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『空との再会 』
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 世界蝕以降、数多異世界より数多英雄が流入し、あらゆる価値観が巷に溢れた。
 服装もまた例外ではなく、然るに今や風体を以ってして“珍しい”と感じられる事こそが、極めて珍しい時代となっていた。
 とは言え、そうした中にあってもやはり視線を集める者というのは居て。
 それは、たとえば鳥の頭部を模した仮面で目元を覆っていたり。
 あまつさえ鳥がそうするように時折小首を傾げたり。
 しかも様々の日用品を詰め込んだ袋を抱えていたり。
 その癖未だ何か買い込もうというのか、その手に握る何事かしたためられたメモを見下ろしては、また小首を傾げてみたり。
 あたかも他の鳥の住処に迷い込んで場違いに困惑するように。
「あれは……」
 とある目抜き通りの一角にて、どうやら途方に暮れているのだろう、英雄は独り佇んでいた。
 それは出たての英雄が最も陥りやすい状況である事を、セラフィナはよく心得ていた。
 だから、迷わず歩み寄った。


・プリン・ア・ラ・モード
・ヘーゼルナッツとホワイトチョコのティラミス
・フルーツグラタン
・パンナ・コッタのメロンソース添え
・イチゴとチョコレートのムース
・クレマ・デ・サント・ジョゼプ


『…………?』
 行き交う人々が奇異の視線を向けては通り過ぎる事になどまるで頓着せず。
 英雄――縁は、既に十回以上も見直した不可解極まる単語の羅列に、ただただ小首を傾げる事しかできずにいた。
 なにぶんこの世界に召喚されて間もない右も左も分からぬ身、分かる筈もない。
 それでも、ここに至るまでは比較的順調と言えた。
 ほぼ一店舗内で事足りたし、不足品についても受付に尋ねれば懇切丁寧に案内してくれた為、迷う事なく然るべき店へ向かう事ができた。
 また、日用品は――既に幾度となく家事をさせられていたが故――縁が知っている物も多く、売っている場所さえ分かれば、あとはどうとでもなった。
 だが、聞くところによると、これらは日用品店では手に入らないらしい。
 こうなると一気に八方塞である。
 ――主様はとても重要な物だと仰っておられたが……。
 縁にとっては、発音に一貫性がないような、それでいてどことなく共通点を見出せそうな単語郡であり、それ以上でも以下でもない。
 どっちつかずなだけに、適当なあたりを付ける事さえ困難だ。
『困りましたね……』
 主の言いつけで来ているのだし、このまま帰るわけもはいかない。
 どうしたものだろう――見知らぬ街の見知らぬ場所で見知らぬ物を見失い、行き場をも失くして、縁はいよいよ立ち尽くすしかなかった。
 その時。

「あの――」

『?』
 不意に声を掛けられて、縁は辺りを見回した。
 騒々しくもないのに沢山の物音が散らばっていて、どれも聞き取り難い雑踏の中にあって。
 けれどそれははっきりと、自分に向けられているのが分かったから。
 やがて右手に首を回した折、目の前を背の高い男が過った少し向こう、三歩ほど先に。
 自分と同じくらいの背格好をした、一方で自分とは対照的な姿の少年が、こちらを見ているのをみとめた。
「何かお困りですか?」
 あどけない面立ちに大きな緑の瞳を以って、裏表のない人懐っこい笑みを浮かべ。
 綺麗に編み込まれた後ろ髪を軽やかに弾ませて、まるで手を差し伸べるように、銀髪の少年は縁に歩み寄る。
 ――?
 刹那、その様と酷似した映像が脳裏に浮かび、視界と重なった。
 縁が手で顔を覆ったのを気遣いげに、少年は前屈みの姿勢できょとっと縁を覗き込む。
 ――気のせい……でしょうか。
 この美しい緑の瞳を、耳に優しい声を、知っているような気がしたのだけれど。
「あの?」
『いえ……』
 少なくとも相手方にそのような素振りは見られないので、縁は考えるのを止す。
 そうだ、今はそんな事よりもっと大事な用事がある。
『……丁度好かった。ちょっと見ていただけませんか。これがなんなのか分からなくて』
 縁は腕に袋を抱えたまま、その手に握るメモを少年にひょいと差し出した。
 彼は過不足のない力で「拝見します」と紙切れを引き寄せてすぐに目を通すと、くすっと小さく微笑んだ。
「どれも駅前にある人気パティスリーの商品です」
『ぱてぃすりー?』
「簡単に言うとお菓子屋さんです。これを書いた人はよっぽどの甘党なんですね」
『……なるほど、確かに主様は常より甘いものばかり口にしておられます』
「プディングばかり?」
『ぷでぃん……――“プリン”か。ええ、仰るとおり』
「ふふっ、やっぱり」
 少年との会話を経て、縁は様々な事に得心がいった。
 また、相手が屈託なく楽しそうだからなのか、不思議と心が安らいでもいた。
「良かったら案内しましょうか? あ、荷物も半分お持ちしますよ」
『い、いや――』
 かと思えば、少年は良かったらとさえ言わず。
 こちらが俄かに答えかねる様を見せた頃には、もう両手を差し出していて。
『……見ず知らずの方にそこまでしていただくわけには』
「僕の事はお構いなく! さ、急がないと売り切れちゃいますよ!」
『はあ』
 考える暇が見当たらず、結局急かされるままに縁は全面的に従う事にした。


 * * *


 そうして今、二人はとある公園のベンチに腰掛け、山のような荷物に囲まれて一休みしていた。
 大荷物のまま歩き回って大変だったろうと、気遣ったセラフィナの提案によるものだった。
 あれから鳥の仮面の少年は、無事全てのプディングを買い揃え、主の使いを無事に果たす事ができた。
 ことにクレマ・デ・サント・ジョゼプなどは最後のひと品のみとなっており、購入した直後に訪れた別の客が落胆する様子を目にして少し胸が痛みもしたが、それはそれ。
『助かりました』
「どういたしまして!」
 セラフィナは少年の役に立てた事が純粋に嬉しかった。
『危ないところでした。……買えずにおめおめ帰ろうものなら何を言われていた事か……』
 不思議な風貌の少年は、傍らに置いた品の好い柄の包みを向くと、なにやら穏やかでない事をぼそぼそと呟く。
 彼が“主様”と呼ぶ、きっと能力者なのだろうその人は彼に厳しいのだろうか。
 身に纏う青色の旗袍と、何にもましてその仮面にも、何か深い事情があるのだろうか。
 もしも何かを抱え込んでいて、自分に少しでもそれ軽くする事ができるのなら。
「あの、お聞きしてもいいですか?」
『なんでしょう』
 セラフィナは小気味よく、けれど相手が気を悪くしないよう声音にも注意して、彼に尋ねた。
「なぜそんな仮面をつけているのかな、と思って」
『ああ、これは――』
 別段隠すような話題でもないのか、少年はそれまでよりも鷹揚な調子で口を開く。
 顎を上げる仕草に応じて嘴を模した仮面の鼻先がひょいと持ち上がる様子が、鳥がそうするのとそっくりだ。
『――縁のような不浄の者は顔を見せてはいけないのです』
 しかしそう言った時、少年は頭を垂れて、なんだか気落ちしているようにも見えた。
「……」
 縁とは、彼の名前だろうか。
 それに不浄――様々な意味合いを持ち、それでいて何れも同じように使う言葉。
 とりわけセラフィナのような神職と縁ある者にとりそれ自体が忌避され易く、ゆえに宗教者を敬う他の者にとっても同様に扱われる――けれど。
『ただ』
 思索の狭間に、少年が面を上げた。
『それは以前の世界の話。今の主も“そのような鬱陶しい物は外してしまえ”と、仰います』
 それを受けて、セラフィナは少しだけ安堵した。
 少なくともこの少年の主は悪い人ではなさそうだから。
 しかし、主と定めた人物にそう言われてさえ、なぜ彼は今なお仮面を被ったままなのだろう。

 ――それは分からないけど。

 何気なく吸った息に、セラフィナは「ん」と身じろいだ。
 少し西へ傾き始めた午後の日差しが、その匂いが心地好く。
 立ち上がって、伸びをしながら思い切り吸い込み、一身に浴びて満喫してみた。
 すると、なんだか独り占めしているような気がして、もったいなく思えて――だから、少年にもその気持ちを気の向くまま伝えた。
「せっかく気持ちの好い天気なのだから、外してみては?」


『…………』
 まただ。
 遠い昔に、どこかでこんな風に笑いかけられたような気がする。
 在りし日、とも知れない、銀髪の三つ編みが跳ねてパステルグリーンのカーディガンがふわりとなびくのを。
 慈愛に満ちた大きな瞳が振り向いて、優しく細まる様を。
 縁は出会った時の既視感を今また覚え、見え隠れする脳裏の映像と目の前の情景を重ねて、呆けたように見詰めていた。
「やっぱり気が乗りませんか?」
『……?』
 沈黙を重ねていた為か、少年は気遣いげにまばたきを重ね、縁を見返す。
 どうやら仮面を外す事に躊躇していると思われたらしい。
 実際、先述の理由から気乗りしないと言えばそうなのだが、一方で着用を誰かに強要されているわけでもなく、逆に複数の者からこうして外すよう勧められている。
 少なくともこの場で、誹りを受ける事はないだろう。
 また暫しの暇を挟んでから、やがて縁はそっと仮面に手を添えて。
 静かにそれを外した。
『――!』
 その途端、冷たい空気と陽だまりの暖気が顔面をいっぺんに包み込む。
 風は髪と頬を撫でて通り抜け、狭められていた視界は一気に開けて明るくなり。
 なんだか身が軽くなったような心地を覚えて。
 かと思えば傍らの少年は、何か素晴らしいものを発見した子供のような眼差しを自分に向けていた。
「空の色と同じなんですね!」
『え……?』
「貴方の瞳。――ほら!」
 清々しさをそう定義する間もなく、少年は高く遠い青空を示す。
 縁もつられて見上げてみると、自らと同じ色を映す視線の先では丁度鳥が群れを成し、羽ばたいていた。
『美しい、ものです』
「そうですね」
 縁の素直な感想に、少年もまた応えて。
 二人は鳥の群れがやがて遠く離れ視認が難しくなるまで、それを見送っていた。

「……僕達も帰りましょうか」
『……そうするとしましょう、あまり遅くなると、主に叱られてしまう』
 おもむろに切り出す銀髪の少年に応えながら、縁は大小の袋を順に抱えていく。
「あっ……独りで大丈夫ですか?」
『ええ、なんとかなるようです』
 最後に洋菓子包みのリボンを摘み上げて、心配させまいとその自覚もなく小首を傾げて見せた。
 その様子に満足したのか、少年は「はい」と小さく微笑む。
『では、これで……』
「――あの」
 と、縁が振り向こうとした矢先、彼は彼を呼び止めた。
 そしてあの雑踏の中と全く同じ調子で、こう提案した。

「友達になりませんか?」

『…………はあ』
 これまた意想外とばかり、縁は実に間の抜けた声を上げる事しかできなかった。
 つい、胸の内で断る理由を探してしまうが――特に見当たらない。
 ならば受けてしまっても良いだろうか。
 ああ、友達と言うなら、まずは。
『縁……という名を与えられましたので、そう名乗っています』
 一足飛びに名を名乗ると、少年は本当に嬉しそうに目を輝かせて自らも名乗った。
「僕の名前はセラフィナです」
『セラフィナ……』
 なぜだか翼を感じる名だと、縁にはそう思えた。
 ともあれ。
『では――セラフィナさん。今日は本当に……ありがとうございました』
「どういたしまして! 帰り道はくれぐれもお気をつけて、縁さん!」

 セラフィナはこの日一番の笑顔で手を振り、縁を見送ってくれた。
 今度また――そんな声を背に、縁は先ほどの鳥達と自分の身を重ねる想いで、その場を後にした。


 この邂逅が他ならぬ親友との再会だった事など、互いに知る由もなく。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1517hero001 / 縁 / ? / 14歳 / カレーな防衛仕事人】
【aa0032hero001 / セラフィナ / ? / 14歳 / 告解の聴罪者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 藤たくみです。
 予定より長くお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
 美しく清々しい発注文をいただき、活かしきれているかどうか不安ではございますが、お二人にとって気持ちの好い一日となるよう内面から丁寧に描かせていただいたつもりです。
 元の世界と同様の、あるいはより良いご関係となるような出会いとなっておりましたら、何にもましてお気に召すものとなっておりましたら幸いです。
 ご指名まことにありがとうございました。
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2017年02月15日

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