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『●少年は 』
雪代 誠二郎jb5808)&風羽 千尋ja8222

 閉まりきっていないカーテンからわずかに刺しこむ朝日が角度を変え、暖かな陽光となってまだ静かに寝息をたてている雪代 誠二郎の顔を照らす。

 陽光が瞼をなぞると寝息が止まり、薄く開いた瞳で陽光を追いかける。

(昨日と違い、見事に晴れたね。絶好の初詣日和というわけだ)

「なればこそ、外になど行きたくないというもの――わざわざ年若い寮生たちと顔を合わせる必要もなかろう」

 ベッドサイドに立てかけてあるステッキを手に取り、先で器用にカーテンを閉めると、ごろりと反対を向いて再び目を閉じる。冬の貴重な日差しに暖められたカーテンがさらに心地よい温もりを誠二郎に届け、それに誘われるまま誠二郎の意識も沈んでいく。

 そんな誠二郎の耳に、あまり大きくない足で廊下を歩く音。誰が近づいてくるのかわかっていたが、それでも――いや、だからこそ、誠二郎は目を閉じたまま、聞こえないふりをしていた。

 だが足音はやはり部屋の前で止まり、遠慮がちなノックが――

「雪代さん、初詣行こう!」

 予想は外れ、ノックもなしに開けて飛びこんできたのはやはり風羽 千尋だった。

(やれやれ、前はもう少し大人しいというか、しとやかな感じもしたのだがね……)

 ずいぶん前に鍵が開いているのを知ってから、遠慮というものをだいぶ忘れつつある――いや。

(程よく緊張が解けてきている、というところか。さすがの少年も、そろそろ諦めたのだろう)

 真剣な瞳で伝えてきたのはずいぶん前の話で、あれ以来、誠二郎の方からそれに触れた事はまずないし、のらりくらりとかわし続けたのだ。一時の気の迷いのようなもの、もう忘れてしまっているに違いない。

(って思ってんだろうなあぁぁぁ!)

 悔しそうな表情の千尋は部屋へ踏み込み、ずんずんと誠二郎に近づいて麺棒でも転がすように揺さぶる。

「ねぇ、初詣行こうよ。皆先行ってるから、今から行けば合流できるし。せっかくこんなに晴れてんだから」

「君1人で行ってきたまえ。晴れているとは言えこのような寒天の下、歩いてまで神にお祈りをする習慣なんて持ち合わせていないのだよ」

 転がされながらも千尋に背を向け、態度でもいかない事を示す誠二郎。

「それにこの時間の日差しは激甚だ。冬の方が夏よりも、日差しが痛いのだよ」

「日光浴するわけでもないし、ちょっとくらい我慢して行こうよ。1年に1回くらいしかないようなもんだし、もう少しがんばってもいい日だよ? たまには外の空気吸いながら太陽さん浴びとかないと、鏡餅みたいにひび割れてカビが生えちまう」

「ひび割れもしないし、カビも生えないから安心したまえ」

「雪代さぁん!」

 どれほど言われても「ねぇねぇ、行こうよ」と、千尋は誠二郎を平らにでもしそうな勢いで転がし続けるのだった――




「それで、どこへ行こうというのかね。近場でそれほど格式のある神社が無かったと思うのだが」

 帽子を目深に被り、コートの襟を立てて少しでも日光と寒さから逃れようと努力する誠二郎が問うと、「隣々駅の近くだよ」という返事にはっきりと渋面してみせた。

「……歩きたいと思う距離ではないね。もう少々、スマートな移動を心掛けたいと思わないかね、少年」

 その方が時間の短縮にもつながるではないかと誠二郎は延々、語っていた。

 千尋には誠二郎が何を訴えているのか、すぐに察しが付く。もともとそのつもりでもあったからだ。

「電車で行こう、雪代さん。歩けない距離でもないけど、人ごみにもまれるんなら体力温存しておきたいしさ」

 千尋がそう言うと、「若いのに、少年は情けない事を言うね」と言ってあれほど歩くのすらも億劫がっていた誠二郎がすぐに近くの駅へ足先を向けようと方向を変えた。

 その時、上がりきらなかった右足の爪先が地を擦りわずかに躓いてしまうが、そんなことはなかったと言わんばかりに飄々と歩きだす。

(自分から電車で行こうって言やぁ良いのに……それにしても、寒いのもやっぱ膝によくねえんだ。電車にしといて正解だ)

「何をしているのかね、少年。時間は有限だぞ」

「はいはい」

 誠二郎の小走りで追いかけながら、今の言葉を反芻する。

 時間は、有限――

(そうだ。いつまでもダラダラ待ってたら、時間ばっかり過ぎるんだ――絶対に、今日こそは聞いてやる!)

 そう、決意を新たにする千尋であった。

 決意はするが、肩を並べて電車に揺られている間、終始無言になってしまった。足を組み、組んだ足の上に手を置いて目を閉じられると、話しかける雰囲気ではない。

 それにたまたま座れたが電車に人は多く、乗車していられる時間だって短い。話せるような環境でもないから仕方ないとはいえ、千尋からすると出鼻をくじかれた気がした。

 くじかれた気はするが、こうして2人で肩を並べているだけでも気持ちがほっこりとしてしまうから、自分は単純だと思う千尋だった。

 気を取り直して気持ちを新たに、鳥居をくぐろうとした千尋の肩に硬い物が触れた。

「待ちたまえよ、少年。
 鳥居をくぐる時には一度立ち止まって会釈するものだ。それともう少し端を歩くのだ、正中は神の通り道なのだからね」

 ステッキの柄で千尋を立ち止まらせた誠二郎がステッキを持ち直し鳥居に向けて会釈すると、少し呆気にとられていた千尋も倣って会釈する。

「さて、行こうとしよう――なんだい少年、何かついているか?」

 誠二郎の問いに我を取り戻した千尋が、「いや、別に……」と言葉を濁す。濁すが、意外そうな顔をしていたという事実は消せるわけではない。誠二郎が失礼だなとでも言うように、片眉を持ち上げ、肩をすくめたのだった。

 それからもわかるように誠二郎の方がお参りの作法を心得ており、事あるごとに千尋は誠二郎に注意され、新たにした気持ちすらも首をもたげてしまっている。せいぜい神様に「答えを聞くチャンスを下さい」と願うので精一杯だった。

 しかし、神様の答えはすぐに返ってきた。

「末吉……」

 願望、今は思い通りにならない。恋愛、時期尚早望み薄し。

(神様コンチクショウ……)

 ギュッとおみくじを握りしめていると、誠二郎が普段とは逆の手つきでおみくじをできるだけ高い所に結んでいた。その様子に「雪代さんも悪かったんで?」と聞くが、「さてね」とはぐらかすばかりである。

 見てみたい気もするがすでに高い所で結ばれているし、そもそも結んでいる物を解いて見るなんてことしてはいけないと、千尋にだってわかっていた。

 とりあえず少し低いが、できるだけ誠二郎が結んだおみくじに近い枝に自分のおみくじも結び、その場を離れるのだった。




 屋台を見ようと千尋は誘ったのだが、渋い顔をしただけあり、飲食関係はやれ暴利だと見るだけで素通りし、千本引きを見つけては本当に全部つながっているかどうかを店番にこんこんと尋ね、うっかり自分から言わせるように仕向けるなど、怒鳴られて追い返される始末である。

 そうこうしているうちに屋台の切れ目にまで来てしまい、結局、ただ冷やかしただけであった。

 これからどうしますと尋ねようとした千尋の腹がくぅと鳴り、そういえば寮を出るのも朝と言い難かった時間で、もう昼時を少し過ぎようかというくらいなのを思い出す。

「とりあえず何か食ってから、帰りますか。雪代さん、何か希望ある?」

「どこでもいいから君が決めたまえよ」

 立てたコートの襟を左手で閉めて、少しでも暖を逃さぬようにする誠二郎の言葉はやや投げ槍だった。注文の細かそうな誠二郎に聞いて候補を絞ろうと思っていた千尋は予想外の方に当てが外れ、思案顔で見渡していると目に留まったのが『年明けうどん』のノボリだった。

「じゃ、あそこにしよ」

 目線を追っていたのか千尋が言うよりも早く、誠二郎はさっさとうどん屋へ向かって歩いていた。そこまで寒いかなぁと思いつつも、店を選んだはずの千尋が後を追う事になるのだった。

 昼より少し遅いがそれでも店内は盛況で、どの席も人でいっぱいだったが、カウンター席にちょうどよく2人分の隙間が空いているのを目ざとく見つけた誠二郎が店員に案内されるより先に、そこへ体を捻じりこむようにして座る。千尋が申し訳なさそうに店員へ頭を下げながらカウンター席へ座ろうとして、動きをわずかに止めた。

(雪代さんと肩を並べてとか、緊張するな……)

 だが誠二郎の方は平然としていてなんだか悔しい、そう思いながらも席に座る千尋だった。

 お冷と一緒に出された湯呑でじんわりと指を温め、注文してからお茶を口に含む。ゆっくりとお茶をすすりながら、さてどうやって会話をつなげようかと思っていた所、思いのほか早くうどんが運ばれてきた。

「混んでいるわりに、早く来たな」

「この類の店であれば、早さもウリの1つにしなければならないのではないかね」

 かまぼこの赤と白、それにお月様のようなまあるい黄色が色鮮やかだが、それしかないというシンプルな月見うどんを前に、誠二郎が割り箸を手に持って両手を合わせお辞儀1つ。すでに割り箸を割ってしまっていた千尋も慌ててそれに倣い、もうこれ以上はないのかと警戒して誠二郎を横目で見つつ、誠二郎がうどんに手を付けたあたりで自分もうどんを1本つまんで、すする。

 つるつるの麺がするりするりと口の中に流れ、弾力のある麺を噛めば小麦の甘みと、少し塩味の利いた鰹の旨みが混ざり合い、そしてホッとするような温かさが喉を通過していく。

 次に、少し多いくらい乗っている豚肉を口に。

 豚の脂が鰹の甘みと合わさって少し優しい旨みとなり、その噛み応えもまた、楽しい。目を閉じて、豚の旨みを十分に感じてから目を開けると、どんぶりの中が少しだけ色づいて華やかになっていた。

「……あ、カマボコ乗ってる」

 先ほどまではなかった彩りだ。それが突然現れ、隣のどんぶりからは逆に消えていた。

「少年は少し線が細すぎる」

「雪代さんも十分細すぎると思うんだけど」

「ここは素直に礼を言いたまえよ、少年」

 言えないよ、それが礼節というものだろう――そんな会話を繰り広げ、温かな時間が過ぎていく。別段、楽しい内容の会話をしたわけではないのだが、千尋は十分に楽しくて幸せだった。

 誠二郎と、好きな人と過ごす、大事な時間だから。

(この先もこの人とずっと一緒に……)

 それから寮に帰るまでの間、千尋は喋りっぱなしで、誠二郎はそれに少しの相槌を打つくらいであった。だがそれでも、ここしばらくすれ違いざまに挨拶をする程度でロクな会話をしていなかった事を考えれば、大躍進とも言えた。

 そんな幸せな時間も長くは続かず、すぐに誠二郎の部屋までたどり着いてしまった。

「――結局、みんなとは会えなかったね」

「あの時間だ、入れ違いになっていても不思議ではあるまい」

 それもそうかと納得しているうちに、誠二郎がするっと自室に入り、ドアを閉め様に「歩き疲れたのでしばし休息を。それではな少年よ」と入ってこないように釘を刺してから閉めた。

 絞められた扉の前でしばらく佇んでいた千尋だが、やがてくるりと振り返り、鼻歌でも歌いそうな勢いで歩き始める。

(今日はいっぱい話せた。ここしばらくはお預けされた犬みたいな気がして――?)

 お預けされた犬。何を待っているのか? それを思い出した千尋は「ああッ!」と両手頭を抱えて立ち止まった。

「結局、返事を聞いてない……!」

 一緒に出掛けた事、話せたことがあまりにも嬉しくて、浮かれすぎていた自分を呪ったが、もう遅い。振り返っても、今日はもう入ってくるなというオーラが漂っているドアが見えるだけである。

 がっくりとうなだれ今日を振り返ってみると、聞けなかったというよりも聞かせてもらえる雰囲気にすらなっていない。浮かれすぎて自分でそんな雰囲気に持っていくのを忘れていたのもあるが、それよりも誠二郎がそんな空気を上手く煙に巻いていたような気がする。

 実際の所、誠二郎はもう諦めているのだろうと普通に接していただけであり、浮かれすぎた千尋の自爆でしかないのだが。

(まだまだあの人には敵わないや……)

「でも、次こそは……!」

 勘違いをしたままそう誓って、拳を高々と振り上げるワンコであった――……




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5808 / 雪代 誠二郎 / 男 / 35 / 若年寄 】
【ja8222 / 風羽 千尋   / 男 / 18 / お預けワンコ 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、初詣のほっこりノベルのお届けです。口調などに少し悩みましたが、内容にご満足いただけたでしょうか?
この度はご依頼、ありがとうございました。またご縁がありましたらよろしくお願いします。
八福パーティノベル -
楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年01月17日

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