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『―天に誓った仇討ち・1― 』
水嶋・琴美8036

 高層ビルがズラリと立ち並ぶ、如何にも都心と云った感じの近代的な街。しかし、そこに人々の雑踏は無い。
 幾許かの時を遡ったある時代、人類はまたも犯してはならない大罪を繰り返していた。そう、国家間にわたる戦……世界大戦が勃発したのである。
 その、勝利者など誰も居ない終結の後、僅かに生き残った人類は『秩序』と云う名のルールを失い、世は再び暴力が支配するようになっていた。
「……よぉ、こんな夕暮れに一体、何処へ行く?」
「貴方には関係の無い事……関わらないで下さい」
「女か? 止めておきな。この集落を出たら、そこは命の保証のない無法地帯だ。アンタみたいな……」
 そこまでを口に出した男は、ローブの奥から覗いた鋭い眼光にたじろぎ、黙ってしまった。
 身も凍るような、鋭い目線……しかし、そこに感情は含まれていなかった。言うなれば、戦闘マシーン……そんな雰囲気を、その女性は全身に纏っていた。
(……お父様……時は来ました。私はもう、退きはしない……決して!)
 先刻の男性が目を伏せているのを見ると、彼女は再び歩き出した。砂塵の舞う、荒廃したビルの谷間を抜けて。
 既に傾き、ビルの影にその姿を隠そうとしている陽光を背に受けて、全身を覆うローブをはためかせた旅人……
 彼女の名は、水嶋琴美と云った。

***

「くッ……!」
「お、お父様あぁぁ!」
「こ、とみ……来るな、来るんじゃない。父さんが此処を食い止める、その隙に逃げろ!」
 既に足許には大きな血だまりが出来、尚もボタボタと赤い雫は流れ続ける。もはや死期を悟ったのであろう、男は娘の叫びを背で受けながら、懸命に相手の前進を阻んでいた。
「でも、でも!」
「聞き分けの無い事を……言うな! それでも忍びの娘か!」
「……!!」
 既に痛覚も失われているのだろう。男は腹に深く突き刺さった刃を筋肉で抑え込み、微動だにせぬ状態を作り上げて相手を封じていた。その傍らで、娘に向かって怒鳴っていた。
「安心しろ、其方へは行かせはせぬ……行け。そして生き延びろ……普通の娘としてな。これは父の、最後の願いだ……」
 それが、最後のやり取りとなった。娘は父の奮闘を無にせぬようにと、必死で走った。必ず仇は取る、きっと戻ってくる……そう誓いながら。
 建物の外まで出ると、娘はその外観を瞳に焼き付けるが如く、じっと見据えた。
 再び秩序を取り戻そうと足掻いた、反乱軍の長……忍びの末裔であった父。それを亡き者とし、頂点に立ったのは、恐怖政治を敷かんと目論む独裁者・通称『格闘神』と名乗る統領であった。
 政治とは名ばかり。自らの意にそぐわぬ者は、老若男女の区別なく消してゆく。そうして、抗う者が居なくなるまで徹底した力の誇示を続けた男。それが、その日から娘の『敵』となった。
 娘は単身、人里を離れた山中に籠り己を鍛え続け、野生の猛獣を相手取って格闘センスを磨いた。
 幼い頃から厳格な教育を施され、読み書きは勿論、礼節も既に弁えていた十歳にも満たぬ少女。そんな身でありながら、彼女は自ら危険に身を晒し、全身が凶器となるまで己を磨き続け、そして9年の歳月が流れた。
 彼女は幼き姿から、たおやかな肢体に長い緑の黒髪を持った、美しい女性へと成長していた。しかしその実体は、生身で武装した男性を無力化する事すら出来る戦闘能力を秘めた忍……いや、闘士へと変貌していたのである。

***

(……あの時のまま……少しも変わっていない。此処には、時の流れと云うものが存在しないと云うのですか?)
 眼前に迫った塔を見上げ、彼女――琴美はあの日の光景を脳裏に蘇らせていた。しかし、それはあの時のまま、寸分違わぬ姿で、そこに存在していたのである。
「誰だ、そこに誰か居るのか!?」
 歩哨であろうか。侵入者である琴美を発見した男がそう叫ぶと、兵隊と思しき男たちが物陰や建物の中から次々にと姿を現し、程なく琴美を取り囲む。
「命が惜しければ、下がりなさい。これは脅しではありません、私の狙いは……」
「黙れ! 事前に連絡の無い訪問者は、全て消せと命じられているのだ……掛かれ!」
「……愚かな……」
 刹那、鋭利な刃が琴美の頬すれすれを掠めた。が、彼女は眉一つ動かす事なく、軽く首を倒しただけでそれを躱した……だけの筈であった。しかし、僅かに琴美の腕がぶれたように見えたかと思った瞬間、斬り掛かった男は白目を剥き、その場に倒れて昏倒した。
 そして、次に襲い掛かって来た男に脱ぎ捨てたローブを被せると、肘と膝でその身体を上下から打ち付けた。彼は先刻の男に重なるように倒れ、そのまま動かなくなった。
 ローブを取り去ったその下からは、上は袖を大胆にカットした変形和服と黒の特殊繊維で作られたインナー、腰には脚の動きを妨げぬミニスカートを纏い、その下にこれまた黒のスパッツを着け、膝丈まである革製のロングブーツを履くといった、女性らしいフォルムを強調したコスチュームが現れた。
 その姿は一見すると、その色香に惑わされそうになる程の魅力を醸し出していたが、迂闊に近寄れば別の意味で即・昇天してしまうと云う……例えるなら、鋭い棘を持った美しい薔薇のようであった。
「ひ、怯むな! 相手はたかが女一人、臆する事は無い!」
 と、指揮官らしき男の号令で一斉に琴美へと襲い掛かる、雑兵たちの群れ。しかし、彼らが動いていたのは……数秒と云ったところか。ほぼ瞬殺と言って良かった。
「チっ、手強い! 此処は体制を立て直して……」
 指揮官が増援を求めるべく、琴美から背を向けたその時。彼の行動は、塔から出てきたと思しき男によって遮られた。
「何処へ行く? 許可なく持ち場を離れる事は、重罪だと教えた筈だぞ」
「……! そ、それが、侵入者が舞い込んで、これが手強く……ぐふっ!」
 指揮官の男は、味方である筈の男によって斃されていた。
 格闘戦に自信があるのか、男は上半身を露出させた軽装で、腕は丸太ほどあろうかと云う筋肉質な威容を誇っていた。
 相手を威嚇する為であろうか、頭髪をモヒカン刈りとし、顔面に刺青を施したパンクファッション風の姿であった。
「フン、女か? 随分と色っぽい格好だが、俺はそんなものに惑わされはしないぜ? 遠慮もしないしな」
「……私も、遠慮というものは存じませんの」
 琴美がそう言い終るか否かの刹那。風が巻き起こる程の拳圧が彼女の脇腹を捉え……る、筈であった。が、彼女は次の瞬間、既に回避を終了し、平然とした表情を男に向けていた。
「チィッ、流石に身軽なようだな。だが!」
 男は威力のある強打から、スピードのある連打に切り替えて攻撃を続けた。が、それが琴美の身体に触れる事は無かった。
 無情にも、悉く空を切るだけに終わったその攻撃は、ただ彼自身の疲労を誘うだけの結果となった。
「こ、このアマ! チョロチョロと……だが、流石にこの一撃は躱せ……へぶっ!?」
「私、口数の多い殿方は嫌いですの」
 それが攻撃で無かったら、さぞ嬉しかった事だろう。男は琴美の艶めかしい膝を横面に受け、そのまま白目を剥いていた。
「……この程度……では、ありませんわね。これはまだ、ほんの小手調べ……あの男は、この上に!」
 キッ、と鋭い眼光を塔の天辺に向け、琴美は躊躇する事なく、その入口へと歩を進めて行った。
 その手によって、斃された男たちを振り返る事すら無く……

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年01月30日

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