▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ひとえの石 』
百目木 亮aa1195

 百目木亮は、暇を持て余していた。
 否、厳密には師――と自ら仰いでいるつもりはないのだが――たる老いた英雄の言い付けに従ってみているのだが、自分は元より恐らく傍目にだって、うだつの上がらないおっさんがただ胡坐をかいて途方に暮れているようにしか見えないだろう。
 もっともこの部屋には今、亮しか居ないのだけれど。
 英雄達は、各々何か用向きがあるとかで早朝の未だ暗い時分より出払っている。
 その折に留守番がてら申し渡されたのが、この“修行”である。
 即ち、坐すべし。
「さっぱり分かんねえ」
 すわる事がなんだというのか。
 亮はがしがしと頭を掻いて、何かヒントのようなものはなかったかと師の言動を思い出そうと試みた。
 が、心当たりの皆目ない事に早々行き当たり、出てくるのは溜息をばかりだった。
「あのジジイ一体なに考えてやがんだ?」
 同じ姿勢を窮屈に感じ、何気なく左足を掴み上げて右の腿に乗せて、それと知らず半跏趺坐の姿勢となる。
 かの老英雄と誓約を結んだ当初は、不摂生や不心得を見せるたび蹴りと叱責が飛んできたものだが、近頃は改善が認められた為だろうか、めっきり少なくなった。
 かと思えば時折このような難問を、言葉少なに置いていく。
「ゆっくり休め……ってわけじゃあねえよな、やっぱり」
 特段注意時事項が添えられているわけでこそないが、なんとなくテレビを観たり雑誌をめくったりしてはいけなさそうな雰囲気だ。
 しかし、だんだんとこの状況に飽きを感じ始めてきた亮は、膝に頬杖をついて、また息を吐く。
 その拍子に――懐から何か丸い物体が滑り出し、それは組んだ足を伝ってごとんと床に転げ落ちた。
「――と、いけねえ」
 それがなんなのかよく心得ていた亮は、素早く手を伸ばして慣性を殺す。
 そうして制止を確かめると安堵し、眼前へと掴み上げた。
「やれやれ、失くしたら大ごとだったぜ」
 室内は整理整頓が行き届いているが、小さな球体ひとつ紛れ込むぐらいの場所は幾らでもある。
「よっ――と」
 再び、しかし今度は転がらぬよう、音もなくそっと床に置く。
 それは、エージェント界隈で“銅の錬石”と呼ばれる、一般にはAGWの強化素材と認知されているだけの石ころ。
 だが、亮にとっては決して手放すわけにはいかない、大切な品だ。
 普段はお守り袋に入れて首から提げているのだが、取り出して磨いている最中か何かの拍子にジャケットの内ポケットに忍ばせてしまっていたらしい。
「ん」
 ふと、石が独特な光を帯びている事に気づき、亮は窓越しの寒空を見上げる。
 そろそろ日が昇り始める頃合の、ごく短い時間にだけ見られる複雑な表情は、否応なしに“彼”を思い出させた。

 忘れもしない。
 あの冬の日の神社で迎えた夜明けは。
 恋人の亡骸を包む炎に笑顔で身を投じた、あの若い英雄の事は。

 火を着けたのは他ならぬ亮だった。
 “彼”がうまく火打石を扱えずにいたから、ライターで手伝ってやったのだ。
 ライヴスの伴わないただの火が英雄を焼く事はないが、誓約対象たる能力者を失った“彼”はその只中で自らも文字通りに――消えてなくなった。
 その後、境内でこの石が八つ見つかり、形見分けでもするかのように居合わせたエージェント達がひとつずつ預かる運びとなった。
 今、亮の目の前にあるのは、そのうちのひとつ。
 愛用の武器の礎として受け継ぐ事もできたが、亮はそのままの状態で持ち続ける事を選んだ。
 ――思えばあの時からかねえ。
 月が満ちるようにゆっくりと、時には蝕のごとく急速に、いずれ留まる事なく、亮は変わり続けた。
 まず大きな変化として、当初“真人間になる”としていた老英雄との誓約を、“己にできる事を全力で為す”事へと改めた。
 かつては定職にも就かず成果の上がらぬギャンブルに明け暮れ、酒と煙草に依存し、親族のすねを齧るしか生きるすべを持たないどうしようもない男だった。
 そんな亮が、老英雄と出会って更生を志す羽目になり、なんとか食らいついていけるようになった頃。
 ――思い知ったからな。
 英雄の死を。
 そして、自覚せざるを得なかった。
 いつしか老英雄、果ては他者を想う意思が自らに宿っていた事を。
 それは修行の賜物かも知れないし、あるいは命のせめぎ合いの最中に多くの者達との邂逅を経て育まれたものなのかも知れない。
 どうあれ、真人間になる為にはどうしたら良いのかを考える切欠となった。
 誓約の変更は、その末の結論である。
 脇目も振らず真人間を目指すのではなく、手の届く範囲だけでも誰かの役に立ちたい。
 次に、新たな誓約を結んだ直後、新たに若手の英雄を迎え入れた事が挙げられる。
 こちらとも紆余曲折あったものの、ゆえにこそ、その望みたる元の世界への帰還を叶える為、できる限りの事をしてやりたいと思う。

 そして、もし、いつか。
 英雄と死に別れる事があったなら。

 いつ訪れるとも知れないその時を、やはりあの日、師と他愛なく語らった事がある。
 師は言った。成長を遂げていたなら心置きなく、と。
 亮もまた、言った。その時が来たら考える、と。
 だが、以来、亮はずっと考え続けてきた。
 死後の事ではなく、その日に至るまでの道程をだ。
 あれから絶えず何事かに打ち込み、自覚できる範囲でも変化を重ねて来た。
 この変化が師の語る“成長”だとするのなら、今は行けるところまで行きたい。
「最後ぐらい安心させてやらあ」
 この場に誰もいないから、その響きに偽りのない事を確かめたくて、今のうちにと声に出してみる。
 果たして曇りなき意思は、極めて自然に発せられた。

 ひとえに老師の為。

「――なんて、爺さんには言わねえけどよ」
 こうした種々の想いを、亮はごく簡潔かつ自分らしい言葉に置き換えて、腹に据えている。
 即ち、「ダメ人間のおっさんでもやれる事はあるだろ」。
 その意識に行動が伴えば、“真人間”という結果は勝手についてくるだろうから。
「ん」
 再度ふと、亮は気がついた。
 思索に耽るうち、自らの居住まいが坐禅のそれを為していた事に。
 いつの間にかまた、視線が石へと吸い寄せられていた事に。
 石は陽光に輝く面をゆっくりと広げ、やがて複雑だった虹彩は紅から黄金色のそれへと変じて、暖かな光で部屋の中を満たす。
 まるで頷いているようだ。
「まあ見てろ」

 真人間は少し笑ってからお守り袋を取り出すと、それを仕舞い込んだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa1195 / 百目木 亮 / 男性 / 48歳 / 選択の記憶】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 お世話になっております、藤たくみです。
 お待たせする事となってしまい申し訳ございませんでした。
 自分の手がけたシナリオがこのような形で尾を引き、理念に影響を与えてしまっている事を受け、語り尽くせないほど色々な事を思いながら筆を執らせていただきました。
 もう藤が亮さんの活躍を描く機会はありませんが、せめて今後もご活躍される事をお祈りいたしております。
 ご指名まことにありがとうございました。
WTシングルノベル この商品を注文する
工藤三千 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年02月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.