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『あの優しい手を忘れない 』
小宮 雅春jc2177

『今日は雅春が大好きなからあげとカレーにしました。温めて食べてね。パパとママは今日も遅いのでちゃんとカギをかけてから寝てください。日曜日、約束してた遊園地行けなくなってごめんね』

「カレーおいしかったよ。お仕事頑張ってね。っと」

 外から帰ってきた小宮 雅春(jc2177)少年は作り置きのおかずの横に添えられたメモを見ると鉛筆を取った。

 親子の主な会話になってもうどの位経つだろう。
 少年一人には広すぎるリビングから聞こえるのはテレビの音と少年が立てる生活音だけ。
 共働きの両親はいつも帰りが遅く日付をまたぐことも珍しくない小宮家ではこれが当たり前で日常的な風景だった。

 特に生活が苦しいわけではない。
 南向きの大きな窓がある部屋。
 整えられたブランドものではないにせよけして安くない服。
 変形型ロボットからくまのぬいぐるみまで様々な物が詰め込まれている大きなおもちゃ箱。
 どちらかといえば金銭的に潤っている方なんだろうということは事ある毎に与えられるおもちゃや本を見れば子供にも分かった。
 今でこそ何か事情があったのだろうと思えるがその当時彼がいつも一人だった事実は変わらない。

『……はいつでも面白いことがいっぱい!みんな来てね!!』

 テレビから今週末行く予定だった遊園地のコマーシャルが流れる。
 遊園地が悪いわけでもなく、両親が憎いわけでもない。
 それでもいやな気分になってテレビを消す。

「お仕事だもん……仕方ないよ」

 そっと目を伏せ食事もそこそこにベッドへと潜り込んだ。
 そのまま朝まで深く眠りにつくつもりだった。
 誰もいない家はつまらないけれどどこにも行けない。
 だから夢の中へ逃げるのだ。

  ***

 コンコン。

 ある夜、こちらをうかがうようなノックの音で雅春は目を覚ました。
 母親が帰ってきたのかと思い自室の部屋の扉を開ける。そこに人気はなくリビングの灯りも点いていない。

 気のせいかな。

 首を傾げベッドへ戻ろうとするとまた音がする。
 ちゃんと聞けばどうやら窓の方からの様だ。

 カーテンを開けるとそこには上から垂れ下がったロープと、それにつかまる女性がいた。

『あ・け・て』

 女性の唇がそう動く。

 知らない人を家に入れてはいけない。
 そうきつく母親から言われていたのも忘れ窓を開ければ猫のようなしなやかさで部屋へと女性が入ってきた。

「お姉さんは泥棒さん?」

 アニメや漫画に出てくる泥棒は天井や屋上からロープにつかまって降りて来ていたのを思い出し尋ねる。

「泥棒ならもっとこそこそしていると思うわ。私は……そうね、お人形よ」

「お人形?」

 不思議なことを言う人だ。
 そう思いながら彼女の全身を上から下までくまなく見るがどこからどうみても普通の人間にしか見えない。
 撃退士になった今なら彼女が使徒である可能性も考えたかもしれないが少年時代の彼は使徒の存在を知らなかった。

「ええ。神様にお願いして少しの間だけ動けるようにしてもらっているの」

「そっか。でも、どうして僕のところに来たの?」

「雅春君に会いたかったの」

 びっくりする雅春を優しく頭を撫でながら女性は微笑み言った。

「寂しいの我慢していつもお留守番してて偉いわ」

 久しぶりに触れた大人の手はひんやり冷たく、お人形のように整った顔と相まって本当に人じゃないかもしれない。
 そんなことを一瞬だけ雅春は思った。

  ***

 それからその女性は一人でいる夜に決まってやってきては、雅春が眠るまで一緒にいてくれた。
 朝になるといなくなっていたけれどそれでも少年の寂しさはかなり安らいだ。

「今日は帰り道で……」

 その度に雅春は彼女にその日あったことを話した。

 近くの公園で友達と遊んだこと、困っていたおばあさんを助けたお礼に飴をもらったこと、夕食にプリンがついて居たこと、大人が聞けば本当に他愛ない話だろうそれを女性はニコニコしながら聞いてくれた。

 ひとしきり話すと今度は彼女がいつも持っている木偶人形で遊んだ。
 彼女が動かせば生きているように動くそれが雅春にはどうしてもうまく出来ない。
どうしてそんなに上手なの?と聞けばお人形同士だからね。と彼女は笑った。

「見て!みかんの皮でうさぎが出来たよ!」

「雅春君は本当に器用ね」

「ねぇ。ジェニーちゃんもみかん食べようよ。甘くて美味しいよ」

「ごめんなさいね。私はお人形だから食べられないわ」

「……そっか」

「けど、雅春君の美味しそうな顔をみるだけで一緒に食べてる気持ちになれるわ。私の分も食べて」

「うん!でも、途中で食べたくなったら言ってね」

 一緒に食べようと誘う度に人形だからと断るので、もしかしたら好き嫌いが多いのかもしれないなとこの頃の雅春は考えていた。

「ねぇ、雅春君。何て呼んでも良いとは言ったけれど、どうしてジェニーちゃんなの?」

「この間テレビでやってたお人形がそっくりだったの。その子がジェニーちゃんって言うから……ダメだった?」

 とある着せ替え人形が彼女に似ている気がしたのだ。

「いいえ。どうしてか知りたかっただけ。悪いなんて少しも思ってないわ」

「良かった。ねえ、ジェニーちゃんはどうして起きるといないの?」

 ずっと雅春は不思議だった。
 ずっといてくれれば寂しくないのに。
 そう言う雅春を優しく抱きしめジェニーちゃんが言う。

「朝、私がいたら雅春君のお父さんとお母さんがびっくりしちゃうわ」

「じゃあパパやママが帰って来た時、僕が説明して……ねぇ……僕が悪い子だからパパもママも帰ってこないの?」

 ずっと思っていた。
 いい子にいていたら両親はもっと早く帰ってきてくれるんじゃないだろうか、一緒にご飯を食べたり遊んでくれたりしてくれるんじゃないだろうか。

「雅春君はとってもいい子よ。悪い子だから帰ってこないわけじゃないわ」

「じゃあ、どうして帰ってこないの?僕が悪い子で、僕のこと……嫌い……だから」

 言葉にしたとたん涙が溢れてきた。
 ずっと心の奥にため込んでいた想いは堰を切ったように涙ととも流れ、どんなに泣きじゃくっても涙は止まらない。

 その間彼女はずっと抱きしめて背中をさすってくれていた。
 優しい手だった。
 その夜、初めてベッドではなく彼女の腕の中で眠った。

 起きてもいてくれるかとも思ったが、朝、目が覚めるとやはりベッドの中に一人だった。
 いつもと違うのは彼女がいつも持ってきて一緒に遊んでいる木偶人形が置かれていたことだ。

「忘れていったんだ」

 その夜も、次の夜も、そのまた次の夜も、人形を抱きしめながら女性を待った。

 人形を返したいというのもあったが、泣いている間ずっと抱きしめてくれたことにお礼を言いたかった。
 彼の記憶の中でそうしてくれたのは彼女が初めてだったのだ。

 しかし何日待っても彼女は来なかった。
 神様にお願いした期限が来てしまったのかとも最初は思ったが、何も言わずにいなくなるはずがない。
 もう少し、もう少しだけ待とう。
 そして今も片時も人形を離すことなく、返す時を待っている。

 人形の名はジェニー
 冷たく優しい手の女性と同じ名前。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc2177/小宮 雅春/男性/29歳(現在外見)/ 来ぬ人との想い出】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 再びお会いできてうれしく思っております。

 いつも一緒にいらっしゃる人形のルーツともいえる物語になっております。今の小宮様へ至る大切なところだと感じましたがいかがでしょうか。

 お気に召されましたら幸いですが、もしお気に召さない部分がありましたら何なりとお申し付けください。

 今回はご縁を頂き本当にありがとうございました。
 またお会いできる事を心からお待ちしております。
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龍川 那月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年02月21日

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