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『ふたつの『14日』 』
流 雲aa1555

●先生と生徒
 白い息を吐きながら、ショッピングモールへと歩くふたり。流 雲 (aa1555)と紫 征四郎(aa0076)だ。仲良く手を繋いだ姿は、おつかい中の兄妹のようにも見えた。今日は雲が征四郎の買い物に付き合うことになっている。お目当てはバレンタインチョコの材料だ。
「料理はまだ練習中なのですが、できそうなものを本で選んできたのです」
 征四郎はカップチョコを作ることに決めたらしい。チョコレートと生クリームを混ぜて小さなカップに注ぎ、トッピングをするのだ。白い手袋に包まれた手が胸の前で握られる。
「大切な皆さんへ感謝を伝えたいのです」
 征四郎の健気な言葉に、雲はぐっと心を掴まれる。
「うん、頑張ろう。僕も力になるよ」
 バレンタインはもう間近。店内は赤やピンクのリボンやハート型風船などで飾り付けられ、至る所にポスターが張られている。そのどれもが盛んに手作りチョコへのチャレンジを勧めていた。
「すごいですね」
 圧倒されたように征四郎は言った。毎年恒例の光景だが彼女にとっては新鮮なのだろう。まずは包装紙やリボンから。可愛らしい柄の入った物から渋い色味のものまで揃っているらしい。
「これとこれ、あとはこっちも……」
「そんなにたくさん使いきれるかな……?」
 尋ねてみると、雲と征四郎の想定数には大きな差があることが判明した。顔ぶれも彼女と同年代の者からかなりの歳上までいるらしい。
「なるほど。じゃあチョコレートは大人買いしないとね」
「ふふ、お店の方に食いしん坊さんだと思われちゃうかもしれませんね?」
 ふたりは顔を見合わせてくすくす笑った。
 食品売り場には、ちょっとした特設コーナーができていた。雲は板チョコを両手に取って見比べながら言う。
「たしかチョコレートは『ユセン』で溶かすと書いてあったのです」
「そうそう、チョコは直接火にかけると焦げちゃうから気を付けてね」
 征四郎が雲を見上げる。雲は湯煎の方法を手短に説明した。
「それならちょうど良いかもしれないのです。火は危ないからといってまだ使わせてもらえないので……」
 征四郎は少し悔しそうな表情を見せた。しっかりしていてもまだ幼い女の子。彼女の英雄も心配なのだろう。
「ひとつひとつできることを増やせばいいんだよ。僕だってそうだったから」
 彼女は聡明な子だ。自分が言うまでもないかもしれないが――と思った雲だが、征四郎はぱっと笑顔になって頷いてくれた。
「最初のうちはいろいろ失敗したなぁ。チョコレートの入った鍋を火にかけて黒焦げにしたりとかね?」
「じ、実体験だったのですか!?」
 雲は照れ笑いする。
「ケーキやスコーンが膨らまなかったことも結構あったよ。お菓子って他の料理以上に正確な計量が大事なんだけど、慣れるとつい雑にしちゃったりね」
「征四郎も油断しないように気を付けるのです」
 そう言い募る彼女は、おそらく慢心とは無縁だ。
「紫さんはお菓子作りに向いてるかもね」
 征四郎が首を傾げる。雲は自然と微笑んでいた。当時は落ち込んだことでも、時間が過ぎれば笑い話に。そういうものなのかもしれない。
「あ、次はこっちかな」
 トッピング用のナッツやアラザンにカラースプレー。征四郎はきょろきょろと売り場を見渡す。
「たくさん種類があるのですね! なんだか迷ってしまうのです」
「好きなものを選んでくれて平気だよ。たくさん作るんだし、迷ったらこっちも大人買いしちゃおう」
 征四郎は友人たちの名を呟きながら、次々トッピングを手にとって行く。彼らの好みに合わせたいのだろう。
(チョコを受け取る人たちは幸せ者だね)
 一生懸命な征四郎の姿を見守りながら、雲はもう一度静かな微笑みを浮かべた。
 征四郎の自宅へ帰って来た時には、すっかり大荷物になってしまっていた。全部雲が運ぶつもりだったのだが、征四郎が首を縦に振らなかったため、軽めのラッピング材料だけは彼女が持っていた。
「アドバイスをたくさんもらえて助かったのです! 上手く作れるように頑張りますね!」
 なるべく自分の力で作りたいという征四郎の希望を聞き、雲は早々に帰宅することにした。
(一緒に作ったらきっと楽しいのです。でも……)
 実はもう一つ理由があったのだが、それはまだ征四郎の胸にしまわれている。
 エプロンに着替えた征四郎は、火傷をしないように気を付けながら容器にお湯と水を注いで適温にする。雲のアドバイスを思い出し、ゆっくりと気泡を立てないように混ぜていく。
(わぁ……どろどろに溶けてしまったのです。次は……)
 生クリームと混ぜ合わせれば、あと一息。
(……固まらないうちにトッピングです)
 こげ茶色の背景に散る様々な色。星のような、花火のような。その一つ一つに彼女の思いがちりばめられているのだろう。
 そしてバレンタイン当日。征四郎は仲間たちに手作りチョコを配っていた。残酷な現実に打ちのめされていた者たちもいたが、小さな女神の降臨により荒んだ心は大いに癒されたのだった。
「これは、ナガレおにーさんに」
「僕にも?」
「当然なのです!」
 大きな瞳でまっすぐにこちらを見て、彼女は頷く。自分もまた彼女の『大切な人』だったのだ、と雲は気づく。
「もしかして紫さんが一人で作りたいって言ったのは……」
「ナガレへのプレゼントですから、できたら自力で作りたいと思って」
「ありがとう。うれしいよ」
 雲は征四郎に目線を合わせると優しく頭を撫でる。その光景は周りの者の心を大いに和ませたのだった。

●師匠と弟子
 それから1か月後のホワイトデー。ふたりの姿は道場にあった。
「それじゃあ改めて。よろしくお願いします」
 準備運動を終えた雲は、礼儀正しく頭を下げる。愛用の剣道着姿が凛々しい征四郎もお辞儀して答える。
「征四郎もまだまだ、修行中の身ですが……!」
 雲の師匠は謙遜しながらも、はりきった表情を浮かべていた。
「一度お手本を見せますね」
 記憶が曖昧なくらい幼いころから叩きこまれた剣術。それはエージェントとして戦う今も活かされている。基本の型の中から、実技に使えるものをピックアップして披露していく。
「おお……」
 雲は思わずぱちぱちと手を叩きそうになったが、手にした竹刀のためにそれは叶わない。
「えーと、最初はこんな感じだった?」
 背筋を伸ばし正面へ少し剣を倒して、架空の敵を見つめる征四郎の姿は印象的だった。再現しようとするが、何だかしっくりこない。刀剣類はかなり好きな雲だが実戦に使える知識や経験は皆無だ。
「えっと、利き手はこちらですね? それなら、出す足はこちらです」
「こうかな?」
「そうです! それから腕はもう少しだけ力を抜く方が良いのです」
 雲は征四郎の声に操られながら、構えを調整していく。
「あっ、惜しいのです。この角度では剣が視線を遮りますから……」
「下げるといいのかな?」
「少し行きすぎちゃいました。んん……と、これくらいですね」
 雲の正面に回った征四郎の顔がぱっと輝く。雲は首を傾げる。
「これで合ってるのかな? 何だか実感が湧かなくって」
「とっても上手です。鏡を見て練習しても良いのですが、体で覚えた方が実践に活かしやすいと思うので……」
「それもそうか。師匠の教えを信じてやってみるよ」
 師と言う呼称に征四郎は照れくさそうに笑う。
「ナガレは筋が良いのですよ! 繰り返し練習すれば、慣れていくはずです!」
 構えを解いては、また構え、できたらまた解く。その度に征四郎がちょこまかと動き回っては、根気よく微調整する。雲の顔からは次第に迷いが消えていき、征四郎が直す部分は減っていく。
「ナガレ、もう一度お願いします」
 できた――! 征四郎は会心の笑みを浮かべる。
「そのままでいてくださいね」
 彼女は竹刀を上段に構えて雲と正対した。
「例えば相手がナガレめがけて踏み込んでも」
 征四郎はゆっくりとした動きで『敵』を演じる。
「あ! もしかして……」
 竹刀同士がささやかな音を立ててぶつかる。
「この構えなら防御の対応がしやすい?」
「そうなのです!」
 自分で自分の命を守ること。それはエージェントとして戦うための第一歩といえるだろう。
「まずはしっかりと受けること。最初はそれが難しいのですが」
「そうだね。ちょっと怖いかな」
 しかし中途半端な気持ちで構えた剣など、簡単に吹き飛ばされてしまう。
「だから練習をするのです。絶対大丈夫と自分を信じられるように」
 雲は静かに頷いた。
「さあ、今度は少しだけ早く動くのですよ。目を閉じないように気を付けてください」
 始めたときに比べると随分自信がついたと見える雲が、ブレなく構える。
 まずは形を学ぶ。鍛えられた心をそこに流し込めば、前より強い自分になれる気がする。チョコレートのように簡単には固まらないけれど、練習と実践を繰り返して段々と強くなれたら。雲はその機会を与えてくれた師匠に、感謝と尊敬を込めた視線を向けた。
「お疲れさまでした!」
「今日はありがとう、紫さん」
 雲は「ちょっと待ってね」というと鞄から何かを取り出した。征四郎はぱちぱちとまばたきをした。雲は微笑んで、包みを征四郎へと差し出した。
「これを征四郎に? 開けても良いのですか?」
 中身は調理器具一式と料理の本だった。
「この前のチョコと今日のお礼だよ」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
 征四郎はきらきらと目を輝かせながら、本をめくる。
「火を使わないレシピもたくさん載ってるから挑戦してみて。僕で良かったら付き合うからね」
「はい! 今度はぜひ一緒にお料理しましょう!」
 素敵なふたつの『14日』は、温かな余韻と嬉しい約束を残して逃げ去って行った。もうすぐ春だ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【流 雲 (aa1555)/男性/19歳/正義を仲間へ】
【紫 征四郎(aa0076)/女性/8歳/『硝子の羽』を持つ貴方と】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お任せいただきありがとうございました。高庭ぺん銀です。
バレンタインと剣術指南の絵はどちらも微笑ましくて癒されました。歳の差はありますが、お互いに『先生』になれるところが素敵なおふたりですね。
違和感のある点や他のお話などと矛盾する点などありましたら、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
それでは、またお会いできる時を楽しみにしております。
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2017年01月16日

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