▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『模擬戦、その後の場外乱闘 』
神代 誠一ka2086)&クィーロ・ヴェリルka4122

 体のあちこちが軋んで悲鳴を上げている。
 気を抜けば足は生まれたての小鹿状態。
「……ただ、い――ま……」
 自宅へ戻った神代は鍵を掛けることも忘れてソファへと倒れ込んだ。
 誰かがその場にいたらソファに引き寄せられる様はまるでショッピングモールによくいるゾンビのようだった、と言ったことだろう。
「ぅあ〜……何もする気が起きなぃ……」
 汗を流すとか食事をするとか。命の水たる酒を飲む気すら起きない――そう言ったら多くの友人が本気で心配してくれるかもしれない程に疲労困憊だった。倒れ込む前に眼鏡を外しサイドボードの上に置けたことは奇跡だ。
 このまま寝てしまいたい、と思うのだが戦闘による興奮状態のせいか頭は奇妙なまでに冴えており眠気が訪れる様子もない。
「スイマー……は水平線の彼方……だ、な」
 疲労のあまり口から零れる言葉は聞かなかったことにしてほしい。
 泥のようにソファに寝転んだまま、ぼんやりと今日の模擬戦の事を思い出す。
「……まったく手加減ってものを知らないんだからなぁ」
 模擬戦相手のクィーロ――悪友を真っ正直に讃えるのは気恥ずかしいから冗談交じりの呆れを込めた声。
 彼に潰された左腕を掲げ――るのも面倒なので軽く握ってみる。模擬戦終了後、癒し手により傷口は治癒済みであったが未だ切り裂かれた感触はまざまざと思い出せる。
 お互い手加減なしでやりあった結果だ。
「ま……楽しかった、な……」
 チャンスがあればまたやりたいと思う――と突如バァアアンっと大音声と共に扉が弾け飛ぶように開かれた。
「飲もうぜ誠一!!」
 噂をすれば影とはまさしくこのことか――酒瓶片手に銀色の髪を靡かせたクィーロが立っている。何故か覚醒状態で。未だ模擬戦の熱覚めやらずというところか。自分が眠れなかったように。
「玄関壊すなよ……」
 出迎えるのも億劫でソファの上から首だけ玄関に向けた。
 クィーロもそれを気にする様子はなくずかずかと遠慮もなしに入り込んでくる。「お邪魔します」代わりに「相変わらず、汚ねぇ部屋だな」とか余計な悪態をついて。
 それにしてもあれだけ戦ったというのに元気そうだ。
 これが若さというものか――と思いかけて内心頭を振る。いやいやこの疲労は決して歳のせいではなく、本気でやりあった結果であり、そうまだ筋肉痛だって日を置いて来る訳じゃないし――頭の中あれこれ流れていく言い訳。
「体の調子はもういいのか?」
「勿論。俺を誰だと思ってんだよ。ちょっと休めばすぐに治るっての。実はさ結構いい酒が手に入ったから……」
 酒瓶を持った手を振り回したクィーロが、溜息交じりのまま未だソファに寝そべっている神代を見下して
「……ってぇ、疲れて立てねぇの? ……歳ってやつ?」
 ニヤリと人の悪い笑み。
「人が考えないようにしていたことを……」
 よろよろと立ち上がる神代はキッチンにグラスとツマミを取りに行く。「手助けは結構」とか強がりを言い置いて。「意地張んなよ」揶揄うような声に「煩い」とだけ返しておいた。
 ツマミは火を通さなくて大丈夫なものばかり。そのあたりの備蓄は抜かりない。皿に移すのも面倒なので瓶や缶の器のまま持って行った。
 それをどうこういう相手でもない。
 互いの健闘を讃え合って盃を交わす。
「これは旨いなぁ……」
 一口飲んだ神代の口から零れた言葉に、だろぉ、とクィーロはとても得意気な顔だ。
「……どーでもいいが、誠一、汗くらい流しといたほうがいいぜ」
 匂うぞ、とクィーロが鼻の頭に皺を刻む。
「え?! 匂うか?」
 クンクンと自分の腕を嗅いでみるが神代自身にはわからない。
「かなり」
 真面目な顔で頷かれると別に加齢臭と言われてるわけではないのに結構胸にグサリと来た。
「あれだけ動いたんだから汗くらいかくだろ」
「そりゃなぁ。でも汗臭いままゴロゴロしてたら怒られるぜ」
 誰にとは言わんが――と思わせぶりなクィーロの視線。脱いだ服は洗濯籠に突っ込んでおけよ黴生えるぜ、なんて一言まで付け足して。
 だがこの時点でクィーロは知らない、年末よもや自分の衣装が黴だらけで発見されることを。
 盃と共に他愛のない話を重ねていく。実は棚の奥に隠し扉を作った、とか。勿論それは男と男の約束で内緒の話。
「発見された時は容赦なく見捨てるからな」
 そう本当に見捨てられた――とのちに神代誠一は語る。
「そういや、今日の模擬戦だが誠一は俺の動き読んでたのか?」
「実は心が読めるんだな」
 しれっと言って神代は蟀谷当たりを叩く。実際は読んでいるというより視線やちょっとした動きで誘導しているといったほうが正しい。クィーロのように戦士として卓越している者は、そういう細やかな仕草でこちらの次の動きを予想してくるからある意味やりやすいのだ。
 そうは言えど最終的に自分の計算よりもクィーロのセンスのほうが勝利したことになるのだが。
「心が読める割には、驚いてたじゃねぇか」
「……次は負けないからな」
 むすっと口角下げる神代にクィーロは「いつでもどーぞ」と涼しい顔。
「まぁー、なんつーの? ……」
 クィーロが言葉を探して銀髪を掻き回す。
「仲間じゃなくても一緒してくれた事は嬉しかったぜ!!」
「……」
 レンズの奥、神代は双眸を僅かに細める。クィーロは必要以上に誰かと近づくことを忌避する傾向があった。
 それは過去の記憶がないせいかもしれない。過去の記憶がないということは自分がどんな人間だったかわからないということだ。
 例えばとても臆病者だったかもしれない、優しかったかもしれない、残忍だったかもしれない――。
 今立っている自分が足元から崩れていくような過去があるかもしれない。自分たちの知らないクィーロがそこにいるのかもしれない。
 だが神代にとって今こうして目の前にいるクィーロがクィーロだ。たとえ彼が過去を思い出しても、自分たちがクィーロの仲間である事実は変わらないだろう。
 彼が過去と向き合っていくならば自分たちは力を貸すことを惜しまない――というか……

 パコン!!

 手近にあった新聞を拾い丸めて筒にすると思いっきりクィーロの頭を叩いた。腹の底に沸いたもどかしい苛立ちを乗せて。

「……?!」

 何が起きたかきょとんと眼を瞬かせるクィーロの、黒に戻っている髪をもう一遍叩く。
 自分の背を任せることのできる相棒だと思っているのに。謙遜と卑屈は違う。

 何も説明しないまま、もう一つ新聞紙ソードを作るとクィーロに投げた。反射的に受け取ったクィーロが丸めた新聞紙と神代を交互に視線を向ける。
「隙あり!!」
 やはりまだ事態を把握してないクィーロの頭を更に更に狙う――が、それは防がれた。
「ごめん、誠一、状況がわからないのだけど……」
「もう一勝負するかってことだな」
 窓から湖畔に面したデッキへと飛び出す神代を追いかけてクィーロもやって来る。
「酔っぱらった、の?」
 右に左に繰り出される新聞紙ソードを新聞紙の耐久性を考えてか巧みに左右に流し捌くクィーロ。
「あれしきで俺が酔う訳ないの知ってるだろ?」
 二人とも酒に強い。滅多なことで酔うことはなかった。
 体を沈めて下から顎を目掛けての掌底。クィーロが上体を弓のように撓らせ避けたつもりが顎を掠り後ろに蹈鞴を踏んだ。
 だが背後に倒れることはなく踏ん張り体を支える。ぐっと腹筋だけで上体を戻したクィーロから「ははは……」笑いが漏れた。
 黒から銀へと変化していく顔に掛かったクィーロの髪。髪の合間から覗く凶暴な笑みを刻んだ唇。
「意味分かんねぇよ!! ……でも悪くねぇ……」
 ダっとクィーロの足がデッキを蹴る。一気に距離を詰め翻す手首。
「悪くねぇよっ!!」
 吠えるクィーロ。逆手に持った新聞紙ソードが唸りを挙げ狙うのは神代の眼鏡。まずは視力を奪おうという魂胆か。
 振るわれる新聞紙ソードと逆側に飛び、手摺を飛び越え庭に降りる。
 間髪入れずクィーロが手摺を足場に飛んだ。上段から振り下ろされる一撃。
 敢えて懐に飛び込んで内側から腕を弾く。
「こっちの世界じゃ眼鏡は割と高価なんだが……」
 間近で交差する視線。挑発するよう眼鏡のフレームを指で押し上げ口端を上げる。右腕から光の茨が生まれ握った新聞紙ソードへと伝う。五月の麗らかな陽射しを受け輝く新緑のような光が風に舞い散る。
「いいなぁ、お互い、手加減なし! そうこなくっちゃな」
「二回戦目、といこうか」
 新聞紙ソードを互いに構え対峙した。
 先に動いたのはクィーロ。
 本当に先の疲労が残っていないのか動きが早い。神代は自然と受ける形になる。
 一合、二合、新聞紙ソードを交えながら神代は後退していく。クィーロに力負けしているように。引いた神代に畳みかけるようクィーロが踏み込む。
 一撃、一撃が苛烈。受けては避けて、神代は器用に直撃を避ける。
 その間に庭に視線を走らせた。左手にデッキ、右手に湖。クィーロの斜め後ろに樹木。結構な樹齢の大木だ。当たり前のように庭にあるから敢えて意識もしないだろう。
 敢えて大木の逆側、何かを狙っているかのように思わせぶりな視線を向ける。必然的に生まれる死角。そこを見逃すクィーロではない。
 死角から迫る蹴り。右腕で防ぐ。予め来ると予想していなければ対応できなかっただろう。神代は更に放たれた足を掴もうと左手を伸ばす。
 当然足を掴ませるなんて馬鹿な真似はさせてくれない。神代との距離を取るために一歩下がろうとしたクィーロの踵が樹木にぶつかった。
「……っ」
「王手か、な?」
 後がないことを知るクィ―ロに迫る神代。
「どうだか……っ」
 突如目の前からクィーロの姿消え、鳩尾狙った肘は宙を切る。
「上だぜ、誠一ぃい!」
 樹木が広げた見事な枝に手をかけ体を上げていたのだ。そのままくるんと膝を枝に回し、回転の勢いを持ってクィーロの新聞紙ソードが誠一を襲う。
「くっ……」

 ぺっこん!!!

 情けなくも勇ましい音を立て相打つ新聞紙ソード――は二人の手の中で無残な姿をさらすことになった。
 根性なし、と新聞紙ソードを言うのは可哀そうだろう。彼等は頑張った。彼らなりに全力で。
 再起不能となったソードを捨てたのは神代の方が早い。戦いに勝利するためには決断は瞬時に。
 向かったのはデッキ横に立てかけてあるウォーターガン。
 以前神代がイベントで貰ったものである。
 構えて引鉄を引く。
 シュコ……空気が洩れる音。
「あ……」
 水を入れたまま放置したら「ボウフラが湧きます」と怒られタンクを空にして干していたことを忘れていた。
「ざまねぇなぁ」
 同じく新聞紙ソードを捨てたクィーロがパンッと手を鳴らしてじりっと距離を詰める。
「……くっ。かくなる上は……」
 敵に塩を送ることになるが……。もう一丁のウォーターガンをクィーロに向かって投げつける。
 新聞紙ソードと同じく反射的にそれを受け取ろうと腕を伸ばした隙に湖畔に走った。
「あ、ずりぃぞ」
「聞こえないな」
 大人げなくとも構わない。勝利することが大事なのだ。
 手早く水を詰めると同時に空気を送って圧を高め、一気にシュート!
「うぁっ?!」
 勢いよく飛び出した水がクィーロの腹を直撃した。
「つめ……っ!!!」
 季節は初夏。だが湖の水は今だ冷たく。
「やりやがったなっ!」
「ふ……腹を冷やして下すといい……ぶふっ?!」
 ちゃきっと銃口を空に向けウォーターガンを片手に構えこれまた大人げない呪いの言葉を吐く神代を襲う水飛沫。
 クィーロが力一杯水面を蹴飛ばしたのだ。
 きらきらと夕日を受けて輝く盛大な水飛沫が綺麗。
 レンズにも容赦なくかかる水。おかげでクィーロの姿が幾重にもみえる。
「眼鏡への攻撃は反則じゃないか?!」
 ぐいっと拭っている合間にクィーロもタンクに水を詰めて準備万端だ。
 身を隠す場所のない湖畔の決戦。
 バシャバシャと水を跳ね上げ走る。足を止めたら撃ち抜かれるのはどちらも一緒。
 再びクィーロが水を蹴り上げた。視界を覆い尽くす水飛沫。
「がら空きだぜ!」
 その隙に背に回ったクィーロがウォーターガンを構える。
「そう来ると思った」
 振り向きざま神代がウォーターガンを発射する。
 二人の射線は交差し、至近距離で跳ね上がった水は見事に二人を頭から濡らした。
 こうなって来るともう濡れるとか濡れないとか真剣勝負とかもうどうでも良い。
「くらいやがれっ!」
「甘いなっ」
 声だけは一丁前の戦闘よろしく。あとは正面からの打ち合いとなった。
 水の冷たさもとっくに気になっていない。
 互いに物理的に水も滴るイイ男状態なので顔を伝うのが水だか鼻水だかもわからない。
「これで……」
「終わりだぁっ!!」
 二人が同時に地を蹴った。クィーロが構えるウォーターガンを上体を沈ませ潜り抜ける神代。
 神代の銃口はクィーロの喉元に。だがクィーロの銃口は神代の額に。
 そして二人のタンクはほとんど空っぽだった。
 ニヤリと互いに笑みを交わして――
「だあああもう疲れた!!」
 神代がごろんと地面に寝転がる。
「ったく、だらしねぇなぁ。やっぱり歳じゃねぇか」
 上から見下ろしてくるクィーロの顔目がけて……

 ピュー……

 タンクに残った最後の水を発射した。
 ぱちくりと目を瞬かせるクィーロに
「っはは、これで一勝一敗だな」
 と笑う。
「あ〜……まったく大人げなさ過ぎだろぉ」
 銀髪をかき混ぜたクィーロが呆れ口調。神代の横に寝転がって空を見上げる。
 大人の男二人が本気の水鉄砲合戦。
 どちらともなく笑いだしていた。
「気持ちいいな……」
 一頻り笑った後クィーロが目を細めた。広がる夕焼けの薔薇色。風は少し肌寒いが火照った体に丁度良い。「あぁ、でも……」隣から零れる小さな声。
「……今はそれでいいわ……」
 クィーロの呟きに神代は返事はしなかった。それは彼の独り言のように聞こえたから。
 ただ声を聞けばわかる。あの時の卑屈な色はなくて。だから同じように今はそれでいいと思う。
 こうしてバカをし合える相手ということで……。
「あ〜ぁ、服がびしょ濡れじゃねぇか」
「俺ので良ければ貸そうか?」
「適当に干しとけば乾くか……」
 二人とも暮れていく空を眺めていた。起き上がったのは空がすっかり夜になった頃。
 寒いだ、飲みなおしだ、なんだ言いながら。
 この時乾かしていたはずのクィーロの衣装が年末黴だらけになって発見されるのはまた別のお話。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka2086 / 神代 誠一     】
【ka4122 / クィーロ・ヴェリル 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度はご依頼ありがとうございます。桐崎です。

大人げない二人のバトル時々友情なお話を目指してみましたがいかがだったでしょうか?

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
WTツインノベル この商品を注文する
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年02月01日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.