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『【死合】夢中の狭間 』
ナラカaa0098hero001)&夜刀神 久遠aa0098hero002
 いつかまみえた覚えがあった。
 なにか交わした覚えもあった。
 とはいえそれがいつ、なにであったかを、ナラカ・アヴァターラが思い出すことはない。なぜなら忘れ果てたのではなく、消し去られていたから。
 彼奴はなにか?
 なにゆえ、私の目を奪う?
“彼奴”がナラカを振り返る。
 その視線に含められたものは毒だ。神威の鷲をも侵す、癒やしの毒――ナラカの背がぶるりと震えた。この毒のことは知らぬ。知らぬはずなのだが。
「汝が名は?」
 歳は少女たるナラカの倍ほどであろうか。淡麗な美貌に、ナラカと同じ銀の髪と赤眼を持つ女。
 似ても似つかぬ有様(ありさま)でありながら、どこか似ているとも言える有り様(ありよう)の彼女は、その細身にまとったメイドドレスの裾をつまみ、優雅な一礼を見せた。
「夜刀神 久遠と申します。先頃より主様の刃としてはべらせていただいております。今後ともよしなに――」
「できぬ。と、私のなにかが言うておるよ。……いや、できるや否やは別の話なのだろう。なぜか私は思うのだ。此度こそ、真っ向よりと」
 ナラカの言葉に久遠は笑みを返し、うなずいた。
 久遠は自らが犯した罪を忘れない。自らが侵し、消し去った鷲の記憶のことも、忘れはしない。だから。
「承知いたしました。“後”がご入り用かは存じませんが、せめて“今”だけはこの身を尽くしてお応えいたしましょう」
 久遠がその手で宙を薙ぐと、軌跡に沿って無数の刃が顕われた。
「奈落の焔刃――いや、その黒焔は凍れる気か。よりによって覚者の黒を選ぶとは、はてさて汝は身の程を知らぬ」
 その手で抜き放った剣は、久遠が展開したものと同様の奈落の焔刃――無形の影刃<<レプリカ>>である。ただしその剣身に灯る焔は、黒ならぬ金。
「差し出がましい口を挟ませていただきますこと、お許しくださいませ。……今さら刃に金焔をまとわせるとは、神威の鷲はずいぶんと未練がましくいらっしゃるのですね」
 久遠が黒の凍刃どもをナラカへ向かわせた。
 凍刃の豪雨のただ中で仁王立つナラカは、焔刃を持たぬ左掌を掲げ、浄化の金焔をあふれさせた。
「未練もなにも、この金こそが私だよ。覚者の影を世界に映し、覚者の黒に溶けて始原の無を成す。……覚者をさらなる闇へと沈めるだろう汝の黒、見過ごせぬな」
 金焔を盾さながらに掲げ、凍刃を焼き祓いながらナラカが踏み出した。
「溶ける? あなた様はしょせん焔。主様という頸木を焼いて顕す邪英の顔こそが本性なのでしょう」
 久遠の足元、地を割って伸び出したのは、先の雨を上回る数の凍刃だ。
「主様を末路へ墜とすあなた様を止めましょう。この――神癒の毒をもって」
 噴き上げる凍刃がナラカの血肉を裂き、その傷口から凍気を忍び込ませていく。
「神癒。聞き覚えはないが、なぜかなつかしい」
 ナラカは宙を墜ちながら目を細めた。
 その背に金焔が翼のごとく燃え立ち、彼女を翔ばせた。
「思えばここは現世ではないらしい。失われて久しい力が、これほどまでにあふれ出でてくる。……なれば一時、言の葉ならぬ思の刃を交わそうか」
 ここがどこでもない場所であることを確かめた久遠もまた、ふつふつと黒き凍気をたぎらせ、天を押し退けて輝く金光をにらみ上げる。
「永きをさまよい、私はあの方を見つけた。――もう喪いはしない、やっと巡り逢った二極の対を」
「巡り逢ったは汝ばかりと言うか」
 ナラカが眉根に皺を寄せた。
 ここが夢中か彼世かは知れぬが、そうだとするならば、よし。
 互いに命を喰らい合ったところで、しょせんは仮初の夢で終わろうよ。加減も我慢もいらぬというわけだ。
「――対の二極に余計はどちらだ?」
 果たして。思いの丈を比べ合う死合が幕を開けた。

 ナラカが焔の翼を拡げ、自らの熱で起こした風に乗って降り落ちた。
「焔刃といえども、伸ばすばかりが能ではあるまいよ」
 あえて斬撃を飛ばすことなく、実体たる黒刃にて久遠を叩く。
 ナラカは久遠よりも11センチ低く、7キロ軽い。上をとったままでも高さの優位は保てるが、斬撃の攻撃力は地上にいても変わらない。
 しかし、こうして空の高さと落下の重さを使えば、その差はマイナスからゼロを超え、プラスとなるのだ。
「体の劣位を補う、そのことには利もありましょう。ですが――」
 久遠はナラカへ凍刃を伸ばした。
「――あなた様の利は、まっすぐに降り落ちることでこそ成るもの」
 騎兵の突撃へ対抗するため、長槍は進化した。
 それと同じことだ。高さを補うだけの長さがあれば、待ち受けているだけで獲物は自ら飛び込んでくる。
「汝は思い違えておるよ」
 ナラカの焔刃の腹が、伸べられた久遠の凍刃の腹にすりつけられた。
 凍気を焼き祓い、さらに加速する焔刃。溶け出した氷が水の膜となり、摩擦を抑えているのだ。
「汝の凍気を標に使う。そのためにこそ実の刃をもって降り落ちた」
 黒き刀身が久遠の肩口に食い込み、左の鎖骨を割り砕いた。
 が。久遠は激痛に青ざめた面を笑ませ。
「……あなた様も、思い違いをしていらっしゃいます」
 久遠が、斬られたまま笑み。
「待ち受けたのは、あなた様にまっすぐ、ここまで来ていただきたかったからですよ」
 前進力と重力とで、ナラカの体は今なお下へ落ち続けている。
 だから動けない。かわしようがない。
 宙に固定されたナラカの体を、無数の凍刃が突き上げた。
 筋肉の隙間にこじ入られ、血と細胞を凍りつかされ、割り砕かれる。その鈍色の苦痛をうめくことすらなく受け止め、ナラカは自らに焔を灯した。
「誘われたのは、私か」
 その小さな体に潜り込んだ凍刃が、傷口ごと焼き祓われた。
「ならば土産だ。受け取ってくれ」
 刃を離したナラカの左手から、焔玉がこぼれ落ちた。
 それは地に触れると同時に爆ぜ、久遠を打つと同時に、取り巻く凍刃をももれなく焼き祓う。
「ライヴスショット……」
 爆風を助けにナラカをもぎ離した久遠が、折られた鎖骨を凍気で繋ぎ、うそぶいた。
「元がなにかは知らぬが、今の汝はカオティックブレイド。こちらは手数で劣るのでな。体などいくらでも張るし、返せる手はすべて使う」
 焔刃を両手で構えなおし、ナラカが血とともに言の葉を吐き捨てた。
 斬った数は久遠が上。しかしながら受けた傷も久遠が上だ。
「敵に回せば、その頑健さがなんとも忌々しいものです」
「それだけの痛みを受けてはいるがな。まあ、覚者ならば言うだろうさ。そうしたものだと」
「わかったようなことを――言わないでくださいまし!」
 久遠の身から凍気が噴き上がった。闇よりも深き凍焔が、なにものにも侵されるはずのない空間を凍りつかせ、彼女の領土と化していく。
「それが汝の本性というわけか。ようようと出逢うたはずの覚者を凍鎖で縛り、その過ぎたる情の内に閉じ込める」
 一歩も退かず、浄化の金焔をさらに色づかせたナラカが鼻を鳴らした。
「主様をお守りし、主様が踏み出す後を行くことが私の本懐。あの方を果てなき煉獄へ導かんとするあなた様の傲岸、見過ごしはしません!」

 ばらりと解けた凍刃が、刃の散弾と化して空気を埋め尽くした。
 ナラカは焔翼を畳み、刃弾の質量で薄らいだ空気の抵抗をさらに殺して空をすべりゆく。
「くっ」
 真っ向から突っ込みたいはずのナラカが距離を開き、距離を保ちたいはずの久遠がそれを詰めようと迫る。
 この図はすべて、この場のナラカが神威を取り戻していることによるものだ。
 剣技だけならば久遠でも対抗できよう。
 しかし鳥の王たる鷲の神威……英雄という名の枷から解かれたその焔は、どこまで逃げたとて過たずに久遠の背へ喰らいつき、焼き尽くすだろう。
 なればこちらも神癒を。と、思いはした。
 が、久遠の神威は混沌に侵されし秩序を癒やす薬であり、秩序を喰らう混沌を殺す毒である。秩序も混沌もない世界で、しかも自らの身には効かぬ薬毒など、使えようはずもない。あのときとはちがうのだ。
「私に追いつけねば、刃の不振るいようもあるまいよ」
 次々と突き立つ凍刃の欠片を置き去り、ナラカは再び焔翼を拡げて空へと戻った。
「くっ」
 ただでさえ地力では及ばぬ敵。間合すら奪われてしまってはいよいよ勝ち目がない。
 久遠は危ういところで伸びてきた焔刃を凍刃で払い、胸の内で手を探った。
 そして。
「相も変わらず、身勝手なものですね。鷲様」
「その名で呼ばれるは久しいが。汝は私のなにを知る?」
 先のライヴスショットとは比べようもない灼熱が久遠を焼いた。鎖骨を繋いだ氷が瞬時に蒸発し、久遠は凍刃を取り落としかけたが……焔の到来は予測していた。すぐに繋ぎなおして優雅に笑んでみせる。
「どう語ればよいものかわかりかねますが。ともあれ私は、あなた様が二極の対と定めた主様とあなた様とを裂く。はるか昔、あなた様と対を成すものとを裂いたあのときと同じく」
 ナラカの速度がかすかに落ちた。
 そう。それでいい。あのときの情景を顧みるのは、自分の牙で魂を掻き壊すように痛い。――けれども私は笑みましょう。あなた様をお誘いするために。
 ナラカも気づいてはいた。誘われている――脅されているのだということを。自分を焼けば真実もまた灰燼と帰す。あなた様は、それをお望みでしょうか?
「ふん」
 小賢しい手を使うものだ。
 ナラカは意を決し、焔を先に行かせながら久遠へと迫った。語るならば語れ。ただ、囀るだけならば手足は要るまい?
 焔を見やる久遠の白面に笑みが閃いた。
 この神癒、あなた様を侵せはしますまいが……せいぜい試してみましょうか。
 久遠が踏み出し、己の四肢へ迫る金焔へと向かった。
 まずは右脚を狙う焔。突き立てた刃が焔とぶつかり、対消滅する。
 それをステップワークですり抜けつつ、凍刃を複製。左脚へと来たる焔を斬り飛ばし、斜め前へ踏み出した。
 そしてさらに複製した刃で迎え討つのは、右腕へ喰らいつこうとした焔だ。
 残る左腕は――
「どうぞお持ちくださいませ」
 優美な一礼と共に、久遠の左腕が燃え立ち、瞬時に黒炭と化して散り落ちた。
「わざわざ腕一本を差し出したはなぜだ?」
 振り込まれたナラカの焔刃を横回転に乗せた凍刃で弾き、久遠が紡ぐ。
「贖罪と言えば、ご納得いただけますでしょうか?」
「贖罪だと?」
 ナラカの追撃が、久遠にまた弾かれた。
 とまどっていただけてなによりです。捨てた腕は私の牙。その行為にあなた様が意味を見出そうとしてくださること……自ら毒を受け入れてくださることこそ、私の意図なのですから。
 凄絶な笑みを浮かべたまま、久遠はさらに言い募った。
「あなた様は図抜けた神威を持つがゆえに孤独な方でした。しかし、その中でただの一柱、心通わせたものがいた」
 久遠の刃がナラカの横腹を裂く。攻めきれずにいるナラカを片腕のみで圧倒していく。
 地を這う蛇が天を行く鷲を殺すには、手を選んでなどいられませんから。引きずり下ろさせていただきますよ、毒沼へ。
「思い出せはしませんか? 秩序の守護者たる鷲と対を成すように生まれ出でた、混沌を喰らう不浄の白蛇を」
 言いながら久遠もまた、己の履いた毒に侵されていく。
 忘れたことなど一瞬たりともなかったから。白蛇を……兄を真に殺した罪と、ゆえに負った罰とを。
 主様に逢いたい。狂おしいまでの寂しさを必死で噛み殺し、久遠はさらに言葉を重ねた。
「白蛇とあなた様は互いの孤独を癒やし、共に生きた。それを裂いたのが――私。兄たる蛇があなた様に心奪われゆくを是とできず、悋気に狩られるままにあなた様の記憶を殺した」
 ナラカの胸へ、逆手に握られた凍刃が突き立った。
「浅ましき女とお笑いくだされば幸いです。でも、私はもう、二度と喪わない。この身にわだかまる闇をもって影を下支えして参ります。影をその強すぎる導きによって光の下へ引きずり出すあなた様は、悪です」
「……そうしたものか」
 凍刃に貫かれたまま、ナラカは静かに応えた。
「白蛇の顔を思い出すことはかなわぬが、孤独とばかり思うておった私はすでに救われていたのだな」
 凍りついたのは、ナラカの面に浮かぶ安堵と慈愛を映した笑みを見た久遠のほうだった。
「そして汝に詫びておかねばなるまい。私はもう、踏み越えているのだよ。必死も覚悟も決意も……覚者と結んだ約にて」
 心臓に這い寄る凍気を焔熱で押し返しながら、ナラカが久遠の身を押し離した。
「覚者が言うたと同じく、私もまた言おう。私はもう、私を違えぬ」
 焔刃が久遠の眉間に振り下ろされた。
 久遠はこれを凍刃で受け、下がる。
 前に踏み出したナラカは焔刃を久遠の鳩尾へと突きだした。
 久遠はまた受け、下がる。
 頑ななまでにまっすぐ踏み出してくるナラカの攻めと、そこに込められた揺るぎない心に、久遠はただただ押された。
「もうよかろう。罪を言わぬが罰であるならば、汝はすでに十二分の罰で自らを打ち据えてきたのだから」
 これほどに穢れた自分をゆるせるものか。
 主を末路へと導く光をゆるすものか。
 ゆるせない。ゆるさない。絶対に。
 しかし。
 己の激情が鎮められていくことを、久遠は止められなかった。
 勝てない。少なくとも今は。技でも心でも、主との絆でも。
「これが夢で、互いが現世に目覚めを得るなら……そのときあらためて問いましょう。あなた様と主様との間に結ばれた約とやらを」
 ナラカは応えず、久遠の内に浄化の焔を突き込んだ。
 次いで、塵ひとかけすらも残さず消えた久遠を見送り、大の字に倒れ込む。
「この苦痛が夢であるならば――ずいぶんと手の込んだ悪夢だな」
 ナラカは荒い息を吐いて目を閉じた。
 死ぬつもりなど毛頭ないが、このまま死ねたら楽だろうとも思う。
「……いや、やはりまだ死ねぬか。覚者の約がある。それに、あの久遠も置いては逝けぬだろうよ」
 ならばもうしばらくは耐えようか。
 執拗に心臓へ取りついてくる凍気に震えながら、ナラカは目覚めのときを待った。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ナラカ(aa0098hero001) / 女性 / 12歳 / 神々の王を滅ぼす者】
【夜刀神 久遠(aa0098hero002) / 女性 / 24歳 / カオティックブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 死に合うた先、鷲と蛇はなにを持ち出せたものか。
 其は杳として知れぬ。
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2017年02月15日

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