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『今日の明日は今日 』
まいだaa0122)&ラドヴァン・ルェヴィトaa3239hero001
 早朝。冬至を過ぎてほんの少しだけ夜明けが早くなった薄明るい世界のただ中で。
「ぬぅ、やけに寒いと思えば本当に寒いではないか! 誰か、冬将軍とかいう奴の首を落として来い!」
 大柄な体を小さく縮こめ、ラドヴァン・ルェヴィトがわめき散らした。
 辺りは一面の、雪。なにひとつ確認せず、気にも止めずにここまでやってきてしまったのが敗因と言えば敗因なのだが。
 ――出かけると決めた以上、出かけなければ戦わずして負けることになるだろうが!
 契約英雄となる以前、もともとの世界では領主として、近隣勢力を相手に鋼と言葉の刃を振り回していた彼である。守るべきもののない今の暮らしは気苦労がなく、気に入っている。……誰も冬将軍の首を獲りに行ってくれないこと以外は。
「思えば、ずいぶん遠くへ来たもんだ」
 つい感じてしまった物寂しさにラドヴァンが眉根をひそめた、そのとき。
「おーじーちゃーんっ!」
 ふくふくの砲弾がどーん。ラドヴァンの右腹――肝臓にぶち当たった。
「おじちゃんおじちゃんおじちゃん!」
 ぐりぐりぐりぐり。突進頭突きからのデコにじり。ラドヴァンの肝臓が悲鳴をあげる。
「ちょ、待、肝ぞ――急しょ――」
「おじちゃんおじちゃんおじちゃんおじちゃん!」
「落ち着けい!!」
 ようやく右腹から引き剥がし、ラドヴァンがぶら下げた砲弾の正体は……
「まいだ、頭から突っ込んでくるなと約束したろうが」
「おじちゃんのおなか、ぷにょぷにょだからへいき!」
 まいだがぶらぶらしながら応えた。
 傲岸不遜なラドヴァンをなぜか「おじちゃん」と慕い、見つけるたびにタックルしてくる元気な幼女である。
「なっ!? 俺様の腹は鋼のごとく――」
「ぷにょぷにょ!」
「鋼が餅に……これが、老い……いやこれは防寒具の」
「おじちゃん、おじいちゃんなの?」
「いやまだだ! 俺様まだまだかろうじておっさんの端に引っかかった程度の若ぞ」
「おじちゃんのおはなし、よくわかんないー」
 まいだがつるつるの顔をんー。としかめた。
 ――幼い。
 まいだをそっと道路に下ろし、ラドヴァンは息をついた。
 彼女はもう6歳。幼稚園や保育園なら年長組だ。しかしその言動も思考も、レベル的には3、4歳で止まっている。
 まいだの過去になにがあったのか、どうして実の両親ならぬ養い親の下で暮らしているのか……ラドヴァンは沸き上がりかけた疑問を、心の底へ叩き落として踏み潰す。
 まいだはまだ6つなのだ。20年経てば26歳の体に23歳の、40年経てば46の体に43の心を持つだけの、おかしくもなんともない女になる。それだけのことだ。
 ――そして俺様は、46の体に6つの……いや、15……19の心を持つ、心は少年のナイスミドルだ!
 いろいろなものから全力で目を背け、ラドヴァンは顎を逸らしてまいだに訊いた。
「ところでまいだはなんでここにいる?」
「ゆきみたらあたままっしろになった!」
「うれしすぎて飛び出してきたか。まあ、俺様に会えたのは幸いだったが」
 この世界は元の世界とはちがう意味で物騒だ。いくらエージェントといえど、幼女誘拐のターゲットにされたり、交通事故の被害者になったりする可能性は希ではない。
 送っていってやらねばならんか。あらためてまいだを抱きかかえようとしたラドヴァンだったが、その手を途中で止めて。
「ただ帰るんじゃあつまらんな」
 今は早朝で人の姿はない。ということは、そう。
 この雪の世界のほとんどが、未踏だ!
「ついてこい、まいだ! 冬将軍を退治し、俺様たちの国を打ち立ててやるぞ!」
 思いついたらがまんができなくなった。なにせ彼は、少年の心を持つナイスミドルだから。
 ラドヴァンが告げると、まいだはわーっと機械の両手を挙げ。
「うん! まいだ、おじちゃんとあそぶー!」
 まいだもまたがまんできなくなったらしい。こちらはより幼い心を持つ幼女なのだから当然だが。

 かくして車の轍ではなく、あえて道の端の新雪を蹴散らしながら、おっさんと幼女は公園を目ざす。


「たあーっ」
 雪道をかけっこ。義足に加えて手まで使い、兎みたいに跳ねながらラドヴァンを追い抜いたまいだが、今は雪場と化した砂場へダイブした。
 ぼぞり! 小さな体が見えなくなるくらいまで埋まった。
「ぷあ」
 体を引き抜いて立ち上がれば、後に残されたものはまいだ型の穴。
「まいだだ!」
「うはははははーっ」
 そこへラドヴァンが背中からダイブした。まいだ型は無残にもラドヴァン型に。
「あー! おじちゃんいじわる!!」
「憶えとけ! この世界は喰うか喰われるかだぁ!」
 互いの型の潰し合いが始まった。
 とはいえラドヴァンのほうが大きいので、まいだはごろごろ転がって彼の型を潰す。負けじとラドヴァンも転がって……
「め〜が〜ま〜わ〜る〜」
「うぅ、おぇ」
 ダメージはラドヴァンのほうが大きかった。

「ゆきだるまつくろー」
 まいだが雪を掘る、雪を掘る、砂も掘る。
「あー」
 砂だらけになってしまった雪を見て、失敗を悟った。
「あわてるな。冬将軍の軍勢は俺様たちを囲んでるんだからな」
 新雪を転がし、大きな玉を作るラドヴァン。そこにまいだも加わって、どんどん雪玉を大きくしていった。
「おっきくなってきた!」
「いやまだだ。まだまだ足りんなぁ」
 そして。
「すごいね!」
 ラドヴァンの肩に届くほどまで成長した雪玉を見上げ、まいだが赤くなった鼻の頭をこすった。
「おお。まいだの助太刀のおかげだな」
 ラドヴァンも満足げにうなずくが。
「問題は、この上にどうやってもうひとつ雪玉を乗せるかだ」
 共鳴していれば簡単なことだが、今はふたりとも相方がいない。もちろん、そのために呼び寄せるなんて野暮をするつもりもなかった。
 冬将軍との戦いは、ラドヴァンとまいだだけのものなのだから。
「とりあえず顔でもつけてやるか」
「うん!」
 この後ふたりはもうひとつ作りなおし……ついついがんばり過ぎて、結局7つの顔つき巨大雪玉を放置することとなるのだった。

「それー!」
 ぽひん。まいだの投げたゆるい雪玉が、ラドヴァンの顎に当たって散った。
「襟ん中に雪がああああっ!」
 首筋に入り込んだ雪が冷水と化し、ラドヴァンを苦しめる。
 まいだの攻撃の合間に、彼もやり返そうとするのだが――手袋がだぶついてうまく握れないのだ。
「えいえいえい」
 次々とまいだが雪玉を投げる。全部がゆるく握られていて、なぜかかならずラドヴァンの防寒具の隙間へ潜り込んでくる。
「まいだ待て! なんだその雪玉製造速度は!?」
 見れば、まいだは手袋などしていなかった。機械化された掌を使い、速射砲さながらの勢いで雪をすくっては投げすくっては投げ。
「くぅっ!」
 ラドヴァンはまいだに背を向け、逃げ出した。これは逃走じゃあない転進だと自らに言い聞かせながら。
「まてまてー」
 誤算だったのは、幼児のしつこさが尋常じゃなかったことで。
 雪合戦という名の一方的な雪浴びせ祭りは、悲惨なクライマックスへ突入する。

 適当なビニール紐とレジ袋を組み合わせて作ったソリの上から、まいだがはーい! と手を挙げた。
「じゅんびかんりょー!」
「よし、では、行くぞ!」
 紐をつかんだラドヴァンが走り出す。
 ソリが加速し、雪の上を滑る。
「びゅーんってなるねー!」
「まだまだ速くなるからなぁ。転ぶなよ!?」
 ラドヴァンがさらに足を早める。
「きゃー」
 まいだの歓声が高く跳ねる。
 手応えが、重くなる。
 ――なんだこの重さは!? まさか俺様、本当に老けて力を失ったのでは!?
 思わず振り返れば、速度に耐えきれなくなった袋が紐状になっており、それをつかんだまいだがずるずる引きずられていたのだった。
「まいだ、それはおもしろいのか?」
「これはこれで!」
 ならばまあ、よしとするか。
「じゃあつぎ、おじちゃんのばんだよ!」
「なに!?」
 ラドヴァンが交代し、紐を体に巻きつけたまいだがふんす、鼻息を噴いた。
「しっかりつかまってないとおっこちちゃうんだからね?」
 が。袋のソリはびくとも動かない。
「まいだ、ちょっと待て。やりかたを考えろ」
「んぐぎぎぎ」
 まいだの顔が真っ赤になって、湯気まで立ちのぼり始めて……ラドヴァンのドクターストップにより、この遊びはノーコンテストに終わった。


「まだ少し早いが、よく戦った。飯を食って休むぞ」
「かれーらいす!」
 というわけで、ふたりは早めの昼食をとりにファミリーレストランへ向かった。

「昼食メニューではなく、昼食メニューを頼みたいのだが」
「朝10時半からのご提供となっておりますので、ご注文いただけますよ」
「ありがとー!」
 手を振るまいだ。その掌を見て驚いたウェイトレスが、すぐに目を逸らして厨房へ駆けていく。
「……まいだ、なんだかわるいことしちゃったのかな?」
「気にするな。あの女は少し驚いただけだ」
「びっくり? まいだ、こわいかおしてた?」
 まいだは自分の顔を指先でぐにぐに動かし、笑顔を作る。
「怖いだと?」
 ラドヴァンがテーブルへかぶさるように怖い顔をまいだに突きつけた。
「俺様が怖いか?」
「おじちゃんはこわくないよ。おじちゃんはおじちゃんだもんね」
「俺様もまいだは怖くないぞ。まいだはまいだだからな」
 アイアンパンクなど、そこまでめずらしい存在ではないだろうに。しかし一方で思うのだ。彼らが目立たないのは、彼ら自身が人造皮膚なり擬装なりを施し、世界に溶け込む努力をしているからだと。
 ――ええい、腹が立つ。
 なぜ、一方的にアイアンパンクが――まいだが気づかわなければならんのだ? この世界の住人はすべからく平等なんだろうが。まいだが在るように在ることを認められん輩にまで気づかってやる必要などない。
 しかし。まいだ自身も知っていかなければならない。彼女が生きている、この世界の現実を。
 ――まいだの養い親どもはずいぶん甘やかしているようだがな。この弱肉強食の世界、かばわれるだけで生きていけるか。
 ラドヴァンは大きく胸を反らす。不機嫌の裏に押し詰めた万感がこぼれ落ちないように。
「いいかまいだ、この世界にはいろいろな奴がいる。肌が白いのも黒いのも機械のもな。知らんから驚くのだ。見慣れてしまえばどうということもない。そうだろう?」
 まいだは自分の掌を見下ろした。
 そっかぁ。しらないとびっくりしちゃうもんね。
「まいだね。しろいとらさんみたときびっくりした」
「うむ」
「かれー、はじめてたべたときもびっくりだった」
「おう」
「おじちゃんと、はじめてあそんだときもびっくりしたんだよ」
「なぜだ?」
 まいだの笑顔にぽうっと朱が差して。
「おじちゃんはおじさんなのに、ほんとにあそんでくれたもん!」
 子ども相手だからと見くびらず、本気で遊んでくれたから。たったそれだけのことで、まいだはラドヴァンを――
 ラドヴァンは思ってしまうのだ。
 まいだには痛みも哀しみも知ることなく、健やかに育ってほしい。
 ……痛みや哀しみと向き合わせようとしているくせにそう願ってしまうのは、年寄りの身勝手というやつなんだろうか。

 運ばれてきたカレーライスをほおばり、まいだはにっこり微笑んだ。
「おいしいね」
「そうか、うまいか」
「かれーあじだから!」
「カレーだからな。っておい、カレーがカレー味でなければ何味だ?」
「うーんと、えーっと、……いちごあじ?」
「認めん! 俺様そんなもん、絶対に認めんぞ!」
「いろいろあるからいいのにね。おじちゃんはこどもだなぁ」
「くっ!」
 まさにブーメラン。
 大人の威厳を取り戻すべく、いちごと同じ赤色のタバスコを大量投入したカレーは、驚くほどにまずかった。


 公園へ後ろ走り競争で戻ったふたりは、雪の中から遊具を全部掘り返した。
 さっきは雪で遊んだから、今度は公園本来の遊びかたに挑むのだ。

「準備はできたか?」
 すべり台の下でラドヴァンが声をかける。
「はーい!」
 すべり台の上から、尻に雪を押し固めた板を敷いたまいだが応えた。
「よし来い!」
 圧雪のつるつるで加速したまいだが、すべり台をびゅーっとすべり降りてくる。
「とおっ」
 宙に飛びだしたまいだがラドヴァンの腹にしがみつき、下へ降りた。
「クラクラしとらんか? なにせ俺様の腹筋は」
「やわらかかった!」
「なんだとーっ!?」
「きゃー」
 逃げだしたまいだを追い、ラドヴァンもすべり台の上へ。いっしょにすべり落ちてみたり、こけた振りでラドヴァンだけすべって行ったり大騒ぎ。まあ、ラドヴァンはでかくて尻が入らないので、横倒しになって……だが。

「ゆきだるまがおっこちないようにね!」
「造作もないことよ」
 シーソーの真ん中に小さな雪だるまを置き、まいだとラドヴァンはそっと、上へ下へ。
「……」
「……」
 集中しないとだるまが落ちてしまうので、互いに無言だったが。
「まいだ。これ、おもしろいか?」
「おじちゃんしーっ! って、あー!?」
 まいだが「お静かに」のゼスチャーを見せるために片手を離した瞬間、均衡が崩れた。
 まいだは1メートルも跳び上がり、そのままシーソーの上に尻から着地。
「ま、まいだ! 大丈夫か!?」
「うー、だいじょうぶだもん。まいだ、つよいこだから、なかないもん」
 泣かないこと。それはまいだが契約英雄と交わしたただひとつの約束であり、誓約だ。
 ラドヴァンは息をつき、そして思い出した。
 まいだには待っている者がいる。俺様が独り占めしていてはいかんな。
「すいぶん遊んだな。家の者が心配する前に帰るとするか」
 大きな両目を必死でぱちぱちしばたたき、痛みと涙をこらえるまいだに、ラドヴァンがそっと手を差し伸べた。
 まいだはその手をきゅっと握り。
「うん。……でも、さいごにもういっこだけ」

 ぶらんこに座ったまいだの背をラドヴァンが押す。
「おじちゃん、もっともっと!!」
「なに? よし、しっかりつかまっとれよ」
 ラドヴァンが反動をつけ、まいだを強く送り出す。
 まいだは義足を振り出し、さらに高く、大きな軌道を描く。果たして、軌道がほとんど180度にまで広がり、まいだの視界が空でいっぱいになって。
「おひさまだー」
 傾きつつある太陽が、雲の切れ間から顔をのぞかせていた。
「こりゃあ案外早く雪も溶けそうだな」
 ラドヴァンも目を細めて太陽を見上げる。
 この、なんとも言えない名残惜しさは、まいだと遊んだ時間が消えていくのだという感慨か。ほんとにまったく、これじゃあ俺様、本当にジジイのようではないか。
「そしたらがちんこでおっかけっことかできるね!」
 まいだのうれしそうな声が。
 ラドヴァンの物寂しさを打ち砕いた。
 そうか。そうかそうか。今日が終わってしまっても――たとえ俺様が少々歳をくったとしても――当然、明日はやって来る。
「……まだまだ、いや、もっともっと楽しめるな」
「うん!」


 赤みを帯びてきた世界の片隅で、まいだとラドヴァンは向かい合う。
「おじちゃん、またね」
「おう。またな」
 あっさりとふたりは別れた――と、思いきや。
「おじちゃん、これ!」
 まいだがラドヴァンに差し出したのは、小さな小さな雪だるま。ちゃんと顔がついているのが心憎い。
「こうえんでね、いっしょにあそんだ、おみやげ!」
 溶かさないよう、機械化された手の温度を下げて持ってきたのだろうそれを、ラドヴァンはうやうやしく受け取って。
「こいつは俺様の国の騎士として迎え入れよう。領地として冷凍庫の隅を与える」
 まいだはうれしそうにうなずき、住居である雑居ビルへまっすぐ駆け込んでいった。
 ラドヴァンはそれを見送らずに歩き出す。
 今日の明日なのか、明日の明日なのか、それとももっと先の明日なのかはわからない。
 でも。ふたりはいつかの「明日」、なんでもない顔で再会し、同じ時間を楽しむ。
 だからふたりは、明日には昨日となる今日の思い出を抱え、それぞれの時間を進み出した。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【まいだ(aa0122) / 女性 / 6歳 / 止水の申し子】
【ラドヴァン・ルェヴィト(aa3239hero001) / 男性 / 46歳 / バトルメディック】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 今日の思い出に背を押され、明日への希望に手を引かれ、彼らは歩き続ける。
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2017年01月19日

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