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『凍てつく心 』
狒村 緋十郎aa3678)&レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001

 飛行機から降りた『狒村 緋十郎(aa3678) 』は、肌を刺す外気に圧倒的な違いを感じた。
 ロシアの寒さはこれの比ではない、ましてや彼女の凍てついた視線と比べるなら言うまでもなく……。
 緋十郎はそう視線を伏せた。
 久しぶりに帰った日本の空、しかしそれを何の気なく仰ぎ見るのはためらわれた。
 まるですべてに背を向けて走り出したかのよう。
 自分はこのまま闇の中へと突き進まなければならないような。
 まさに絶望と呼べる感情が彼を支配していた。
「緋十郎……」
 か細い『レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001) 』の声。
 それが聞こえてか、聞こえずなのか。緋十郎は残酷な言葉を一つ口にする。
「今日は、とても疲れた。もう、休みたい」
 その言葉の意味をレミアがどうとるかも考えられずに。
「一人になりたい」
 その言葉に、黙って頷くしか……レミアにはできなかった。

   *   *

 慟哭がこだまする。夜に月に、雪に花に。
 反射して自分の耳に帰る。
 悲鳴ともいえる懺悔の声は、全て咎めの言刃となって。
 緋十郎自身を切り裂いた。
 彼女を傷つけたすべてのものが許せない。
 彼女を期待させたすべてが。
 そしてその全てとは己であることを緋十郎は痛いほどに理解していた。
 壊そうと決めた。
 その業火を纏う槍も。それを振るっていた己自身も。
「ああああああああああ!」
 緋十郎は拳を槍に叩きつけた。その拳が裂けることもいとわずに。
「彼女は、俺を……俺を信じてくれたのに」
 たった一人で生きる寂しさ、それを知っていて、自分は彼女をそこに叩き戻したのだ。
「あの子は俺を選んでくれたのに」
 緋十郎は知っていた、あの瞳の色。
 深い失望と。そして。
 とても、深く傷ついた色。
 
  *   *

 夜遅く、住人達の心配をよそに緋十郎は自室に引きこもっていた。
 任務から帰ってすぐに引きこもってしまった彼はレミアにも、逢おうとしなかった。
 緋十郎はすべてを拒絶した、ご飯も他人の心配も。
 廊下の向こうに足跡が聞こえる度に緋十郎は身をすくめ。
 次いで、レミアのぼそぼそとした囁き声が聞こえた。
 だが、そんな皆の気遣いと、レミアにあしらわせているという事実がさらに緋十郎を殻に押し込めた。
 そんな日が三日と三晩続き部屋から物音もしなくなったころ。
 レミアはその部屋の襖をあけた。
「緋十郎、さすがに何も食べないと倒れてしまうわ」
 まず最初に荒れ果てた一室、その光景を見てレミアは息をのんだ。
 畳割いて突き刺さっているのは炎槍、そして奥の小部屋の襖があいている。
 ゆっくりとレミアはその隙間から顔を出した。
 緋十郎を照らす月明かり。
 その目は暗がりでもわかるほどに紅く晴れ。周囲には非常食のためと買い込んでおいた缶詰やお菓子、その包みや缶が転がっていた。
 それでいて緋十郎は大きなヘッドホンをかけており、彼の一番好きなアルバムが永遠とリピートされているのだろう。
 だが、いつものような、音楽の世界に浸ったような楽しさが、彼からは感じられなかった。
 緋十郎の目が何も捉えていないからだ。
 襖からひょっこり顔を出すレミアさえも
 代わりに映っていたのはきっとあの日の再現。
 あの日。緋十郎が彼女を裏切った。その日の光景。
「緋十郎」
 レミアはゆっくりと四つん這いで歩み寄った。
 視線を彼から離さず、彼ににじり寄る。
「緋十郎、お腹は減っていない?」
「……」
 緋十郎は何も答えない。
 そんな彼に反応してほしくて、レミアは普段を通りを装おうとした。
「あなたは、私の夫である前に下僕なのよ。その下僕に倒れられるとすごく、困るの」
 レミアはそう高飛車に告げる。彼がいつものように困ったようなでも嬉しそうな笑顔を見せてくれることを期待して。
 けれど緋十郎は動かない。
「あなたを待って三日も血を吸っていないわ。もう空腹で倒れそう。だから緋十郎。こっちにきて」
 その声に視線だけ向ける緋十郎。だがその口は何も、語らない。
「こっちに、きてよ」
 そう声を強めて告げたレミア。けれど緋十郎は動かない。
 代わりにレミアは緋十郎の瞳の中に深い悲しみを見た。
 そして苦悩を。
 レミアはその時反射的に思ったのだ、今の緋十郎は、かつての自分と一緒だと。
 一人世界に取り残されて、過ちと後悔に揺れる心。
 だから、どうしてほしいのかもわかった。
 レミアはそっと緋十郎に寄り添う、その背に手を当てて。 
 信じられないほど小さく丸まった肩をさする。
「レミア……」
 緋十郎がかすれた声を出す。見れば唇から水分は失せ。ひび割れていた。血が筋を伝うほどに紅く。
 月明かりの下で輝いた。
「俺は最低だ」
「うん」
 レミアは知っている、彼が肯定を求めていることを。
「あの時、再び俺たちが駆けつけた時、あの子は言った」
『あなた達の言葉は二度と聞かない』そう、彼女は告げた。
「心を閉ざしてしまった、そして閉ざさせたのはこの。俺だ」
 緋十郎の中でこだまする、そのセリフ。そして冷たい視線。
「あの子にあわせる顔がない。彼女に謝りたい。俺は、俺はどうすればいい……」
 そう頭を抱える緋十郎。その頭を抱き留めレミアは告げる。
「私はね。今でも思うことがあるわ」
 緋十郎がきいていようといまいと、関係ない。そう言葉をレミアは続ける。
「私とあの子、一体どんな差があったんでしょうね」
 レミアはかつての世界で人を殺した。
 それこそ何人という単位ではない。世界を滅ぼす、それが冗談ではなく可能なほどに、人を殺した。
 血で血を上塗るその行為に、この世界に召喚される前の自分は正気を失っていたことだろう。
 そんな自分が、英雄と呼ばれるより、殺戮者、愚神と呼ばれるに近い自分が……なぜ彼と共にあれるのか、緋十郎の英雄であれるのか。
「私ではなく、あの子があなたの前に召喚されていたのなら、あなたと共に歩むのは雪娘の方だったかもしれないわね」
 レミアの瞳が揺蕩う。波打って剥がれるように零れ落ちる涙は頬を伝う。
(私は、何もできない)
 だが考えることをやめることは、できない。
(苦しんでいる私に、緋十郎は必死で手を差し伸べてくれたのに。私は。なにも……)
 だからせめて彼に好きなことをさせてあげたかった。
 けれどそれは本当に正しかったのだろうか。
(次に、雪娘が現れたら……どうするの?)
 そう問いかけたい気持ちを、緋十郎を強く抱き留めることによってかき消す。
 ふと、レミアは冷たさを感じて窓を見た。
 窓の外には雪が舞っていた。まるで、ロシアから彼を追いかけてきたようなその光景を見つめながら、レミアは。
 彼の震えが収まるまで、レミアは緋十郎の肩をそっとだいていた。
 こんな時どうしたらいいか、わからない。
 ただ今は、彼に覚られないように声を殺して、涙を流すことしかできなかった。
 嗚咽を噛み殺し。ただただ、どうすればよかったのかを考え続ける。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『狒村 緋十郎(aa3678) 』
『レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001) 』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 元気のない緋十郎さんをみて、心配しておりました。
 鳴海です。いつもお世話になっております。
 緋十郎さんと雪娘をめぐる物語が、こんな転がり方をするとは、少し驚いておりました。
 今回は、もうすでに解決されたとは思いますが。一時期険悪になっていた二人の関係を想像して書かせていただきました。
 正直、大丈夫そうでほっとしております。
 これからきっと、絶零はもっと深く残酷に物語を進めていくことでしょう。
 そこにお二人の物語があることを願って、今後も見守らせていただければ幸いです。
 それではまた、なにかあればよろしくお願いします。
 鳴海でした、ありがとうございました。
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2017年02月07日

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