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『英雄 』
クレア・マクミランaa1631)&リリアン・レッドフォードaa1631hero001

 高く、遠く、速く、強く、広く、多く。
 人は飽きもせず「もっと」と唱えては、望み、叶え、侵し、争いが続く。
 戦火は飛び火し、燃え広がり、いつしか全てを焼き払う業火となる。
 有史以来、少なくとも二度、そんな事があった。
 あらゆる者に闘争を強いたこれらの大戦はあらゆる者を死と肉薄させ、結果として多くの英雄が生まれる事となった。
 逆説的に戦争なくして英雄は生じ得ず、英雄となるには戦地へ赴かねばならない。
 憧れていた。
 輝かしい功績を残し、時代を跨いでなお語り継がれる彼らに。
 だが、それが何を意味するのか分からないほど、自分は愚かではないと。
 好き好んで命をせめぎ合うのではなく、それを終わらせる為にこそ武器を取るのだと。
 一人でも多くを生かす為に往くのだ――と、そう思っていた。
 だから、衛生兵を志願した。




 英雄に、なりたかった。




 濃霧の如く土埃と硝煙のたちこめる市街地。
 座標は覚えているが、名前を思い出そうとするたび、同じように頭が霞む。
 派手な銃撃の応酬に手榴弾が水を差せば、爆発音と衝撃が家屋を、人を、吹き飛ばす。
 幸運にも我に返った者は、より爆心地に近かった同胞の身体が盾になったのだと気がつく。
 彼女は次の瞬間ひと際甲高い銃声を耳にし、だが奇妙な事にそれは既に卒倒した後で。
 自分が狙撃され、頭部が半ば抉り取られてしまった事など分からぬまま、二度と立ち上がらない。
 ――永久につやの失われた瞳には、何が映る?
 煤けた屍の山。
 やはり身体のどこかが欠損して果てた者、あるいは誰のものとも知れぬ四肢。
 半狂乱でなりふり構わず四方八方銃撃し、ほどなく蜂の巣と化した者。
 ――生存者は。
 丸焼きになりながら未だ息のある者。
 血だるまと化し忘我する者。
 ――誰か動ける者は。
 辛うじて残る壁に身を潜め、ライフルを抱いて震える者。
 ――直ちに撤退……違う、救助を。
 ただ震えているだけの者。
 ――貴様、何をしている!
 そいつに銃口を向ける者。
 ――たすけ、て。
 怯えた顔で首を振る者。
 ――それでも衛生兵か!
 やめろ。
 ――いやだ。
 死ね。

 いやだ!

「――っ!」
 クレア・マクミランが跳ね起きるとそこは戦場ではなく、どこかのホテルの一室だった。
 銃撃も爆発もない、平和な祖国の、静かで、安全な。
 カーテンの隙間から差し込む光加減が、程好い日の高さを教えてくれている。
 しかし、空調は行き届いている筈なのに、やけに寒い。
「…………」
 まるで自分で自分を撃ち殺したような、殺意と恐怖とが綯い交ぜになった冷たい焦燥を目一杯吐き出す。
 寒さを感じるのはこのせいか。
 そのくせ身体中汗ばんでいて、タンクトップもジーンズも湿り気を帯びている。
 気持ち悪さを少しでも雪ごうと水差しを手に取り、コップに注ぐなり一気に煽った。
「――! ごほッ」
 鉄の味がする。
「失礼します。お客様、朝食をお持ちしました」
 おもむろにノックを伴い、室外からホテルマンの慇懃な声が聞こえた。
 そういえばルームサービスを頼んでおいたのだった。
「……。今開ける」
 食欲など起きる前から失せていたが、下げて貰うのもなんだか悪いか。
 クレアはもう一度溜息を吐いてからベッドを降りて、彼を迎えるべく鷹揚にドアへ向かう。

 外にいる奴が何者かも知れないのに?

「どうぞ」
 扉が開き、男は無警戒に入室した。
「おはようございます――」
 姿の見えない客をいぶかしむ風に少し小首を傾げながらも、ワゴンを押して前進する。
 と、そこへ。
「む!?」
 壁の陰に隠れていたクレアが、背面から彼の口を塞ぐ。
 そして空いた手で持ち込まれた食器からナイフを掴むと、怯える男の首筋にあてがい。
「むー、むー!」
「――っ!?」
 我に返った。
「いやあああ!」
 手を離すや否や泣き叫びながら逃げ帰る男に目もくれず、クレアは己に愕然とする。
 ――何をやっている。
 いつの間にか落としてしまっていたらしい床に転がるナイフを見詰め。
 次第にどうしようもない憤りが込み上げてきた。
「………………――くそ!」
 だが、今は壁を殴りつける事しかできなかった。


 クレアは逃げるようにチェックアウトを済ませ、当て所なく街を彷徨い歩く。

 夜毎、“夢”を観た。
 場所は決まってかつて渡り歩いたどこか。
 あの日の戦場であり、記憶にある事実と精神的経験とが混在した――反吐の出る――情景。
 否、このように昼日中に何気なく街を歩いている時でも。
 買い物を楽しんでいる時や食事の最中にも、会話中も、入浴中も――息をしている限り。
 目に、耳に、鼻や舌、肌と体内、意識、記憶、本質の全てにおいて。
 何の前触れもなく唐突に、何度でも否応なく“夢”は去来し、彼女を苦しめた。
 PTSD――心的外傷後ストレス障害と言う名の呪縛は、復員帰国してなお、クレアに四年以上も前の戦時下と同等の臨戦態勢を強いているのだ。
 服さねば強迫神経症が併発し、かと言って従おうものならいつ人を殺めるとも知れない。
 あれほど好きだった酒を憂さ晴らしとばかり浴びるように飲んでも気は紛れず、ただ不味くて悪酔いするだけ。
 自宅に篭りきりでは余計酷くなるとカウンセラーに言われ、逃れるように宿を転々としてみても、直ぐに追いつかれてこのざまだ。
 ――こんな筈ではなかったのに。
 軍事活動を全うする為には、まずリアリズムを徹底しなくてはならない。
 なのに、クレアはある種の理想あるいは幻想を見出そうと、それへ臨んだ。
 そんな予断は通用しないと頭では分かっていた、つもりだった。
 彼女が憧れた英雄達を英雄たらしめたのは卓越した戦闘能力ではなく、それを最大限発揮する為の迅速かつ的確な状況判断。
 即ち現実を直視する才気に他ならない。
 更に、任務遂行を徹底する事に長けていなくてはならない。
 任務とは、枝葉を辿ればそのひとつひとつが国という大樹に辿り着く。
 そしてどこの国も、またそれに準ずる武力集団も、直接衝突であれ援助介入であれ自らの威信を賭けて挙兵する。
 威信と言えば聞こえはいいが、軍事衝突とは結局のところ利権の奪い合いでしかない。
 物的な利潤目当てだろうと主義思想を満たす為だろうと、勝利の先になんらかのメリットがあればこそ戦うのだ。
 彼らはそういった――自国のエゴと己の存在意義を重ね合わせ、貫き通す。
 リアリストにしてエゴイスト。
 それがクレアの導き出した、英雄の条件。
 ――無理だ。
 自分には彼らのようになる事など、到底。

「……れ……か」
「?」
 不意にか細い声が耳に入り、クレアは辺りを見回した。
 人通りのない、薄汚れていて猥雑な町並み。
 戦闘の跡でもないのに建物も道も所々崩れ、顧みられた形跡もない。
 ――スラムか。
 知らぬ間に郊外まで来ていたらしい。
 余計な揉め事に巻き込まれないとも限らない、早々に引き返そう――そう思った矢先。
「だれ、か」
 また、今度は先ほどよりもはっきりと、裏路地の方から聞こえてきた。
「…………」
 クレアは即座に最寄の物陰へ隠れ、声のした方を盗み見た。
 そこには大柄な男と、そいつに口を塞がれ首筋にナイフを突きつけられる女性の姿があった。

「……?」
 気がつくと、目の前では掌にナイフの刺さった暴漢が苦しげに蹲っていた。
 その切っ先はどうやら手の甲まで貫いて石畳の隙間に噛み込み、彼を地面に貼り付けている。
 女性の方は視界の隅で腰を抜かし、怯えた目でこちらを――クレアを見ていた。
「?」
 ――ああ。
 頬を伝う感触を覚え、きっと返り血が恐いのだろうと拭う。
 が、彼女は安堵するどころか益々恐れをなしたかのように首を振り、後ずさりする。
 ――無事なようだし、別にいいか。
 クレアはそれ以上気を遣うのを止し、今一度暴漢を見下ろす。
 彼は何度かナイフを引き抜こうと試みては激痛に屈して断念する流れを繰り返し、そのたびに恐怖と殺意の孕む血走った目でクレアを睨みつけた。
 対してクレアはと言えば、酷く落ち着いていた。
 彼にも彼女にも自分自身にも、何の感慨も湧かない。
 ――そうだ。
 命を守る為には、時に命を奪わねばならない。
 それだけの事。

 それで、いい。

 この後、クレアは再び戦場へ立つ事となる。
 新たな決意を抱く彼女が派遣されたのは、未だ紛争の絶えない中東戦線。
 衛生兵でありながら、戦闘行為に加わる事が増えた。
 敵――味方以外は一切を危険分子とみなし、発見次第排除する。
 たとえ自爆テロ要員にされた悲劇の子供であろうとも、無警告で撃ち殺す。
 そのたびにクレアは考える事を止し、普段の思考も、感情の起伏も、徐々に錆付いていった。
「仲間を守る為に」
 戦い続けた。
 仮初めの理由が――人を救う事こそを本来望んでいた自らを追い詰めているとも知らずに。




 そして、クレアが中東に派遣されて二年目の事。




 濃霧の如く土埃と硝煙のたちこめる市街地。
 派手な銃撃の応酬に手榴弾が水を差せば、爆発音と衝撃が家屋を、人を、吹き飛ばす。
 幸運にも我に返った者は、より爆心地に近かった同胞の身体が盾になったのだと気がつく。
 彼女は次の瞬間ひと際甲高い銃声を耳にし、だが奇妙な事にそれは既に卒倒した後で。
 自分が狙撃され、頭部が半ば抉り取られてしまった事など分からぬまま、二度と立ち上がらない。
 ――これは……戦い。
 煤けた屍の山。
 やはり身体のどこかが欠損して果てた者、あるいは誰のものとも知れぬ四肢。
 半狂乱でなりふり構わず四方八方銃撃し、ほどなく蜂の巣と化した者。
 ――生存者は。
 丸焼きになりながら未だ息のある者。
 血だるまと化し忘我する者。

 気づく筈もない。
 武装勢力に突如襲撃された軍隊が瓦解するさまへ、いたましく見詰める者が在る事など。


 気づく筈もない。
 極限状況下において久しく錆付いていた心が揺さぶられ、活力の源となっていた事など。

「通信兵! 軍医殿! 誰か……動ける者はっ!?」
 手近な負傷者を遮蔽物へと引きずりながら、クレアは必死に叫んだ。
 その日予定していた戦闘と行軍を終え、補給の中継地にと定めたこの街に到着した矢先の出来事だった。
 既に疲弊し、物資も少ない状況下を狙った襲撃に違いなかった。
 誰も想定していなかったのは、何も斥候が手を抜いていたわけではなく、直前まで自分達の存在を一切匂わせずに潜んでいた敵が上手だったのだ。
 隊長以下少なくとも半数は既に戦死したか、良くて戦闘不能状態。
 当初は手分けして負傷者の対応に当たっていた他の衛生兵も銃撃に倒れ、控えていた筈の軍医は激戦の最中に行方不明となった。
 あの“夢”とそっくりの、地獄。
「こんな……」
 だが打ちひしがれている暇などない。
 どうにか物陰を見繕い、目下の負傷者へ応急処置を試みるも、思うようにできなかった。
 幾ら試しても、大腿部が失くしたばかりの膝下になおも血液を送り込もうと脈動する。
 早く止血しなければ、もう十分ともたないのに。
 そうこうしている間にも戦闘音は四方から鳴り渡り、そのたびに負傷者が増えている。
 応戦にも加わらねばならない。
 しかし眼下には血だまりが広がってゆく。
 手が回らない。
 仲間を守らなくてはならないのに。
 救いたいのに。

 ――直接圧迫の前に、患部を持ち上げなさい。

「――?」
 どこからか美しい声が聞こえ、クレアは我が耳を疑った。
 激しい戦闘音の最中にあって、それは確かに聞き取れたから。
 ――まずはその人を寝かせて。
 まただ。
 元よりPTSDを患う身なれば、また得意の幻聴か何かだろうか。
「よりによってこんな時に……!」
 ――早く! 手遅れになる前に。
 あろう事か、不思議な声はクレアを急かし始めた。
「〜〜〜〜〜〜っ」
 今、また遠くで誰かが倒れた。
 銃撃は当分止みそうにないだろう。
 なぜだかクリアな思考が働き、周囲の状況ばかりがやたら正確に把握できた。
 一方で自らに課した事をひとつもこなせていない事実に、焦りと苛立ちがとうとう――臨界に達した。

「――幻聴でもなんでもいい、手を貸せ!」

 悲鳴同然に叫んだ。

『当然です』
「!?」
 突然、クレアの目の前にひとりの女性が――顕現した。
 彼女は天から舞い降りたかのように、医師然とした白衣と長い黒髪をなびかせ。
 ふわりと跪く頃には既にその紅い相貌で負傷者を捉え、観察――否、診断を始めていた。
 それが、リリアン・レッドフォードという女性だった。
「…………」
 言葉を失うクレアを尻目に、女性は負傷者を横たえていた。
『ゆっくり腿を持ち上げて』
「あ、ああ、了解した」
『大丈夫、まだ間に合います。落ち着いて』
「…………ああ」
 このような状況下に臆する事なく、ナチュラルに献身的なその姿勢に。
 気丈な声と、安心感の伴う言葉に。
 適切な医療処置に。

 クレアは遠い日に抱いた高潔なまでの理想を――英雄を、確かに見出していた。
 



 自らが英雄の条件をとうに満たしていた事には、気づかぬまま。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1631 / クレア・マクミラン / 女性 / 27歳 / ミズハイランダー】
【aa1631hero001 / リリアン・レッドフォード / 女性 / 28歳 / ドクターノーブル】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております。藤たくみです。
 まずはお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
 今回は劇中のクレアさん同様に己の力不足を痛感し、ある面では感情移入しながら、またある面においては試行錯誤しながらの執筆となりました。
 題材に足る表現ができているのか不安ではございますが、以前お二人に発行した称号の源流に相応しいものを――と全力を注いだつもりでおります。
 お待ちいただいた分もお気に召すものとなっておりましたら、幸いです。
 ご指名とご愛顧、まことにありがとうございました。
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2017年01月19日

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