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『はじめまして、家族になろうよ 』
虎噛 千颯aa0123)&烏兎姫aa0123hero002

「パパ!」

 家族団欒の場で、突然降って湧いた(言葉通り唐突に降って湧いた)年頃の少女が、男のことを「パパ」と呼んだ場合の惨状を述べよ。

「……実家に帰らせていただきます」

 妻は静かに立ち上がって夫から子供を取り上げると、部屋の出入り口に立って美しいお辞儀を披露した。

「待て! 誤解だ!!」
「あなたがそんな人だとは思わなかったわ……!!」
「だから待ってってぇ!! 俺にも何が何だかわかんないんだってばぁぁああ!!」

 泣き崩れる妻を慌てて支えに走りながら、男はわけが分からずに絶叫した。
 子供たちはこの惨状の最中ぽやぽやと笑っている。

 状況はカオス以外の何物でもなかった。



「異世界の俺の息子ォ?」
「うん!」

 ニコニコと笑う「少女」を前に、虎噛 千颯(aa0123)は疑いと腹立たしさをないまぜにした声音を発した。
 対する少女――烏兎姫(aa0123hero002)と名乗ったその子は、ともすればチンピラにガンをつけられているような状況であるにも関わらず笑顔を崩さない。それどころか、うきうきそわそわと落ち着かず、嬉しそうですらある。

「……俺ちゃんの息子だ、って言いたいのはわかった。けど、烏兎姫ちゃん、だっけ? 女の子だろ?」
「? ボクはパパの子供だよ?」
「……」

 なぜだろう、今のこのやり取りで一気に庇護欲が湧いた。
 千颯はぽえぽえと首をかしげる少女を前に、思わず据わった目になる。怪しいことこの上ないのだが、烏兎姫は自身を「英雄である」と名乗った。であれば、この不可解な状況に対して納得の行く説明が……。

 できるわけがない。

「あなた、烏兎姫ちゃんが困ってるでしょ。その悪人面やめて」
「えっあっはい」

 思わず渋面を作った千颯に、妻の容赦ないツッコミが飛ぶ。
 なぜだ、ついさっきまで大号泣だったのに、なぜ今は烏兎姫側についているのだ。あとなんで俺ちゃんが悪役にされてるんだ。腑に落ちない感情に、千颯はただ困惑するしかない。

「何悩んでるの。いいじゃない、烏兎姫ちゃんも英雄? なんでしょう? もう一人くらい増えたっていいんじゃないの」
「いや、あのね、そう簡単な問題じゃなくてね……」

 確かに、千颯は既に一人の英雄と契約している。当然妻もそれを知っており、烏兎姫に対する理解も早かった。
 それにしたって、である。千颯はにこにこと笑みを崩さない烏兎姫を窺い見る。
 15、6歳の少女が、旦那を「パパ」呼びしているのに、この余裕加減はなんなのだろうか。

「異世界のあなたの息子なら、私の子供も同じじゃない。私、娘もほしかったのよねー」

 「ねー?」と烏兎姫に笑いかける妻に、夫は「そういう問題じゃない気がする」と胸中でごちた。
 さすがに、面と向かって口にする勇気はなかったのである。



「わっ、これおいしそう! ねえパパ、これほしい!」
「なぁ、そのパパって呼ぶのやめない?」

 ひそひそと聞こえる(気がする)声を努めて無視しながら、千颯は自称息子に視線を向けた。

「なんで? パパはパパだよ?」
「うんわかった、それはわかったから外ではやめよう」

 考えてみてほしい。
 10代半ばの少女が、20代前半の男を「パパ」と呼ぶ図を。
 邪推する要素しかない。

 チョコレートの箱を掲げ持つ烏兎姫を見つめながら、千颯はただため息をつくしかなかった。

 現在、2人は近所のスーパーマーケットに来ていた。
 千颯の妻に「2人で晩御飯の買い出しお願いね」と言われたためである。
 なんで俺がコイツと、と思わなくもなかったが、今日の妻に逆らうのは何故かとても躊躇われたのだ。逆らったが最後、とても恐ろしいいことになるような気がして。

「ねえパパ」
「わかった、わかったから! それ買ってやるから、早く帰るぞ!!」

 片手にお菓子の箱を持ってまとわりつく烏兎姫。この状況には異議しかないが、かといって自分を「パパ」と呼んで慕ってくる烏兎姫を邪険にするのも躊躇われる。

 現に今も、お菓子の箱を取り上げられた烏兎姫がとてもとてもうれしそうな顔をしていて。千颯はぐぅと喉の奥で唸り声をあげるしかない。

 まだ、千颯は烏兎姫と契約を結んでいない。
 いや、結んでいいのかわからないのだ。
 契約を結んでいない英雄は、現世においてとても儚く脆い存在だと、千颯ももちろん知っている。知っているのだけれども。

「パパ?」
「……なんでもない。ほら、次行くぞ」
「うん!」

 千颯は、烏兎姫という存在を、どう扱うべきか持て余している。



「なぁ、烏兎姫ちゃんのパパってどんな人だったんだ?」

 西日が目を焼く中、千颯は隣をぽてぽて歩く烏兎姫に視線をやらずにそう切り出した。

「? ボクのパパはパパだよ?」
「あー……そうじゃなくて」

 やりづらい。そう思いながら、エコバッグをカサカサ言わせて頭を掻く千颯。
 買った玉ねぎが二の腕を打撃してきたが、今は気にしている場合ではない。

「異世界でのパパ、というか。俺ちゃんじゃないほうのパパの話」

 何の気なしに、千颯がそう言った直後だった。

「……知らない」

 聞こえたその声が、とても、とても不安げで。
 千颯は思わず、歩みを止めて烏兎姫を振り返った。

 そこにいたのは、迷子だった。
 親とはぐれ、ひとりきりで心細く、どうしていいのか不安がっている、小さな子供の姿。

「パパは、ボクの、烏兎姫のパパでしょう? ボクは、パパの子供でしょう?」
「……」

 千颯の質問に答えず、烏兎姫は心細げに両手を握りしめている。

 手を。
 手を、握ってこようとは、しないのか。

 空いたままの左手をゆっくりと開閉しながら、思う。
 眼の前にいるのは、ただただ不器用なだけの、小さな子供なんだと。

「……帰るか」
「うん!」

 言ったとたんににぱっと笑う烏兎姫に、言いようのない庇護欲を感じながら。
 娘が生まれて大きくなったら、きっとこんな風にかわいらしく育つんだろうなと夢想しながら。

 結局、千颯の空いた左手が埋まることは、なかったけれど。
 今はまだ、それでいいかと、思った。



「ごはんできたよー」
「はぁい!!」

 お腹の空く香りが部屋いっぱいに充満している。
 今日の晩ご飯は、妻がかなりがんばったらしい、と、息子をあやしながら千颯は思う。

「烏兎姫ちゃん、これ持っていってくれる?」
「うん!」

 一緒に息子と遊んでいた烏兎姫が、ぱたぱたと台所に走っていった。
 さすがに、年頃の娘さんがいる前でフルオープンパージを敢行する非常識は持ち合わせていなかった千颯。妻に「珍しく服着たままなのね」的な視線を向けられて若干いじけていたのだが、いつまでも拗ねているわけにもいかないので、息子を抱えて食卓へ向かう。

「おっ、今日もうまそうじゃん」
「ふふん、そうでしょう?」

 両手に皿を持ったまま胸を張る妻からポトフを受け取りつつ、千颯は食卓に並べられた料理を見やった。

 手作りソースの絡められた大ぶりハンバーグと、添えられたキャベツの千切りに人参のグラッセ。ウインナーの入った野菜たっぷりポトフ。ほかほかと湯気を立てる白米に、小鉢に盛られたお新香。

「豪勢だな?」
「そりゃそうよ」

 千颯から息子を預かりながら、「当たり前だ」と言いたげに小首を傾げる妻。

「だって、烏兎姫ちゃんの歓迎会よ? これから家族になる子だもの。これくらい、普通よ」

 妻がそう言った瞬間の烏兎姫の表情を、千颯はきっと、忘れられないだろう。

 ただでさえ大きな目を、零れそうなほどに見開いて。
 呼吸を忘れたように、暫くの間息を詰めて。
 そうして、困ったような、うれしそうな、泣きそうで、不安げで、しあわせそうな、複雑な表情を浮かべて。

「……かぞく」

 聞こえるか聞こえないかの声量で、そう、呟いた。

「――っあー!! もう!!」

 負けた。勝てない。完敗だ!
 千颯はわしわしと髪の毛を乱雑に掻き回して、天井を仰ぐ。

「先に言っておくけど、俺ちゃん、年頃の娘の扱いなんて知らないからな!!」
「?」

 ズビシィッ! と烏兎姫を指差して、千颯が吠える。

「パパとか呼ばれたってわっかんねぇし、自覚なんかできるわけがない! 契約するからには女の子だからって手加減しないしできない、従魔や愚神とだって戦ってもらう!!」

 きょとん、としている烏兎姫を、正面からみつめて、言う。

「それでもいいなら、俺と契約しよう」

 後日、妻から「食事前に言う話じゃないよね」と諌められ、相棒から「もう少し言いかたがあったでござろう」と呆れられることになるが、これが千颯の答えだった。

 しばらく、何を言われたのかわかっていなかった烏兎姫だったが。
 次第に千颯の言葉を理解して、じわりと、笑顔を滲ませた。

「……パパとは親子だけど、向こうの世界では、ボクが物心付いた時には、パパはもういなかったんだ」

 ぽつりと、つぶやく。

「本当は、パパの事、何も、何も知らないんだ」

 溢れ出るそれを零すまいと、烏兎姫は笑う。

「それでも、いいの?」

 不安げな烏兎姫に、千颯は「もちろん」だと笑いかけようとして。

「当たり前じゃない!! 私の事も『ママ』だと思っていいからね!!」
「わぷっ?!」
「……」

 妻に全部持っていかれた。

 ぎゅうぎゅうと妻に抱きしめられている烏兎姫を見つめながら、千颯はふっと肩の力を抜く。
 わからないことだらけだし、うまくできる自信もないけれど。

「……まぁ、いっか」

 ゆっくりと、家族になろう。
 なんの気負いもなく、そう思えた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0123/虎噛 千颯/男性/23歳/人間】
【aa0123hero002/烏兎姫/女性/15歳/カオティックブレイド】
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2017年01月23日

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