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『風の国、はじまりの空 』
ゼロ=シュバイツァーjb7501


 そろそろ、次のステージへ進まなあかんわな。


 昨年。夏の終わり、秋の始まりのこと。
 ゼロ=シュバイツァーは揺れ動く世界を前に、そんなことを考えた。
 唐突に降ってわいた案ではない、どうにかしたいと考え込んだ果てに見出したものだった。

 天使も悪魔も、堕天や『はぐれ』で力を無くさなくても共存できる場所。
 人が、天魔に怯えなくても暮らせる場所。
 友と思える存在、友になれるかもしれない存在、生き延びる可能性、大切な存在を信じる心、それらを失わずにいられる場所。

 一度に全ては無理かもしれない、心を預けられる仲間たちの協力も必要だろう。
 それよりなにより、場所の選定である。




 西日本の、とある穏やかな海に浮かぶ島。
 そこそこ広く気候は温暖。食糧自給も可能で、『組織の拠点』とするには理想的な場所であった。

 ――どこを拠点とするかは知らないが、『味方』を多くつけることだろう
 ――風の噂は恐ろしい。ゆえに操作できればこの上なく強い。組織内の信頼が揺るがぬものであれば、注意すべきは組織の外、物理的な『周辺』じゃないか

 独立組織についてゼロが真剣に考え始めた頃、相談した相手からこんな返答を得たことがある。


「よ、戻ったで♪ なんぞ困ってる事とかあらへんかー?」
「おやおや、ゼロさん。今日は魚の良いのが獲れてなーあ。持ってけ持ってけ。なんなら刺身にしようか」
「マジで!? ラッキー! おっちゃん、酒も酒もーー!」
 漁港へ顔を出すと、漁師が困ったことどころか得意げに海の幸を話題に返す。
 『しょうがないなぁ』と言いながら、漁師も嬉しそうだ。
 そうしているうちに人々がゼロを出迎え、昼間から小さな宴会が始まった。


 此処、とゼロが場所を定めてからの行動は早かった。
 さすがに常駐はできないものの家一軒を買い上げ、拠点の始まりとする。
 表向きは『天魔絡みのトラブル解決します』というフリーランス同様の看板を掲げ、天魔以外の厄介ごとも片付けてきた。
 西日本は天魔の動きが不穏でありながら、小さな島は撃退署のケアが行き届きにくい。
 そこへゼロの登場は、文字通りの渡りに船であった。
 地道な活動は実を結び、今はすっかり顔なじみとなっている……ハズ。

 ゼロが人界へ降りたって400年が経つ。
 自身の目で見てきたこと。感じたこと。
 出会った人々。得た人脈。
 金儲けの方法。バレない金の隠し方。良いこと、悪いこと、子供には言えないこと、etc...まあ、色々である。
 それらを駆使し、今、この島に新たな国を作ろうとしている。
 新たに作るというか、島を国とするか、表現が難しいところであるが。
 いつかゼロの本当の考えを伝えた時に、住民たちも賛同してくれればいいと願う。
 



「はーーー、喰った喰った。久遠ヶ原じゃ食べられへん贅沢品やなぁ」
 海が違えば特産品も変わる。
 久遠ヶ原のある茨城とは違う海の幸に満足しながら、ゼロは拠点としている家へ戻った。
 山を背にし、海がよく見えるお気に入りの場所だ。
「さて……ちょっと来てないだけやったのに、たまっとるな!?」
 郵便受けから大小さまざまな封筒を取り出し、デスクに広げて差出人をチェック。
 基本的には建設関係だったり産業方面の見積もり・アドバイスといった類。
 その他、地元民からもいくらか手紙が届いていた。困りごとや、ささやかな要望などといった生の声だ。
「仲間たちの島入りが増えて来たら、『島を丸ごと事務所』ってのもええなぁ」
 壁に貼りつけた地図と、住民の声を照らし合わせながらゼロが呟いた。

 能力を持つ者が一か所に集うのではなく、点在し協力し合う。
 誰か一人でも目的地へ先乗りができれば、それからの集合でも充分に間に合う。狭い島だからこそ初期対応が肝心となるはず。

 ゼロは行儀悪くデスクへ腰かけたまま、つらつらと考えを口にし続けた。
「地元の人にも仕事を斡旋もアリやし。……それなら全体が潤うかもしれんな」
 天魔関連に関してはプロフェッショナルの対応が必須だが、一般人でも対応できる『困りごと』は幾らでもある。
 『撃退士』『天魔』と、『一般人』の間へ溝を感じさせてはいけないだろう。
 能力には越えられない壁があるけれど、互いに差別の必要のない同等の存在であるという認識が重要になる。
 その信頼関係こそが、ゼロの望む『国』の姿だ。
「最近、急ピッチで天界に乗り込むやら魔界と手を組むやらやってるからな……。動くなら今やろ」
 なにせ、どさくさに紛れるのは得意なので。
 不敵に笑い、ゼロは手元のダーツの矢を地図へ投じた。
 現在、火種炎上真っ最中の各都市へと突き刺さる。
 大きな動きに目が行っていて、細やかなSOSへ対応しにくくなっている最近。
 力を持たない人々の不満と不安は膨れ上がるだろうし、漬け込む勢力はゼロだけではないはず()。

 ここで、どれだけ信頼を勝ち得るか。
 島の産業は、漁業や農業といった第一次産業が多い。
 ゼロたちにそのつもりはなくても、いつか『自分たちは撃退士の奴隷なのか』といった意識が芽生えたとておかしくない。それは避けなくてはいけない。
 
「順番を間違うたら、一気に水の泡……か。させへんけど」

 不安定な積み木を、慎重に重ねてきた。
 重ねながら、足元を盤石にしてきた。
 これまで培った知識も資金源もフル動員して。
(ワクワクすんなぁー……。どうなんのやろ)
 こんなにも熱い思いを抱くのは久しい。
 自身の手でやり遂げたいと思うことは久しい。
 確かな手ごたえを感じていた。




 海上にサーバントの姿が見えたと聞き、速攻で片付けた頃には日が暮れようとしていた。
 ゼロにしてみれば軽い運動程度だったけれど、もしもここに撃退士が居なかったらと思えばぞっとする。
 学園へ通報する間に、島は大惨事となっていただろう。
「ここだけを守れればええ、ってのも違うけど……」
 どれだけの数の、仲間が集ってくれるだろう。
 その日を迎えた時に、住民たちは理解してくれるだろうか。
「……ま、その為の日頃の行いやんな」
 潮風に遊ばれる髪をかきあげ、ゼロは海を振り向いた。
 夕日を受けて、キラキラと輝いている。
「えぇ眺めやなぁ……。んー、あの辺と、あの辺。へーかの礼拝堂とだいまおーの居城を作れば威光もでるやろ」
 田舎然とした島の景色が、ゼロの脳内でどのように変化しているのか。
(ついでに、こっそり抜け道でも作ったろかな)
 なんてことも、考える。
 天界や魔界と繋がる、抜け道ゲート。
 ひとりの行き来で精いっぱいの、ごく小規模なゲートであれば迷惑をかけることもないだろう。
 誰が開くか、どうやって維持するのかなどという現実問題はさておいて。
「天界や魔界との関係も、果たしてどうなることやら……」
 学園との関係は切る方向で考えているが、世界の全体的な動きには目を光らせておく必要がある。
 考えることは山積だ。

「あかん、頭痛が痛なってきた」
 
 こういう時、ツッコミ不在の寂しさを感じながらゼロは翼を広げた。
 一番星が見えてきた空へと高く飛翔する。
 遠く、都会の灯りが見える。
 この島は、日本にあって日本とは切り離されたような印象を受ける。
 それこそが、ゼロの望む姿。為しえたい『新しい国』の姿。
 
(さって。俺の力戻す時期は、いつにすっかなぁ……)
 
 野望に胸が高鳴る。
 ひとつずつ、ひとつずつ、夢が形となっていることを上空から確認する。
 


 はじまりは、ここから。
 そうして、物語は動き出す。




【風の国、はじまりの空 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7501 / ゼロ=シュバイツァー / 男 / 33歳 / 闇より風を起こす鴉】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
『風の国』の物語、その始まりをお届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年02月14日

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