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『ふたつの決意 ――忘失―― 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194


 部屋の隅に置かれた小さな文机。
 綺麗に整理されたその上に、杯がひとつ置かれていた。
 なみなみと注がれた透明な液体に、日暮 仙寿之介――仙寿は己の貌を映す。
 表情を消したその面からは何の感情も読み取れない。
 読み取れないはずだと願った。

「だめだよ仙寿さま! いくらお酒が好きだからって、置きっぱなしにされたのなんか飲んじゃだめ!」
 あの子、不知火あけび(jc1857)がこの場にいれば、そう言って杯を取り上げたに違いない。
「うちは忍の家系なんだから、ちょっと油断してると毒とか盛られちゃうよ?」
 特に仙寿さまは、強いのに時々ぽやっと抜けてるところがあるし――だから私が守らなきゃ!
 そう言って鼻の穴をぷっくり膨らませる表情が目に浮かぶようだ。

 しかし、あの子はもういない。
 自分がこの手で、消した。

 何故もっと早く「仕事」を終わらせなかったのか。
 何故これほどまでに時間をかけてしまったのか。

 答えはわかっている。
 わかっているが故に、こうするしかなかった。

 明ける日は、明日もまた世界を明るく照らすだろう。
 暮れる日は、もう二度と昇ることはない。

 仙寿は文机に置かれた杯を手にとった。
 彼が言いつけを守っていれば、そこには自分を殺す薬が仕込まれているはずだ。

 目を閉じ、杯を静かに傾ける。
 これが末期の酒となるのか、それとも――


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 その日、不知火藤忠(jc2194)は珍しく仙寿の私室に呼び出されていた。
 普段から物が少なく、殺風景とも言えるほどに片付いている部屋が、今日はいつにもまして片付いて見える。
「仙寿、どうしたんだ?」
 部屋に足を踏み入れた瞬間から――いや、仙寿に呼ばれた時から感じていた不安。
 それがもつれて絡まった毛糸玉のように腹の中で膨らんでいくのを感じながら、藤忠は差し出された座布団に足を揃えて座った。
 普段なら言われる前に足を崩して胡座をかくところだが、今日は「崩していい」とも言われない。
 腹の中の毛糸玉が、ますます大きく膨らんできた。

「お前にだけは、話しておくべきだろうと思った」
「……何を?」
 不安のせいか、問い返す声が尖る。
「口で説明するよりも、見せたほうが早いだろう」
 仙寿は藤忠の背後にある襖がきちんと閉ざされていることを確認すると、文机に片手をついてゆっくりと立ち上がった。
 何の前触れもなく、その背に純白の翼が現れる。
 しかし、藤忠は平然と言い放った。
「それがどうした? そんな事を言うために、わざわざ俺を呼んだのか」
「驚かないのか」
 仙寿のほうが驚いた様子で聞き返す。
「そんな気はしていた。多分、最初から……あけびは気付いてないだろうが、お前……隠すの下手だから」
「そうか……ならば、目的も薄々勘付いていたか?」
 その問いに、藤忠は黙って頷いた――その予感が外れているようにと願いながら。
 だが、願いは届かなかった。

「やっぱり、そうだったのか」
 仙寿の目的は、あけびを使徒にすること。
 そのために近付き、洗脳し、知識や知恵を授け、戦い方を教えてきた。
「人間を餌や道具としか思わない侵略者……それが、俺の正体だ」
 仙寿は淡々と告げる。
 しかし、藤忠は首を振った。
「……だから何だ? 確かに最初の目的はそうだったかもしれない。だが今はもう……そんなこと関係ない。お前は俺の友人だ」
 その言葉に、仙寿は寂しそうな笑みを浮かべた。
「俺があけびを殺すと聞いても、そう言えるのか?」
 その身体能力や生まれ持った忠誠心は使えると判断し、ただの人間だと思って近付いた。
 だが彼女にはアウルの素養があった。
 まだ完全に覚醒したわけではないし、本人も気付いていないが、一介の天使にとっては手に余る存在となってしまったのだ。
「あの子は将来、天界にとって害になる。その前に殺すつもりだ」
 そう言って、仙寿は懐から小さな薬包を取り出した。
「これを使えば、俺を殺せる」
 それを藤忠の手に押し付け、仙寿は襖を開け放った。
「どこへ行く?」
「……暫くしたら戻る。その間に決めろ――その薬を使うも使わぬも、お前の自由だ」
「俺はどこへ行くのかと訊いたんだ。答えろ、仙寿」
 手の中の薬包を握り締め、藤忠は去り行こうとする仙寿の背に声を投げた。
「どこだろうと、お前には止められない。ただの人間であるお前に出来るのは、その薬で復讐することだけだ」
 仙寿は文机に伏せて置かれた杯に目をやった。
「戻ったら、俺はその杯を飲み干そう――良い酒を選べよ?」
「そんなものわかるか! 俺は未成年だぞ!」
 突き付けられた選択に処理が追い付かなくなったのか、藤忠はそんな台詞を投げ付ける。
 それがいつもと変わらない気楽なやりとりのように思えて、仙寿は思わず目を細めた。
「なら、あれでいい」
 いつも好んで飲む銘柄を、藤忠は覚えているはずだ。
 好物に殺されるのも悪くない。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


「仙寿さま、どういう風の吹き……吹き、なんだっけ、吹き流し?」
「吹き回しだろう」
「そう、それ!」
 ショッピングモールを仙寿と歩くあけびは、横に並んだり追い越して振り返ってみたりと、子供らしくはしゃいでいた。
 不知火家の跡取りである彼女は箱入り娘。家の者が下界と呼び習わす町へは一人で降りることはもちろん、誰かの付き添いがあっても滅多にないことだった。
 それを「しょっぴんぐもーるとは何だ?」と言いそうなほど世間に疎い仙寿が連れ出してくれるなんて。
「ねえ仙寿さま、大丈夫? お金の使い方わかる?」
「当然だろう、でなければその簪をどうやって調達したと思う」
「あっ、そうか! そうだよね!」
 あけびが飛び跳ねる度に、髪に挿したあけびの花が踊る。
「私もいつかお返しがしたいな。大人になって働くようになったら、初めてのお給料で贈り物するね! 仙寿さまと、姫叔父にも。だって二人とも私の家族だもん!」
「ああ、そうだな……楽しみに待っているとしよう」
 その日は恐らく永遠に来ないだろうと思いつつ、仙寿は無邪気にはしゃぐあけびの笑顔にじっと視線を注いでいた。
 やはり、この子には笑顔が似合う。
「あけび、ソフトクリームでも食べるか」
「えっ、いいの!?」
「ああ、今日は特別だ。何でも好きなものを買ってやる」
 そう言われて、あけびは素直に喜んだ。
 何が特別なのか、その意味を考えることが出来る年頃なら、仙寿もあけびを連れ出したりはしなかっただろう。
「どれがいい?」
「うーん……あんまり食べたことないから、よくわからないな。仙寿さまはどれが好き?」
「俺は日本酒味だな」
「えっ、そんなのあるの!?」
「ない」
「もー、仙寿さまったら私がなんにも知らないと思ってー!」
 小さな掌でぺしぺし叩かれ、仙寿は楽しそうに「すまなかった」と笑いながら、大きなソフトクリームを差し出した。
「あっ、コーヒー味!」
 見れば仙寿も同じものを手にしている。
「お揃いだね」
「大人の味だぞ」
「うん、いつも子供はだめって言われちゃうから、嬉しい! ありがとう!」
 喜ぶあけびの頭を撫でて、仙寿は尋ねた。
「なあ、あけび。お前にとって……俺はどういう存在だ?」
「……うん?」
 突然何を言い出すのかと首を傾げつつ、あけびは何の疑いも持たない真っ直ぐな眼差しを仙寿に向けた。
「仙寿さまはヒーローで、私のお師匠さまだよ! 私、仙寿さまみたいな立派なサムライになるんだ!」
 現代に生きる女子として、それはどうなのか――とは思わない。
 立派な忍になるべく育てられている彼女にとって、侍もまた等しく将来の選択肢として有り得るものだった。
「それでね、姫叔父は私のお姫様で兄貴分なの。サムライとしてはまだ未熟だけど、藤姫を格好良く守るんだ。それに……」
 あけびは少し照れたように頬を染めながら仙寿を見上げた。
「仙寿さまも私が守るよ! 今はまだ守られるほうだけど、剣術だって上達したもん。これからもっともっと強くなるんだから!」
「そうか……頼もしいな」
「仙寿さまと姫叔父のおかげだよ」
 二人にはたくさんのことを教わった。
 直接教えられたことはもちろん、その姿を見て学んだことも多い。
「難しい本だって読めるようになったんだから。あ、でもわからない部分があって! 明日教えてくださいね、お師匠さま!」
「ああ、明日な」
 その明日は、永遠に来ない。
「仙寿さま、どこにも行かないよね? ずっと一緒だよね?」
 彼の思いを感じ取ったのか、ふとあけびの表情が曇る。
 本当に勘の良い子だ……二人とも。
(「あけびも藤忠も俺を慕ってくれた。だからこそ……終わりにしよう」)
 返事の代わりに、仙寿はあけびの小さな身体をそっと抱きしめる。
「あけび、お前はずっと……笑っていろ」
「え……?」
 次の瞬間、あけびの意識は闇の中に落ちていった。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


「何だ藤姫、怖気づいたのか?」
 杯に注がれた酒を少しの躊躇いもなく飲み干した仙寿は、背後の人影に向かって呟いた。
 あの薬は即効性、一口飲んだだけで効き目が現れるはずだ。
「違う」
 振り向くと、男の顔をした藤忠がそこにいた。
「では何だ? いや、それよりも……訊かないのか、妹分はどうしたのかと」
「訊くまでもない。部屋から出ていくお前を止めなかったのは、信じているからだ。お前があけびを殺せるはずがないと」
 そう言って、藤忠は得意の薙刀を構える。
「お前は俺の親友だ。だからこの手で止める……俺の、全力で!」
 その決意が呼び起こしたのだろうか。
 薙刀の柄を握る手から、淡い光が滲むようにじわりと染み出してくる。
 それは次第に輝きを増し、やがて青い光となって藤忠の全身を包んだ。
「……アウルの光……お前まで、その力に目覚めたか」
「これが、アウル……?」
 仙寿に言われて初めて気付いたかのように、藤忠は自分の全身から立ちのぼる光を見る。
「よくわからないが、これでお前と対等に戦えるってことだな!」
「さあ、それはどうかな」
 仙寿の声にはどことなく楽しげな響きがあった。
「……お前は優しすぎる。あけびと違って忍の才が全く無い」
 だから使徒にも選ばなかったし、もしアウルを発現しなくても、あけびの代わりに選ぶことはなかっただろう。
「忍の才はないが……英雄の資質がある。お前までアウルに目覚めたのは最早運命なのかもしれないな」
「英雄? そんなものになる気はない。俺はただ、お前とあけびを守りたいだけだ」
「どうやって?」
「お前を、天界には帰さない」
「堕天しろと?」
「そうだ。もし追っ手がかかっても、俺が全て叩き斬ってやる」
「では、試してみるとしようか」
 仙寿はゆったりとした足取りで道場に向かって歩き出した。
「俺から一本でも取れれば、それだけの力があると認めよう」

 だが、結果は――

 薙刀の穂先は、仙寿の身体にかすりもしなかった。
 片や仙寿の刀は眩い光の軌跡を描いて薙刀をいなし、藤忠に風圧だけを与えて流れる。
 やがて一瞬の隙を突き、その柄が藤忠の鳩尾に沈み込んだ。
「……藤忠、あけびを頼む」
 それが、藤忠が聞いた最後の言葉だった。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


「……姫叔父、こんなところで寝てると風邪ひくよ?」
 肩を揺さぶる手と、その声に、藤忠の意識は闇の底から引っ張り上げられた。
「仙寿は!?」
 飛び起きて、辺りを見回す。
 どうやら道場の隅に転がされていたらしい。
「あけび、仙寿はどうした!?」
 しかし、あけびの反応は予想外のものだった。
「せんじゅ? 誰それ?」
 かくりと首を傾げた様子は、冗談でもからかってる風でもない。
 いや、そもそもこんな場面で冗談を言う子ではなかった。
 だとすると、本気で言っているのだろうか。
 そう思っていると、自分を見るあけびの瞳が震え始める。
「あけび、どうした?」
「え?」
 瞬きした瞬間、涙が溢れた。
「なにこれ、どうして? 私、どうして泣いてる、の……?」
 わけもわからないまま、その頬を伝って流れ続ける涙にあけびは戸惑う。
 何か大切なものをなくした気がするのに、それが何だったのか思い出せなかった。
(「……そうか、あいつ……」)
 仙寿はあけびを消す代わりに、あけびの中から自分の存在を消したのだ。
 別れの辛さと、事実を知る衝撃からその心を守るために。
(「優しいのはお前じゃないか、仙寿」)
 藤忠は「あけびを頼む」と言い残したその時の、一瞬だけ見えた仙寿の顔を思い出す。
 今にも泣きそうな、それでも無理をして笑っているような。
(「あんな顔をするくらいなら、ずっと一緒にいれば良かったんだ……馬鹿野郎」)
 しかし、彼があけびにかけた術は完全ではなかった。
 アウルによって阻害され、中途半端に思いだけを残すことになってしまったのだろう。

 いつかきっと、あけびは全てを思い出す。
(「その時は、二人であいつを助けに行くぞ」)
 天界だろうとどこだろうと、生きてさえいれば……必ず。
 そんな思いを込めて、藤忠はいつまでも涙を零し続ける小さな身体を、そっと胸に抱き寄せるのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢11歳(当時)/この想いは忘れない】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢17歳(当時)/その涙に誓う】

【NPC/日暮 仙寿之介/男性/外見年齢?歳/忘却の天使】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

お嬢さんの口調は、「仙寿さま」呼びの時はくだけた感じに、「お師匠さま」呼びの時は敬語にと使い分けてみました。
今回、殆ど全部くだけてますが。

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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エリュシオン
2017年02月22日

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