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『月の雫、水面に映るもの 』
不破 雫ja1894)&不破 十六夜jb6122


 過去。記憶の深淵に眠るもの。
 己が手で取り戻したにもかかわらず、少女はそれに蓋をする。
 こだわればこそ、触れられない。

 過去が無くとも現在を生きてゆくことはできる。
 けれど、過去の連なりこそが現在に繋がっているという矛盾。
 現在は一瞬にして過去へと流れてゆき、未来を手繰り寄せている。




 生き別れた双子の姉・雫との再会を果たした不破 十六夜であるが、関係は上手く行っているとは言い難い。
 記憶を失ったままの雫は、記憶を奪い取った天使を撃破したというのに取り戻すことを拒否したのだ。
(……あの時の、お姉ちゃん)
 十六夜は見るだけで立ちすくんでしまうような高位天使を相手に、たった一人で倒してしまった。
 双子なのに。
 離れていた年月の間に積み重ねたものの違いは、こんなにも大きかったのか。
(ボクが弱っちいから頼りにしてもらえないのかな。もっと、強かったら)
 幼い頃から、姉には剣技の才能があった。だから実家を継ぐのは姉であると十六夜は漠然と信じていた。
 でも、そうじゃない。そこではない。
 姉が強いから、自分は何もしなくていいわけではない。
 彼女の隣に居るには。必要とされるには。支えるには。

「不破さん、最近よく一緒に依頼へ参加するね」
「ボクね……強くなりたいんだ。もっともっと」
 街中へ出没したサーバントの討伐依頼を終えた帰り道。
 よく顔を合わせる同行メンバーに話しかけられ、十六夜は照れくさそうに笑った。
 補佐や助力といった立ち回りを好む十六夜が、積極的に戦いの場へ身を投じるようになったのは天使ウルドを雫が討伐したことがきっかけ。
 誰も頼ろうとしなかった姉の姿が、十六夜の胸を刺した。
(変わらなきゃ。ボクも強くならなきゃ)
 何かに憑りつかれたかのように、戦闘依頼ばかり受けている。
 恐いと思う、そのことへ向き合わねばと、追い立てられるように。

 ――それにしても、バスが遅いなぁ。
 メンバーの誰かが呟いた。
 依頼の現場までは転移装置だが、帰りは公共交通機関を利用することが多い。
 今回は離れた街だったため、乗り継ぎに乗り継ぎを重ね、辺鄙なところで次のバスを待っていたの、だが。




 久遠ヶ原学園。斡旋所。
「はい、確かに報告書を受理いたしました。お疲れ様です」
「よろしくお願いします。……また緊急依頼ですか?」
 普段通り依頼を終えた雫が報告書を提出しに訪れると、何やら騒がしい。
 一人のオペレーターが、通信先と学園とのやり取りに追われている。
「依頼を終えたグループが、帰還途中に高位天使の襲撃を受けたそうで」
 雫の書類を受け取った斡旋所職員が、声を低くした。
「でも、今は学園も各方面に人手が割かれているでしょう。事態の把握や人員招集に手間取っているみたいなんです」
「高位天使……ですか」

 ――不破 十六夜

 通信の合間に聞こえてきた妹の名に、雫は目を見開いた。




「バイト代の有効活用、ありがとうございます」
「……よろしくお願いします」
 十六夜の救出依頼と聞くや雫は引き受けると同時に連絡のつく友人たちを片っ端から当たり、縁のあるフリーランス・筧 鷹政にも協力を要請した。
 以前、彼の事務所の整理を手伝った時に交わした約束は、一回パスしたものの未だ有効だったようだ。

 雫が学園で培った絆は強い。
 彼女の呼びかけへ、直ぐに数名の仲間が応じてくれた。
「……高位天使を相手に一人で残るなんて……何を考えているのでしょうか」
「こないだの雫さんに至っては、一人で高位天使に戦いを挑んだし。姉妹だよn 痛い!」
 転移装置を抜け、現場へ向かう途中。鷹政が衝撃の事実を暴露すると裏太腿に蹴りが入った。
「高位天使……」
「一人!?」
「どうして声をかけてくれなかったんだ」
「……えーと」
 友人たちに詰め寄られ、雫は目を泳がせる。
「でも、失敗した時の保険にって学園にも時間差で依頼だしてたよね。撃破後に取り下げの連絡してたの聞こe」
「「…………」」
「なっ、なんですか、その目は!!」
 今度は完全に足払いを掛けて鷹政を転倒させつつ、周囲の目に耐えきれなくなった雫は終ぞポーカーフェイスを保てなくなった。


 依頼発生から一時間と経過していない。
 向かう先から、息せき切らせて駆けてくる若者の姿がある。十六夜と同行していたメンバーだろう。
「す、すみません……僕たちの不注意で」
「十六夜は」
「敵は精神攻撃を使ってきます。サーバントは引き連れていません」
 雫の問いに、若き撃退士は途切れ途切れに必要な情報を伝えた。
 そして、最後に。
「どういうことかわからないんですが……相手は、十六夜さんを知ってるみたいなんです」




 日が傾き始める。夕暮れには、まだ刻がある。
 銀糸の髪をふわりと広げ、蒼い瞳の天使は歌っていた。
 何処の国の言葉かわからない歌声は、しかし聞く者の心を揺さぶる。脳へ訴えかける。
(これは――)
 いくつもの映像が雫の脳裏をよぎる。責め立てるような、辛いものばかりだ。
「その手には乗りません」
 凛として、少女は顔を上げた。肩を並べる友たちも同じく。

「……十六夜!!」

 張りのある声で、妹の名を呼ぶ。
 かろうじて立ち続けている彼女の足はガクガクと震えていた。目はうつろで、対峙する相手を捉えていない。
「お、ねえ、ちゃん……?」
「筧さん。十六夜を頼みます」
「わかった。今日なら大丈夫だね」
「いつだって私は大丈夫です」
 友を頼る冷静さがある。そのことを指した鷹政へ背中で応え、雫は愛用の大剣を顕現した。


「これはまた、多くの撃退士が来たのう。この中に、わらわが求める者は居るかの」
 純白の衣には、見覚えがある。
 撃退士を探している――その言葉に、雫はある予感を抱いた。十六夜を知っているという理由も。
「なにも、人の子を取って食いに来たではないよ。撃退士を滅しに来たではないよ。わらわは大切な姉上の仇を討ちたいのじゃ」
「仇か何か知りませんが、人界において仇なす者は等しく敵と見做します」
 一騎駆け。雫は臆することなく突出し、最初の一手を敵に見舞う。
 それを皮きりに、仲間たちも遠近それぞれの射程から攻撃を開始した。
「おぬし」
 月の軌跡を描きながら剣を振るう雫の姿に、天使は目を細めた。
「おぬしが、ウルド姉上を屠ったのじゃな?」
「あなたはウルドの妹だと……」
「名はヴェルダンディー。……記憶は取り戻せたかえ?」
「……」
「無理じゃろう。アレは、われら三姉妹で分かち合っておるゆえ」
「……三姉妹?」
「姉上を屠りに、一人で向かったのじゃな。それは勇気ではなく、恐れからじゃ。そなたと同じ境遇の者を増やさない為。……親しい人を喪うのが怖いのじゃな?」
「…………」
 四方からの攻撃を長い衣で往なしながら、ヴェルダンディーは優雅に笑む。
 雫の『現在』の心情を読み上げ、弱いところを照らし、揺さぶりを掛ける――が。
「それがどうかしましたか。結果としてウルドは撃破されました。それだけです」
 こういった手合いとの戦いは、初めてではない。
 雫の心が揺れることは無かった。
「可愛げのない……」
 天使は柳眉を寄せ、周囲へと目をやる。
 雫の戦友たちもまた、数多の戦場を越えてきている。
 ――隙が無い。
 銃。魔法。刃。あらゆる攻撃が、じわじわと天使を追いつめる。

「……知っておる。『弱点』は此処、じゃろう?」

 ふわり、天使が高度を上げた。そこからの滑空。現在を司る天使・ヴェルダンディーが狙うは――
「そこな一人、戦力の欠片にすらなれない少女よ。わらわの言うた通りであろう。そなたは弱い。そなたは独りじゃ。血を分けあった姉と釣り合う能力を、到底もっておらぬ」
 鷹政に肩を支えられ、止まらない嗚咽に苦しんでいる少女。十六夜。
 弱り切った柔らかな心へ、今ひとたびの刃が差し入れられる。

「それ以上は許しません」

 両目に大粒の涙を浮かべ、顔を上げた十六夜。間近に迫る天使と、その背後に――怒りによって表情の消えた、姉の姿。




 怖い夢を見ていた。
 夢じゃない、全ては現実だ。
 自分は弱い。
 姉は強い。
 弱い自分は両親に愛されて育ち、
 強い姉は独りが故により強くならねばならなかった。
 孤独を抱え剣を振るう姉に、己が肩を並べる日はきっと来ない。
 姉の孤独を癒すことなんてできるのだろうか。
 もしかしたら、姉は自分の顔すら見たくないのでは。
 ねぇ、だって。

 仲間たちより余力があるからと殿を引き受けたけれど、本当は怖くて仕方が無かったでしょう?




 全てから解放された十六夜は、声を上げて泣いた。泣くことを恥じながら、それでも泣かずにはいられなかった。
 怖い。悔しい。苦しい。あらゆる感情がないまぜになって、出口を求める。
 その声を背にしながら、雫は思いがけないところで手にした二つ目の『光球』を小箱に納めた。
「でもまあ、よかったよ……。今日は大勢で。十六夜さん、見て。みんな、雫さんの友達だ。君の窮地を知って、集まってくれた」
 十六夜の肩を支えながら、鷹政は撃退士たちを紹介する。
「前回はねぇ、雫さんがピンチだと思って俺と十六夜さんとで駆けつけたんだけど、返った言葉が『一人で倒せましたし』だったしね」
 実際、ほとんど一人で倒したんだけどさ。
 雫らしい、と周囲に苦い笑いが起こる。
「でもね、十六夜さん」
 今度は妹へと、鷹政が向き直る。
「今回の情報を知ってからの雫さん……凡ミスの嵐だったんだよ。よっぽど心配だったと見える」
 ジャケットの胸ポケットから取り出したスマホには、メールの受信文。

 ――いざ良い、旧知。支給応援求む
 
 この誤変換は辛い。
 同様のメールが、微妙に誤字箇所を変えながらメンバー分届いていたなんてそんなまさか。
「ここへ来るにもさ、転移装置の到着誤差の方向をまちがえt 痛い!!」
「言わせませんよ」
 いたたまれなくなった雫は、闘気解放から渾身の蹴りを鷹政の脛に撃ちこんだ。
「折れた!! ねえ、今の完全にイッたんですけど!! しずk」
 おまけにもう一発みぞおちに入れて黙らせる。
「十六夜、……立てますか?」
 赤くなった顔は見られたくなくて、そっぽを向きながら。雫は、十六夜へ手を差し伸べた。
「……おねえちゃん」
「今日は、無理をしないで。……一緒に帰りましょう」
「いっしょに……?」
「はい」
 ……夢じゃない?
 差し出された手に、十六夜の手が重なる。……暖かい。
「お姉ちゃん!!」
 小さな背中に、十六夜はぴたりと抱きついた。
 互いの傷を癒すように、姉妹のアウルが混ざり合う。


 強いとか、弱いとか。
 そんなことは理由じゃない。条件じゃない。
 大切に思うこと。
 隣に居たいと願うこと。
 
 『今』、はっきりとわかるのはそれだけ。それだけで充分。



 気が付けば空には月が昇り始め、最終バスが一行を迎えに来ようとしていた。




【月の雫、水面に映るもの 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1894 /   雫   / 女 / 11歳 / 姉 】
【jb6122 /不破 十六夜/ 女 / 11歳 / 妹 】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 32歳 / フリーランス 】
【ゲストNPC/ヴェルダンディー/ 現在を司る天使 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
記憶を巡る物語『月の雫』ヴェルダンディー編、お届けいたします。
変化は少しずつ、少しずつ。お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
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2017年02月22日

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