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『光 』
ナラカaa0098hero001)&八朔 カゲリaa0098
「俺はけして、俺自身を違えない――!」
 圧倒的な“死”の激流に抗い、咆哮した八朔カゲリに“声”が応えた。
『刹那の時をもって汝に問おう。汝に……そして私に』
 声に導かれて刹那の闇に墜ちたカゲリは、その内で夢を見る。
 ――いや。夢の内で夢を見る、か。
 先ほどまで彼がいたのは、愚神に魂を喰らわれる寸前の世界だ。そこから闇に墜とされて、今。闇の奥に映し出された地獄にいる。


 金色に染め抜かれた天を見上げ、誰かが奥歯を噛み締めた。
 その手の内にあるものは幻想蝶。そこにもうひとりの誰かの手が重なり、別なるふたりが全なるひとりと成った。

 ライヴスリンカー。

 次々と共鳴を成すリンカーたち。ある者は刃をかざし、またある者は銃を構え、さらにある者は装甲でその身を固め、天へと跳ぶ。
『そうだ、愛しき“人”よ。意志が示す力、その強さと輝きを私に魅せてくれ』
 天を塗り潰す金焔のただ中にて、彼女は言った。
 歳の頃は二十に届くや届かぬや。
 なにを織ったものか知れぬ和装に白き肌を包み、やわらかく細めた赤眼を自らへ向かい来る者たちへ差し向け、そしてかぶりを振った。
『いや』
 しゃらしゃらと波立つ銀の髪の先から焔が散り落ちた。
 その焔滴を浴びたリンカーが共鳴体を焼かれ、絶命した。しかし、墜ちていく同胞の隙間をかいくぐり、リンカーたちはなお彼女を目ざす。
『我が浄化の焔をもってなお焼き祓うことかなわぬ至高の意志を……輝く命を、魅せよ』
 彼女の白面を司る裁定者の酷薄が割れ、守護者の慈愛が現われた。
 あらん限りの愛おしさを込めて、彼女は人の子らを焼き殺していく。
『それでは届かぬよ、私には――汝らが行かねばならぬ明日の先へは』
 彼女の指先が踊り、超熱の羽ばたきが世界を焼き祓った。
『己が足であがけ。己が手でもがけ。我が翼を刈り、我が背をにじり、越えてゆけ』
 命を焦がされながら、リンカーが彼女に攻撃を叩きつける。
 世界のあらゆる場所から彼女を差して飛来する“一矢”がリンカーを支え、もう一度得物を振るうための1秒を稼ぐ。
 打たれ、撃たれ、削られながら、彼女は夢見るように微笑んだ。
『ああ、愛しき者らよ。そうだ。それでいい。しかしまだだ。見せよ、視せよ、魅せよ! 我が手向けを超えて、輝きを――!!』
 彼女が高く両手を掲げ、爪先を【門】の間にこじ入れた。
 ゆっくりと、開く。
 まどろむ“太源”在りし無間が――
 果たして。
 世界はあふれ落ちた金焔に押し流され、地獄と成ることをすらゆるされずに無へと帰した。


 と。
 カゲリは墜とされた闇――ひとつめの夢の内で目覚めた。
 夢の主たる彼には、ここが果てなき宇宙のどこかであることはわかっている。だがしかし。
 常闇だ。どこを向いても、見えるべき星の輝きのない、虚空。
 どこからか燃え立つ黒焔だけがカゲリを焼くが……いや、ちがう。この粘りを含んだ熱は、どこから来たものでもない。
 ――この焔は、俺だ。
 常闇に紛れ、燃えていることすらも示さぬ影のごとき焔。これこそ、カゲリが自らに望んだ姿なのだ。
「夢中の夢に幻(み)たか。我を――我が現し身を」
 ぽつり。宙の内に儚き声音が刻まれた。
 問うまでもない。目の前に現われたものは鷲だ。金焔を灯す翼を広げ、カゲリという黒焔を焼き祓いながら包み込む。
「あの声は、おまえの声か」
 愚神に喰らわれようとしていたカゲリの内に重なった声の主――鷲は、彼に求めた。
『誓うがよい。汝がその心に決めた覚悟を言の葉にして』
 それこそがこの金焔の鷲であり、あの金焔の女というわけだ。
「おまえが女だとは思わなかった」
「もとより我に性はない。あれはいかような理によるものか……我が想い、恋慕ならぬ母性なのやもな。ゆえに女体をもって顕現するとは、いかさまありえる話であろうよ」
 鷲が苦笑みの波動をこぼした。
「……いずれにせよ、あれは我が汝を喰らい、堕ちた姿。人を愛し、導き守ってきた我の内には、神たる身には持ち得ようはずのない狂気が在る」
 夢の内の夢、その端々にカゲリは幻ていた。
 鷲がどれほど人という存在へ寄せた愛を。
 自らの足で歩き出そうとする人を見送るため、邪、混沌、果てには神と己をも焼き祓ってきた過去を。
 人の標となるべく、その身を尽くすこと。それはまさに、絶対の庇護者ゆえの狂気に他なるまい。
 歩き出した人の前を試練となって塞ぎ、焔をもて自立の資格を問う。それもまた、絶対の裁定者たるがゆえの狂気であろう。
 庇護と裁定。根は同じ愛ながら、顕わす姿は対極。
 なるほど。確かにこの鷲は、実に狂おしい。
「殉じるのも殉じさせるのも愛か。神様ってのはそうしたものなんだろう」
 静かにゆらめくカゲリに、鷲は真っ向から問うた。
「我が狂気を見、汝はなお誓えるか? 我に。そして汝自身に」
「俺はおまえがどんなものでもいいさ。でも、おまえは俺がどんなものでもいいのか?」
 鷲の金焔に触れた黒焔が、浄化を拒んで濁った悲鳴をあげる。
「俺は決めることも狂うこともできない。もう違えない……そう決めたはずなのに、自分をごまかしたくて、前に進みたがる」
 すべてを是と受け入れる。それがカゲリの本質だ。
 しかし。その一方で彼は否と叫び続けている。
 奪われた父母を思い出にして。闇底に落ちた妹を置き去りにして。胸を塞ぐ悲哀と苦渋を「そうしたものだ」と受け入れ、生きていこうとする自分を。そして。
 自分のそうした咎をなすりつけられる相手――敵を求めて前へと進む自分を。彼はけしてゆるせないから。
「俺のこの姿は、俺が俺に向けた怨念で、悔いだ」
 吐き捨てる彼は、ここが宇宙のどこかなどではないことにも気づいていた。そう、ここはカゲリという存在の虚無を映した心象世界なのだ。
 なにも無い宙に燃え立ち、自らを苛む黒焔。
「俺は捨てられない。怨みも後悔も」
 浄化されることを拒むのは後ろめたいからだ。自分だけが救われていいはずがない。地獄から放されていいはずが、ない。
 死ぬまでに贖わなければ。
 この懺悔を届けなければ。
 そのために敵を殺さなければ。
 敵を殺したところで、俺が救われていいはずがないのに。
 同じ場所を巡るばかりの思考が、カゲリを痺れさせていく。
「汝が行かんとする先は、あれだ」
 鷲の金光が虚空を指した。遙か先、赤くたぎる凶星を。
「――敵」
 結局、俺はすがりつくしかないんだな。俺を救う手じゃなく、俺を殺す手に。
 自分を嘲いながら、カゲリはそれでも次の一歩を踏み出した。
「それでも。なにもないよりは、いいんだろう」
 人というものをなによりも愛する鷲から目を背け、彼は行く。
 鷲と出逢わなければよかった。失望させただろう。落胆させたはずだ。俺とさえ出逢わなければ、鷲は……。
「私を見ろ」
 強い声音がカゲリを止めた。無性ではない、未だ声変わりすらしておらぬ少女の声音が。
 思わず返り見れば、そこに在るものは金焔をまとう銀髪の少女。おそらく、先に見たあの女から歳をいくつか引けばこうなるのだろう姿の。
「見えるか、この焔が」
「ああ」
「見えるか、この私が」
「――ああ」
「この小娘という鋳型に押し込められたが今の私。守り導くべきものを見失ったがゆえにこの有様だ。……と、先まで思うていた」
 鷲だった少女は胸の前で組んでいた腕を解いた。
「私は愛している。人の強き意志が魅せる輝きを。しかし、愛するとともに妬んでおったのだろう。人の魂にしか宿らぬその輝きをな」
 少女の幼き面に浮く老いた皮肉。
 神とは絶対だ。今さら輝いてみせるまでもなく、その存在は光の内に在る。
 しかしながら完成されているがゆえに、その光がより強い輝きを放つことはない。いつまでも変わることなく、同じように光る星。言い換えるならそれは、永遠の冗長に他なるまい。
「しかしながら。汝という虚無の内に至った私は今、ようようと成り仰せた。あれほど焦がれてきた輝きに。小娘の姿を得たは、私が“これより始まる先”を望んだゆえやもしれぬ」
 少女の皮肉が、消えた。
「見えるか。この、私という輝きが」
 カゲリはうなずいた。
 見える。少女の焔が。そればかりか、金焔の輝きに照らされた、黒いばかりの自分が。
「私は人を愛し続ける。しかし、自らもまた輝こう。そして知らせるのだ。虚無の内に紛れようとする影なる焔の在りかを。我はここに在る。そして汝もまた、ここに在る」
 少女はかすかに笑みを傾け、また彼方の赤光を指した。
「先に言うたな。その意志の輝き、魅せてもらったと。そう、魅せられたのだ。汝の虚無に。その底に在る汝の意志の迷いに」
 価値などあるはずのない自分の弱さを、少女は是とする。
「己をゆるさずともよい。己にゆるされずともよい。迷いのただ中に己を貫け」
 正しさに囚われることなく決意を貫けと、少女は促す。
 ――俺が貫くべきものは、なんだ?
 カゲリは自らに問い、思い至る。
 是とすることだ。
 少女となった鷲が愛ゆえの二面を見せたように、カゲリにもまた二面がある。
 それは、すべてを是と受け入れる肯定者の面であり、それをしてなお否と叫ぶ抵抗者の面。たとえいくつの面を持とうとも、根底に是があるからこそ否があるのだ。
 なら、俺は受け入れるよ。
 母なる狂気と小娘の希望を併せ持つおまえを。
 俺をゆるさない俺を。
「俺は、そうしたものだ」
 今こそすべてを是としたカゲリに、少女の手が伸べられた。
「行こうぞ。末路の先の明日へ。あるいは明日なき末路の底へ。すべてはこのときより始まるのだ」
 カゲリの手が、少女の手を取った。
 強く握り締めた。
 強く握り返された。
 なにかが、繋がった。
「誓うがよい。汝がその心に決めた覚悟を言の葉にして」
 金焔と化した声音が宙を焼き、燃え立った。
 金焔を黒く焼き焦がし、カゲリが己を握り締めた。
「今度こそ誓う」
 外へと燃え立っていた黒焔が内へと燃え落ちていく。
 焔は心となり、血となり、肉となり、八朔カゲリを成していく。
「俺はけして、俺自身を違えない――!」
 彼という黒焔が、少女という金焔と溶け合い、色を失った。
 色のない焔は黒よりも金よりもなお高く燃え立ち、虚無を……万物の存在を禁じていたカゲリの心象世界を焼き祓った。
「聞き遂げたぞ。誓いはかくて約と成った」


 果たして現世。
 金焔が影俐――いや、カゲリに重なった。
 その灼熱が、愚神に穢された血を浄化する。
 その灼熱が、死の清冽に侵された肉を解く。
 その灼熱が、愚神の指を焼き払い、枯れかけた心臓に新たな命を点火する。

『私は見つけたぞ』
 叩きつける雨を焼き祓い、仇たる愚神へ踏み出すカゲリの内で、少女が歌うように告げた。
 そうだ。俺は見つけられた。
 そして。俺も見つけたんだ。
 光を失くした影を映す、光を。
「……俺は、ここにいるか」
 影が問い。
『ああ。私もまた共に在る』
 光が答えた。
 俺がいて、おまえがいる。そういうことだ。
 カゲリは手の内に生まれ出でた焔の刃を振りかざし、振り下ろした。
 彼の背を包む光が指す先――この夜の向こうへ進むために。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ナラカ・アヴァターラ(aa0098hero001) / 女性 / 12歳 / 神々の王を滅ぼす者】
【八朔 カゲリ(aa0098) / 男性 / 17歳 / 絶対の肯定者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて“光”を取り戻した少年は影を見出した鷲と約を結び、無と成った。
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2017年02月13日

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