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『最初の想い 』
泉 杏樹aa0045


 そこは小さな箱だった。ライブハウス。それにしても中堅くらい。
 しかし、それを満員にできれば、それは大したものだと友人は言っていた。
 期待しなかったわけでは無い、だが自分の実力が飛びぬけて高くないことも知っていた。
 特に目標の一つである彼女の背中からすると。
 けれど、努力したものに女神は微笑むものである。
 Sold outその文字がPCの画面に踊った時『泉 杏樹(aa0045) 』は飛び上がって驚いたものだ。
 傍らの従者がおめでとうと、告げたのを覚えている。
 百人を超える人間が、その人の、声を、歌を、思いをききにくるというのはとてもすごいことだと。
 だがそのあと従者は言葉を続けた。
 しかし、それだけに失敗もできない。もし中途半端なものをさらしてしまえば、それは同時に百人の人間をがっかりさせることになるのだから。
 杏樹はその言葉に頷いた。
 そして彼女は告げたのだ。
「どんなに、大変でも、絶対にがっかりさせたくないの。本番までどんなに大変なレッスンでも、頑張るの」

 その結果、彼女は歓声の中心にいた。

 あふれんばかりのアンコール。波打つようなあんじゅーコール。
 杏樹は舞台袖で従者に抱き着いた。
 このコールが嬉しくもあり、怖くもあったから。
 けど彼は優しく、行っておいでと、言ってくれた。
 自分は一人ではないと。思えた。
 突如暗転。ライブハウスからすべての光が消え去り。
 次いで灯りが付いたときには杏樹はステージの中央にいた。
 マイクを握り、きらびやかな衣装は脱いでTシャツ姿(グッズ、物販にて1800……)
 汗をタオルで拭きながら、ゆったりと杏樹は観客たちに語りかけた。
「今日は、杏樹の歌をききに来てくれてありがとうなの」
 初めてのワンマンライブ。アンコールまでもらえたなら、話しておきたいことがあった。
「杏樹の始まり、アイドルをやりたいって思ったきっかけのお話。みんなにきいてほしいの」
 
 最初は友人の嘆きから始まった。

 その友人たちは自分より沢山の依頼に出ていて。 
 戦場の痛みや怖さや、楽しさや、いろんなものに出会っていて、経験していて。
 その中の一つが彼女の物語。
 『水晶の歌姫 ルネ』の最初で最後の物語。

「ルネさんは、すごい人なの。みんなを守るためにって苦しいのも我慢して、歌って、そして」
 早口で、楽しげに告げる杏樹の声が、ひっそりと弱まった。
「みんなを守るために、消えてしまったの」
 そして砕けて消えてしまった。そう告げた杏樹の瞳は伏せられていて、悲痛に歪んでいるのがわかった。
「杏樹は直接、その人のことを知らないの、けど、友達が関わっている人が多くて……それで」
 彼や彼女が後悔の言葉を漏らしていたのを覚えている。
 悲痛なその懺悔は、自分の心を突き刺す、いばらの十字架で。
「杏樹は、そんな悲しむ人たちのそばにいたいと思ったの」
 歌とはすばらしい。杏樹はそう言葉を続けた。
「ルネさんが、作戦で歌った歌をね。みんな歌ってるの。自分なりのアレンジを加えながら」
 杏樹はそのメロディーを口ずさんで見せた。何度も友人の口からきいた曲。
 それはずっと頭の中に残って離れない。
「杏樹はそれが、とってもいいなっておもったの」
 歌い継ぐということが、消えてしまった人の思いをずっと大切にしていくということが。
「消えてしまった人とは、もう会えないの、けどこうやって忘れないことで思い出の中でいつでも、逢えるの。歌って……凄い」
 ため息まじりにそう告げた杏樹は、会場にいる観客、一人一人の顔を見ながら告げる。
「そんな歌のすごさを少しでも、みんなに伝えられたらいいなって。杏樹はおもうの、だから……」
 そして流れたのは杏樹の代表曲『知ってるよ』
 暖かな光が杏樹へと降る。その光を受け脱力するように杏樹は両膝をついた。
 そして両手を伸ばして、彼方に思いを届けるように乗せる。

《大丈夫
 貴方は言うけど
 私知ってるよ
 無理してる事》

 いつくしむように両手でひかりを受け止める。
 大事そうに包んで、杏樹は胸元にそれを手繰り寄せた。

《世界中の疲れたみんなへお疲れ様
 私の声とどくといいな
 皆の癒しになる
 それが私の願い》

 その光を振りまくように観客へ向けて、手を向けた。
 ライトエフェクトがはじけるように会場を走り。
 そしてバックモニターに杏樹の顔が大きく映し出される。

《大丈夫?
 貴方が頑張るの
 私知ってるよ
 誰も見てなくても》

 その瞳は潤んでいて、その声はつらそうだ。
 少し、無理をしすぎたかもしれない。
 そう杏樹は笑う。けれど思いは届くと信じて。
 歌に、魂を乗せる。

《皆を応援したい
 それが私の願い》

「みなさん。訊いてくれてありがとうなの。これから最後の曲にします」
 観客たちが残念そうに声を上げる。
 それに少し笑って杏樹は告げる。
「でも、みなさんが応援してくれたから、次のライブやってもいいってマネージャーさんに言われたの!」
 沸き立つ会場。何せ今回のライブだけで収益は……。
 裏でマネージャー兼執事は笑いが止まらないでいることだろう。
「伝わったかな? 杏樹の思い。歌はね、友達を助けることができるんだよ。それを杏樹は信じたいの」
 それは敵に仲間が囚われた時のこと。
 戦場で歌を歌いながらその子を探した。
 何も知らない人にはバカみたいだと言われるかもしれないけれど。
 でも、それでその少女を救うことができたのは、確かな事実だった。
「スキルで体の傷は癒せても、心までは無理なの。だけど歌なら、きっと、きっとできるって信じてる。だから杏樹も先輩たちを助けたい、支えになりたい。追いつきたいの」
 今日また、階段を一段上った、けれど、登れば上るほどに遠い存在だったんだと、杏樹は気が付く、だとしても、上ることをあきらめたくはない。
 だって、戦って悲しみをなくすことが、みんなを守ることが彼女たちの仕事なら。
 彼女たちを守ろう、そして癒そう、そう思ったのだから。
「また、みんなに会えるよね? 願って最後に。この曲を歌います」
 
『1cm』高らかに流れたのは、爽やかにアレンジされたライブ限定バージョン。
 その奇跡のような演出に涙を流す者さえ。見えた。
 杏樹はその光景に潤んだ瞳をこすり、前を向いて歌声を響かせる。

《1cm届かなかった
 それが永遠の別れだった
 救えなかった後悔に今足すくわれる
 ずっとあの人を忘れられない》

《気づいて俯いた貴方に手を差し出してる人がいる》

《1cm届かないと
 貴方の笑顔がみたいと
 救えない悔しさに今唇噛み締めてる
 絶対貴方を忘れたりしない》
 
 心が高鳴る、会場と自分が一体になる。音楽がとけていく。
 心がつながる。
 海のように、空のように。
 手を振ればみんなが振りかえしてくれる。
 ああ、希望こそはここにある、杏樹はそう目を閉じた。
 上り詰めるようなCメロを届ける。

《いつか、あなたがいてよかったって
 言える未来が来ること
 信じているから
 今はただ悲しくても
 痛みに足を止めそうになっても》

《あなたがいる
 私がいる
 その手を繋いで》

《1cm届いていた
 あなたへ響くメロディー
 救えない涙を今一緒に
 抱きしめてあなたを守りたい》

《今は立ち上がれなくても
 1cm手を伸ばして。貴方を癒したい》

 余韻、残響、荒い息と鼓動。
 すべてがわんわんと頭を揺らし、けれど思考は冴え渡っていて。
 割れんばかりの歓声と。彼等の言葉をただ、杏樹は受け止めていた。
「ありがとうなの!!」 
 そう手を振る少女は、決して汗のせいなどではなく、確かに、確かに煌いていた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『泉 杏樹(aa0045) 』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております。鳴海です。
 この度はOMCご注文ありがとうございました。
 今回は、場面指定がなかったので杏樹さんのライブ、しかもアンコール後という変わったシチュエーションをチョイスしてみました。
 きっと、この日のためにすごく努力したんだろうなぁって想像して書きました。
 気に入っていただけたら幸いです。
 それでは今回はこのあたりで、鳴海でしたありがとうございました。
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2017年02月07日

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