴を掘る形でダイブしてくれるとは。
 どうにも笑みがこぼれるのは仕方のない事であった。
 紅茶を飲み干し“姫”は宝石像に歩み寄った。
「こんな素敵な展開になるなんて予想もしてなくてよ」
 どうやら自分がここへ運ばれて幾分も経っていないように見受けられる。たっぷり時間をかけて封印を解かれるだろう事は想定内であったのに。
 どうしてこうなったのかは想像に余りあった。あのシリューナが、ペンダントに気づかぬ筈もない。とはいえ、全くわからぬという事もない。落ちているバスタオルを見るにシリューナは湯上がりだったのだろう。洗い髪の滴まで宝石になっている。そんなシリューナに、迂闊にペンダントを作動させてしまったティレイラが助けを求めたといったところか。
 今にも泣き出しそうなティレイラの頬に手を伸ばす。何度見ても愛らしい。子供と大人の狭間にあってどちらの魅力も併せ持つ可愛いティレイラの目尻の涙に口付けた。
 それから本来は赤であるその瞳が見つめる先にある、驚いた表情のシリューナの頬に手を伸ばす。こんな表情をまじまじと見つめる機会はなかなかないだろう。その上、惜しげもなくその美しい肢体まで晒してくれているのだ。なぞる指は首筋から鎖骨を滑りおりていく……。
「ふふふ、飽きるまでじっくりと堪能させてもらうとしましょうかしらね」
 頬を寄せて、姫はうっとりと呟いた。



 ◇◆◇



 その後、シリューナとティレイラの封印が解かれるまでには、数ヶ月を要する事となった。解き方がわからなくて時間がかかってしまったと殊勝ぶって嘯く姫の言葉を2人はどこまで信じたものかと頭を抱えたとか抱えなかったとか。
 ただ、ペンダントの発動から封印までの時間のなさを鑑みると、最初の姫のあれは間違いなく確信犯だったのだろうとそこまではもちろんシリューナも気づいている。気づいているのだが一方で未必の故意と断ずるには足りず。結局、姫の策に振り回された疲労は、ペンダントをシリューナが貰い受ける事で解消した。

「今度は何を、宝石に変えようかしら……」





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斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年01月12日

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