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『 MEN類皆ENEMY 』
Don=Beeka1589



 その日。開かずの名店、うどん割烹「赤舟」には、二人の客が居た。
 一人は、妙齢のエルフ。神妙極まり、頬を伝う涙を拭いもせずに手を合わせるDon=Bee(ka1589)と、東方風の顔立ちをした、渋みある中年男性である。
「……あんた」
 頃合いと見て、中年はDon=Beeに声を掛けた。UDONを愛する仲間同志であるからか、絶妙の間合いであった。Don=Beeは涙を拭うことなく、中年の方へと視線を転じた。
「む……?」
 この店にいる時点で、只者ではない。Don=Beeは微かに目を細めると、中年は微かに首を振り、
「此処じゃ大将に迷惑が掛かる。河岸を変えよう」
 そう言って、中年は席を立った。また来るよ、大将。そう言って店を後にする男を――。
「……む?」
 Don=Beeは、見送った。



 それから、大将に感謝の言葉を尽くし、UDONの神の存在について語り尽くし、緑色の箸を確りと箸入れにしまって懐に入れた後、Don=Beeはうどん割烹「赤舟」の戸をくぐった。
 びょう、と一吹きの寒風も、Don=Beeの熱く滾った心を冷やすには至らない。高揚のまま、顔を上げる――と、その先に、先程の中年男が居た。
「まさか、待っておったのでござるか?」
「あんた……武闘大会にエントリーしちゃいなかったか?」
 中年の口元から、もうもうたる白い吐息が溢れた。
「俺ァ……俺ァ、あんたに賭けようとおもってたんだ。あの、UDONを食し、UDONを愛するあんたの姿を見て、な」
「あー……」
 そんなこともあった。なんとピックアップまでされた武闘大会。それを、Don=Beeはブッチしたのだった。
「死んだのか、とも思ったぜ。ハンターだからな。だが……そうじゃなかった」
 中年の目が、鋭く光る。
「――ふむ」
 応じるDon=Beeは、不敵な笑みを浮かべた。
 腹も満ちて、UDON神にも通じんばかりの今だからこそ、話せる物語もあるのだ。

「解ったでござる。話すでござるよ。あの時、何があったのかを……」



 あれは――拙者がUDONを広く説いたあと、大会当日のことでござった。

 打てよ。
 増やせよ。
 地に満ちよ。

 もちろん、UDON神の有り難き教えでござる。
 UDONを広め、UDON神の教えを広め、三千世界に屍――ではなくUDONを遍く広め一日三食是UDONなる世界を成就し、UDON神の暖かくコシのある慈悲のもと、ありとあらゆる争いを無くし安寧なる一時を給う……UDON神の素晴らしき教えでござる。

 うむ。そう。その通り。
 些か、目立ちすぎたようでな。

 拙者がピックアップされたチラシを見た次の瞬間のことでござった!

 拙者の周りには片手の指にはあまり両手の指に足る程度の朱い衣を纏いし集団が押し寄せていたのでござる――!



「朱い、衣……まさか……そいつらは、狐面を被った……!」
「うむ。“朱いキツネ”の彼奴ら、ぬけぬけとこう申しおった!」

『教主! こいつです! 緑の――緑のDon=Bee!』
『なんと……なんとおぞましい……。よろしい、貴様に恨みは無いが此処で死ねェ!』

「危ない奴らだなァおい!」
「うむ、危ない奴らでござった。彼奴ら、往来にもかかわらず得物を出しおった」
「得物だと!?」
「うむ」
 Don=Beeは神妙に声を潜めて――こう、結んだ。


「SOBA粉でござる」
 オー、マイ……と中年は嘆きの声をあげた。



 拙者、それはもう逃げたでござる。
 多勢に無勢に加えてSOBA粉となれば如何にUDON神に仕える拙者でも堪らんことこの上ない。戦略的撤退。
 それはもう無惨な有様でござったよ。
 彼方此方でクシャミの声が響く阿鼻叫喚。拙者の目にも涙が溢れ、鼻汁が止まらない。
 SOBA神はきっと邪神でござるな。涙で目がかすみ、拙者の矢も外れZUDONどころではなくてなぁ……泣く泣く逃れることしかできなかったでござる……。



「……アンタ、大変だったンだな……」
「んむ……だが、それで終わりではなかった。彼奴らはどこまでも追ってきたのでござる」
 憐憫の眼差しに、調子づいてきたDon=Beeは意気揚々と続けた。心の奥で、先程充填したばかりのUDON神への篤い信仰心が唸りを上げている。
「遮二無二駆けてた拙者はついに転移門に飛び込んで、リゼリオを出たんでござるが、出た先が、同盟のなんちゃらという港町でござってなぁ……」
 ほとほと困り果てた顔を作りながら、Don=Beeは。

「そこで、彼奴らに出会ったでござる」



『貴様はDon=Bee!?』『ボーノ!』
 そう、パスタ教団の奴らでござるよ。ペロペロチーノだのアライヤンビンタだの淫蕩の限りを尽くす愚か者どもでござる。彼奴ら、以前から拙者の覚醒時の匂いが気に食わぬとイチャモンをつけておったが――更には、
『此処であったが百年目! ここで我がつけ汁の出汁にしてくれる!」
『否! 漢は豚骨! 貴様なら良き出汁に――』
『お前も縮れ麺にしてやろうかァァァァ!!!!』

 つけ麺衆に豚骨ファミリー、あと頭のおかしい縮れ毛の天パがおったのでござる!!


「なんっっっっったる! UDON神は拙者を見放したか! そう思ったくらいの危機でござった!!」
「…………」
 絶句する中年を前に、Don=Beeは得意気に鼻を鳴らした。
「うむ。驚嘆もやむなし。拙者も心が震えたくらいでござる」
「だってそいつら、アレだろ、己の信ずる麺にすべてを捧げ互いに血を血で洗うような抗争を日夜繰り広げてるっていうお騒がせな――」
「うむ。彼奴ら犬猿の仲であった筈でござるが……理由が、あったでござる」
「理由だって?」

「MEN EXPO」
 静かだが、UDONのようにハリとコシのある声で、Don=Beeは言った。

「麺の祭典が――開かれておったのでござる……」



「なんてこった……」
「…………」
 沈黙は、あまりに重かった。それも、そうだろう。MEN EXPO。とある港町で開かれる、麺類の祭典。
 そして――人知れず幕を下ろした、悲しき宴。
 慙愧の念に震える中年が、震える口を開くのに、どれだけの時間を要しただろうか。
 Don=Beeは待った。
 そして。
 男はついに、口を開いた。

「武闘大会に日程がもろ被りしちまって、客がただの一人も来なかったせいで来年の開催も危ぶまれているっていう……あの……」



 悲惨であったでござる。
 なにせ、その場に集うたのは互いに異教の集団。
 彼奴らの手元には調理道具にその材料、長年の努力が凝集された汁に麺。
 周囲には鍋の熱が篭もりはすれども――しかして、周りにはただの一人も客は無く。

 そこに漸く飛び込んだ拙者は、世に名高きUDON神の徒。
 嗚呼。これを地獄と呼ばずしてなんと呼ぼう!

 ……拙者!

 例え、百編この星が生まれ変わろうとも!!

 彼奴らの“客”になることなどあり得る筈もない…………!!!!

 当然、争いになったでござる。渾然とした異教の香りに、もはや一切の慈悲など居るはずもあるまい。
 いつの間にやら“朱いキツネ”も加わっての大乱闘。拙者は矢を撃ちまくり、矢が尽きれば乾麺を矢の代わりとしての大立ち回り。嗚呼。これは聖戦。必ずやこの勝利をUDON神に捧げる――そこで、気づいたのでござるよ。



「……一体、何に」
 生唾を飲み込んで話しに聞き入っていた中年を、Don=Beeの熱に浮いた視線が見つめている。

「拙者、あの仮面エルフをZUDONしておらぬ……ということに……」
「へ……?」
「あ奴め、拙者のピックアップで言うに事欠いてUDONを知らぬとほざきおった」
「…………?」
「拙者が矢弓を持ち歩いていたのはその為であったことを、思い出してなぁ」
「………………?」
「うむ。それからは仮面エルフに神罰を加えるべく、混戦を後にして」
「……………………?」
「そうして拙者は、UDON神の御心のままに、仮面エルフを探す旅に出たでござる……」
 ――今更ながらではあるが、輪をかけて唐突な展開に、中年男の顔に疑問符が張り付いて、剥がれない。
 Don=Beeはけらけらと大笑し、
「うむ、まあ、こうしてめでたしめでたし、と、そういうことでござるな!」
 その場を後にした。呆気にとられた中年を、振り返ること無く――慌てて追いかけた中年は、終ぞその姿を目にすることは無かったのである。



 一方、うどん割烹「赤舟」。店じまいをしようと思った大将は、店先で何やら話し込んでいる気配に気づき、邪魔をするものではないとしばし、待ちの姿勢を取っていた。
「…………」
 いぶし銀の香る風貌には、深い皺。彼は、ただの文句も言わずに、待ち続けた。
 さながら、彼が打つUDONのように――懐のある、態度で。
 話を聴いていた大将は、一言、こう結んだ。

「……飽きたな」




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka1589 / Don=Bee / 女性 / 26 / U Don Bee Afraid】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お世話になっております。ムジカ・トラスです。
 あの発注文で普通のノベルになるわけがなかったですね! 素敵なご発注ありがとうございました!!

 おまけが事前譚、こちらが本編になります。
 勝手にSOBAアレルギーのような体裁で書いてしまいましたが、体質がそうでなくても精神的に、宗教上の理由で似たような状態になりそうだな、と蒙を啓いたので、それに従うことにしましたが――いかがでしたでしょうか。
 本業の都合でスケジュールが崩壊してしまい、納品が遅くなってしまい申し訳ありません。
 せめて、ご満足いただけたら幸いです。

 それでは、またのご機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
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2017年01月13日

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