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『朱 』
雁屋 和aa0035)&アーテル・V・ノクスaa0061hero001)&木霊・C・リュカaa0068)&ガルー・A・Aaa0076hero001)&比蛇 清樹aa0092hero001)&小鉄aa0213
 ある日。
 HOPE東京海上支部のラウンジに据えつけられた告知用掲示板、その隅の隅に、一枚の張り紙がぶら下げられた。

【募集】お酒におつきあいしてくれる人!!
 まだまだ寒いですね。私は元気です。
 去年の10月で私も20歳になりまして、
この前ついに宅飲みデビューを達成です。
 ということで。
 次の目標は、飲み会デビュー!
 こんな私と飲んでくださる能力者・英雄
の方はいらっしゃいませんか?
 飲んでやってもいいという方、HOPEの
受付までご連絡ください。

 筆ペンで太々しく書きつけられたその募集に、エージェントたちはどよめいた。
 募集者の名前がなかったからだ。
 エージェントたちは額を寄せ合い、プロファイリングを開始する。
 多分、募集者は女子。これはまあ、願望。
 文章を見るに、普段はあまり文字を書くタイプではないだろう。とすればインドア系じゃなく、アウトドア系か。
 加えて、潔く野太くて力強い字体からも、募集者のアグレッシヴさが伺える。
 で。今20歳。
 ……
 ……
 ……
「これってつまりあの子じゃね?」
「それもう殴り酒確定でしょ……」
「殴ってくるとこをタックルで――だめだ、勝ち筋が見えねぇ!」
「酒の肴は、誰かの血か」
 等々、なかなかに失礼な話が飛び交いつつも、なぜか募集は無事定員に達したようで。
 主催者不明のまま、「HOPE東京海上支部の酒好きがほんとは教えたくない隠れ家的名店」での飲み会が開催される運びとなったのだった。


 日は奇しくも2月14日。
 時は粉雪ちらつく19時30分。
 都内某所の裏通りに店を構えて37年という無国籍掘りごたつバー『シュート』に、6人のエージェントが集結した。
「今回はお集まりいただいて、本当にありがとうございます! 雁屋 和、全力で初飲み会と初幹事を楽しませていただきたいと思いますっ!」
 直立不動の体勢からぐいっと頭を下げる募集主の和へ、そのとなりに座す比蛇 清樹が穏やかな声音をかけた。
「雁屋。酒は全力で飲むものじゃない。力は抜いておけ」
 張り紙を見た瞬間、彼は募集主が和だと察していた。
 和のことはよく知っているし、だからこそなにかを心配しているわけではない。しかし初の場というものには、普段ではありえないような失敗やイレギュラーがつきもの。
 ――気をつけてやれるところは俺が気をつけてやればいい。酒も飲みたかったところだしな。
 それに、和の初めての飲み相手が自分というのも、悪くない。悪くないのだが。
「お酒あるところ、お兄さんはいつだってどこにだって推参だよっ♪」
 調子よくピースサインを閃かせる木霊・C・リュカやら。
「今宵は無礼講と聞きつけ、推して参ったでござる! 飲ませるでござるよ飲まれるまで!」
 物騒な意欲をふつふつとたぎらせる覆面忍者の小鉄やら。
 ……というか、なぜふたりともそろって推参か。
 そもそも小鉄、その覆面でどうやって飲み食いする気だ。
「まあまあ。俺らでフォローしてきましょ」
 眼帯で覆っていない左目をウインク。アーテル・V・ノクスが清樹の肩をかるく叩いた。
「そういうこった。酒の失敗は後々まで引っぱるからな。俺様たちでいい酒にしてやろうぜ」
 墨染めの着流しをまとったガルー・A・Aもまた、口の端を吊り上げてサムズアップを決める。
「そうだな、頼む」
 強くうなずいた清樹は、未だ立ちっぱなしの和を座らせた。
「あの、では私、みなさんのご注文を」
 居酒屋とは思えない、異様な分厚さのメニューを開く和だったが。
「まずは先達に任せておけ。皆、飲み物を決めるぞ。俺は――芋(焼酎)のロックだ!」
 アーテルとガルーが目を剥いた。
 なん、だと!?
 和をサポートして抑え気味にスタートすると思いきや、初っ端からぶっこんできやがった!
「じゃあお兄さんブランデー行っちゃおっかなぁ。ビールの喉ごし! って気分じゃないんだよねぇ」
「比蛇殿が芋を行かれるなら、拙者もお付き合いするでござる。ボトルで――おお、一升瓶がござるよ! 拙者氷は不要ゆえ、生(き)で行かせていただくでござる」
 推参組が空気読まずに注文を確定していく中、心配組は和への配慮を開始する。
「和さん、まだそんなに酒の種類も知らない感じですかね?」
 ガルーがにこやかに和へ訊いた。
「はい。缶チューハイや缶ビールは飲んでみたのですが。ライムハイは口をさっぱりさせてくれるので、お鍋にもよく合いますね!」
 右頬にはしる傷痕をほんのり赤らめる和に、一同が賢者の優しみを湛えし目を向けた。うあー、かわいい。この子本気でかわいい!
「鍋は経験済みか。和さん料理もうまいんでしたよね。だったら、家じゃ作る機会も少ないだろう刺身だよな」
 ガルーは先ほどのメニューをめくりながら一考し。
「酒はいろんな料理と相性よくて飲みやすいってとこで、辛口(日本酒)なんて――」
 突然、全酒類の内でも酔いのまわり最強クラスの日本酒を勧めにかかったガルーを、アーテルはあわてて止め。
「ちょっとちょっとガルーさんっ! それ飲み助にしか通じない飲みやすさですから!」
「いや、止め時さえまちがえなきゃ大丈夫だって」
「それも飲んで吐いてを繰り返して学ぶやつですってば!」
 きょとんと小首を傾げる和にあいまいな笑みを返し、アーテルは店員を呼ぶベルを乱打した。
「雁屋さんはジントニック! 俺は……バーボンを1ショット。あと生中」
 ビールグラスにバーボンをショットグラスごとぶちこむザ・漢前カクテル“ボイラーメーカー”を自作する構え。気づかいは濃やかながら、アーテルもたいがいザルなんであった。

「乾杯です」
 そっと差し出された和のロンググラスの縁を、ロックグラスと湯飲みとブランデーグラスとぐい飲みと中ジョッキがコツリと鳴らす。
「……なんていうかこう、統一感出しとけばよかった感じ?」
 サングラスの奥に隠した赤眼を「んー」と細め、リュカがブランデーを飲み干した。
「なに、『とりあえず』を強要する飲み会はつまらぬものでござるよ! 店員殿、とりあえず刺身盛り合わせ5皿と唐揚8皿と銀鱈の西京焼き6皿と1ポンドステーキ4皿と鯛の塩竃焼き焼き3皿と取り皿を36枚でござる!」
 とりあえずを否定してからのとりあえず。肉と魚の山を築こうとした小鉄をガルーが止めて。
「こてっちゃん。それ、卓に乗り切らんだろうよ。あーごめんなさいよ。とりあえず刺盛りと唐揚と」
「俺、肉は食べられないんで塩釜焼き欲しいです」
 アーテルが小さく手を挙げて希望を述べ。
「刺盛りと唐揚を3皿ずつ、塩竃焼きはひと皿でいいか。――頼む」
 清樹が締めた。
 店員が去った後、場は全体トークへと移りゆく。
「アーテルさん、とお呼びしていいでしょうか? 初めてお会いします、雁屋と申します」
 頭を下げる和に、アーテルはやわらかい笑みを返した。
「どうぞどうぞ乾杯乾杯。そんなに固くなんないで気軽に行きましょ。リュカさんとガルーさんは何度か飲んでますっけね」
 そこへリュカがまたピースサインを閃かせて割り込んだ。
「うふふー。和ちゃんの初外飲みをお祝いしてかんぱーい♪」
「って、リュカちゃんもう飲み干してんじゃねぇか。次はビールとか量が多いのにしとけよ、どーせ酔わないんだから。あ、和さん、煙草吸って大丈夫ですか?」
 リュカにツッコみ、和に訊くガルー。
 和は何度もうなずいて。
「はい。私は大丈夫ですのでどうぞ。お酒飲むときは吸いたいっていう人、多いんですよね?」
「あー、なんですかね。なんか、間が保たないっていうか」
「こんな美人さんがいるんだから、ずっと見てたら間も埋まるでしょうよ」
 アーテルの言葉に苦笑い、ガルーはソフトパッケージから1本煙草を振り出した。
「普段はどうしても保護者になっちまって、間がどうの考えてるヒマがねーからな。飲みのときくらいは無理しねーで間くらい持て余させといてくれ」
 ガルーのくわえ煙草の先に火を点けてやりながら、アーテルも苦笑い。
「そのへんはお互い様ですって。でも、遣える気は遣っておくのが甲斐性でしょうから、普段は普段でがんばっとかないと」
「だなー」
 紫煙を吐き出すガルーに、悠然とロックグラスを傾けながら清樹が声をかけた。
「煙が雁屋へいかんようにな。近接戦闘の専門職に煙草は禁物だろう」
「専門職ではないですけど……なんて言うか、殴り屋? あー、そんなことより清樹さん、飲みかたかっこいいです! 風情ありますよね!」
 和があわてて話を逸らしにかかり、清樹はあえてそれに乗る。
「酒量をわきまえていれば、自然と飲みかたも定まってくる。だから雁屋もまわりに煽られるなよ。特に空きっ腹で飲むとすぐまわるからな。料理が来るまでは抑えて――」
 料理が運び込まれてきた。
 次々と。次々次々と。次々次々次々と。
 しかも頼んだ覚えのない、酔っ払い鶏(紹興酒とタレで漬け込んだ蒸し鶏)やらローストビーフやら、短時間で用意できる系の、あふれんばかりの「肉」が。
「……おいこらニンジャ、なにやらかしてくれたよ?」
「うん、怒らないから言ってみましょっか?」
 卓の隅で焼酎を注いだ湯飲みに向かっていた小鉄に、ガルーとアーテルが迫る。
「山彦でござるよ」
 それは忍が使う術で、権謀術数のことを指すことが多いのだが――この場合は腹話術師さながら、声の出どころを口以外の場所へ移してしゃべるものを指す。当然のことながら敵の虚を突くために使うこの術を、小鉄は勝手に注文を大量追加することに悪用した――!
「狙ってたんだね小鉄ちゃん……みんなの意識がトークに向く瞬間を」
 おののくリュカに覆面の奥から忍び笑いを聞かせ、小鉄がゆらりと立ち上がった。
「くくく。そもそも宴とは酒池肉林でござる。さあ、どんどん食べ、飲まねば溢れるでござるよ?」
 きゅごごごご。湯飲みの酒が渦を巻いた。そして覆面で隠したままの小鉄の口へ、妖しの業(わざ)で吸い込まれていく。
「小鉄ちゃん、ぜんぜん飲めないと思ってたのに……」
「いやいや、気にするのそこじゃないでしょ」
「飲むときも覆面、外さないんですね……」
「それには俺様もびっくりですわ」
 リュカ、アーテル、和、ガルーがそれぞれに愕然とつぶやく中、ひとり平静を保つ清樹が指示を飛ばした。
「とりあえず縛って転がしておけ」
 指令どおりに縛り上げられた小鉄はそのまま床に転がされた。まあ、次の瞬間、縄抜けして着席したが。
「懲りねーな、こてっちゃんよ」
 眉をしかめたガルーに、小鉄は低い声で。
「誰ひとり共鳴していない今、拙者を止められる者はおらぬでござるよ……」
「もしもしどうもー。うん、そうそう、お兄さんだよー。いな」
「召還はっ! 召還だけはゆるしてくださいでござるーっ!!」
 スマホをリュカの手から奪って空中で通話を切断、ジャンピング土下座を決めた小鉄を置き去り、会はようやく序盤戦を抜けたのだった。

 肉料理は折り詰めにしてもらうことにして、ようやく本来頼んだ料理が卓に並べられた。
「塩竃焼きは本当に塩竃で焼いているのか。やるな」
 ほう。息をつく清樹に、店員が「ウチはシュート(本気)ですからー」と答えて去って行った。ちなみにシュート=本気はプロレス用語である。
「しかし、塩竃のまま置いていかれてもな」
 皿の上に盛り上がる、固められた塩。鯛を食べるには、この塩を木槌で割るしかないのだが。
「私、割ります!」
 酒の勉強ということで、清樹と小鉄が飲んでいる芋焼酎のお湯割り梅干し入りを行儀よく飲んでいた和が、木槌を手に立ち上がった。
 まだ足元は大丈夫だな。それを確かめた清樹は和に「頼む」と促し。
「はあっ!」
 槌が鋭い軌跡を描いて振り落ちた。
 どう見ても塩を割る“振り”じゃない。
 愚神や従魔を叩き潰すときの、いわゆるガチ振り――
 ぱぐしゃっ。
「え?」
 リュカがただならぬ音にびくりと反応。一同の目も塩竃へ殺到する。
 いや、ちゃんと塩竃は割れていた。
 下の耐熱皿と、鯛の頭ごと。
「和さん? あの、なんでこう、頭にフルスイングですかね?」
 おそるおそるガルーが尋ねると。
「いえ、一撃でしとめるならどう考えても頭かなと……ガルーさんはお酒も戦いもお強いですよね。私なんてまだまだでまだまだなのですごくすごいですすごく」
 唐突にガルーを褒めちぎり始めた和。
 そのグラスを取り上げた清樹が未使用の匙で味を確かめると。
「――このお湯割りを作ったのは誰だ!?」
「はーい、お兄さんでーすっ」
 リュカが元気よく両手を挙げた。
 清樹と同じように匙をなめたアーテルもまた険しい顔で。
「濃いですね。かなり深刻に」
「えー、だってトワイスアップ(酒1:水1)がサツマリューだって」
 ぶー。抗議するリュカを抑え込み、アーテルがベルをピンポンピンポンピン。
「店員さん水! チェイサー2リットル大至急で!」
 たとえ和が酒に弱くなくても、強い連中のハイペースに巻き込まれているせいでピッチは上がり気味だ。そこに来て25度の焼酎をトワイスアップで飲んでいたら、まあ酔っ払わないはずがない。
 術を尽くして追加注文を重ねようと目論む小鉄の喉を裸締めで締め上げていたガルーが、重いため息を漏らした。
「和さんは酔っ払っても見かけ変わんねぇタイプか。しかも褒め上戸」
 見た目クールな和にこうもまっすぐ褒めちぎられたら、同席した男は絶対勘違いする。酒の席という、いろいろと少しずつ「緩む」場でいちばん怖いのは、小悪魔気取りのオンナよりも天然女子なのだ。
 こりゃあしばらくひとりで飲みには行かせらんねぇな。
 ガルーの苦笑を受け止めた清樹は重々しくうなずき、和の皿へ熱々の鯛の身を取り分けた。
「ゆっくり食べるんだ。水を飲みながらな」
「はい……」
 自分が知らぬうちに酒を過ごしてしまっていたことに気づいた和は、しおしおと箸で鯛をつまむ。
「私、だめですね。20歳って大人のはずなのに、自分のこともちゃんとできなくて……」
 清樹はいつか聞いた和の言葉を思い出す。
『私には、芯がないんです』
 彼女が英雄と契約したのはそれ以外の選択肢がなかったからだし、今はその英雄の失くした記憶を探す手伝いをするのが第一で、そこに彼女自身の覚悟や決意はない。
 彼女はだから、ずっと悩んできたのだ。これでいいのか。どうすればいいのか。
 清樹は焼酎を呷り、空になったグラスを回して氷をカラカラ鳴らした。
 ガルーの煙草ではないが、こうしていないと間が保たない。和との間ではなく、自分の心の間が。
「愚神や従魔の前に立つのは、怖い」
 和が驚いた顔で清樹を見た。
 どれほど酷い戦場でも、眉ひとつ動かすことなく冷徹に戦い抜くソフィスビショップが、怖い?
「俺は裏で策を巡らせるほうが得意でな。なにひとつ見えぬ闇の中でならいくらでも、どんな手を使うこともためらいはしなかったよ。だが戦場では、すべてが目の前に晒される。俺などには耐え難い場所だ――と、酒を湿らせてしまうか」
 清樹のグラスにガルーが焼酎を注いだ。
「いいんじゃねーの? しっとり語るってのも、酒の席の醍醐味だろ」
 清樹は目礼を返し、酒精のすべりで喉の奥に引っかかった言葉を引き出した。
「しかし雁屋。貴様は常にその先頭にいる。迫り来る恐怖へ肉迫し、打ち据える。それを決意と――覚悟と呼べぬのなら、この世界には最初から決意も覚悟もないのだろう」
「でも、それも私が本当に選んだものではなくて。それなのに彼の手伝いもきちんとできていなくて――」
 大きくかぶりを振った和の額を、アーテルがジンライムのグラスでちょいとつついた。
「ひゃ!?」
 冷たい! 思わず高い声をあげる和に、アーテルは笑みを傾け。
「できないのはいいんだよ。だめなのはやらないことさ。できてないのがわかってる奴は、できるように努力する。そういう人は嫌でも大人に成り仰せるよ。そうでなくても歳だけは勝手に取っていくんだしな」
 少し酔ってきたのか、言葉が崩れているのがまた艶っぽい。
「和さん。急いで大人になる必要なんかないんですよ。無理矢理伸びたって幹は細くなるだけです。曲がっちまうし、ねじれもしちまいますしね。だから、少しずつでいい。まっすぐ伸びていきましょう。頼みます」
 ガルーの瞳に映るものは和と、おそらくは家でふくれっ面をしてガルーの悪口を言っているだろう少女の姿。
 誰もがその胸になにかを抱えている。それを語ることも、あえて語らぬことも、大人としての有り様なのだろう。
 そんな大人たちのやわらかな言葉に包まれ、和はうつむけていた顔を上げた。
「雁屋 和、本日は勉強させていただきます」
 和。清樹。アーテル。ガルー。4つの笑みが重なって――
「誰カオ兄サンニ強イオ酒ヲオ持チシテーっ!!」
 英雄たちのいい話に混ざれなかった人その1であるところのリュカが、卓に突っ伏して裏声で叫んだ。あからさまに注目を浴びたい構え。この男、アーテルより7つも上のにじゅうきゅうさいです。
「子どもか! いい歳こいて和さんのいい酒ぶち壊すんじゃねー!」
「お兄さんだって! お兄さんだっていい物語いっぱい持ってるのにぃー! アイコンタクトとかで誘ってよガルーちゃんーっ」
「アイコンタクトが欲しけりゃ共鳴してこい!」
「だってうちの相方、未成年と眼鏡置きだしー」
 ぶーぶー。
 ガルーは痛むこめかみを揉む手を止めて、リュカのこめかみを拳で挟んでぐーりぐり。
「とりあえずもうさ、酒やめて水飲もっか。どっちでもっていうか、なんでもいっしょだろ」
「あああああアタマが割れるみたいに痛いー!!」
 ここで混ざれなかった人その2の小鉄が満を持して身を乗り出し。
「では拙者がこの手足を失くしたときの深くていい話を」
「それ絶対深くていい話じゃなくて、深みにはまるヤな話だよな? ん?」
「いやっ! けしてそのような」
「ほんとのこと言うときは、横向かないで人の目ぇ見て言おうか小鉄さん?」
 アーテルが小鉄の親指と手首を結わえ、絶対外れない拘束を施した上でどこかへ連れて行き。
 盛大なため息とともに、清樹が和に言い聞かせたのだった。
「ああはなるな。それだけでそこそこまともな大人になれる」
「でも、あれはあれですごく楽しそうなんですけど。なんていうか、負けた感じがします……」
 和は学んだ。
 酒は飲んだものが勝つのではない。飲まれたものが勝つわけでもない。飲んだことを口実にできるものこそが勝つのだと。

 ひとしきり互いが共にした依頼の話に花を咲かせた後、酒の場はまったりトークタイムへ。
「そういえば木霊さんてお酒お強いんですね。飲まれるイメージがなかったので、ちょっと意外でした」
「鶏胸肉でござる」
 シャンディガフをちびちびとやりながら、和がリュカに話を向けた。
「なんでも好きだけどねー。いちばん好きなのはワイン系かな。まあ、お兄さんが今飲んでるの、どこかのおいしいお水なんですけどねー……」
 どんよりするリュカの肩に手を置き、ガルーが強く言い聞かせる。
「問題ねーから! リュカちゃんは水でも行けるから! いいからいいから〜、ガルーを信じて〜」
「キーっ! お兄さんてば見事に水で酔っ払ってみせるわーっ!!」
「豚腕肉でござる」
 あん肝のソテーをつまみにぬる燗の辛口をなめているアーテルが、清樹の杯にも燗酒を注いだ。
「今さらだけど、そちらのお嬢さんにはうちの子がいつも世話になってる――っと、悪い。酔うと言葉が」
「そのままでいい。歳を盾に敬意を強要するのは野暮だからな」
 薄笑みを返す清樹に、ガルーが煙草をくわえた口の端を吊り上げてみせ。
「そういうとこまで堅いってのがあんたらしいなぁ。でも、そうやって自分を貫ける姿勢、見習わせてもらいたいとこだ」
「私もそうなりたいと思います。……たったふたつしか違わないはずのアーテルさんにも追いつける気がしませんけど」
「追いつかれたら困るって。俺は雁屋さんの2歳先をずっとキープする気なんだからさ」
 アーテルは艶やかな笑みを和に向け、次いで清樹へと向きなおり。
「となりに並んで戦う機会も多いと思うんで、あらためてよろしく」
「うむ」
 カチリと杯を合わせた。
「駝鳥腿肉でござる」
「あー、なんだかんだで結構いい感じになってきたかな」
 座を見渡し、ガルーがほっとした顔で紫煙を深く吸い込んで、吐き出した。
「だねぇ。和ちゃんもいろいろ勉強できてるみたいだし。――ときにガルーちゃん。お兄さんよく見えないんだけど、なんだか手の置き場が狭くなってきてない?」
 リュカの不穏な言葉に卓を見れば、5分前にはなかったはずの肉料理が小山を築きつつあるではないか。
「雁屋殿に必要なのは肉でござる! 肉を食べて肉をつけるでござる!」
「おいニンジャ! なにしてくれてんだニンジャ!」
 気配を消して和の箸の行き場に肉を先回りさせ、ごくごく自然に肉を食べさせていた小鉄の姿が露となった。
「皆と飲むのはお初ゆえ、取りまとめと世話役を買って出ている次第でござるよ」
 野放しの忍は企むものなのだ。
「小鉄さん、せっかくですからごいっしょに」
 和が小鉄の湯飲みに燗酒を注ぐ。
 わずか数時間の間に、酒を差し向ける呼吸を学んだようだ。ちょっと末恐ろしい気がしなくもない。
「や、これはかたじけない。……返礼にもならぬでござるが、雁屋殿は拙者渾身の隠し芸であるところのロケットパンチとミサイルキック、どちらが見たいでござるかな?」
 腕やら脚やらから怪しい駆動音を鳴らし始めた小鉄に、和はかぶりを振ってみせ。
「私、そのままの小鉄さんのお話が聞きたいです。私なんかが想像もできないような戦場を駆け抜けてきた小鉄さんの」
「……英雄諸兄。雁屋殿はちと、男殺しでござるか?」
 深くうなずく男たち。
「僭越ながら、雁屋殿。そのような顔は、好いた男にだけ見せてやるのが女子の粋というものでござるよ」
 この場にあっては騒ぎの種であり続けた小鉄が、ついにいつもの良識と常識を取り戻したと、そう思われたが。
「あー恋バナ! 恋バナ聞きたい聞きたい! お兄さんはねー、お兄さんはうふふー」
 リュカが、だらだらぐにゃぐにゃしながらうふふうふふと和に迫りだした。
「木霊さん! お酒強いのにどうして――それにさっきまで普通でしたよね?」
「和さん離れてください! 逆に水が悪かったか……飲んだ“気”で酔っ払っちまってる」
 リュカを抑えたガルーが渋い顔でかぶりを振った。
 酒には強いが雰囲気に弱いのがリュカの質である。そして強いがゆえに酔い慣れておらず、だからこそ酔った気になった後の仕末が悪い。
「――負けてられんでござるなぁ」
 小鉄が九字を切り、リュカの前に置かれていた水のピッチャーを両手で掴んだ。
「此は麗酒。ひと口にて拙者を酔わせる夢見の雫」
「自己暗示か。忍ならではの術だな」
「おいこら比蛇さん、こんなときまで冷静か」
 何事もない顔で杯を傾ける清樹にアーテルがツッコみを入れるが。
「割り切ることも必要だ。雁屋の酒の反面教師になるだろう。――雁屋。肉ばかりではもたれるだろう。野菜はどうだ?」
「バーニャカウダー、食べたいです」
「女子っぽいですね! いつもの凜々しい和さんとギャップがあるとこがまたそそりますよ。今夜はアーテルもいるし、華やかだな」
「ありがとうとは言いづらいけどな。ほらガルーさんも杯が空いてる。男の酌だが、俺が華なら無粋も徒花ってことでひとつ」
 どちらが水で悪酔いできるかという、どうでもいい死闘に突入したお兄さんとニンジャも巻き込んで、酒宴は賑々しく続いていく。

「さて。そろそろ雁屋を帰してやる時間だが――どうする?」
 清樹が巻物と化した会計伝票をちらりと見下ろし、その目を男たちへ向けた。
「これって和さんのデビュー祝いだろ? 男で持たせてもらえばいいんじゃねーか? 気分的にゃ、こてっちゃんに丸投げしちまいてーとこだがな」
 ガルーの横目に小鉄はびくりと肩を震わせて。
「くくく。そんなことになったら拙者、お家に入れてもらえないでござる!」
「じゃあなんで笑っちゃいますかね……。ま、俺もガルーさんに賛成です」
「お兄さんもね! 和ちゃんのご指名料なら、お兄さんいくらだって出しちゃうよー!」
 アーテルに続き、リュカが猛烈にいい笑顔で言い放った。
 ただ、ガルーがこの悪友を「絶対キャバクラとかに連れてかねーようにしとこう」と心に決めたことを、本人は知らない。
 と。まとまった話の輪に和が、見事なステップワークで跳び込んできた。
「待ってください! それ、困ります!」
「女子を軽んじているわけではないぞ。これは祝いで」
「そうじゃないです! そういうことじゃ、ないんです」
 清樹の言葉を掌で止めて、和は下を向いたまま、細い声を継いだ。
「みなさんといっしょがいいんです。上も下もなくて、同じ場所で飲んだこと、思い出せるように……」
 結局会計は割勘に。
 ザルと枠ぞろいだったこともあり(あとニンジャの暗躍も)、ひとりあたり1万や2万ではすまない金額を払うこととなったが。
 誰ひとり指をためらわせるものはなかった。


「私、お酒が好きです」
 会計をすませて外へ出た一同に、和がほろりと言った。
「胸襟を開くって結局どういうことなんだろうと、ずっと疑問だったんです。でも今、こうして襟を開いて、胸の中にあるものを見せ合えて……すごく、いいです」
 その朱の差した笑みが、男たちの心をまた酔わせたのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【雁屋 和(aa0035) / 女性 / 20歳 / 殴って、殴って、殴る!】
【アーテル・V・ノクス(aa0061hero001) / 男性 / 22歳 / 特集『俺色に染まれ!』モデル】
【木霊・C・リュカ(aa0068) / 男性 / 29歳 / 目覚めの鐘】
【ガルー・A・A(aa0076hero001) / 男性 / 31歳 / 危険人物】
【比蛇 清樹(aa0092hero001) / 男性 / 40歳 / エージェント】
【小鉄(aa0213) / 男性 / 24歳 / 鴉】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 酒は友。友は杯。ゆえに、友と傾けし酒にきりはなく、胸の底深くへ染み渡る。
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2017年02月17日

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