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『 春まだ遠い空に 』
クーaa4588hero001)&アークトゥルスaa4682hero001

●雑踏の中で

 乾いた冷たい風が、青いリボンで束ねた金の髪を揺らした。
 弱い冬の日差しを受けてきらめく髪に戯れた風は、一気に街中を通り抜け、剥き出しの木立の梢をひゅうと鳴らして空へと駆け上がっていく。
 アークトゥルスはわずかに肩をすくめながら片手で髪を押さえ、冬空を映し取ったような瞳を上空に向けた。
 年が明けたばかりの、冬にしては穏やかな日だ。

 そのせいか、街は賑わっていた。
 親しい誰かと楽しそうに話しながら歩く人、あるいは待ち合わせがあるのか、目当てのものを求めてか、まっすぐに前を見ながら早足で歩く人。
 そんな人々を見て、アークトゥルスはわずかに眼を細める。
 今日の彼は一緒に歩く人もいなければ、待ち合わせた人もいない。
 ただ人々が平和を享受し、穏やかな表情で歩くのを眺め、気の向くままに歩いていた。
 雑踏は嫌いではない。
 自分を知る者がいなくとも、また自分が知る者がいなくとも、そこに『誰か』がいて平和に過ごしていることが好ましいのだ。
 だから思いついた時には、こうして街をそぞろ歩く。
 すらりとした長身にブルーグレイのショートコートがよく似合っているが、目立ち過ぎるほどでもない姿は、街の光景に溶け込んでいた。


 だが突然、いつも通りのそんな散策が途切れた。
 彼の進む先を誰かが遮ったのだ。
 それが若い男だということ、そして相手が道を譲るつもりはないことだけが意識をかすめた。
 無意識のうちに相手を避けて通り過ぎようとしたアークトゥルスだったが、聞こえた声に打たれ、人形のようにぎこちなく立ち止まる。
「アークトゥルス!」

 瞬時に雑踏の物音が消えた。
 まるで何か不思議な結界が展開し、目前の男と自分の周囲の時間だけが停まってしまったようだった。
 アークトゥルスの脳裏に稲妻が閃いた。
 その鮮烈な光が、頭の中のどこか、靄のかかったような部分を切り裂いて照らし出す。
 整った顔立ちにアッシュブラウンの髪、耳にはピアス。
 身体になじんだジャケットを羽織り、落ち着いた緑色のチェックのマフラーを無造作に巻いた姿は、街中を歩く人々と変わらない。
 だがアークトゥルスにとって身近に思えるのはその姿ではなく、見開かれた萌黄色の瞳だ。
 こみ上げる何かを伝えようとかすかに震える形の良い唇。
「アーク、こんなところで……」
 自分の名を呼んだ声は、まるで温かな手が触れたかのように懐かしい。
 アークトゥルスは間違いなく、この男を知っている。
 ――なのに。
「……ケイ卿?」
 漏れ出た声は、誰か自分ではない者が発したかのように遠く聞こえた。


●戸惑いの邂逅

 アークトゥルスは混乱していた。
 頭の中には伝えなければならないことが渦を巻き、続くべき言葉は喉に絡みついて出てこない。
「あの……」
 さっきまで相手の顔に浮かんでいた喜びの気配は消えた。代わりにインクの染みのようにじわじわと、暗い困惑が広がっていく。
 折角逢えたのに。どうして俺は。
 アークトゥルスは僅かに眼を伏せて、言葉を絞り出した。
「申し訳ない。あなたのことは確かに知っているはずなのだが……俺は」
 一瞬、唇を噛みしめる。
 押し殺した声が、唇の隙間からこぼれ出た。
「俺は、昔のことを詳しくは覚えていないんだ」

 男が息を呑む気配。
 ああ、それはそうだろう。
 咄嗟に名前が出てくるほどに見知った相手を、覚えていないのだから。
 だがそこでアークトゥルスは、わずかな光に気付いたのだ。
 そう、明らかに相手も自分を知っている。
 この男が失われた記憶を呼び戻してくれるかもしれないではないか。

 そう思った瞬間、強い力で腕を引っ張られた。
「……ッ!?」
 男はアークトゥルスの肘を痛い程に掴み、人目につかない横道へと引っ張りこんだ。
 昔馴染みとの邂逅というには、あまりに乱暴な行動だ。
「なっ……!」
 男は戸惑うアークトゥルスをビルとビルの間の、ほとんど誰も通らない通路に入ったところまで連れ込み、そこでようやく手を離した。
 あまり光の差さない薄暗がりで、男の表情はわかりにくい。
「記憶喪失か」
 男が低く囁く。
 その声は心なしか、かすれているようだった。まるで喉に何かを押しこめているかのように。
 アークトゥルスの心に無念さがこみ上げる。
「ああ。自分の名前と、親しかっただろう人間の顔と名前……それから断片的な風景ぐらいしか覚えていない」
 自分を覚えていてくれた人に対して申し訳ないと思う気持ちが、アークトゥルスを饒舌にした。
 だが今、先刻目の前の男に対して感じた懐かしさ、喜び、そんなものが本物だったのか分からなくなってきていた。
 男はそれほどに深い沈黙に沈み込んでいたのだ。


●春の空は遠く

 気まずい沈黙がふたりの男を包み込む。
 だがアークトゥルスが恐れたのは沈黙が続くことではない。
 自分が『ケイ』と呼んだ男が、黙ったままで踵を返し、自分を置いたままで立ち去ってしまう事を恐れていた。
 男は眉を寄せ、じっと考え込んでいる。
 切れ長の目は険しい光を湛え、ますます鋭く見えた。

 ――どれほどそうしていただろう。
 男は細く長い息を吐いて、視線を上げた。
 その表情にアークトゥルスは息を呑む。
(まるで別人だ)
 ついさっき、街中で逢ったときの明るさはもうどこにもなかった。
 何かを決意した人間に特有の、鋭く真っ直ぐな眼差しがアークトゥルスに突き刺さる。
「いいか。よく聞け」
 男は一切の感情を排した、硬い声音で語る。
「お前を知ったような顔で親しげに話しかけてくる奴らは全員不審者だ、普通に生きたきゃ耳を貸すな」
 一息にそう言って男は言葉を切った。
 ――その瞬間。
 男の仮面を被ったような硬い面に、ひびが入るように何かが走る。
「……俺も含めてな」

 アークトゥルスは、男の瞳に微かに揺らぐ何かを見た。
 あるいはそれは、滲む涙だったのかもしれない。
 だが確認するよりも早く、男は顔をそむけて立ち去ろうとしていた。
 アークトゥルスは慌てて追いすがろうとする。
「まっ……ケイ卿!」
「アークトゥルス」
 呼びかけた声は、鋭く遮られた。
「俺はクーだ。……今言ったことを忘れるな」
 クーと名乗った男は、今度こそ振り向かずに立ち去った。


 取り残されたアークトゥルスは、しばらく無言のまま立ち尽くしていた。
 クーの言葉は硬かったが、そこには確かなぬくもりを感じた。
 おそらくあの冷たい言葉はアークトゥルスを思ってのことだろう。
 理屈ではない、彼の中に眠る記憶がそう告げている。
 だがアークトゥルスは余りに無知だった。
 まるで闇夜を手探りで進んでいるような中で、ようやく見つけた小さな光。
 それなのに、何故――。

 考えがまとまらないまま、のろのろと元の通りに出る。
 アークトゥルスの目に、街行く人々はとても幸せそうに見えた。
 幸せで、自分とは無縁の人々。
(俺はどうすればいいんだ)
 流れに身を任せるようにして、アークトゥルスは歩きだす。


 乾いた冷たい風が、束ねた金の髪を乱して吹き抜けて行く。
 春の訪れはまだ遠い。
 だがアークトゥルスはひたすら歩く。
 彼と同じ名を持つ星が夜空に輝く頃には、何かを見つけ出せると信じて――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4588hero001 / クー / 男性 / 24 / ソフィスビショップ】
【aa4682hero001 / アークトゥルス / 男性 / 22 / ブレイブナイト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、不思議な邂逅の一幕をお届けいたします。
タイトルや描写の内容など、アレンジした内容がお気に召しましたら幸いです。
この度はご依頼いただきまして、誠に有難うございました。
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2017年02月15日

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