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『その日食べた鍋の名を、僕達はまだ知らない 』
アスハ・A・Rja8432)&櫟 諏訪ja1215)&矢野 胡桃ja2617)&加倉 一臣ja5823)&月居 愁也ja6837)&夜来野 遥久ja6843)&点喰 縁ja7176)&矢野 古代jb1679


 ■矢野 古代(jb1679)の日記

 今年も残り僅か。
 娘は今日も帰って来なかった。
 じっと手を見る。
 生命線が見当たらない。
 どうやら俺の命はここまでのようだ。
 来年までは、とても保ちそうにない。
 何かやり残したことはなかっただろうか。
 いや、何もない。
 娘が帰って来てくれさえすれば、他には何も。
 会いたい。
 会いたいよモモ、我が愛しのスイートエンジェルドーター。

 モモ、モモ、モモ、モモ、モモ、モモ、モモ、モモ、モモ、モモ、モモ、モモ、モm………………


 日記はそこで途切れていた。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


「……ふぅむ、死因はいったい何でやしょうねぇ……?」
 その部屋に足を踏み入れるなり、点喰 縁(ja7176)は鼻の頭に皺を寄せた。
 見渡せば、眼前に広がる可視化された死亡フラグ。
 そして足元に転がる無残な死体。
 その手元には日記帳が開いて置かれ、滲んだ文字でダイイングメッセージが書かれている――ページいっぱいに、「モモ」と。
「桃の食い過ぎで中毒でも起こしたんでやしょぉか」
 縁は懐から大きな虫眼鏡を取り出すと、何か痕跡はないかと床に顔を近付けた。

 でも知ってる、ここに転がってるのは死体じゃないって……少なくとも生物学的な意味では。
 呼吸もしてるし、脈もある。
 ただ、魂がここにあるかどうかは定かではなかった。
 こうなった原因は、やはり娘の長期不在か。
 自分も義理の娘が家出でもした日にはこうなってしまうのだろうかと戦きながら、縁は部屋の奥に目をやった。
「ここはどなたのお宅でやしたっけねぇ……」
 表札には「矢野」と出ていたはずだが、我が物顔で部屋を占拠しているのは見知らぬ男達(知ってるけど)
 そして部屋の真ん中には……鍋。
 しかも普通の鍋ではなく、もはや大釜と称するのが妥当なシロモノである。
 一体誰がこんなものを持ち込んだのか、そもそも何の目的で?

 その謎を探るため、暫しこの部屋に集う者達の会話に耳を傾けてみよう。


 クリスマスが今年もやってくる〜――よろしい、ならば戦争だ。
 文章の前半と後半の間に越えられない溝と壁が横たわっている気がするが、気にするな。

 だってここは久遠ヶ原だから。

「鍋くってけ、なぁ、闇鍋だ、闇鍋だぞ!! なあ、闇鍋だぞ、みんな」
 アスハ・A・R(ja8432)による招集に応じて集まったのは、いずれ劣らぬ歴戦の猛者達。
 作戦地点はここ、密室という名の父娘二人が仲良く暮らす……いや、かつて暮らしていた、矢野家の一室。
 どうして他人の家でやるのかと?

 だってここは久遠ヶ原だから。

 恋人を、伴侶を、友を残し、彼らが聖夜に挑むは、YAMINABE。
 何故クリスマスの夜に、何故楽しいひと時にこれを選んだのか――商業主義に踊らされ牙を抜かれた家畜どもにはわかるまい。
 男には戦わねばならぬ時があるのだ。

 だってここは久遠ヶ原だから。

「さて、今年のテーマは八福祭だった、か」
 何のテーマか知らないが、とにかくそういうものがあるらしい。
 ということで、用意されたのは七つの大罪ならぬ七つの食材。
 恐らくはまだ増えるだろうが、まず手始めとしてはそれくらいでいいだろう。
 ただし、そのブツを全部食べるまで誰も生きては帰さない。
 食べても生きては帰れない。

 だってここは久遠ヶ原だから。


 ゆく鍋くる鍋、今年一年でいくつもの闇鍋をしてきたけれど、これが今年最後の闇鍋――多分。
「ということで、折角なので自重を捨ててみましたよー」
 櫟 諏訪(ja1215)が持って来たのは、無駄に高級な瀬戸内産の天日塩。
 お高いものは少ない量を大事にいただくものだと思うだろうが、用意されたのはどーんと5Kgの大袋だった。
 それ食材じゃなくて調味料ですよね、などと無粋なツッコミを入れる者はいない。

 だってここは久遠ヶ原だから。

「ちゃんと全部入る鍋を持参したので、安心してくださいなー?」
 鍋を持ち込んだのは彼だったようだ。


「……おかしい、正月もクリスマスも夏休みも見舞いでも闇鍋してる気がする」
 そう呟いて首を傾げてみたものの、加倉 一臣(ja5823)は当たり前のようにその状況を受け入れていた。
 真夏には鍋、真冬には海水浴……うん、大丈夫、何もおかしなことはない。

 だってここは……あ、もういいかげんしつこいですか、そうですね。

 久遠ヶ原でなくても、男子学生が集まって囲む鍋と言ったら闇鍋以外には有り得ないだろう。
 特に大学八年生ともなれば、既に闇鍋のプロと言っていい。
 闇鍋とは、まずは部屋の明かりを消して、各自が持ち寄った食材を闇の中で鍋にぶち込むもの――だと思うだろう?
「そう思うのがシロートのあかさたな! ……あれ、なんか違うな、何だったっけ?」
 こう、似たような響きの言葉だった気がするんだけど、と言って自分の頭をコンコン叩く月居 愁也(ja6837)に、夜来野 遥久(ja6843)が助けの泥船を出す。
「浅はかさ、な」
「そうそれ! さすが遥久あたまいい! 世界一のオトコマエ!」
 それで、なんだっけ。
「闇鍋の真実を語ろうとしたんだろう?」
「そうそれ! すげーな遥久なんで俺の言いたいことわかっちゃうの!? 超能力者!?」
「いいから、解説するならさっさとやれ」
「わかった!」

 促されて、愁也は懐中電灯で自分の顔を下から照らす演出とともに、厳かに語り始めた。
「闇鍋は人の心を映す鏡、すなわち、そこに放り込む具材こそが闇の象徴。人が闇鍋を覗き込む時、その奥底に潜む闇もまた汝を覗いているのだ……」
 よって、たとえ白日の下に堂々と行われようとも、具材が心の闇を映しているならば、それは闇鍋と呼ばれる。
「あ、ちなみに俺の闇はこれだよ! じゃーん、くるま麩でーっす、沖縄行きたい気分でさ(てへ☆」
 最初にそれを言ってしまったら闇鍋にならないと?
 だから言ったではないか、物理的に視認が可能かどうかは問題ではないのだ。
 たとえ目の前に見えていようとも絶対に回避不能な危機、それが闇鍋なのだから。


「こりゃぁ具材が被っちまいやしたねぇ」
 話を聞いていた縁は、手にしていた車麩の袋に目を落とした。
「あっ、よすがんもくるま麩なんだ!」
 それを愁也に見付かり、縁は思わず頭を下げる。
「すいやせん愁也あにさん、これからひとっ走り店まで行って何か他のモン見繕ってきますんで……!」
「なに言ってるのさー、闇鍋で食材が被るなんてよくあることじゃなーい」
 それに自分のは沖縄のくるま麩、縁のは新潟の車麩。
「こっちはでっかいちくわぶみたいなヤツだし、よすがんのは切ってあるやつだし、ぜんぜん違うっしょ」
「そ、そうでやすかねぇ……」
 元々は自宅の留守を任せている愛娘との楽しい夕食に供するために買ったもの、何事もなければ美味しい出汁をたっぷり吸ったご馳走になるはずだった食材だ。
 しかし、何の因果か闇鍋の開催を知ってしまってはゼヒモナイヨネ。
(「すまねぇ車麩の姐さん、飛び込んじまった以上は火に油を注がねぇことにゃ男が廃るってもんでさぁ。ここはひとつ助けると思って力を貸してくだせぇ……!」)
 助けたいと思うなら、むしろ車麩さんにはお引き取り願うのが正解な気がするけれど。
 だって車麩って言ったら煮詰められた混沌を集約するスポンジ具材の代表じゃないですか。
「やっぱり鍋のお汁はくるま麩で吸って、全部いただくのが王道だよねー」
 なお、なぜ車麩が姐さんなのかと言えば、全てを受け入れ包み込んでくれる包容力の高さゆえ。
 ただし包み込んだからといって、母のように優しく癒やしてくれるわけではない。
 むしろストレートに叩き返してくるどころか、煮詰めて二倍返し三倍返しは当たり前という厳しさである。
 しかし、それこそが闇鍋の醍醐味。
「素人は鍋に合わないトンデモ具材こそが闇鍋の闇たる所以だと思うだろうが……」
 一臣が見えない闇を見つめる瞳で呟いた。
「彼等はやがて知るであろう、全てを呑み込み渾然一体となった汁こそがもっとも深い闇であることを。しかし、そこはまだ闇鍋道のほんの入口でしかないのだ……!」
 さすが闇鍋八年生は言うことが違うしキャラもなんか違ってる。
 闇鍋とは、かくも人を変えてしまう怖ろしいものなのだ――まだ始まってないけどね。


「では、始めるとしましょう――闇の儀式を」
 遥久の声が厳かに響く。
 クリスマスに闇鍋と聞けば奇異に感じる者もいるかもしれないが、彼等にとってはこれが平常運転である。
 聖夜の集いと言えば闇鍋、つまりはいつもの闇ミサ。
 お誂え向きに魔女の大釜まで用意されているとなれば、やることはひとつ。
「生贄をこれに」
 声とともにドナドナされて来たのは一臣である。
「鍋の最初は、まず出汁を取るものだから、な」
「お鍋の出汁って言ったら鰹節だよね!」
 アスハと愁也に両脇をがっちり固められ、お鍋にわっしょいされる一臣くん。
「知ってた、こうなるって知ってたけど……!」
 でも待ってみんな、冷静になろうよ!
「常識で考えて、野郎が入った後の風呂の残り湯で鍋作ろうとか思う!?」
 言われてみれば確かにその通りなのだが、クリスマスに闇鍋を所望するような人達に常識なんてあるはず――いや、きっと彼なら――!

 その彼、遥久は期待を裏切らなかった。
 少なくとも「冷静である」という一点に於いては。
「確かに、鍋の出汁としては彼以上の適任はいないでしょうね」
「おい!?」
「ですが……それは、この物体が鍋であるという前提のもとに成り立つものです」
「ごめん遥久ちょっとなに言ってるかわかんない」
 これって鍋だよね、という一臣の問いに遥久は静かに首を振った。
「いや、釜だ」
 今宵は闇ミサ、なればこれに揃うは闇の魔具。
「ここに鎮座せしはは古代ケルトより伝わる魔法の大釜――」
「いやいや、ない。ないから」
 しかし誰も一臣の言うことなど聞いちゃいない。
 そこに諏訪が乗っかって、話はますますあらぬ方向へ転がっていく。
「ケルト神話に登場するダーナ神族の四つの宝のひとつで、尽きることなく食べ物が出て来るとも、死者をこの釜で煮ると復活するとも言われていますねー」
 ここは後者の説に従ってみよう。
 ちょうどそこに、お誂え向きの死体もあることだし。
「あれ、そうすると俺は煮られずに済んだってことかな」
 一臣が誰にともなく尋ねるが、やっぱり誰も聞いちゃいない。
 床に倒れ伏した古代の身体を担ぎ上げ、剥く――褌だけは残すのが武士の情だ。
 高級塩で身体を清め、煮えたぎる釜にせーので――

 ピンポーン。

 おや、誰か来たようだ。
 しかし訪問者は家人の反応を待たずに、勝手に玄関の鍵を開けて入ってきた。
 それもそのはず、その訪問者は――


「……ごめんなさい、家を間違えたみたい、ね」
 室内の惨状を見てとるや、矢野 胡桃(ja2617)はくるりと踵を返した。
 これが自分の家であるはずがない。
 久々に帰ってみればそこは漢のパラダイス、ふんどしわっしょいまつりの会場でした、なんて。
「あっ、胡桃ちゃーん、おかえりなさーい! ってことで、おい闇鍋食わねえか」
 愁也が嬉しそうに手招きしているけれど、見えない聞こえない何も見てない。
「やだなー胡桃ちゃん、忘れちゃったのー? 知ってるでしょー? チームハルヒサでございます〜」
「いいえ、知らない人たち、ね」
 アスハさんとか諏訪さんとかよすがさんとか、はるおにーさんとか、おみおにーさんとか、しゅやおにーさんとか、みんな知らない人ですから。
 みんなにわっしょいされてる褌の人が父さんのはずないし。

 ――と、その時――

 奇跡が起きた。
「モモ! マイラブリーキューティスイートエンジェルドーター!!」
 死んだはずの古代が生き返ったのだ。
「おお、すごい……さすが魔法の大釜! 死人が生き返るって本当だったんだ!!」
 愁也は感心しきりに釜の中を覗き込んでいるが、違うから。
「ってことは、この釜に肉とか入れたらまるごと生き返るのかな! 牛肉ひとかけらで牛が出て来たりしたらスゴくね!? どんなに食べてもなくならないし!」
「うん、愁也は平和で良いね」
 一臣は「ずっとそのままのキミでいてほしい」と密かに願ってみるけれど、願わなくても変わらない気がする。
 もちろんこの釜はただデカいだけの普通の釜だし、煮られたものが生き返ることもないし、古代はまだ煮られてないし。
 と言うか、そもそも死んでないし……肉体的には。

「我が家からモモという名の温かな光が消えて幾星霜、我が凍てついた心は千々に乱れ砕け散り、遂には魂の終焉を迎えつつあった……」
 しかし。
「今ここに俺、矢野古代は蘇った!」
 魔女の大釜の力ではなく、娘への愛の力によって。
「さあモモ、闇鍋だ!」
 愛しい娘の帰還を祝うこの席に相応しいおもてなし、それは闇鍋を置いて他にない!
「古代さん、死んでる間に脳味噌溶けちまったんですかねぇ」
「いいえ、多分あれは元々ですねー?」
 縁の呟きに諏訪が答える。


 それはともかく、闇鍋だ。
(「今さらながら、どうしてこうなっちまいやすかねぇ……?」)
 縁は改めて、そこに居並ぶ(いろんな意味で)百戦錬磨のつわもの達を見やる。
 この面子が揃えば「デスヨネー」としか言えない状況となることは必定、となれば死なばもろとも討ち死に上等。

【ロード・オブ・ザ・ヤミナベウィズ娘】
 溶岩が煮えたぎる火口ならぬ鍋の中に、ひとつの具材を投げ入れるまで旅は続く。
 しかも投げ入れてからが本番だ。

 まずはその下準備として、スープの出汁を取る。
「オミを刻んで鍋に入れ――」
「入れません入りません刻まれません」
 すちゃっと包丁を取り出したアスハに向かって一臣が首を振る。
「その代わりにほら、このオジサンの枯れ具合が良い出汁になるよ、なんだっけ、枯れ節?」
 鰹節が枯れ節を推している、美しきかな裏切り愛。

【チームハルヒサふゅーちゃりんぐ闇鍋】
 死亡フラグしか見えないところに父がいる。
 父だけは救わねば。

 だが娘は知らない、その父こそが全ての発端であることを。
 と言うか本人も知らない。
 じっと手を見る。
 そこにしっかりと握られているのは、くさやの干物を密封した袋。
 何故に自分はこんなものを握り締めているのかと、古代はおぼろげな記憶を辿る。
 そう、あれは娘がいない寂しさを拗らせた年末のある日。
 仲間全員を道連れにしようと闇鍋を企てたことまでは覚えている。
 そのために、このくさやを用意したことも。
 しかし彼はその志半ばにして涙の海に呑まれて力尽きた。
「そうか、その遺志ををアスハさんが……!」
 いいえ、ぶっちゃけただ闇鍋したかっただけです。
 何故に矢野家を選んだかと言えば、傷心の古代さんを慰めたかったとか、そんな考えは微塵もない。
 ただ便利に使えそうだったから。
「ですよねー」
 知ってた。
 いいの、結果オーライ……いや、全然オーライじゃない。
「モモ、マイアメイジングラブリーキューティスイートハニーエンジェルドーター!」
 へるぷみー、このままでは美味しく煮られてしまう!
「そう、ね」
 助けを乞われて娘は立ち上がった。
「生贄を捧げよ」
 具体的には、しゅやおみおにーさんずとアスハさんを、闇鍋に。
「三人くらい入れるわよ、ね」
 大きな鍋を持って来てくれた諏訪さんぐっじょぶ。
「しゅやおにーさんは良い具材になりそう、ね」
 おみおにーさんは言わずと知れたかつおぶしだし、アスハさんは……うん、たまには自分が巻き込まれてみるのも良いんじゃないかしら。
 え、チームハルヒサに限って言えば大体は巻き込まれる方?
 言われてみればそうだった気がするし、慣れているなら好都合。
「いや、出汁を取るのも面倒だろう。今回はこれで手を打つというのはどうだろう、な」
 差し出されたのは鶏ガラスープの素。
 クリスマスと言えばチキンということで、申しわけ程度のクリスマス要素を入れてみようかと。
「そうそう、胡桃ちゃんも食べるんだからさー、俺なんかより美味しい具材いっぱい持って来たし……きっと誰かが!」
「クリスマスに鰹出汁はないな、正月の雑煮ならまだしも」
 ん? 雑煮の出汁なら構わないと?
「わかった、わ。それはお正月の楽しみにとっておきましょう、ね」
 首を振ってももう遅いよ!


 煮立った湯の中に鶏ガラスープをどばーっと入れて、ベースは完成。
「明かりを消す、ぞ」
 消灯、そして具材の投入。

 どぼん。
 ざらざら。
 ぽちゃん。
 しゅわーん。
 どぼどぼ。

 闇の中に様々な音が響く。

 ちゃぽん、ばしゃばしゃばしゃばしゃ……しーん……。

「遥久、今の音なに?」
「さあな」
 何か生き物がもがき苦しんだ末に力尽きたような音がしたんだけど、気のせいかな?
 そう問いかけた愁也に、遥久はしれっと答える。
 もし明かりが点いていれば、親指を立てながら鍋の闇に沈んで行くスッポンの雄々しい姿が見られたであろう。
 今頃はきっと、鍋の底で美味しく煮えているに違いない――誰かが妙なものを仕込んでいなければ。
 知ってるけどね、この面子でまともな鍋になるはずがないって。

「美味しくなぁれー美味しくなぁれー」
 懇願とも思える呪文と共に、煮詰めること数分。
 闇の中に漂う臭気は既に嗅覚を破壊するレベルだが、この場合はさっさと破壊されたほうが幸せかもしれない。
 具材が美味しく(願望)煮えたところで、それぞれに中身を取り分ける。
 箸ではつまめない食材があることも考慮して、取り分けに使うのは穴あきおたまである。
 それさえも通り抜けてしまうであろうモノは、車麩の姐さんたちがたっぷり吸ってくれる――なお水で戻すなんてそんな手間はかけていないので、より一層の濃い闇が凝縮されていることは間違いなし。


 光が戻った世界で、それぞれに手元を見る。
 知ってた、世の中には具体的な形を持った目に見える闇があるって。
 スープのベースは鶏ガラである。
 これには何の問題もない。
 だがそれ以外には問題しか見付からなかった。

 まず、スープの食感がザラザラである。
「このサイズの鍋でもさすがに溶けきれませんでしたねー?」
 でも塩釜焼みたいになるよりは良いよね、一応は液状を保ってるし。
 諏訪が仕掛けたにしては、破壊力がソフトである。
 それだけならどうにか……胃の中に大量の水を送り込めば中和できないこともない、気がするし。
 でも何だろう、この鼻につく甘ったるい匂いは。
「苺のロールケーキを入れてみた。コモモが好きだろうと思って、な」
 しかもクリームたっぷりだ。
「ありがとうアスハさん、でもそれって溶けるよね?」
 大丈夫知ってる。
 かく言う胡桃さんのチョイスも大概ひどいけどね!
「ちょっと、あんこを一袋ほど、ね」
 矢野家の冷蔵庫には常に、甘味の材料が保管されていた。
 そして父は胡桃のおかけで甘いものには耐性が出来ている、はず。
 つぶあんだから溶けずに残るよ!
 あ? 鍋じゃなくてぜんざいだ? それが狙いだよ!!
 たとえ他に何が放り込まれていようとも、甘味で包んでしまえば全てがスイーツと化すマジック。
 甘ければなんでも食べられる系娘に死角はなかった。
 そんなこともあろうかと、くず餅を入れた父にも死角はない。
 とりあえず娘のためにストックしておいた甘味で誤魔化したとか、そんな。
 なお、くず餅の主成分であるデンプンには加熱によって水分を吸うという特徴がある。
 つまり、これも麩と同じスポンジ食材――その意味は、わかるな?

 スープに溶け込んだ具材がこれだけなら、まだ何とか人間の食べ物として認識することが出来たかもしれない。
 強烈に甘くて塩辛い中に、ちょっぴり出汁の風味が漂う程度であれば、まだ何とか。
 しかし。
「えー、クリスマスにちなむなら赤と緑でしょ」
 そう言ってトマトスープと青汁を入れた愁也は許されない気がする。
 そして具材は、そのカオス汁をたっぷり吸い込んだ大量の車麩とくず餅がメインという殺意の高さだった。

 だがそれでもまだ、鍋は真の闇を映してはいない。
「うん、まあ、この程度なら普通にあるよな」
 さすがは闇鍋八年生、踏んだ場数と引いたハズレ具材の数では他の追随を許さない一臣は、余裕の表情を見せた。
「ほら、このキノコなんか普通に美味そうだし」
 椎茸、しめじ、えのき、エリンギ、なめこ、それに松茸まで!
 あと何か見たことないようなカラフルで美しいキノコの数々が、丸ごとごろんと入っている。
 それらは全て、遥久の提供によるものだった。
「美しいでしょう? 闇鍋とは言え見た目も大切ですよね」
 ベニテンg? イッポンシメj?
 気のせいでしょうと、遥久はイイ笑顔で派手に赤いキノコを愁也の口に放り込む。
「遥久のあーんとか何それ最高!」
 え、毒キノコ? 遥久が俺にそんなもの食べさせるわけないじゃない!
「あー、俺なんかめっちゃ幸せ! 闇鍋万歳、遥久いれば何でもいい、それが俺!」
 幸せすぎて今なら鍋ごと食える気がする!
「……愁也、それ多分キノコの毒のせいだな?」
 一臣は知っている、その派手に赤いキノコがベニテングタケであり、摂取した際の主な症状に多幸感があることを。
 だが残念なことに、ベニテングごときに撃退士を倒せる力はなかった。
 つまり愁也のそれは平常運転。
「たとえ毒でも遥久のあーんなら無敵、それが俺!」
 タマゴテングだろうとカエンだろうとクサウラベニだろうと……
「……あ、遥久の背中に白い羽根が見える……」
 そうか、遥久は天使だったのか。
 しかしそれは恐らく破壊の天使と呼ばれるドクツルタケの中毒症状。
 撃退士を倒せるキノコが、ここにいた。
「……鍋は闇鍋……鍋底空になりゆく、顔色すこし青みて、意識断ちたる魂の細くたなびきたる……」
 ぱたり。
「しゅやおにーさんが、何か頭の良さそうなことを呟いたと思った、ら……これも中毒症状のせい、なのかしら、ね」
「胡桃ちゃんひどーい」
 あ、生き返った。
「何度倒れても不死鳥のごとく蘇る、それが俺!」
 遥久のクリアランスのおかげだけどね!
 なお遥久自身は聖なる刻印と神の兵士を常時展開、おまけに危機回避能力にも秀でているため、どんな食材が来ても(本来の意味で)無敵である。
 なお、この場合の危機回避とは、察知と同時に愁也へ「あーん」することだった。

 ところで、親指を立てながら鍋の底に沈んだはずのスッポンはどこへ消えたのだろう。
 誰の皿にも見当たらないのだが……
「さてここで問題です」
 一臣が口を開く。
「遥久が探しているのは金のスッポンですか、銀のスッポンですか。……それとも、俺の尻に食いついてるこのスッポンかぁ!」
「それだ」
「それで、何か言うことは?」
「何を言う必要がある」
 放し飼いにしたスッポンに噛まれるなんて、日常でしょう?
「もしかして、さっきのバシャバシャって音……こいつが鍋から逃げようとして暴れてた音でやしょうか?」
 縁が一臣の尻からスッポンを引っぺがす。
「遥久あにさん、こいつどうしやす? 今から鍋に入れるのも……」
「そうですね、彼(多分)は自ら生存を勝ち取ったのですから、その勇気と行動力は賞賛されて然るべきでしょう」
「じゃあ俺が飼ってやっても良いですかねぇ?」
「ええ、どうぞ」
 良いの? よし決まった!
「今からおめぇさんはスッポンのポン太ですぜ!」
 みんな、よろしくね!


 こうして食材がペットに昇格した、その頃。
「俺の口もこうありたい」
 一臣は自分で入れたしじみを前に、しみじみと呟いていた。
「煮えたぎる湯の中に生きたまま放り込まれるとか拷問だろ。なのにこいつらは悲鳴を上げることもせずに、ただ黙って己の運命を受け入れるんだ……最後まで口を開かずに」
 立派なものじゃないか、なあ?
「いや、それ最初から死んでるから」
 などとツッコミを入れる者は誰もいない。
 何故なら認めたくないから……死んでるどころかもう腐ってるという、その事実を。
 甘ったるい匂いの中に混ざるドブのような腐臭の原因はこいつだったか。
 そしてそれは、穴あきおたまが良い仕事をしたおかげで全員の皿にまんべんなく盛られていた。

 ここで闇鍋のルールを思い出してみよう。
 各自で取り分けた具材は必ず完食すること――そうだったな?
「クリアランス、残りは先着三名様ですね」
 提供者に威圧をかけつつ、沈黙を守る貝を愁也の口に放り込んだ遥久の言葉に、皆は先を争って貝をこじ開け、目を瞑って鼻を摘んで、噛まずに呑み込んだ。
 それでも、甘すぎる佃煮をヘドロに漬け込んだような味と匂いは防ぎようもなく——

 一臣は激怒した。
 必ず、かの邪智暴虐の具を除かなければならぬと決意した(入れたのは自分だけどね!
 一臣には闇鍋がわからぬ(ベテランにも未知の領域はあるんだよ!
 一臣は大学8年である(卒業させて!
 銃を撃ち、悪魔と遊んで暮して来た(遊んでただけじゃないよ、多分!
 けれどもヤバイ具に対しては人一倍に敏感であった(その結果がこれだよ!
 食って駆逐(しろめ

「……ふ……ふふ……」
 不敵な笑みを浮かべ、目を開けたまま気絶するアスハ。
 これが(狂気の)涙あり、(気が触れたような)笑いあり、(こんな味初めてという)感動ありの(食あたりによる)抱腹(味覚テロによる)絶倒一大グルメバトル――誰だ、闇鍋って言いだしたのは。
 自分か。
 いや、そんな筈はない、これはきっと誰かの陰謀……
 倒れ伏した彼の手元、その床面には闇鍋の何とも表現しがたい色に染まった汁で、こう書かれていた。
 ――K……

「これはまさか密室連続殺人事件、しかも一度に大量の……!」
 探偵復活、スッポンを抱えた縁の足元に横たわる死屍累々。
 なお彼は遥久同様、アスヴァンのスキルで死亡を免れていた。
「クリアランスも三回使えやすから、遥久あにさんと合わせて残りの全員復活できやすね」
 気絶なんて許さない。
 そう、治療が親切心からだと思ったら大間違いなのである。
 果てのない苦しみは全員で分かち合ってこそだろう?



 この地獄絵図はどこまで続くのか。
 鍋の中身が尽きるまで?
 だがしかし、この鍋は鍋にあって鍋にあらず、ダグザの大釜である。
 それは中身が尽きることのない魔法の釜。
 満腹になるまでは、誰ひとりとして帰さない――ただし味の保証は一切ないが。

 でも大丈夫、たとえ死んでもこの釜で煮れば生き返るからね!



 その日食べた鍋の名を 僕達はまだ知らない。
 きっと一生、知ることはないのだろう……


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8432/アスハ・A・R/男性/外見年齢25歳/元凶】
【ja1215/櫟 諏訪/男性/外見年齢22歳/参謀】
【ja2617/矢野 胡桃/女性/外見年齢16歳/死因】
【ja5823/加倉 一臣/男性/外見年齢30歳/出汁】
【ja6837/月居 愁也/男性/外見年齢24歳/生贄】
【ja6843/ 夜来野 遥久/男性/外見年齢27歳/勝者】
【ja7176/ 点喰 縁/男性/外見年齢20歳/探偵】
【jb1679/矢野 古代/男性/外見年齢40歳/発端】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

何か問題がありましたら、リテイクはご遠慮なくどうぞ。
ある意味、問題しかないような気もしますが(
八福パーティノベル -
STANZA クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年01月23日

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