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『麦と銀 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)
「うーん、ちがうんだなー」
 小首を傾げながら、水エルフの少女は裸婦像の固い胸をもきもき揉んでいた手を止めた。
 ひと月前。彼女は魔法具を餌に、魔法薬屋を営む女主人シリューナ・リュクテイアとその弟子で妹分のファルス・ティレイラを呼び出し、「青銀像化して楽しませてもらう」夢を叶えた。
 もちろん、ずっと手元に置きたいなんて野暮は言わなかった。シリューナもそうだが、愛好家とは、封じ込められた生命の一瞬を愛でたいものだ。まあ、一週間ほど堪能させてはもらったがきちんと解放し、おみやげつきでお帰りいただいた。
 そして今、シリューナとティレイラで取った型を元に青銀像をこしらえた彼女は、そこへ水の精霊を封入して輝きを楽しんでいたのだが……。
「命の質がちがうってことかー。精霊には恥じらいとかないしなー」
 像の輝きが安っぽい。精霊には像に変えられる悲しみや苦しみがないからしかたないとしても、あのふたりの顔でこんなにギラギラされても興が冷めるだけだ。
「あのすばらしい時間をもう1回ーって、思っちゃうボクはまちがってるのかな?」
 エルフの問いに、脳内ギャラリーが即答した。
『ぜんぜんまちがってないぞー』
『生き物は欲望から逃げらんないもんだー』
『しょうがないからやっちゃおうぜー』
 だよねー。しょうがないよねガマンできないしー。
 脳内スタンディングオベーションに手を挙げて応えながら、幼型成熟体ゆえに少女の姿をした水エルフはその灰色に熟した頭脳を高速回転、ふたりを釣り出す手を考えるのだった。


「これはまた豪速球を投げ込んできたわね……」
 プレジデントチェアに身を沈めたシリューナが、届いた手紙を日に透かしてみながらため息をつく。
「ごうそっきゅう?」
 ラプサンスーチョン・ミルクティーにスコーン、サンドイッチなどの盛り合わせを添えたティーセットを抱えて書斎へ入ってきたティレイラが訊いた。
「水エルフのロリババァからよ」
 いつにないダーティなセリフと共に、デスクの上へ手紙を放るシリューナ。
 ティーセットを置いて手紙を手にしたティレイラが中身を確かめると。
「――ふたりで型をとった像、入り用なら取りに来い。って、いつの間にとられてました!? しかも取りに来いって、絶対あぶないじゃないですか!!」
「ええ。まちがいなくなにかしかけてくるでしょうね。でも、私たちの像をそのままにもしておけない」
 型はひと月前に銀像化された際、とられたのだろう。もちろんそれは問題だがそれよりも、完璧にふたりの体を写し取った像がエルフの手にあるほうが深刻だ。
「あの女のことだから、私たちが断ったら即売りさばくでしょうね。好事家じゃなく、人形師なんかに」
 人形師にもよるだろうが、等身大の裸婦像を欲しがるような輩がただ飾って満足してくれるはずがない。複製されて量産され、もしかしたら夜のお供用に……
「だめですそんなの絶対だめですー!!」
「こちらが放っておけないことがわかっているからこそ、搦め手じゃなくて直球で来た。まったく小賢しいババァだわ……」
 シリューナはしかめ面を傾けたカップで隠した。
「どどどどうしますお姉様!? カチコミ? カチコミます!?」
 先日亡くなった昭和の任侠映画スターを偲び、ふたりで仁義のない抗争劇を見た影響が出たらしい。ティレイラが「サラシ」や「ドス」などつぶやきながら右往左往。
「水魔法を完全に封じるのは難しい。水はどこにでもあるものだから。でも、せめて対策だけはしていかないとね」
 指先を巡らせて術式を編みながら、シリューナはまたため息をついた。
 なにせ相手は老獪な魔術師だ。魔力量ではこちらが大きく勝っていても、それを押さえ込むだけの知識と経験が向こうにはあるのだ。
 しかし。
「力で劣る以上、搦め手で来るしかないでしょう。竜の本気を味わわせてあげる――!」


「待ってたぞー」
 ひと月前と同じようにガレージハウスのシャッターを巻き上げて出てきたのは、白金の髪の少女……ロリババァの水エルフだ。
「返してもらいに来たわよ」
 背にティレイラをかばい、シリューナが言い放つ。表情も心情も読ませないための無表情で。
「そんな警戒すんなよー。いやー、キミらが恋しくて像とか造ってみたんだけどな、やっぱちがうんだなー」
 エルフはひょいと肩をすくめ、シリューナたちに背を向けてガレージの内へ入っていく。無造作で、不用心。やましさがないからこそのように見えるが、信用はできない。
「今回はずいぶんと直球な手で呼び出してくれたけど、どういうつもり?」
 シリューナの問いに、エルフは背中越し。
「手伝いしてくれとかって言って呼び出そうかとも思ったんだけどさ。それじゃ来てもらえないだろー?」
(やっぱりなにかたくらんでるっぽいですよね! 私、お姉様のためだったら“てっぽーだま”やります!)
 小声でこしょこしょ、拳を握り締めるティレイラを指先で制し、シリューナは背中越しに同じく小声で告げた。
(ティレ、私の後ろから離れてはだめよ。暴れるのはそれ相応の理由を掴んでから)
(うー、もやもやしますー)
 シリューナはガレージへ踏み込むと同時に、編み上げておいた重力魔法を発動させる。空気中の水分を他の不純物と共に最大限下へと押しつけ、エルフが使えないように。
 ――やっぱり銀を含ませていたのね。
 不可視の青銀が床に降り積もって実体化するのを見、シリューナは細く息をついた。
 が、向こうもこの程度の対策をしてくることくらい承知しているはず。むしろ先日と同じ手を繰り返してきたことのほうが怪しい。
「だーからー、警戒すんなって。ボクの工房の主力商品は青銀細工だぞ? そのへんに青銀が飛んでるなんて普通だろー」
 エルフはのんびりと言い、へらりと笑んだ。
「今、ふたりの像持ってくるからさ。来たついでに工具の調子見てくれよー。なんか魔法がうまく流れないんだよなー」
 そしてガレージの奥へと姿を消した。
「……お姉様、あの人、どういう気なんでしょう?」
 緊張した声で訊いてくるティレイラに、シリューナは低く応えた。
「まだわからない。でも、警戒だけは最大に」
 そしてシリューナは作業卓に置かれた工具を取り、カバーを外した。
「とりあえず仕事はしておきましょうか。せいぜいふっかけて、ここまで誘い出されてあげた手間賃だけでももらっておかないとね」

 工具の不調の原因は、魔力回路に溜まった魔力カスだった。
 術式のメスで働きの弱った回路ごとカスを削り落とし、新たな術式を組んで回路を成す。
「魔法具を成す回路の構造を読み取って、修復する。いろいろなものに応用できる術式だから、イメージだけでも憶えておきなさい」
 魔力の流れを阻害するものを取り去って、元の魔力回路に合わせた術式を編んで植え込む。なるほど簡単……って! そんなことできるの、すっごい高レベル魔法使いだけだと思うんですけど!
 シリューナの言葉にぶるぶるかぶりを振るしかないティレイラだった。
「おー、お待たせお待たせ。これ、ふたりの像なー」
 ようやく戻ってきたエルフが、白いゴーレムに運ばせてきたふたつの像を床に下ろした。
「白? 水じゃないみたいだけど、なにでできているの?」
 シリューナの問いに、エルフはへらへらと、
「やー、ウォーターゴーレムだと怪しまれるかなーって。ありあわせの小麦粉だよ」
 言うなればミールゴーレムというわけか。
(粉のままですね。練ってないです)
 シリューナにこっそり耳打ちするティレイラ。
 パンやうどんの生地よろしく水を混ぜ込んで練ってあったら要注意だが、粉のままなら危険は少なそうだ。
「ほい。ふたりの像で合ってるか確認よろしく」
 エルフが覆いをひらりと取り去ると、まさにシリューナとティレイラそのままの像が現われた。
「ぎゃーっ!?」
 濁った声をあげてわたわた自分の像を隠そうとするティレイラ。
 シリューナは像ではなく、エルフの表情へ視線を向け、そこに映るだろう真意を探る。
「工具の修理は終わったわ。代金は後で請求書を出す。……これでお暇していいのよね?」
「ボク疑われてるねー。なんでそう頑なかなー」
「信じてるわよ。同好の士として、あなたがかならず私たちを陥れてくるって」
「ありゃりゃ。だってボク、今日はなんにもしてないよ?」
「これからするってことでしょう? なにをするのかまではわからないけれどね」
 シリューナは自身とティレイラのまわりに張り巡らせた防御魔法を、隠蔽魔法とともに発動する。この防御魔法は特に“水分”への護りを高めたものだ。空気中に混ぜ込まれた水粒子が、これを越えてくることはできない。
「まー、そこまで期待されちゃーしょうがない」
 エルフの体から魔力が噴き上がった。見なくてもわかる。繊細な指で緻密に編み上げられた、超高位術式だ。
 おそらくは麻痺か眠りの呪いを含んだ極細の水針が、シリューナとティレイラへ降りそそぐ。
「ティレ!」
「あ、はいっ!」
 あわてて駆けつけてくるティレイラ。それを確かめることなく、シリューナは重力をねじ曲げて針を払った。
 その間に、ふたりへそよ風が吹きつける。風に乗せた毒水の霧。
 が、霧は防御魔法に弾かれ、その肌を侵すことができないまま消えた。
「お姉様! あの人の水魔法、ぜんぜん効きませんね!」
「対策はしてきた。あとは次の手を打たれる前に終わらせるだけ」
「やっと私の出番ですね! タマ獲っちゃいますよー!!」
 弾丸のような勢いでティレイラが跳び出した。
 魔法を封じられたエルフはただの少女。捕まえて縛り上げて放り出して帰る!
「甘いなー」
 エルフがニヤリ。
 ティレイラは止まろうとしたが――勢いがつき過ぎていて止まれない。
 と。
 エルフの横に控えていたミールゴーレムがぼそりと砕けた。
 白い小麦粉が舞い、あたりは真っ白に。
「この隙にシリューナはいただきだ」
 白煙の向こうからエルフの声がする。
 だめだ、なんとしても阻止しなければ。
「っふ、かふっ、お、お姉様!」
「だめよティレ! これは――」
 シリューナの飛ばした制止の声は、爆音に引き裂かれて消えた。
 爆音の原因は、ティレイラの放った火炎魔法が小麦粉に引火することで引き起こされた粉塵爆発。
「……得意でもない風魔法を併用した理由はこれさ」
 あの爆発の中にいたはずの3人、誰ひとり傷ついてはいなかった。
 エルフのそよ風が小麦粉を吹き払い、爆発を直撃させなかったからだ。
「私たちを驚かせただけ? それにしては冗談が過ぎるわね」
 シリューナが皮肉な笑みを閃かせる。
 ティレイラは転んでいたし、自分も体勢が崩れてはいたが、ふたりを守る防御魔法は健在だ。
「と、思うだろ?」
 エルフは傍らのバケツを持ち上げ、中身をシリューナとティレイラへぶちまけた。
「っ!?」
 とろみのある液体――液体だって!?
「キミの防御魔法は、気体に付着する程度の水分カットに特化してた。だったら原液のまんまぶっかければいいだけさ。よけらんないように転んでもらったりしてからね」
 銀を撒いておいたのは、こちらがどれほど警戒しているかを測るため。
 そしてエルフはあえて水分を使った魔法をしかけ、シリューナの防御魔法の術式を読み解いたのだ。
 さらには火炎魔法の使い手であるティレイラが突っ込んでくることを予想し、小麦粉製のゴーレムまで用意した。
「ほんと、小賢しいわね……」
 対抗術式を編むよりも速く、濃厚な液体がシリューナへ浸透し、その体を青銀へと変えていく。
「お姉様――!」
 そしてそれはティレイラも同じ。
「命が制止した一瞬を愛でる。でも、ずっと止まってるだけの命は死んでるのといっしょでつまんないからね。キミならわかるだろ、シリューナ」


 エルフは再び青銀の像と化したふたりをウォーターゴーレムに引き起こさせ、そのポーズを整えた。
「こないだより“緩く”なるように調合したんだ。ゴーレムの力ならポージングを変えられる。試すぞー」
 引き渡すはずの像と同じポーズをとらせたシリューナとティレイラを並べ、4体を順にながめてみる。
「こうして並べてみるとよくわかる。命だね。うん、命がちがう」
 何度もうなずき、エルフは像をなで比べた。
「同じ青銀のはずなのに手触りも別物だ。像はただ冷たいだけなのに、シリューナとティレイラは冷たくてあったかい……」
 今までエルフは、その時代の名匠の手による美術品に数多く触れてきた。
 確かにそれらは、凡作などとは比べられない完成度をもって彼女を慰めてくれたが。像と化したふたりの前では、名作などただの塊に過ぎない。
「綺麗だな。すごく、綺麗だ」
 すべらかな青銀を抱きしめ、エルフは目を閉じた。
 ――この一瞬が、ずっと続けばいいのに。
 しかし、わかっていた。その一瞬が永遠に彼女を魅了することはないのだと。見続けているうちに感動は褪せていくものだから。
「まるで恋だね。ボクは生き続ける限り、誰かの一瞬に魅せられては飽きて、また別の誰かの一瞬に魅せられて……まるで花を渡る蝶みたいに過ごしていくだけなんだ」
 寂びた笑みを浮かべ、エルフはゴーレムにふたりを運ぶよう指示した。
「今は一時の恋に溺れよう。この気持ちが褪せるまでの間だけでもね」

 銀のジオラマにふたりを置き、愛でた。
 扇情的なポーズを取らせたシリューナとティレイラを絡ませ、愛した。
 共に食卓を囲んだ。
 膝枕の上でまどろんだ。
 黒ずみがつかないよう丹念に磨き上げた。
 独りでやり過ごしてきた日常の中に、誰かが――けして自分を拒まず、一瞬の輝きをいつまでも留めた命がある。それだけのことが彼女を癒やし、満たした。
 愛好家というものは、結局のところただの寂しがり屋なのかもしれない。ただしその寂しさを満たすものは生者ならず、だからこそ満たされることのない、呪われた存在。
「こうしてみると思い知るねー。ボクは異常なんだなって。――シリューナ、キミはどうだい?」
 像は応えない。
 ゴーレムによって笑まされたまま、青銀の瞳をエルフに向けるばかり。
「つまんないね。綺麗なだけで、なんにもおもしろくないな」
 こうしてエルフは、あれだけの策を弄して手に入れたシリューナとティレイラを解放した。


「十二分に楽しませてもらったー。お礼はそのうちなんとなく精神的になー」
 エルフに見送られ、シリューナとティレイラは帰途につく。
 ちなみにふたりを型にして造った像は、ふたりが見ている前で潰され、延べ棒化された。
『おみやげだ。持ってってくれたまえー』
 希少な素材を無料で手に入れられたのは幸いだが……。
「いちいちメンテナンスしてくれるところがまた悪趣味だわ」
 不機嫌に肌のもちもちさを確かめるシリューナ。
 その顔を横から見上げていたティレイラが、ふと口を開く。
「――でもお姉様、あんまり怒ってないですよね」
 帰る前にたっぷりとごちそうを振る舞われたせいで、ティレイラの怒りはあらかた収まっている。どうせ像になっていた間の記憶はないし、像にできることなんてたかが知れているし。
 でもシリューナは、彼女のように深くこだわらない性格ではない。なのに、奇妙なほど怒りが薄いのだ。
 シリューナは不機嫌の端に湿った表情をにじませた。
「同志だからこそわかるのよ」
 ――私や彼女が、一生を捧げられるものに出逢うことはできないんだって。
 好事家というものは次から次へと愛でる対象を求め、渡り歩いていくことしかできない寂しい存在。シリューナにはエルフの苦しみが痛いほどわかるから。
「よくわかんないですけど! 帰ったらお茶淹れますね! クッキーってまだありましたっけ?」
「……あれだけ食べてまだ食べる気?」
「えらい人は言いました。甘いものは、別腹――!」
 隠された真実を明かすような顔でささやくティレイラに、シリューナはつい笑んでしまった。
「気分的に小麦粉は避けたいところね。米粉のロールケーキを買って帰りましょうか」
「はーい!」
 表情を輝かせて足を早めたティレイラを、シリューナは目を細めて追いかける。
 ――今回はゆるしてあげるわ。あの時間は、独りで在り続けることに耐えてきた同志へのせめてもの贈り物よ。ティレがずっとそばにいてくれる私からの、ね。
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2017年01月25日

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