▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『近づく終わり。それでも―― 』
鳥居ヶ島 壇十郎jb8830)&徳重 八雲jb9580)&狗神 中jc0197

 夜のうちに珍しく雪が降り、厳しい寒さが続く冬だが、その日の朝はふくら雀の歌声が賑やかだった。

(若いモンは元気いいねえ)

 昨日まで白かった呼気が白くないことに感嘆しつつもサクサクと音を立てて歩き、雀を人と変わらぬように若いものと呼ぶのは齢30の様にも50の様にも見える、煤けた灰のような銀色のざんばら髪を適当にまとめた若草色の瞳をした男、鳥居ヶ島 壇十郎だった。

 冬らしからぬ空気を鼻で思いっきり吸い込むが、やはりまだ冬の空気ではあるようで鼻が刺激され、むず痒くなった鼻を手でこする。そのついでに鼻眼鏡のずれを直して、手を口元に運ぶ――が、それはいつもの癖でしかなく、今日は煙管を懐に忍ばせたままである。それどころか本人曰くチャームポイントである逗子すらも、背負っていない。

 それにはちゃんとした訳があった。

 その訳とは――

「なんだい、やはりおまいさんも呼ばれてたのかい」

 とても聞き覚えというか、聞きたいと思っているわけでもないのにもう何百年も聞き続けた声に壇十郎は口を尖らせ、首をゆっくりと後ろへ向けた。

「そんな嬉しそうな顔するもんじゃないよ、こっちまで泣きたくなるじゃないのさ」

 歳のころは60前後と言ったところだが、その割には背筋もピンとしていて色気の中に威圧感さえも感じさせる徳重 八雲が足早に歩いて壇十郎の隣まで来たかと思えば、そのまま追い越していく。待つ義理や一緒に歩くつもりなど、皆無らしい。

 だが先に行かれるのは面白くないと、歩を止めていた壇十郎も足早で八雲を追いかけ隣に並ぶ。そこからは互いに先に出ては抜かれを繰り返し、どんどんどんどん歩調が速まっていく。

 気づけば肩を並べながら、大人げなく肩で互いの肩を押しあっていたりする(といっても八雲は壇十郎がしてくるからお返しという体だが)

「それほど急いで会いたいのかい、おまえさんは」

 ぐいぐい。

「それを言うのなら、御主もだろ」

 ぐいぐい。

「さてね。おまえさんなんて、煙管も逗子も置いてくるほどじゃないかい」

 ぐいぐい。

「煙管は持っとるわ。婆さんに少し身軽にして来いと言われたまでよ――さっきの口ぶりからすれば、御主もあの婆さんに呼び出されたんだろう?」

 ぐいぐい。

「あたしはねぇ、ついでのようなもんなのさ」

 ぐいぐい。

「へえ、それはどういう意味よな」

 ぐいぐい。

「どうもこうも、おまえさん――」

 ずるり。

 思いのほか硬かった雪の塊を踏んだちょうどその時、壇十郎に肩を押され、見事なくらい横に滑った八雲が雪の上に肘をつく格好で倒れてしまった。

「爺さんは足下気をつけて歩かないとのぅ」

 嘲笑する壇十郎が前を向いたその隙に、閉じた扇子を壇十郎の上げた足と上げてない足の間に刺しこんで不意を突き、足を取られた壇十郎はそのまま前のめりに倒れていく。

 両手が雪で濡れ、肘から袖口まで酷いことになってしまった。

「なんだい、爺さんのくせしてまだ受け身くらいはとれるもんだねえ」

 八雲が薄く笑うと、壇十郎は低い笑い声を漏らすのであった――




「其方ら、ずいぶんじゃれていたようですね。どちらが悪いのです?」

 袖口で浮かぶ笑みを隠す狗神 中に尋ねられ、全身色々なところを濡らした壇十郎と八雲は腕を組んだまま互いに指を向けていた。それを見て中は堪えきれず、声を立てて笑う。

「そんなもんはどうでもいいんじゃ。今日は何用よな」

「見たところ、あたしらだけを呼び立てたようじゃないの。それなりに大事とみるけど、そこんところどうなんだい」

 2人に趣旨の説明を促され、中は「うん、とても大事なことだわ」と改めてまじめな表情を作る。

 中が表情を引き締めたことで、壇十郎と八雲も表情を引き締め、壇十郎に至っては背筋まで伸ばすと、中の言葉を待つ。

「……今日はね、来るべき春に備えて春の装いを見て回りたいのです」

「わしは帰らせてもらう」

 即座に振り返る壇十郎の背中に向けて、「此方のお願いなんて、聞けないというのね」と中が袖口で目元を隠しながらも告げる。

「仕方ねぇじゃあありませんか、あれは人でなしが人の皮被ってるだけだしねえ」

 足を止め、首だけ八雲に向けて「人じゃないのはお互い様じゃろが!」と怒鳴る壇十郎。

「いやだねぇ、言葉の揚げ足なんて取ってさ。人の情がありゃしねぇって言ってるだけだってのが、わからんもんかい。
 ほうれ、乙女を泣かせたまま行ってしまうのかい、おまえさんは」

「わしや御主と大差ないかもう少し上な、乙女の皮被った婆じゃろ、それは」

「老い先短い婆の頼みごとも聞いてもらえないのですね……」

「わしより長生きしそうな性悪婆が、よぅ言うわ――それに、そんな頼みこそわしやそれでなくとも、可愛い可愛い狛犬達がおるじゃろが」

 きょろきょろと目を動かし狛犬達の姿を探すが、今日に限っていない。いや、自分達と出歩くつもりだから連れてこなかったのだろうとすぐに思い至った。それはつまり最初から、断られないと踏んでいるというわけである。

(腹の立つ限りじゃな)

「あの子らでは似合うしか言わないのが目に見えていますからね。それに私の事を其方らほど理解していませんもの。其方ら爺2人なら見る目も確かでしょう?」

 確かにあやつらならばと思い描き、同時に似合いそうなものがパッと思い浮かんでしまうので、憮然としながらも中の話が成程もっともだと思ってしまった。

(本当に、腹の立つ限りよ……なんだかんだ言って、この婆さんの誘いに乗るわしにな)

 大きく、深く溜め息をつき「わかったわかった」と、観念する壇十郎だった。ころころと嬉しそうというよりは楽しそうに悪戯っぽく笑う中へ、扇子で口元を隠した八雲が目を向けた。

「観念したようで良かったじゃあありませんか。それで、どこへ行くんだい」

「此方に出向いてみたいのです。うってつけではありませんか?」

 そう言って見せるのは風で流されてきた、1枚のチラシであった――




 やってきたのは服の量販店、そこの無駄に広すぎる駐車場で行われている和の市場という催しものだった。簡易テントが連なって建てられ、そこには和製の小物や陶器類が主に並び、そして珍しい事に着物をとり使っている店まである。

 所狭しと質の良いもの悪いもの入り乱れて店先に並べるような店が立ち並ぶこの雰囲気をあまり良しとしない八雲は浮かない顔のままだが、中は色々なものが見れてそれだけでも楽しめている様子で、着物と小物を扱う店でしばらく止っていた。

 店は案外色々あるものだが、その代わりに匂いが出ては困るせいか飲食の取り扱いはほとんど皆無で、せいぜい日本酒の取り扱いをしているくらいである。ただそこの趣向は面白い物であった。

「貧乏徳利とは、久方ぶりじゃなぁ。最近ではよほど大きな酒屋でも似た事をしておるが、ビンに注ぐからのぅ」

 酒を販売している隣で自分好みの徳利を買い、その徳利に酒を注ぐ販売方法に懐かしさを覚え、ついつい買ってしまった壇十郎が歩きながらも徳利から直接グイ飲みする。こんな場に、誰よりも慣れた様子であった。

「おまいさんのことだから、イカ徳利にするかと思ったんだがねぇ」

「こうやって歩き飲みするには適さんじゃろ」

「それもそうだねぇ……おっと、少し見させてもらうよ」

 お眼鏡にかなったのか、八雲が近くに店を覗き込む。大方、孫のために買うつもりなのだろうと爺馬鹿ぶりをちゃかそうかと思った矢先、八雲の手にあるのは手ぬぐいだが、それの金額を見て目を丸くする。

「何じゃそのお値段は。手ぬぐいじゃぞ? 日頃から使うもん代物にかける値段じゃなかろう」

「何を言うんだい。年寄りこそ、良いもん買わずにどうすんだい――それにほら、どうせならあの子らにいいもん遺るようにしてやりたいじゃあねぇか」

「見てください、お2人とも。こちらはいかがでしょう」

 店先で選んでいた中が、少し濃すぎる赤の反物を身体に当てて振り返る。

「春らしさはどこいったんだい。そういうのはもっと背のある女人が着るもので、おまえさんの面と身長を考えな。それにもっと上質なモンを選びなさいよ、あんた」

「少しばかり色が濃すぎじゃな。婆さんには薄くて淡い色の、あまり派手派手しくない物の方がよかろう」

「……ほんとに忌憚のないお言葉をかけますね、其方らは」

 少しは優しい言葉を期待していた中が頬を膨らませるも、壇十郎も八雲もしれっとしたものである。 

「わしらの間柄に遠慮は無用じゃろうて。むしろ婆が勘違いしないための優しさというもんよのぅ」

「浮いた言葉が欲しくてあたしらを呼んだわけじゃないのに、いざ忌憚ない言葉をかけたらこのざまだよ。いやだねぇ、年寄りのわがままってのはさぁ」

 辛辣な言葉が続くも、中が頬を膨らませたのはほんの一瞬のようなもので、すでに気にせず別の物を選びはじめるのだった。

 どうせ時間かかるなと、近くの店でも冷やかそうとした矢先、袖をつかまれる。それが珍しくも八雲であり、いぶかしむ壇十郎は怪訝そうな目つきで八雲を見る。

「いつの世も、こういう騒ぎってのはあるものだねぇ」

「初めて見るわけじゃなかろうに、御主が感嘆してどうするんじゃい」

 依然、怪訝な表情の壇十郎に向けて八雲が扇子でどこかを指し示すので、壇十郎はその先を目で追った。そこにいるのは見た目だけは中と大差ないような年格好の男達で、声をかけるかどうするかの相談をしているようだった。

 気づいた壇十郎がさりげなく中の側に行って、「その色なら春に限らず着れるのぅ」と声をかける。後ろでは浮足立っていた男達の口調が諦める様なものに変わるのを耳で確認するのだった。

「何ですか、急に協力的ではないですか。さては此方の後ろ姿に、欲情したのですね。古狐でありなながらエロ河童とは、其方はいったい何者なんでしょうかね」

「やかましいわ。婆に欲情するほど心は老いとらん」

 そんなやりとりをしているとにわかに騒がしくなり、人が増え始めてきた。騒ぎに耳も傾けず、ただ目の前にある楽しみに没頭している中の後ろで、増えつつある人の圧力を背中で押し返しながらも騒ぎの元へと壇十郎は目を向ける。

 先ほど声をかけるかで話し合っていた男2人が「さっさといかねえから」「おまえがそれを言うか」と険悪な雰囲気を発しながら、ときおり突き飛ばしあっている。

(あれはいかんのぅ)

 壇十郎が危惧したとたん、男の1人がどこぞで購入していた和包丁を手に持ち刃先を向けた。

 刺されてもいないうちから悲鳴が上がり、とばっちりはかんべんと押し寄せる人の波と逆らって逃げようとする人の波ができあがる。

「あら、なんでしょう」

 中の背では何が起きているのか見えず、好奇心から人の流れに乗ろうとして荒波にもまれかけたので、壇十郎がその小さな手をつかんで引き寄せると、中は引かれるがまま壇十郎に身体を寄せるのだった。

「年甲斐もなく野次馬根性みせるとは、上品と無縁じゃのぅ」

「いいじゃありませんか、知らないことを知ろうとするくらいは――それで、何が起きているのですか」

「そうじゃなぁ……」

 どう説明しようかと思っていると、男に近づいていくのは見慣れた後ろ姿。

「いやぁねぇ、こんな場でそんな物騒なもんふりまわすもんじゃぁないよ」

 男が包丁を向けて「なんだジジイ!」と言い終わるまもなく、扇子が包丁を叩き落としていた。

「口ばかり威勢が良くて、いやだねぇ。20年そこそこのまだよちよち歩きもできない乳飲み子風情が、爺に喧嘩を売るもんじゃぁないの。身の程をわきまえなさいな。
 それでもやろうってぇんなら……相手になってやろうじゃぁないのさ」

 ぴしゃりと扇子で手のひらを叩く八雲のすごみに負けた男は萎縮するばかりであった。

「……爺が若人に説教たれておるだけじゃ。
 いつの時代も乱痴気騒ぎに無礼講はついて回るようだが、昔より人は騒がしくなりおった。もうちいっとお行儀よくできんもんかねぇ」

「それが時代の流れと言うものよ。時代が変われば人も変わるのです、此方らが古き時代を引き摺っているだけで、新しき時代は新しき者達のものなのですよ」

 そうだ、自分達が長く生き過ぎているだけなのだと改めて気づかされた壇十郎は「そうじゃったの」と、少し物寂しそうに頷くのだった。

 新しき者――自分達にも、自分達の後を継ぐ新しき者達がいる。この先を任せることができる者達がいる。そう、たとえ古き者がいなくなっても。

「……可愛い狛犬達を置いて逝きたくはないものだわ……いっそ神様らしく、連れて行ってしまいましょうか――ほほ、冗談ですよ」

「冗談でも言うてはいかんじゃろ――あやつらなら、喜んでついて来てしまうからのぅ」

「……そうでした、ね。では少々寂しいですが、1人老いて、逝くとしますか」

 柔和な笑みに、わずかながらの憂いが見え隠れする。それを見て見ぬふりが壇十郎に、できない。

「まーどっちが先かは知らんが、なんじゃ、向こうで少し待ってもらえれば、わしが茶飲み仲間くらいになってもよいのじゃぞ。見飽きた面でも無いよりはましじゃろ」

 引き寄せられたままの中は壇十郎の胸にこつんと額を乗せるのだった。

「あたしは御免こうむるがね」

 いつの間にか戻ってきていた八雲だが、その口ぶりから話は聞いていたようである。

「気が合う訳でも事が合う訳でもない割に、こうして今日まで顔を見るのは、偏に縁が合ったから。無くして困る縁でなし、あって不快な縁でなし。あるならあるで、ないならないで、年寄りの縁なんざぁそんなもんよ」

「相変わらず、言うのぉ。御主はもう少し可愛げあってもよかろうて」

「向けるは悪態、棘の嫌味に減らず口、優しい言葉は可愛い孫に、厳しい言葉は大事な弟子に、おまいさんらにはこれで十分」

 それでこの話はお終いというように、広げた扇子をぴしゃりと閉じる。それが呪いを解く合図だったかのように、中がぱっと壇十郎から離れ、かわりに紙袋を押し付けていた。

 そして顔を上げた時には、いつもの柔和な笑みが浮かんでいる。

「それもそうなのでしょうね――壇十郎さん、あちらも見てみたいのですが、いかがでしょう」

 そう言って中が熱い眼差しを送っているのは、この駐車場の持ち主である量販店の服屋である。もちろんあんなところに上質な和の物があるはずもない――が、それでも中の目が輝いていた。

「……どうせ止めても聞きゃあしないじゃろ。付き合えというのなら、とことん付き合ってやろうじゃないかね」

「ま、そうなるだろうねぇ。大人しくする婆さんじゃあありませんから。どうせ荷物は壇さんが持ってくれるのだろうし、あたしはかまやしないよ」

「それでは決まりですね――老い先短い身ですけれど、楽しく生きること、怠ける気はないわねえ」

 今を精一杯楽しもうと歩き始める中に合わせ、人ごみを押しのけるように前を歩く壇十郎。八雲はそんな2人の後ろをついて歩き始めた。

 いくらか歩いて人の波から出れたというところで壇十郎が急にしゃがんで、「鼻緒が緩い、ちいと先へ行っててくれんか」と2人を先に行かせた。そして先に行かせたところでおいと声をかけ振り返らせると、どこに隠し持っていたのか、カメラでパシャリと一枚。

 不意打ちだったとはいえ、もともと柔和な笑みの中は振り返ってもその笑みのままなのでまだ良いが、八雲にいたっては壇十郎の呼びかけにピクリとも反応せず後ろ姿しか映っていない。

「婆さんはともかく、御主よ御主。茶目っ気の1つや2つ見せてくれんもんかね」

 そうまで言われ、八雲が「なんでおまいさんなんかに――」と振り返ったところで、またもシャッター音。してやったという顔の壇十郎がそこにいた。

 小躍りする壇十郎へ八雲が歩を向けると、大まわりに走って壇十郎は服屋を目指す。

「これくらいで怒るもんじゃないぞ、爺さんよ! 短い老い先がさらに短くなっても知らんぞ!」

「ご心配にはおよばねぇさ。おまいさんの老い先よりも長いってこたぁ、たった今、決まったからよ」

 走る壇十郎相手でも走らず、されど大股で歩く八雲はいつまでも追いかける。

 その様子を中は心ゆくまで笑い続ける――長い時を生きる人ならざるもの達の長い旅路がいま終わってしまっても、悔いのないように――……




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb8830 / 鳥居ヶ島 壇十郎 / 男 / 32(1000歳前後) / 爺にも想いありて 】
【jb9580 / 徳重 八雲      / 男 / 56(900後半?) / 来る日の覚悟を 】
【jc0197 / 狗神 中        / 女 / 聞くものではないよ  / 切なくも楽しく 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
今回もご発注、ありがとうございました。今回はかなり字数が多いです。楽しく色々と詰め込んでみたのですが、いかがだったでしょうか?
またのご縁がありましたら、よろしくお願いします。
八福パーティノベル -
楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年02月03日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.