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『試練からの試験! 』
海原・みなも1252
 帰れません。
 還れません。
 どっちでもいいんだけど、現実問題、現実世界に戻れんとゆう事態なわけですよ海原・みなも(人魚狼バージョン)ですっ!
 なにやら赤い月が沈まない世界に迷い込んで、殺風滅豚無手型10級とかいただくはめになっちゃったアタシですけど、今! 信じられないことが! 目の前で!
 テレビだったらCMの後すぐっ!! ってことになるんだろねー。でもこの常世の世界にCMとかないんで、あっさり発表します。
「おばあさんとお嬢さんが豚野郎さんに捕まってまーすっ!!」
 なんということでしょう! ふたりとも荒縄でぐるぐる巻き! いったいなんでこんなことに!?
「アーレーオタスケー(棒」
「おなかすいた!(迫真」
「ぶぁーっひっひっふー! ついに“粉骨拳”とその孫を捕らえてくれたわぁーっ!!(演技過剰」
 ……えー。
 おばあさん。超棒読みだし、捕まってる感ゼロなんすけど。あと“粉骨拳”って、どんだけ物騒なあだ名で呼ばれてますか。
 お嬢さん。演技。ちょっとは演技しよっか。
 オークさん。ひっひっふーはラマーズ法。おっさん(アタシもついに見分けられるようになった)なのに産む? 産んじゃう? ひとりだけ本気演技なのがまたなんとも辛いっすわー。
 いろんなものだだ下がりなアタシに、オークのおっさんが言い放つ。
「わぬしが“粉骨拳”の弟子かぁっ!? 師匠と孫を返してほしくばブヒウギ村まで来るがいい! 一族郎党一丸となって相手をしてくれるわぁっ!!」
「ブヒウギってなんか楽しそっすねじゃなくて! 正々堂々とか戦士の誇りとかは!?」
「わしは名より実を取る決意と覚悟を決めたのだぁ!」
 豪快に情けない。
 でも向こうのほうで大量のオークさんどもがうなずいてる。いいのか、これで。
「ちなみにこれが地図だ。途中で迷うと危険だからな」
「あ、どもっす」
 手書きであれこれ注意ポイントとか書き込んだ地図をくれて、おっさんは去って行った。おばあさんとお嬢さんはその他のオークに担ぎ上げられて運ばれてく。まさに獲物状態。これが野生の掟かー。ま、緊迫感とか悲壮感とかゼロだけど。
 元の世界に還れないから、しかたなくアタシはおばあさんの家に帰ってきた。なのに肝心のおばあさんが連れてかれて。いったいアタシはどうしたらいいわけ!?
「とりあえず2、3日喰っちゃ寝してから見捨てるか逃げるか考えよー」
 どうせ勝手に生還するだろし。そうでなくてもまちがいなくウソの捕縛劇だし。アタシが出かけてく必要性、まったく感じないんで。
「……って、食料全部食べられちゃってますやん」
 そのへんはおばあさん、抜かりがなかったんでした。

 半日くらい狩りとか手づかみ漁とかに挑んでみて、あきらめた。新米人魚狼が分け入っていけるほど、食物連鎖甘くねっす。
 となるともう、ブヒウギ村行くしかなくて。
「うーあー、猛烈行きたくねー」
 激烈行きたくねー。爆裂行きたくねー。
 うめきながら、アタシは地図見ながら赤黒い森の中を歩く。
 そうそう、おっさんの書き込みのおかげで危険はもれなく回避できました。


 で。ブヒウギ村。
「“粉骨拳”さんのお弟子さん来たぶひー」
「族長、保育所にお子さんのお迎え行ってるぶほー」
「人狼必殺塔にご案内しなさいって言伝もらったぶふー」
 とってつけたの丸わかりな語尾ですね。アイデンティティの主張? でも前に会ったオーク一家、誰もこんな語尾つけてなかったしなー。
 さておき。いろいろツッコみたいこともありますが、やっぱりなにより「人狼必殺塔」。それは当の人狼(人魚狼)に言っちゃダメでしょーよ。聞いちゃったからにゃーこのままおサラバ――
『逃げたら殺す。追いかけて殺す。追い詰めて殺す』
 いつの間にか豚奥さんどもの隙間からおばあさんが口パクで! なに馴染んでんすか!? 人質設定は!?
「おなかすいた!」
 お嬢さんはさぁ、演技しようってばよ……。オークから干し芋とかもらうなよ干し肉とか干し魚とか。
「ほしたらうまみでる!」
 アミノ酸がねー。って、お嬢さんよく知ってるな!
 アタシもお腹すいてたんで、もらいましたけどね干し肉。歯ごたえよくってうまうまっすわ。これは売れる。売れるよ!
「じゃあすいませんけど、人狼必殺塔のほうに来てくださいぶはー」
「あー、はいはい」
 一食一飯(どっちも同じ)の恩ができたので、アタシは素直についてくことに。
「これパンフレットぶへー」
 パンフレットによると――
 天を突く巨豚の塔(レンガ造りで狼の息も跳ね返す!)を建造したい所存! 終末戦争までに完成予定!!
「あ、造ってないんだ。むしろこの殺伐とほのぼのした世界の終末戦争がどんなんか見てみたいわ」
「恐ろしいこと言うぶひ……!」
 いやいや、アナタがたが終末戦争とか書くから。それよりも戦う気あるのか?
 と。なんだかんだでアタシは塔につきましたよー。
「お、おう」
 人狼をかならず殺す塔、想像の斜め上だった。
 まず落とし穴! 擬装とか一切ないから丸わかり! しかも中央、直径4メートルくらいの円形ステージ――土をちょっと盛り上げたやつ。多分あれが塔――以外、陣のほとんど全域が落とし穴。以上! 現場からでした!
 ……落とし穴しかない。潔しって言えば潔し。
 そして。
「ぶっぶっひー、ひっひっぶー。よく来たな弟子! わしの地轟散狼空手術でわぬしを落とし穴に落としてくれるわぁっ!」
 細い足場をよろよろふらふら渡ってステージに立ったおっさんが、ほーっと息ついてから言ってくれた。いや、落とし穴のこと隠さなかったのは素直に安心したけどそれよりも。
「あのー、空手術……なんすよね?」
「いかにもっ!」
「じゃあ、その体を鎧う鋼のフルプレートは……」
「わしの第二の皮膚だぁ!」
「両手で握ってる鉄塊ソード・ベルセルク仕様は……」
「空の手に握り込んだわしの魂だぁ!」
 どうしよう、空手要素が見当たらない。
 落とし穴のまわりに配置された屈強な戦士どもも、槍の穂先を栗のイガに換えたやつとか持ってるし。必殺のわりに殺す気ないみたいだけど地味に怖い。アタシの毛並でどのくらい止められるんだろか。
「安心せい! 脳天峰打ちじゃあ!」
 剣、両刃じゃないっすか……仮に峰打ちでもアタマへこんで死にますってばさ。
「ぞくちょおがんばえー」
 オーク幼児たちの声援が飛んでくる。まだ「ぶひぶほ」口調に毒されてなくてかわいい。
「殺せ殺せ息の根止めるんだよぉ!!」
 それに比べておばあさん、ボクシングとか見に来た酔っ払い客か。ドスの効き過ぎた声に、まわりのオーク幼児がギャン泣きです。やめたげて。
「ほしにくうまい! ちょーだいすき!」
 お嬢さん、干し肉に告白してないで応援しようよ。
……とにかくっ! ここまで来たらやるしかねーのですっ!
 アタシはぐうっと体を丸めて力を溜めて、落とし穴を一気に跳び越えた。
「殺風滅豚無手型10級、海原・みなも!」
「地轟散狼空手術皆伝、エドワード・B・ウェールス!」
 名前がやたらとブリティッシュ!! でも、闘いに名前なんて関係ないし、そもそもアンタのは空手じゃないんだからねっ!

 はい。
 2秒で負けましたー。
 ムリムリ。鉄塊喰らったら死ぬし。あっさり落とし穴にダイブですよ。

「やっぱり8級試験はまだ早かったみたいだねぇ」
 なにそれこれ8級!? やばい。初段試験の内容とか知り、たい……。
 落とし穴の底でおばあさんの衝撃告白を聞きながら、アタシはがっくり意識を失ったんでした。
 アタシの毛並、やっぱりイガ栗には勝てなかったよ。


 穴の中から引っぱり上げられたアタシは、ぐるぐる巻きにされて族長宅に引っ立てられた。
「ひっひっぶー。わぬしは負け犬科だぁ!」
 おっさんが丁重に絨毯の上に置かれたアタシを上から指差して笑う。
 こっちは敗者なので、なに言われてもいいんですけれども。
 犬科呼びしてくれる気づかいが痛い。犬でいいっすよ犬で……おおう、予想以上に刺さるな「負け犬」の称号は! やっぱ犬科でいいっす犬科で。
 おっさん、後ろから長老っぽいオークさんになんか言われてる。「教育が」とか。
「みじめよのうぶう」
 あの、そこまでつけんといかんですか、それ。あからさまに言い慣れてないっすよね。
「そのみじめさにふさわしい身分を与えてくれるぶひ!」
 言いながらおっさん、アタシのアタマをなでりなでり。
 あ、毛根マッサージになって気持ちいい! そういや犬ってブラッシング好きだし、ブラシに豚毛使うもんね。
「今日からわぬしは我が村の飼い犬科ぶほ! 毎日朝夕の散歩の後に飯を食わせ、日中は点心とブラシがけをしてくれるぶへ! ……子どもの情操教育には動物との触れ合いが一番だからな」
 名にその好待遇!? 殺風滅豚無手型の弟子と比べものにならないんですけど!!
 アタシは辛く苦し……くもなかった修行の日々を思い出す。引っぱりっこは楽しいんだけど、四六時中あの人狼凶器といっしょだし、ご飯が少ないんだよなぁー。
「あのー、おなかとか出しといたらいいっすか?」
 ってことで、アタシの飼い犬科生活が始まったんだ。


「とってこーい」
 オークの幼児がぽーいと枝を投げる。
 アタシはそれを追っかけてダイビングキャッチ。すぐさま駆け戻る。
「とってこいじゃありませんぶひ。とってきてくださいですよぶひ」
 おっと、幼児ってば、お母さんオークに注意されてたりして涙目。
 アタシはすかさず背中を向けてみせた。このふっかふかの背中、ぎゅうぎゅうしてもいいんだぜ?
「ごべんなざいー」
「ごめんなさいは魔法の呪文さ。唱えるだけで仲なおり。ね、お母さん」
 お母さんがうなずいて。
 背中に埋まってた幼児がお母さんに飛びついていく。
 ふふ。それでいい。
 アタシはふたりに手を振って歩き出した。
 だってもうすぐオヤツの時間だし。

「狼さんは好き嫌いしないでえらいわねぶう」
「おまえも見習ってなんでも食べないとなぶほ」
「でもお父さんだって豆よけてるよ」
「おっ、お父さんは大人だからいんだぶへ」
「まあ、そんだけ大きくなってるっすもんねー」
「ほら! 狼さんもそう言ってるぶ!」
 あっはっはっ。みんないっしょに大笑い。

「うち、あいつのこと好きとかじゃないんだからねぶう」
 アタシの背中にブラシかけながら娘さんオークが言った。
「でも、アイツはアンタのこと好きなんだよね?」
「えっ!? あ、そ、う、ううん。……そうなの、かなぶひ?」
「アタシにも経験ないからわかんないけど、素直な気持ち、返したげなー。後であのときこうしとけばーって思うのヤでしょ」
「うん。そうだねぶひ。――ありがと」

「散歩行くか」
 おっさんに誘われて、アタシは村の外を歩く。
 気になるにおい嗅いだり、小川で休憩したり。走ったり遊んだりするのとはまたちがう楽しさがあるよねー。
「……わぬしが来てから村に笑い声が増えた。感謝しておる」
「いきなりなんすか。アタシ飼い犬科っすし」
「誰もそう思うておらんさ。わぬしはわしらの――」
 おっさんは言おうとしてた言葉を切って、言い直した。
「――元の世界にわぬしを返す術を探しておる。なかなかはかどらんが、なるべく早くに見つけたい。長引くほどに、名残惜しくなるからな」
 おっさん……。
 犬科には涙腺がないって聞いたことある気がする。なのに、なんだろね。アタシは上向いてぱちぱちして、眼の端っこから落ちていこうとするものを止めた。
「そろそろ帰りますか! 夕ご飯はなんすかねー」
「茶碗半分の玄米に漬け物だよ!!」
 健康食!?
 いやそれよりもこのダミ声、まさか!?
「おまえが還るのは豚野郎の村じゃあない……生き地獄だよぉ!」
 おばあさん、いろんな意味でキレッキレに仁王立ち!
「いきちごく!!」
 となりのお嬢さん、惜しい。いや、生き血獄のほうが生き地獄より怖そうだけど!
「なっ、“粉砕拳”!! わぬし、弟子が負けたら好きにせいと言うておったはずでは――」
「知らないねぇ。ワシら狼の約束はいつだってひとつさ。豚はもれなく」
「ですとろい!」
 そっか。
 おばあさんがアタシのこと、見逃してくれるわけないよねー。
 夢だったんだ。アタシの愉快な飼い犬科生活。
「でも」
 夢だってあきらめちゃったらそこで終わり、だよね。


 そして。
 アタシとおっさんはボッコボコにされながらもなんとか“粉砕拳”を干し肉で誘導、川に落っことして撃退した。あ、腹ペコのお嬢さんには普通に干し肉をあげて帰ってもらったけどね。
 てわけで、アタシは守り切ったよ飼い犬科生活!
 でも。こんなことでおばあさんがあきらめたとか思わない。
 アタシの闘いはこれからだ!
 いや、これでいいのかなーって、思わなくもないんだけどね。栄養いいもんで、体重ちょっぴり増えちゃったし。いやいや。ちょっぴりっすけどね、ちょっぴりちょっぴり……。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年02月10日

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