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『ふたつの決意 ――心あわせ―― 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194


「えいっ!」
「やあっ!」
「とぉっ!」

 その日も、不知火の道場には朝から元気な声が響いていた。
 刀を振るのは不知火あけび(jc1857)、いずれはこの家を継ぐことになると目されている、不知火の跡取り娘だ。
 その太刀筋に迷いはない。
 だがそれを受ける師範は眉を寄せ、渋い顔で言った。
「いけませんな、何か妙な癖が付いておいでだ」
「癖、ですか」
「さよう、それではまるで侍ですぞ。忍の刀というものは、もっとこう……」
「問題ありません、私は立派なサムライになるんですから」


 いつもの説教を聞き流し、あけびは自主的に朝の稽古を切り上げた。
 そのまま裏庭に面した自分の部屋に向かい、縁側にぽとんと腰を下ろす。
「あの人みたいな、立派なサムライに……でも、あの人って誰だろう?」
 このところ、いつもそうだ。
 自分は誰かに憧れていた。
 師範に「妙な癖」と言われる型も、その誰かに教わった。
 それだけはしっかりと覚えているのに、その「誰か」の顔を思い出そうとすると、急に頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されるような気分になるのだ。
 そして気が付けば、あけびはぼんやりと裏庭の木戸を見つめている。
 ちょうど今もそうしているように。
「私はいつもこうして待っていた……あの木戸を開けて、誰かがやって来るのを……」

 その時、頃合いを見計らったように木戸が開く。
 だが、現れたのは――

「なーんだ、姫叔父かぁ」
「何だとは挨拶だな、だったらこのまま帰るぞ」
 木戸を半分ほど開けたまま、不知火藤忠(jc2194)はその場に立ち止まった。
「だめ、帰っちゃだめ! 謝るから……ごめんね?」
「よし」
「む、なんか偉そう」
「偉そうじゃない、偉いんだ。俺は年上だぞ?」
「そうだけど、なんかそんな気しないなー……お姫様だし」
「だから誰が姫だ」
 そんな他愛もない、いつもの会話。
 けれどその端々にほんの僅か、理由のわからない寂しさが顔を出す。
「……なんでだろう、ね」


 不知火の屋敷から、ひとりの男が姿を消した。
 彼の存在を覚えているのは、今はもう藤忠の他にはいない。
 恐らく、彼――日暮 仙寿之介は、藤忠を除く全員の記憶を操作して行ったのだろう。
 あけびの父に補佐役の男がいたことまでは覚えているが、誰に訊いても「印象が薄くてあまりよく覚えていない」と答えるのみ。
 誰かが不用意に彼の名を口にする危険を避けるために。
 それを耳にしたあけびの心が揺れることを防ぐために。

 確かに、あけびの心は揺れなかった。
 だが、それは揺らぐ余地もないほど穏やかな日々を送っていたから、ではない。
 心に開いた穴から全てが抜け落ちてしまったかのように、記憶と一緒に心までなくしてしまった抜け殻のように。
 死なないからとりあえず生きている……そんなふうに、あけびはただ日々を生き潰していた。

 それでもまだ、藤忠の前では以前と同じように振る舞おうとしていた。
「……お前は笑っていろって、誰かに言われた気がするんだ」
 その時の声の調子も、自分の身体を包み込んだ腕の感触も、はっきりと覚えている。
 なのに、それがどんな声だったか、その相手が誰だったのか……男なのか女なのか、それさえ思い出せなかった。
「でも……笑うって、どうするんだっけ。どんな時に笑いたくなるんだっけ」
 笑い方がわからなくなったと、あけびは虚ろな表情で笑みの形だけを作ってみせる。
「うん、やっぱり上手く出来ないや……なんでだろう?」
 そう言って浮かべた苦笑いだけが、本物らしく見えた。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 そんな折、あけびの父が病に倒れた。
 次期当主の座を確実なものとしていた彼の存在は、不知火の家を安定した状態に保つための要石。
 しかし、それが外れかかったと見るや、一族は文字通りタガが外れたように権力争いに明け暮れるようになってしまった。
 それは、子供の目にもはっきりと見えた。
 誰も彼もが父の死を望んでいる。
 家の中にも外にも、そんな険悪な空気が溢れていた。

 こんな状況で、どうやって笑えと言うのか。
 自分に笑っていろと言った誰かは、こんな時まで笑えと言うのだろうか。

 そして――

「あけび、話がある」
 いつものように裏庭の木戸から顔を出した藤忠は、いつもと違う空気を纏っていた。
 顔を上げたあけびの仮面を被ったような硬い表情に、藤忠の決意は揺らぐ。
 いっそこのまま、この家から連れ出してしまいたいと思った。
 しかし、生計を立てる手段も持たない一介の高校生には、どうすることも出来ない。
 命令に従う以外に、選択肢は与えられていなかった。
「……俺は、暫くの間……この屋敷には来られないかもしれない」
 そう伝えても、あけびの表情は動かない。
 ただ、「そう」と一言呟いただけで、視線はどこか遠くへ向けられていた。
「ほら、俺もそろそろ受験生だし……勉強、頑張らないとな」
 嘘はついていない。
 本当のことなど言えるはずがなかった。
「うん、わかってる。受験勉強、頑張ってね」
 顔の形だけで笑みを作ったあけびが抑揚のない声で答える。
 彼女にはきっと、わかっているのだろう。
 藤忠がこの家への出入りを禁止されたことを。
 それを命じたのがその姉であることも。
「時々、手紙を書くから」
 普通に郵送したのでは、あけびの手元には届かないだろう。
 だが、この屋敷に住んでいるのは敵ばかりではなかった。


 その翌日から、あけびの元へ藤忠からの手紙が届くようになる。
 しかし、最初はそれとは気付かなかった。
「ここの木に鳥の巣箱でもかけてみようかと思いましてね」
 いつも庭木の手入れをしてくれる庭師、サイトウさんの言葉を、あけびは気に留めることもなく聞き流していた。
「この季節だと、どんな鳥が来てくれますかねぇ」
 作業の合間にこぼす大きな独り言にも興味を示さず、ただぼんやりと彼のやることを眺めていた。
 けれど、彼は庭木の手入れに関しては超一流だが、木工細工の腕はそうでもない……と言うより明らかに下手くそだった。
 おまけに大きさの感覚と配色のセンスがおかしい。
「ねえサイトウさん、鳥の巣箱ってもっと小さなものだと思うんだけど」
 毎日毎日、巣箱を覗いては「今日も入ってない」と溜息を吐く姿を見かねて、あけびは庭師に話しかけた。
 その声に、彼は薄くなりかけた頭を掻く。
「そうですかい? いやぁ、でも大は小を兼ねるって……」
「だけど、それじゃ猫も入れそうだし、鳥だって安心して住めないよ?」
 それに真っ赤に塗られたそれは、巣箱と言うよりも郵便ポストのようで――
(「……ポスト?」)
 その連想に何か引っかかるものを感じ、あけびは庭師を見る。
「ふむ、ポストねぇ……じゃあ鳥の郵便配達が、間違えて何か届けてたりするかもしれませんねぇ」
 意味ありげに頷いた庭師の言葉に、あけびは思わず裸足で庭に走り出た。
「巣箱の中、見てもいい?」
「ええ、そう仰るだろうと思って脚立を用意しときましたよ」
 あけびはさっそく脚立の上に乗って、巣箱の中を覗き込む。
 中にはサイトウさんが入れたのだろう、藁や細く切った新聞紙などが詰め込まれていた。
 その影にちらりと見える、白くて四角いもの。
(「あった!」)
 そう声が出そうになるのを必死に堪え、何気ないふうを装って言った。
「へぇ、中は意外と居心地よさそう」
 そう言いながら、手紙の束を素早くポケットに滑り込ませる。
「サイトウさん、明日も見せてもらっていい?」
「ええ、何なら観察日記でも付けてみますかい?」
 庭師のサイトウさんは、そう言って不器用に片目を瞑って見せた。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 その封筒にはどれも、宛名も差出人の名も書かれていなかった。
 しかし封を開けるまでもなくわかる、それは藤忠があけびに充てたものだ。

 手紙はどれも一行か二行、一筆箋に書かれた簡素なものだった。

 ――あけび、食事は摂っているか
   ちゃんと寝ているか

 ――あけび、傍にいられなくてすまない

 ――お前はもう気付いているのだろう
   俺の姉が誰よりも権力に固執していることに
   彼女が俺を遠ざけたことに

 ――姉がお前を傷つけていないか心配だ
   あの人はお前とは真逆の、お姫様に憧れる普通の少女が其の侭成長したような人だから

 ――お前はヒーローを目指していたな
   格好良い侍になると何時も言っていた
   それを諦めるなよ

 娘を気遣う母のような文面もあれば、ひたすら謝り倒すだけの文面や、最初から最後まで心配しっぱなしの文面まで。
 ひとつひとつの手紙は短くても、その行間から彼の想いが手に取るように伝わってくる。
 あちこちに監視の目が光っているために返事を書くことは出来なかったが、それでも藤忠は毎日のように手紙を送ってくれた。


 毎日欠かさずに届けられる温かな手紙と、それを届けてくれる鳥の郵便配達を支えに、あけびの表情は僅かながらも日増しに明るさを取り戻していく。
 しかし、それを快く思わない者がいた。

 ――お前は温かな人の心を持っている
   俺の妹分がこんな事で挫ける筈はないな?

 そんな手紙が届いた次の朝。

 真っ赤な巣箱は地面に落ちて、粉々に砕けていた。
 ただ落ちただけでは、ここまで形がなくなることはないだろう。
 誰かが踏みつけたのだと思うと、あけびの全身に熱い怒りが満ちる。

 犯人は半開きになった木戸の影に立っていた。

「……近い内に必ず会いに行く……ですって」
 その人物はあけびの目の前で手紙を読み上げると、これ見よがしに破り捨てた。
「小娘が、なかなかしぶといと思ったら……こういうわけだったのね」
 地面に散らばった破片をご丁寧に踏み付けて、彼女――藤忠の姉はククッと喉を鳴らす。
「でも、あの子の手紙はもう二度と届かないわ」
 どういう意味だと無言のままに目で問い返したあけびに、彼女は言った。
「あの庭師には、消えてもらったから」
 あけびの指先がピクリと動く。
「私の邪魔をする者も、役に立たない者も、存在する価値はないわ。これ以上私に刃向かうなら、藤忠もいずれ……ね」
 あけびが黙っているのを服従と受け取ったのか、彼女は更に続ける。
「次期当主の座は、私の夫がいただくわ。そして、その後を継ぐのは私の子……あんたじゃない」
 それにしても往生際が悪いわね、あんたの父親――そう、彼女は続けた。
「さっさと死んでくれればすぐに決着が付くのに。そう言えば倒れたのは補佐役のふりして潜入した男が毒を盛ったせいだって言うじゃない? 困るのよねぇ、どうせやるなら一度で殺してくれなきゃ……」
 その瞬間、無表情だったあけびの貌に鬼人の相が現れる。
 父に対する暴言はもちろん、彼女の言う補佐役への言及も――それが誰のことなのか全く思い出せないけれど、決して赦してはならない。
 その思いが形になる前に、身体が動いていた。
 あけびは懐に隠し持った小刀を逆手に構え、彼女の喉元を正確に狙って斬り付ける。
「消えろ……この庭は貴様が立ち入って良い場所ではない」
 相手は素人も同然、し損じる可能性は微塵もなかった。
 しかし。
 肉とは明らかに異なる感触が、刃を通して右手に伝わってくる。
 受け止めたのは、金属質の何か――

「あけび、やめろ!」
 藤忠の声が耳朶を打つ。
 刃を止めたのは薙刀の柄だった。
「姫叔父!?」
 久々の再会、だが互いにそれを喜ぶ余裕はなかった。
「止めないで! こいつはサイトウさんを……っ」
「彼は無事だ!」
「えっ」
「大丈夫だ、庭師は俺が逃がした」
 それで少しは落ち着いたかに見えた、が。
「それだけじゃない、こいつはずっと姫叔父を傷付けてきた! 父上を馬鹿にして、あの人を……っ」
「あけび、お前は侍になりたいんじゃないのか? お前がなりたい侍はこんなことをするのか!?」
「……っ」
 違う。これは忍のやり方だ。
 藤忠の背後に目を据えたまま、あけびは静かに言った。
「姫叔父、私分かったんだ。私は生粋の忍なんだよ。この人を殺すのに何の躊躇もなかった」
 そこに人の心はない。
「私の人の心は、姫叔父と……誰かが持っていたんだ。誰なのかはわからないけど」
 しかし今、その半分が戻って来てしまった。
「これじゃ、もう……殺せない」
 あけびの手から小刀が転がり落ちた。
 その音で呪縛が解けたのか、姉が何かをわめき散らしながら転がるように逃げて行く。
 だが、藤忠は追わなかった。
 そんなものよりも、遙かに大切な存在が目の前にいるから。
 目の前で、ぽろぽろと涙を零しているから。

「ねえ、姫叔父」
 流れる涙を拭おうともせずに、あけびは言った。
「……誰かに、笑っていろって言われたから……姫叔父がいてくれるから……だから、私は人らしくありたい」
 でも、このままこの家にいたら、どんどん人ではないものになってしまいそうな気がする。
「私はサムライになりたいのに」
「俺がなんとかする」
 藤忠は咄嗟にそう答えていた。
 なんとか出来る立場ではないのはもちろん、傍流の更に末端にいる若造では進言さえ許されないかもしれない。
 それでも、かけあってみる価値はある。
 この家にも真っ当な良識を持った大人がいると信じて――


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 その後、あけびは現当主である祖父から久遠ヶ原学園へ行くようにとの指示を受けることとなった。
 その意思決定に、藤忠の意見がどれほど反映されたのか、それは知る由もない。

 ただ、後に大学を卒業した藤忠は、あけびの護衛役として学園に編入することを命じられる。
「金を貯めたら追いかけようと考えていたんだが……久遠ヶ原学園は学費が無料なのか」
 しかも依頼を受ければ生活費くらいは楽に稼げると言うではないか。
「もしかして、貯金は必要なかったのか?」
 それをもっと早く知っていれば、すぐにでもあけびを追いかけたのに!
 一生の不覚!

「でも、それはそれで良かったんだと思うよ」
 学園で再会を果たしたあけびが笑った。
「しばらく一人で頑張ってきて、色んな経験をしたし、友達も大勢出来たし……ねえ、私一回り大きくなったと思わない?」
「ああ、確かに身長は伸びたな」
「そういう意味じゃない!」
 そう言って笑いながら怒るあけびの顔を見ると、確かにこれで良かったのだろうと思う。
 兄貴分としては、妹の成長が少し寂しい気もするけれど。

「俺はずっと、お前達が羨ましかったんだ」
 今では堂々と、仙寿のことも話題に出来る。
「お前と仙寿は、いつも仲の良い兄妹のようで……」
 自分と姉はそうなれなかったから。
「だがお前は……お前たちは、俺を家族に入れてくれた」

 取り返そう、あの馬鹿を。
 そして今度こそ、必ず守り抜く。
「お前も、仙寿も、俺が守る」
「なに言ってるの、姫叔父は私が守るんだからね! もちろん仙寿様も!」
 いつもの会話、安心の会話。

 今頃、仙寿は天界のどこかで盛大にくしゃみをしているに違いない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢16歳/ヒーロー】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢22歳/英雄】

【NPC/日暮 仙寿之介/男性/外見年齢?歳/ヒロイン】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

最後どうしてこうなった。

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2017年02月28日

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