▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『消えない幻 』
ラファル A ユーティライネンjb4620

 腕が重い。
 足が重い。

 四肢が悲鳴を上げている。
「──うるせぇ」
 訴えは止まない。

 手のひらを万力で締め上げられているような。
 足先が鉄筋の瓦礫に挟み込まれているような。

 腕が押し潰されそうだ。足が引き千切られそうだ。

 頬は上気して、吐く息が微かに白く色づく。白く透き通るようなのどには汗が浮かぶ。
 シグナルは絶えることなく彼女の脳へ届けられる。痛い。苦しい。
 腕を、足を、思いのまま掻きむしりたくなる。それが出来れば痛みは消えないまでも、幾ばくかは楽になるかもしれない。
 だがその思いは決して叶わない。
 ベッドの上の彼女には腕も、足も存在しないからだ。
 ありもしないそこから、今も訴えが届く。
 ひどい痛みだ。引き裂かれるような痛みだ。
「──くそっ、ざっけんな‥‥!」
 眠りはあっけなく遮られた。抗いようのない痛みに顔をゆがめ、吐き出せないものの代わりにせめても言葉を投げつける。
 夜の寝室には、彼女のほかに誰もいない。声は室内にむなしく響いた。


 ラファル A ユーティライネンは過去、悪魔の襲撃によって四肢のほか、体の大部分に致命的な怪我を負った。
 何故生き延びたのか──生き延びさせられたのか、は、彼女自身にも計り知れない部分だ。いずれにしても、そのときを境にラファルの体は大きく変貌した。
 彼女の四肢は義腕・義足となった。体の中身も、大きく作り替えられた。
 その痕跡は傍目には分からない。彼女自身、問題のある様子を周囲に見せることなど滅多にない。
 自由闊達にして爆破魔。友人いじりに余念のない、奔放で気ままな女性──周囲の評価は、そんなところだろうか。

 だが、そんな彼女も一人で眠る夜となれば、身体の内に沈めていたものが暴れ出すときもある。

 その一つが、先ほどから彼女を苛む四肢の痛みだ。ありもしない部分から送られてくるシグナル。投薬も、癒しの技もこの痛みには効果がない。何しろ、治療を施すべき箇所が存在しないのだから。
「くそっ、こんな‥‥幻肢痛ごときに‥‥!」
 切断手術によって喪われた部位がまだそこに存在するかのように感じることを幻肢と言い、その部位に痛みを感じることを幻肢痛と言う。
 一般的には、術後時が経つにつれこうした感覚や痛みは薄れていくと言われている。
 ラファルの四肢が喪われてからは相応の時が経っているはずだが、相も変わらず痛みは彼女を襲い、寝苦しい夜を過ごさせるのだ。

「はあ、はぁッ‥‥くそっ」
 ラファルは半身を起こして自分の腹の上を見た。暗闇の中、そこには当然、何もいない。
「てめぇ‥‥!」
 だが、ラファルは何もないそこを強烈に睨みつけた。痛みが見せる幻覚か、あるいは、これも『幻肢』の一部か。
 そこには悪魔がいた。
 名前は知らない。どこの馬の骨とも分からない。

 ただそれは、ラファルの四肢を奪い去った悪魔。
 彼女を『殺した』悪魔だ。

 ラファルの瞳の奥に激情の光が散った。悪魔はあざ笑うようにしてこちらを見ている。
 上半身をしならせて、ラファルは悪魔に食らいつく。『右腕』を振るう。
 悪魔の姿は揺らめいて、消えた。

「‥‥はぁッ、はッ」
 ラファルは荒い息を吐く。激情が幻肢痛を一時的に遠ざけている。
「くそっ。くそっ、くそっ、‥‥くそっ!」
 声を荒らげても、その感情は容易に出て行くことはない。
 怒りではない。そのような、綺麗なものではない。
 彼女の心を塗りつぶしているそれは、憎悪だ。

   *

 暗い暗い闇の中。一寸先も分からぬ場所で、ラファルはもがいている。

 ──俺をこんなにしたのは誰だ? 悪魔だ。

 分かっているのはそれだけだ。名前も、所属も、今生きているのかさえも。復讐しようにも、何も分からない。
 だから彼女は、魔界そのものを憎悪する。
 誰だか分からないのなら、皆殺しにしてやればいい。

 いつか、魔界への道が開けたとしたら。
 問答無用で攻め込んで、奴らの世界を根こそぎ破壊し尽くしてやろう。女子供も容赦はしない。悪魔どもの作ったもの、成したもの。すべてを灰燼に帰すまで徹底的に。
 轟々と揺れる炎の中で、ラファルは吼えるように笑った。

 ──いい気味だ、ざまあみろ。

 翠の瞳が宝石のように、爛々と輝いている。
 地面に転がった名も知らぬ悪魔の亡骸をけっ飛ばす。亡骸はごろごろと転がって、炎の中に消えていった。

   *

 亡骸を蹴った足が痛む。──いや、違う。
 まだ義足は着けていない。この痛みは‥‥。

「‥‥ちっ」

 壁により掛かった不自然な格好で、ラファルは目を覚ました。ほんの少し、微睡んでいたらしかった。
「今日はもう寝れねぇか」
 幻肢の痛みは相も変わらず、彼女を容赦なく突き刺していた。
 忌々しいこの痛みもすべては悪魔が元凶だ。そう思えばこそ、彼女の憎悪はより深く、より昏く、より強く心根を燃やしていく。

 だが、一方で。ラファルは先ほどの光景がまさしく夢でしかないことを、はっきりと理解していた。
 人類と悪魔。ごく一部の例外を除けば、生命としての力量差は歴然としている。
 人類は所詮、侵略を『受ける側』であり、単独ではこの苦境をはねのけられない。まして敵地を征服するなど、議題にも上らない。
 その点で、彼女の宿願はすでに絶たれているも同然なのだ。

 先日、つくばを制圧していた悪魔が学園へ共闘を申し出てきた。方針を決めあぐねた学園は、全校生徒へ意見を募った。

 ラファルは賛成票を投じた。

 悪魔との共闘。虫酸の走る響きだが、彼女は決して怒りに目がくらんだ狂戦士ではない。その効果、結果をこそ考える。
 つまり、まず今の戦争に勝たなければ、復讐もおぼつかないということだ。
 せいぜい利用してやればいい。
 こちらの都合よく絞って絞って、最後はぼろ雑巾のように打ち捨てる。
 悪魔に復讐するために、悪魔だって利用してやるのだ。


 壁に身体を預けたまま、ラファルの胸は忙しげに上下した。痛みは収まる気配はないし、どこに機械が入っているのか彼女自身も把握し切れていないという身体の異常は、何も幻肢痛ばかりではない。

 ある時、医者に言われた。
「二十歳を過ぎても生きられるとは、期待しないことだね」
 ──それがどうした、とそのときは思った。

 だがいま、タイムリミットは近づいている。本懐を果たすために、残された時間は刻一刻と削られている。

 なんとしても、復讐を果たしてやる。

 幻肢痛が消えないのは、きっと呪いだ。復讐にとらわれたこの身を傷つけ続ける裁きの刃なのだ。
 いや、もしかしたら、祝福かもしれない。この痛みを感じ続ける限り、俺の憎悪の炎は消えない。炎が燃え尽きるまで、復讐が終わることも決してないだろう。

「‥‥どっちだろうな」

 冷たい汗を掻きながら、ラファルは呟いた。自分の声にどこか諦念が混じっていることも、聡明な彼女は理解していた。




 ──夜明けはまだ遠い。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb4620 / ラファル A ユーティライネン / 女 / 16 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
果たしてその痛みは何のためにあるのでしょうか。
ご依頼ありがとうございました。
WTシングルノベル この商品を注文する
嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年01月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.