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『満ち足りた器(4) 』
水嶋・琴美8036
 戦いの強さに美しさも含むなら、琴美に敵う者はいないだろう。襲い掛かってくるアンドロイト達を、一体一体確実にのしていくその手際は非常に的確であり、隙がない。隙のない女性は美しいものだ。凛とした面持ちで戦場を駆けるその姿に、見惚れてしまう者がいるのも無理はない話である。
 惜しむらくは、ゆっくりと彼女の姿を鑑賞する事が許されている者はこの場にはいないという事だろう。気高く咲く一輪の花や美術館に飾られた絵画に例えたくなる程の美貌を持っているが、今の琴美は戦場を駆ける隊員に他ならない。優しき心を押さえつけ、慈悲なく敵を切り裂いていく。彼女のナイフが、優雅な動きで宙を走りまた一体のアンドロイドを地へと伏せさせた。
 それにしても、アンドロイドだというのに、彼等の動きには違和感を感じる。どことなく、『らしく』ないのである。いくらアンドロイドが進化してきたといえど、彼等はあくまでも機械に過ぎず、心など持ってはいない。持っていないからこそ、彼等はいついかなる時でも、自分の職務を完璧に果たす事が出来るのである。
 だというのに、このアンドロイド達の動きは何だ。ふわり、と少女の黒髪が揺れる。自らに攻撃を仕掛けてきたアンドロイドの一撃をさっとしゃがむ事で避けた琴美は、立ち上がると同時にその拳を振り上げアンドロイドの腹へと叩き込んだ。
 苦悶の声をあげるかのように、後ずさるアンドロイド。それを見て、他のアンドロイド達はまるで動揺するかのようにざわめき始める。
 ふと、何体かのアンドロイドが、自分達が不利である事に気付いたのか、そっと身を隠しながら戦線を離脱しようとした。無論、それをみすみす逃す琴美でもない。瞬時に相手との距離を詰め、無防備なその背中へと一撃をくらわせる。ロングブーツに包まれた彼女の足技が、華麗に相手へと叩き込まれた。
 やはり、アンドロイド達の様子は少し奇妙であった。琴美の美しさに見惚れ、その強さに動揺し、敵わないと悟れば逃げ出そうとする。
(まるで、生きている人のそれですわね)
 人の心を植え付けられたかのように、感情を持っているかのように動くアンドロイド。それは、ある意味ではアンドロイドが人に追いついた進化といえるかもしれない。けれど――。
「何者かの命令により、戦わされているあなた達に感情があったら……あなた達が苦しいだけでしょう?」
 悲痛げに、琴美はそう呟けば瞼を伏せた。アンドロイド達を指揮している者が、何を思って彼等に感情を与え、そして戦わせているのかはまだ分からない。けれど、慌てふためき、逃げ出そうとしている彼等を見ていると、どうしても琴美の胸は痛むのだ。
「だから、そろそろ終わらせねばなりませんわね。あなた達の苦しみも痛みも、一瞬でなくしてさしあげますわ!」
 次に瞼を開いた時、琴美の瞳にあったのは悲哀ではなく決意だ。風が吹く。どこからともなく吹きすさぶそれは、やがて琴美達の周囲へと集まってくる。ぐるぐると渦巻いていき、小規模な竜巻のような姿になったその風は、琴美を守護するように彼女の周りを駆け抜け始める。そして、周囲にいたアンドロイド達を一息で飲み込んだ。

 ◆

 静寂を取り戻した廃工場に立っている者は、琴美一人しかいない。邪教団は倒され、アンドロイド達もその機能を停止した。傷どころか、埃一つついてないその手で、琴美は通信端末を操る。
「任務完了いたしましたわ。司令に報告したい事が少々ありますが、その前に現場の後始末をお願いしてもよろしくて?」
 通話の向こうにいる司令が頷いたのを確認した後、彼女は転がっている邪教団の遺体を見下ろした。闇夜を駆ける黒猫のように、愛らしいその瞳に浮かぶのは慈悲だ。
「それと、彼等の遺体も……。悪しき者とはいえ、人は人。丁寧に扱ってくださいませ」
 琴美の優しき言葉が、邪教団達の遺体の上へと落ちる。地獄へと落ちるであろう彼等へと捧ぐ、せめてもの手向けとなって。

 何にせよ、今日の任務は終わった。いつも通り、琴美の力が任務を成功へと導いたのだ。
 だが、根本的な問題は解決していない。
 琴美は、物言わぬアンドロイド達の亡骸を見下ろす。まるで、彼等を操っていた何者かを睨むかのように。その瞳には、この事件を必ず解決し街に絶対に平和を取り戻してみせるという確かな決意がこもっていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年01月23日

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