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『【未知数x】証明の後に 』
星杜 焔ja5378

 二〇一五年三月某日。

 まだまだ防寒着は手放せないものの、一月や二月のような身を裂く寒さは幾許かマシになってきていた。テレビの天気予報を見れば、来週からは春めいてくるとか、桜前線はいつ頃予想されていますとか、そんな情報ばかりが目立つようになっていた。
 温かさにはいまひとつ手が届かないものの、世間の認識ではもうすっかり春ではある。桜もその蕾を膨らませ、今か今かと春めいてきている。

(……かゆ)

 星杜 焔(ja5378)は己の片腕に手を伸ばしかけ――寸での所でハッと留まった。視線を片腕に落とす。長袖で隠れて見えないけれど、服の下には傷がある。と言っても、腕が動かなくなるような大怪我でもないし、腕全体を多い尽くすような大惨事でもない。まぁ、「レイピア状に構築された細い魔力で貫かれた」と表現すれば、結構な被害かもしれないが――もう包帯も取れて、かさぶたになっている状態だ。後遺症もなにもないし、日常生活に支障もないし、撃退士としての任務に出ても全く問題ない程度である。尤も、包帯が取れたのは今日だけれども。
(んん……治りかけの怪我ってなんでこんなにかゆいんだろう〜……)
 痛いのはまぁ、まだ、なんとか、痛み止めを飲むとか歯を食いしばるとかで我慢はできるけれど。かゆいのは駄目だ。ついつい傷口をかこうとしてしまう。
(教室があったかいのもあるのかなぁ〜……)
 焔は暖房が良く効いた教室内をぐるりと見渡した。授業の合間、賑やかないつもの風景――平和な光景。

 それらを、ボーッと眺めつつ。

 焔は腕の傷の原因となった、つい先日の事件のことを思い返していた。
 悪魔Xによる一連の事件。本当につい先日、全てが終わったばかりの事件。

 ――悪魔が突き出した刃を、盾で受け止めて。

 あんまりにも鋭すぎる一撃は、焔の盾を、構えていた腕ごと貫いて。あと数ミリだった。その切っ先が焔の眉間に届くまでは。
 あの時は我武者羅だったけれど、今になって思い返せば相当危なかった。あともう少し、なにか運命がささやかに違えば、Xの刃は焔の脳天を貫いていたかもしれなかったのだから。
 そう、あの時は無我夢中だった。ほぼ目の前の刃を、焔は自らの手で握り込んだ。Xの動きを封じるためだった。カミソリのように薄く鋭利な刃は焔の掌を指を容易く切り裂いて、血が出て、凍てつくような痛みが走ったことを覚えている。力加減を間違えれば指が取れていたかもしれなかった。

 そんな危険を痛みを伴ってでも、焔は仲間を守り――Xと戦わねばならぬ想いに駆られていた。
 回復技すら尽き果てる状況、繰り広げられた死闘、その果てにようやっと、撃退士が掴んだのは勝利。焔は、仲間達は、今こうして生きている……。

 焔はXの刃を握りしめた手を開き、想いを馳せるように目をやった。掌と指の傷はもうスッカリ塞がって、目を凝らせばカサブタがはがれた痕を認識できる程度だ。まもなくその痕すらなくなるだろう。貫かれた方の腕も傷も同じく、桜が咲くまでには綺麗サッパリ消えてなくなるに違いない。
(治ってよかった……)
 アウルの力が及ばない、重体状態まで陥るような深刻な傷――を負うことはなかったけれど。傷跡や後遺症も残らなかったけれど。こうして全てが終わってから考えてみれば、料理人として致命的な傷を負っていてもおかしくはない行動だったな。我ながら苦笑がこぼれる。
(それでも、)
 ぐ、と掌を握り締める。そう、それでも。たとえ「無茶をして」と怒られようとも、あの時はあれが最善だと思った。躊躇なんてなかった。
 あの戦いは。「ただの撃退士と悪魔の戦い」なんかでは決してない。「ただの殺し合い」でも断じてない。
 あれは――あの戦いで己が、Xが、仲間達がやりとりしていたのは、「家族との絆」に他ならなかった。たとえそれが他人のものであったとしても、焔は絆を守りたかったのだ。

 絆――絆。あの事件は、焔に絆というものの存在を改めて考えさせるものだった。

 ぐ、ぱ。掌を握ったり開いたり。貫かれた方の腕の手も、同じように動かしてみる。動きに支障はない。痛みもない。 
 本当に、治ってよかった。無事でよかった。焔はしみじみと、問題なく動く自分の手を見つめる。
 治ってよかった――これでまた料理ができる。そう、焔にとって、料理とは家族との絆。美味しい味は温かい思い出。いつでも思い出すことのできる、かけがえのない優しさ。
 料理を作る時、焔は食べる相手のことを想う。その人が「美味しい!」って言ってくれるといいな、食事の時間が楽しくなれば良いな――そんなことを考えながら料理する時間は、焔にとって幸せなものだ。そして、大切な人たちと食卓を囲んで料理を食べて過ごす時間もまた――焔にとって、最も尊く最も大切なものの内の一つである。

「アウルの力に、感謝しないとね……」

 独り言。
 アウルに覚醒したときは、「なぜ自分だけが生き残ってしまったのだろう」――そんなことを思ったけれど。ひょっとしたら、美味しい料理を作るため……大切な人と絆を繋ぐためかもしれない? なんて。思ったりもして。

 さあ、治ったところで早速料理をしよう。

 時計を見やった。次の授業で今日の学校は終わり。そうしたら、すぐ帰ろう。急いで帰ろう。ケガの間、ずっとガマンしていたのだ。作ろうと思ったら作れたけれど、「無理をしたら駄目」と言われたもので。そう、だからそろそろ禁断症状がでそうになっていた。

(何から作ろうかな)

 寒い冬だからシチューかな。鍋もいい。あつあつグラタン、和風にすきやき、スタンダードに白米味噌汁焼き魚ってのもいいな。洋風フルコースも捨てがたい。とろとろ玉子のオムライスなんて最高だ。いや、中華という手もある。アッサリ水餃子をふうふう冷まして……。

(……でも、まずはやっぱりカレーかな?)

 思い出のカレー。思い出の味。一番好きな味。大好きな料理。
 うん、今夜はカレーで決まりだ。もうお腹が空いてきた。そうだ帰りにスーパーに寄って食材を調達しないと。今夜はちょっといい素材を買って奮発しようかな。

 早く授業が終わらないかな〜……なんて言うと教師に怒られちゃうのでガマンするけれど。我知らず焔は笑みを緩く浮かべて、時計を見上げるのであった。



『了』


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星杜 焔(ja5378)/男/18歳/ディバインナイト
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エリュシオン
2017年02月06日

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