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『月の雫、深淵に眠るもの 』
不破 雫ja1894)&不破 十六夜jb6122


 天魔の襲撃を受け、記憶を失い、天涯孤独となった雫。
 彼女を探し続け撃退士になったのだという双子の妹・不破 十六夜と再会を果たしてからしばらくが経った。
 定期的に実家へ帰り両親と面会するという約束は、今も守られている。
 ――が。


 帰省を済ませ、久遠ヶ原へ戻ってきた雫の表情は暗かった。
(……昨日も、呼べませんでしたね)
 『お父さん』『お母さん』。ありふれた呼称が、喉につかえてその先から出てこない。
 雫の消息をひたすら案じ、姿を見せた時に涙をあふれさせたあの人たちに対して、形式で口にしてはいけないと思うのだ。
(でも、どうしても……)
 思い出せない。実感がわかない。
 雫の苦悩を向こうも薄々と感じているらしく、昨日などは痛々しいほどの気遣いだった。
「お姉ちゃん、研修旅行のこと考えた?」
「……十六夜」
 昼休みを迎えると彼女の席へ十六夜が駆け寄ってきた。
 同じクラスになったこともあり十六夜が一方的に懐いている形だが、雫としても邪険に扱うわけにもいかず他愛のない会話を交わすことも多い。
「自由参加だけど、ボク、お姉ちゃんと一緒に行きたいな」
 進路選択を考えるための小旅行は、依頼斡旋所にも載らない小さなイベントだ。
「実家を継ぐ以外にも、色んな未来があるってこと知っておきたいよね」
 雫が苦しんでいることを、十六夜は知らない。知られないように振舞っているから。
「お姉ちゃんは? どこへ行きたい?」
「その日程は、すでに依頼案件へ参加を申し込んでいます。十六夜は気にしないで楽しんでください」
「ええええ!? これ、1ヶ月先だよぉ?」




「記憶の欠損は取り戻そうとしてどうにかなるものではありませんし、永遠に戻らない可能性だってあります。
血縁が確たる証拠として提示されたとしても記憶がなければ実感がわくことはなく、これまで培ってきた生活へ必要以上に割り込まれても迷惑でしかありません。
この話を持ち込んだのはあなたなのですから、他人事にしないで考えるべきではないでしょうか」
「……溜まってるねぇ、雫さん」

 何処にでもあるようなワンルームマンション、その1室に『筧撃退士事務所』のプレートが掲げられている。
 フリーランス撃退士・筧 鷹政の事務所だ。上下2部屋を改装しており下階を居住空間として繋げている。
 鷹政の友人が相棒として活動を共にしているが、今日は調査依頼に出向いており不在だ。
 応接スペースに通された雫が立て板に水の如く不満を述べると、ソファへ座るよう勧めながら鷹政は苦く笑った。
「双子ならって安易に考えてたのは確かだ。俺にも双子の姉がいてね。二卵性だけど、特別感はあるから」
「……そうでしたか」
 鷹政も双子だったとは初耳だ。
「んー、俺なりに考えてたんだけど。雫さんが昔、天魔に襲われた時に『感情も奪われた』という話が引っかかっててさ。
天使はエネルギー源として人間の感情を吸収するけど、それが通じないのがアウルを持つ『撃退士』だろ。
雫さんの記憶や感情の欠損は、エネルギー吸収とは別の手法なのかもしれない。ただし、それが出来るのは高位天使だと思う」
「では、私の記憶は……」

 ――どさどさどさ、 ガンッ

 パーテーションで区切られた向こう、事務スペースで書類の崩れる気配がした。
「待ってて、ちょっと整理してくる」
「手伝います」
 ちょっとで済む物音とは思えず、雫も鷹政の後に続いた。
「……人員、増えたんですよね?」
「そこで調子に乗って過去資料の整理を試みた結果がkonozamaです」
「バイト料を請求しても?」
「あはっ。本腰入れて手伝ってくれるの?」
 デジタル化されていない天魔情報や各種色々紙の束が散らばっている。
 眩暈を覚えながら雫が進言すると、それは軽いノリで受け入れられた。
「『集団記憶喪失事件』?」
 無作為に手にしたものは、フリーランス向けに発信されている情報の一つだった。
「あ。対象天使が高位過ぎてスルーしてたやつ」
「いいんですか、フリーランスがそれで」
 溜息を吐いて、雫は改めて書類に目を通した。

 情報は数年前。
 国内各地で散発した案件で、天使の拠点は不明。
 名は『ウルド』。人界では、時間と運命の女神・過去を司る女神として知られる名称だ。
 事件内容は、不特定多数の地域の襲撃および人間の『記憶喪失』。
 対応した撃退士たちの証言によれば被害者の中にはアウル覚醒者もおり、天使はかなりの高位と見られる――

「筧さん。この天使の活動状況はわかりますか?」
(求めていた時には得られなかったのに、半ば諦めた今頃になって……)
 なんて皮肉だ。そう感じながら、少女は問う。
「調べることはできるけど……。奪われたものを、取り戻せると思う?」
「可能性があるなら」
 言いよどむことなく、雫は答えた。
 その瞳を、鷹政は真っ直ぐに見つめる。
 感情表現の薄い少女が思い悩む理由。
 大きなストレスを抱えながら、放棄しない理由。
 瞳の奥に、それを探そうとする。
「それじゃあ、これをバイト代という事にしよう。ただし単独行動は厳禁。バイト代のオマケとしてベテランフリーランスが同行するよ」




 それが、1週間ほど前だった。

「筧さん、どういうこと……!?」
「すまない、俺のミスだ」
 呼び出しに応じた十六夜を、鷹政がバイクで迎える。
 鷹政がウルドの活動地域を特定し、現在の情報詳細を雫へメールしたその夜に、彼女は単身で向かってしまった。
 こんなに行動が早いとは。
「雫さんは強い。力の使い方をよく知ってるし、最悪の事にはならないと思うけど……」
 かといって、高位天使と1対1の戦闘なんて前代未聞だ。
「心配だよ。せっかく、ようやく、お姉ちゃんと一緒にいられるようになったのに」
 頼ってくれない?
 話してくれない?
 信じてもらえない?
 悲しみが、倒れたグラスから零れる水のように十六夜の胸に広がる。
(記憶がすぐに戻らないなら、それでもいいんだよ。これから2人の思い出をたくさん作っていければって……)
「うん。……スピードを上げるから、しっかりつかまっていて」




 純白の衣をまとう、亜麻色の髪の天使が闇夜に浮いていた。
 彼女は燃え盛る山間の街を見下ろしている。
「見つけた……お前がウルドですね?」
 大剣を構え、雫が呼びかけると、白い球体を手にした天使はゆるりと振り向いた。
「私の『過去』を返していただきます」
「……ほう?」
 白い肌に翡翠の瞳。ビスクドールのような美しさは……雫の記憶の、深い深いところにあった。




 けたたましい消防のサイレン。撃退署員による注意喚起の声が響く。
 その間を分け入って、十六夜と鷹政は雫が居るであろう場所へひたすらに走った。
「……いた! お姉ちゃん!!」
 叫び、しかし十六夜は立ちすくんだ。相手取っている天使の力の大きさが、未熟な十六夜にすら伝わる。
 恐ろしいほどの闘気。それと渡り合っている、雫。
 互いに深い手傷を負っている。天使も、雫を甘く見ていないという事だ。
 天使の、血にまみれた赤い指先から白い光が放たれる。
「雫さん、避けるな! まっすぐ行け!!」
 瞬時に長銃を活性化した鷹政が、アウル弾を光へぶつけて進路を逸らす。
 天使の思惑が崩れた。雫は足に力を込め、より高く跳躍する!!

「これで……最後です!!!」

 限界まで燃焼させた雫のアウルが、粉雪のように闇に舞う。
 月の輪郭をもった刀が美しい軌跡を描き、ウルドを両断した。

 天使の衣が、ひらりと揺れて地へ墜ちる。


「雫さん、ケガ見せて?」
 鷹政の声で、十六夜は我に返った。
「そ、そうだ。お姉ちゃん! 回復ならボクにさせてよ!!」
 二人の声に、雫がようやく反応する。
「やれやれ。同行するって言ったでしょー」
「……一人で倒せましたし」
「みたいだね」
 雫の言葉に肩をすくめ、鷹政は天使の遺骸へ歩み寄る。
「たしかにウルドだ。……この光球が『記憶』?」
 十六夜から『大地の恵み』を受けながら、雫は頷いた。
 天使が絶命すると、その体から数多もの光球が浮かび上がってきた。これまでに奪ってきた『人間の記憶』が戻されたのだ。
「……記憶、って」
「雫さんは、以前この天使に『記憶』を奪われた可能性がある。だから、どうやっても思い出せなかったんだよ」
「そうだったんだ……。それじゃあ、この光の中にお姉ちゃんの記憶があって、それを取り戻したら」
 雫の手を握る十六夜の力が、強くなる。
 雫が過去を思い出せなかった理由をようやく知った。それを押し隠して、自分や両親と接してくれていたことを知った。
 どれだけ苦しかっただろう?
 過去を取り戻せたのなら、楽になれるはず。改めて向き合えるはず。一緒に未来を見ていけるはず。
「記憶は……要りません」
「えっ。どうして、大事なことだよ? 思い出せたら楽しいことがたくさんあるよ。そ、そりゃ、良いことばっかりでもないけど」
 予想していなかった言葉に、十六夜は動揺する。
(いらないの?)
 過去は。家族との、ほんとうの結びつきは。 
 ひとりで戦えるからって、強いからって、だからって……
 割って入ることすらできなかった高位天使との激闘を思い出し、十六夜の身体は震える。
 ――だめだ。そんなの、だめだ。
「ねえ、お姉ちゃん!」
「十六夜は、そうやって過去の話ばかり……」
「え?」
「疲れました、帰還します。……筧さん、情報と助力、ありがとうございました」
「……うん。またいつでもバイトにおいで」
「〜〜〜〜っ、お姉ちゃん!!!」
 雫は光球の一つを小箱に収めると、闇へ紛れて行った。




 ほろほろと、十六夜の双眸から涙の雫が落ちる。
「お姉ちゃんが過去を思い出せないなら、それでも良いってボクは思ってたんだ」
 近くのファミレスで、十六夜の気持ちが落ち着くまで鷹政は話を聞いている。
「過去の記憶が無いなら、これからの記憶を一緒に重ねていきたいんだ。記憶がなくたって、ボクたちは双子だもん。家族だもん……」
「そうだね」
「お姉ちゃんには必要なかったのかな……。未来を一緒に進む家族なんて。
だけど、今日の姿を見たら不安だよ。家族だけじゃない、友達さえも要らなくて、たったひとりで生きていくつもりなんじゃないかって」
 心を許せる友と立ち向かうなら、それも良い。『現在』に充分な価値を見出していることだから。
 しかし今日の雫は、独りだった。
 過去を拒絶し、現在を孤独に生き、そうしたら未来は……?
「筧さん……どうしよう。ボクの言い方が上手くなかったのかな。どうすれば伝えられるかな」

 未来へ向かって、一緒に生きたい。
 十六夜の願いは、そればかりだ。
 そのために過去を受け入れてほしいけれど、無理強いはしたくない。

 傍らのクリームソーダの、アイスクリームが融けてゆく。
「双子だからね」
 鷹政は少女の頭をポンポン撫でて、雫へ話したように自身の身の上を伝える。
「考えることは、なんだかんだで似るんだよね。少し時間を置いて、様子を見よう。雫さんも命懸けで取り戻した『記憶』なんだ。大切に決まってる」
「……そうかな」
 
 過去。現在。未来。
 時間という不可視の糸で繋がれていて、境界は明確なようで曖昧だ。
 深淵から引き揚げられた過去を受け入れるにもまた、時間が必要なのかもしれない。
 受け入れるにせよ放棄するにせよ、立っている場所は現在で、向かう先は未来である。

 心と心が向き合うのは、これからだ。
 十六夜はようやく涙をぬぐい、クリームソーダに手を伸ばした。




【月の雫、深淵に眠るもの 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1894 /   雫   / 女 / 11歳 / 姉 】
【jb6122 /不破 十六夜/ 女 / 11歳 / 妹 】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 32歳 / フリーランス 】
【ゲストNPC/ ウルド /過去を司る天使 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
記憶を巡る物語『月の雫』ウルド編、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年02月06日

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