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『冬、到来 』
齶田 米衛門aa1482)&ウィンター ニックスaa1482hero002

 齶田 米衛門(aa1482)は困惑していた。

「……兄さん……? 何さしてるんスか……?」
「ん?」

 部屋の隅に畳まれた己の布団に腰掛けて、押し入れの奥の方に入れてあったはずの詩集を読んでいる男は、米衛門の到来など気にした風もなく詩集から目を離さない。

 時刻は午前8時過ぎ。部屋の中は雑然としており、まるで物置にいるかのようだがこれは大抵いつものことなのであまり気にしてはいけない。
 しかし物の配置が米衛門の記憶にあるものと違う。片付けはあまり得意ではないが、物の置き場所は常に把握している米衛門。
 となると、先程から部屋の主そっちのけで読書に耽っているこの男が勝手に動かしたということになる。

 何をしていやがるのだろうかこの野郎。
 自分が顔を洗いに行っている僅かの間にこの有様。米衛門の眉間にも渓谷ができあがろうというもの。

 しかし男は米衛門の存在など意に介さない。文庫本から目を離さないままぺらぺらとページを捲る。自由気ままにもほどがある。

「兄さん……? それワシの本……」
「んー?」

 だめだ全く聞いてない。米衛門の困惑は最高潮に達しようとしていた。
 ページを捲る音が部屋に落ちる。

「ヨネ」
「うん?」

 と。
 ページから目を離さないまま、男が米衛門に声をかけた。
 あまり見ない真剣な横顔に、米衛門は思わず身構えた、のだが。

「エロ本の一冊も持ってないとか男としてどうかと思うぞ。まさか不能か?」
「けぇれ」

 米衛門は真顔でまっすぐ雪の降りしきる窓の外を指差した。慈悲はない。
 滅多に見られない米衛門の真顔。だがその底冷えするような重低音にも負けず、キリの良いところまで詩集を読み進めた男は、文庫本に栞を挟みながらぐぅっと伸びをして。

「女性に興味ないとか、男として終わっていると思わんか弟よ」
「兄さんはあけすけ過ぎるんスよ!!」

 がぁ! と叫ぶ米衛門。
 なかなかに彼らしからぬ行動だが、男は慣れているのか豪胆なのか、意に介した様子もなく。

「某は素直なんだよ」
「ドヤ顔こぐんじゃねぇっスよ!!!」

 ニヤッと笑って胸を張っていた。

 朝っぱらから米衛門の部屋を家探ししてエロ本を探していたらしいこの男、名をウィンター ニックス(aa1482hero002)という。

 何を隠そう、彼はつい先日この齶田家へとやってきた、米衛門の新たなる英雄なのである。



 ウィンター・ニックスの朝は早い。

「ニックス、お前まぁたヨネいじめて遊んでんのか」
「人聞き悪いなぁ、姉さん。某の愛だよ、愛情表現!」

 もふもふと白米を食みながら、お茶を淹れてくれた同居人を非難がましい目で見つめるウィンター。その露草色の髪に寝癖は見当たらない。その隣でホッケの一夜干しをつついていた寝癖がひどい米衛門も、ここ最近見慣れてきた不満顔でウィンターを見遣る。

「なして毎朝ワシの寝床漁るんスか。片付け大変なんスよ」
「お前は言ったって片付けしやがらねぇだろうが」

 赤い髪の同居人が非難がましい目で見てくるが努めて意識外に追いやる。誰がなんと言おうと米衛門の部屋はウィンターによって散らかされているのだ。たとえウィンターが「散らかした」後のほうが床が広く見えても、だ。

「いつの間にかエロ本増えてるかもしんねぇだろ!」
「増えねっスよ!! というか漁るなっつてるんスよ!!」

 わかってねぇなぁ、的な顔をするウィンター。
 ばっかじゃねぇの、的な顔をする米衛門。

「弟のエロ本事情探るのは兄の勤めだろう」
「がっちめがすぞ??」
「いいから黙って食え」
「「ウィッス」」

 それを諌める同居人。
 ここ最近の、齶田家の日常風景である。

「そういや兄さん、昨日の夜持っていった本、もう戻ってるっスけど、読み終わったんスか?」
「ん? ああ、面白かったぞ。あんがとな」
「相変わらず読むペース早いっスな……」

 ウィンター・ニックスの朝は早い。
 なにせ、米衛門がまだ眠っている時間に、部屋に置いてある物の配置が変わっていることすらあるのだ。

 米衛門は、まだウィンターが眠っている姿を見たことがない。



 ところで、御存知の通り雪国の冬は厳しい。
 外気温は氷点下を表示し、道や畑は雪に埋もれる。山も雪と氷に閉ざされ、農業を営む米衛門は趣味のマタギ活動もできず、冬場はすっかりおとなしい。

「精が出るな」
「あれ? 兄さん?」

 しんしんと雪の降り積もる冬の雪国にも、当然ながら晴れ間がある。
 この隙に、と屋根の雪下ろしを敢行していた米衛門であったが、山の方からウィンターが歩いてくるのを見つけてふと作業の手を止めた。

「出かけてたんスか?」
「おう、ちょっとな」

 軽く片手を挙げたウィンターの息は白い。が、着ているのは「いつもの」薄着だ。
 当然である、彼は「英雄」であって「人間」ではないのだから。彼らに影響を与えられるものは霊力のみ。凍える寒さも彼には春のそよ風と大差ない。

「頭に雪積もってるっスよ。見ててさびいからはよ中さ入ってほしいっス」
「んぉ、払ったつもりだったがまだ残ってたか」

 ふるふると頭を振るウィンターの周りに雪が散る。かなり長時間外に居たらしい。
 ざくざくと雪を掻き分ける姿は様になっており、米衛門はふと彼は「以前」から雪に慣れ親しんでいたのではないかと思った。どうやらウィンターはほとんど「前」を覚えていないらしいため、それを確かめる術はないのだが。

 丁度屋根の雪下ろしが終わった米衛門も、ウィンターに続いて家の中に入ることにした。雪がクッションになるため屋根から地面に直接飛び降りる。良い子は真似してはいけない行為だが、咎める人間が居ないため、米衛門は比較的やりたい放題している。

 雪下ろしは重労働であるため、着込んだ服の下では汗をかくほど。それでも身体は冷えるため、温まった室内の空気に触れて、知らずほうと息を吐く。ウィンターはいつも通りだ。

「どこさ行ってたんスか?」
「散歩。山と畑見てきた」
「この雪の中パトロールっスか。イツモオツカレサマデス」

 冷えない内に汗を拭き取りながら、御大層な仕草で両手を合わせてウィンターに頭を下げる米衛門。彼らしからぬ行為であるが、口調にはどこか照れが滲んでおり、ある種の「甘え」の一環であることが見て取れる。

「うむ、労いご苦労」
「子供扱いしねでほしいっス」

 ニカッと笑って米衛門の髪の毛を撫で回したウィンターの手は、雪に濡れて赤くなった指先に払い落とされるのだった。



 干し芋、という食べ物がある。
 文字通りさつまいも等の芋を干した素朴なものなのだが、これがまた甘くておいしいのだ。

「いいもん貰ったな」
「ん」

 ぽん、と米衛門の抱えていた包み紙を叩いて笑うウィンターに、米衛門は言葉少なに返事を返す。態度こそ素っ気ないが、表情はどこか嬉しげだ。

 農具の補修をしていた折、手入れ道具の不備を見つけて買い出しに出ていたのだが、その時に馴染みの金物屋のご店主に「食べきれないからもってけ」と大量の干し芋をいただいたのである。
 ひとえに日頃の「差し入れ」と米衛門の人徳の賜物だ。

「そのまま焼いて食べてもいいし、汁粉に入れてもうまいんス。兄さんは食べたことあるっスか?」
「どうだろう、覚えてねぇなぁ。たぶん無い」

 他愛ない話をしながら帰路につく。
 住民の手によって除雪された道は歩きやすく、また家近くの除雪作業をせねばならぬことを思い出して少し憂鬱になる。やってもやっても終わらない、というのは案外とストレスだ。

「にしても、ご店主の娘さん、かわいかったなぁ」
「5つ6つの子供捕まえて何言ってるんスか」

 でれっと格好を崩すウィンターに突き刺さる、米衛門の冷ややかな眼差し。コレさえなければなぁ、というのが米衛門と同居人の共通見解だったりする。

「女性は皆等しく尊いんだぞ! 将来美人さんになるのがわかってるんだし、口説いて損はない」
「キリッとすんな」

 本当に、これさえなければ。
 店先で遊んでいた子供に「かわいらしいお嬢さん、お名前は?」とか言いながら跪いて手を差し伸べていたウィンターの後頭部を殴った米衛門は、自分は同情されてしかるべきだと思っている。金物屋のご店主が上機嫌に呵呵と笑っていたのが救いだ。

「そもそもお前は頑なが過ぎる。若いんだから恋人のひとりやふたり……」
「いや恋人は一人だけっスよ?! ……それに、ワシは恋人持つ気はないっス」
「ええー? 人生の8割損してるぞそれぇ」
「大きなお世話っス!!」

 からかい6割、心配3割、軟派心1割で告げられたウィンターの言葉に、叫び返す米衛門。普段あまり深入りしてこない兄だが、こうしたからかいの中で核心に近い部分を突いてくるのがいただけない。何もかも見透かされている気がして、米衛門はウィンターのこういうところが少しだけ苦手だ。

「そういう兄さんこそどうなんスか」
「某? 某はねぇ、ほら、嫁さんがいるから」
「エッ?! 初耳っスよ!?」
「なんかそんな気がするんだよ。ほら、某って記憶喪失じゃん? たぶん残してきた妻のひとりやふたり居ると思うんだよね」
「気がするだけかよ!!!」

 ハッハッハ、と笑って歩調を速める兄。その細くたわんだ目に一抹の寂しさを湛えているような気がして、米衛門は喉元まで出かかっていた罵倒の言葉を飲み込んだ。

「……兄さ」
「ほらほら、某のことはいいんだよ! 帰って干し芋食べるぞ弟よ!」

 米衛門が言葉を発する前に、先を歩くウィンターが夕日を背負って米衛門を振り返る。
 露草の髪と螺旋の角が、オレンジの夕日に照らされてやわらかく光っている。
 冬の権化のような姿をして、彼は夏の日差しを思わせるのだ。

 どうしたってこの人には勝てないなぁ、と、思う。
 ずかずかとヒトの心に踏み入るような言動をしているように見せて、他者との距離のとり方が巧いところ。あけすけにしているようで、決して見せない胸の内。不躾なようでいて、そっと傷を覆ってくれる言葉たち。

 それに甘えてしまう自分がいることを、米衛門は知っている。

「待つっスよ、兄さん!!」

 さくり、と雪を踏みしめ、兄の背を追う。
 春はもうすぐ、そこに。

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2017年01月27日

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