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『最後の日は、最初の日 』
三ッ也 槻右aa1163)&皆月 若葉aa0778)&ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001)&荒木 拓海aa1049)&メリッサ インガルズaa1049hero001)&酉島 野乃aa1163hero001)&隠鬼 千aa1163hero002)&迫間 央aa1445)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001

●ある少年の喪失
 少しだけ昔、あるところに、とても幸せな3人家族がいた。お父さんとお母さん。そして彼らから優しさを受け継いだ少年。
 ある日、少年は一人ぼっちになった。温かい血のかよった足も、なくなった。
 新しい足を活かそうと思えるようになった頃、彼には新しい家族ができた。ともに戦いに赴く、頼れる英雄。その後大きくて愛くるしい家族が増えて、妹のような英雄が来た。
 2016年12月31日。今日またふたり家族が増える。両親を亡くしてからも住み続けた一軒家。賑やかになっていく度、彼は思う。――満たされるって、こういう事なんだ。

●今いる場所
 自宅のチャイムが鳴り、三ッ也 槻右(aa1163)は現実へと思考を戻す。
「拓海とリサ殿には常、世話になっておるが一緒に暮らす事になるとはの」
 酉島 野乃(aa1163hero001)が歩きながらにやりと口角を上げ、槻右を見上げる。
「二人が来るって聞いた時、驚きました」
 隠鬼 千(aa1163hero002)も反対側から視線を送る。
「家族に迎えてもらった側でしたが迎える側……というのも嬉しいものですね」
 扉を開けると、立っていたのは白い息を吐く皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)だった。
「すごい立派な家だね。お邪魔します!」
 もう一匹、少し遅れて彼らをお出迎えしたのは愛犬の夜波だ。
「うわ、かわいい!」
 若葉はその場にしゃがむとそっと手を差し出す。匂いを嗅いだ夜波の警戒が解けるのを待ってから、若葉はふわふわの毛が生えた首周りを撫でた。
「いい子だなー!」
「若葉、通り道で屈みこむな」
 ラドシアスは提げていたビニール袋を家主たちに差し出す。
「引っ越し祝いだ」
 色とりどりのアイスの詰め合わせに野乃の目が輝いた。
「おお! すまんの、ラドシアス殿!」
「鍋の後のアイスは欠かせないからね!」
「とこいつが言うもんだからな」
 ラドシアスは仏頂面で言うが、仕事でしか会ったことのない友人たちの日常を感じて悪い気はしていないようだ。
「溶けないうちにしまって来るね。野乃、案内をよろしく」
「任せておけ。こっちじゃ」
 居間に集まり段取りを話し合っていると、再びチャイムが鳴った。
「いらっしゃい。忙しいのにごめんね」
「忙しいのはお互い様だろ。前回のお返しも兼ねて、今日は思う存分こき使ってくれ」
 マフラーを外しながら、迫間 央(aa1445)が笑う。千が礼儀正しく挨拶する。
「ようこそいらっしゃいました。狭いですけど、上がって下さい! お姉ちゃんから、もうすぐ着くと電話がありましたから」
「ありがとう、千ちゃん」
 マイヤ サーア(aa1445hero001)はいつものドレス姿で悠然と立っていた。ここに着いてから幻想蝶から出て来たのだろう。
「あら、思いの外早かったわね」
 そう言うと、マイヤは後ろを振り返った。荒木 拓海(aa1049)の運転する軽トラが到着したのだ。助手席からはメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が現れる。
「お待たせ、槻右。央とマイヤさんはいらっしゃい」
 拓海は央の持つ袋に目を落とす。
「地産地消は社会が推進してるからね。地元でこういう野菜が採れるのを知っておくのも悪くない」
 地場産の野菜が彼からの差し入れだった。
「立派な白菜だね! ネギもみずみずしいし」
 拓海は目を輝かせる。
「助かるよ。なんたって今日は……ね?」
 彼はいたずらっぽい視線を槻右に向けた。マイヤが怪訝そうに「今日は?」と問う。答えたのは槻右だった。
「パーティだからね。その前に一仕事、よろしくお願いします!」
 槻右は拓海と似たような表情で皆を促すと、央から受け取った野菜を台所へと運ぶ。
「もう、子供みたい」
 最後尾のリサは呆れたように笑い、彼らの様子を見守っていた。

●始まりの準備
「お待たせ。えーと、こっちでいいか?」
 荷物を持った拓海がリサと千の部屋に入室する。
「ええ、そこに置きたいんだけど入るかしら?」
「わぁ……! 拓海、力持ちです」
 千が目をぱちくりさせて驚く。拓海は何だか嬉しくなってしまった。千を見つめるリサの瞳は優しく、すっかりお姉さんと言う雰囲気だ。
 槻右と野乃、央とマイヤは外に出たところだ。
「……直接手伝えなくてごめんなさいね」
「ドレス姿のマイヤに荷運びさせる訳にもいかんからな」
 央とマイヤは共鳴して作業をすると事前に聞いていた。槻右は首を横に振る。
「気にしないで。僕たちもそのつもりだしね」
「槻右……力ないしの……」
 野乃はやれやれ、と言った調子で言う。微笑むマイヤの姿が消えたのを見届けて、槻右と野乃も共鳴した。
「まずは拓海の部屋だよ。気をつけて、せーの!」
 慎重な歩み。ベッドを持った状態では歩き慣れた廊下も狭く感じる。
「ここ、段差があるから気を付けてね」
 央に声をかけたそのとき。
「あっ! 主……!」
 千の声が警告を促したときにはもう手遅れ。
「主……ちょっと壁がへこみました」
 槻右の足元に膝をついた千が言った。
(この、あほう……)
「ごめん、後で直すから……」
 落ち込む槻右だが、この状態では文字通りに肩を落とすこともままならない。央を先導しながらとにかく室内へ。
「位置は拓海に確認済みだ。気をつけて降ろしてくれ」
 ラドシアスが置いた傷防止のフェルトの上にベッドを下ろし、ようやく一息つくことができた。
「はは、やっちゃったな」
 入口から聞こえたのは拓海の声だ。あまりに朗らかに言うので、槻右はすねたような表情になる。
「拓海……」
「まぁまぁ。俺、直したりとかは得意だから任せとけって」
 なぜかその言葉がすっと胸に染み入っていく。英雄たちのことは頼りにしているけれど、彼らはこの世界に慣れない部分も多い。知らず気を張っていたのだろう。
「うん……ありがとう、拓海」
「大げさだなぁ。当たり前だろう……家族、なんだからさ」
 央は短く息を吐く。
「ほらほら、感動のフィナーレには早いぞ。次は何を運べばいいんだ?」
「俺たちもフェルトの準備が終わったから、運ぶの手伝えますよ」
 からかう央の言葉と善意に満ちた若葉の申し出。何故だかどちらも照れくささを増幅させるようでふたりは苦笑した。
「それ、こっちに!」
 槻右は、ラドシアスと共に本棚を運ぶ若葉の背に呼びかける。
「はーい!」
 首だけで振り返り返事をする若葉を、今度はラドシアスが呼んだ。
「若葉……それ以上、持ち上げるな」
「え……あっ!」
 幸い、不穏な音も嫌な感触も感じることは無かった。
「……ぎりセーフ?」
「らしいな」
 無表情に言う相棒の顔を見返しつつ、若葉はほっと息を吐いた。
「お姉ちゃん、荷物ここ入るよ」
「ありがとう。どこに入れようか迷ってたの」
 収納スペースの差からどうしても収まらなかった荷物。千が自分のスペースを開け、入れさせてくれる。
「お邪魔しちゃって悪いわね、千ちゃん」
 その言葉が、千の部屋へと転がり込んだことを謝っているように聞こえたのかもしれない。
「いいえ、邪魔なんてとんでもないです……!」
 予想外の反論。リサは首を傾げる。
「大好きな人と何かを分け合うって嬉しいです。その人ともっと仲良くなれる気がしませんか?」
 千はふわりと笑う。
「そうね。私もそう思うわ」
 リサは改めて言う。
「これからよろしくね、千ちゃん」
「はい、お姉ちゃん!」
 真新しいカーテンが揺れる。以前、千とショッピングモールで買ったものだ。カーペットや小物も二人で話し合って選んだ。新しい生活を象徴するような景色――。この部屋の風景は、きっとリサだけでも千だけでも生み出すことができなかった。
(これで良かったのね)
 千の頭を撫でながら、リサは幸せな気持ちに浸っていた。
「斬るだけなら変な失敗しなくなった……と、思うの」
 それがマイヤの声だと理解するのに1秒、彼女の意図を察するのにさらに1秒。央が返事をしようと口を開いた時には、槻右と野乃がはしゃいだ様子でマイヤを囲んでいた。
「マイヤ、エプロンなら持ってきたよ」
「じゃあ、それを借りるわね」
 かつて悲しみに沈んでいた彼女を知る央だからこそ、そのタイムラグは起こった。――マイヤが『自ら』料理をしたいと申し出たのだ。彼がその感情の揺れを表に出すことは無かったが、心は確かに震えていた。
「央、この野菜はどうしたらいいのかしら?」
 マイヤが白菜を両手で持ち上げて尋ねる。
「まず俺が洗うから、これくらいの幅に切ってくれる?」
 央が大きさを指で示すと、マイヤは不思議そうに言う。
「そんなに大きくていいの?」
「うん、柔らかくなるし縮むから」
 刃物の扱いは流石のもので、材料は綺麗に切られていく。トントンと軽やかな音が響くのを音楽のように感じ始めたころ、たったひとつ鈍い音が混入した。
「……ごめんなさい」
 大根を道連れに、まな板が真っ二つになっていた。
「やりすぎ」
 央は苦笑する。彼が取り出したのは予備のまな板だ。
「さすが、用意がいいね」
 槻右が微笑む。今度はマイヤが出遅れる番だった。
「央……そんなものまで、どうして?」
「マイヤが言わなかったら、俺から誘うつもりだったから」
 彼女は少しだけ眉を下げて、おかしそうに笑う。
「こらー! つまみ食い禁止!」
 隣では槻右が抗議の声を上げている。しかし野乃に怯む様子はない。
「一口くらい良いではないか」
「はんぺんは味が浸みてからの方が美味しいよ? 魚介のうまみがたっぷり染み込んだ醤油ベースのスープがじゅわーっと……」
 野乃はごくりとつばを飲み込む。
「仕方ないのぅ……ではプリンでも食べながら待つとするか」
「ご飯のまえにおやつ食べないでよ〜」
 マイヤはまた笑っている。今度は央も吹き出した。
「寄せ鍋にはんぺんは珍しいね」
「テレビでやってて、おいしそうだなと思って」
「三ツ也さんもお料理が好きなのね」
「あまり難しいものは作れないけど、好きな方かな?」
 料理談議に花を咲かせながら、作業を進める。
「みんなー、そろそろできるよー!」
 それからしばらく。槻右の声が別の部屋に散らばっていた者たちを呼ぶ。作業をするうち、拓海の部屋で雑談に興じていた若葉は、フットワーク軽く飛び出していく。
「俺も手伝うよー!」
「食器を並べるくらいだろう。そんなに手がいるか?」
 そう言いつつもラドシアスはゆっくりと立ち上がり、後をついていく。続こうとした拓海はふと自室を振り返る。
(ここが俺の部屋。ここが俺の家なんだ)
 彼の荷物は少なかった。まだ空白の多い部屋を見て改めて実感する。本当は一人でも運べるくらいの量だった。けれど、こんな思いが胸をよぎったのだ。――誰かに祝って欲しい。
 浮かんだのは気を許せる友たちの顔。連絡をしてみると、彼らは年末の忙しい時期に喜んで手伝いに来てくれた。
「拓海ー? 先に食べちゃうよー?」
 相棒の声がする。
(助けたい。役立ちたい。守りたい)
 多くの関わりが予想もしなかった新たな縁を生んで、この出会いは生まれた。
(ささやかな感情を共有したい)
「待ってよ、槻右! 今行くって!」
 この家が今日から拓海の帰る場所だ。

●今夜は熱々パーティ
「皆本当にありがとう! 具材は沢山買っておいたから、沢山食べて!」
 槻右が鍋を指し示す。皆、口々に「はーい」だの「待ってました」だのと返事をする。
「こっちが寄せ鍋で、あっちが央作の水炊きだよ。というわけでシェフ、説明を」
 槻右の思い付きに、央は涼しい顔で乗っかる。
「本日は鶏肉と旬の白菜をメインとした関西風に致しました。ポン酢をつけてお召し上がりください。素材はスー・シェフのマイヤが最適なカッティングを施しております。……というか俺がシェフなら、槻右は何者なんだ?」
「なんだろう? オーナー?」
 拓海が盛大に噴き出した。マイヤは不思議そうに央たちの様子を見ていたが、結局、否定も肯定もせずに微笑んでいる。
「マイヤさんまで巻き込んできたわね」
 リサもツボに入ったらしくしばらく笑い続け、マイヤに背をさすられていた。その隣に居た千はふと首を傾げ、反対側の隣に陣取る野乃に問う。
「兄も調理場にいたのでは?」
「それがしは食べ専じゃ」
 野乃はいたずらっぽく笑った後、気を取り直して言う。
「槻右・千共々、皆には感謝でいっぱいだの。楽しんで言ってくれると嬉しいぞ」
 リサは頷いて、おたまを手に取る。
「私は寄せ鍋を取り分けるわね」
 鍋は豚肉や魚介、豆腐などがみっちりとつまって溢れ出しそうだ。ネギや春菊などの野菜は適度にしんなりとして、よい具合に味が浸みていることだろう。
「お姉ちゃん手伝います。私は水炊きの方を取り分けますね」
 千は慣れない手つきながら丁寧に仕事を進めていく。鍋深くに到達したとき、お玉に載った物に彼女は驚く。
「……お湯の中に黒い板が……」
「それは昆布よ」
 リサが答える。
「……食べ物、ですか?」
「そうね。これ自体にはあまり味はないんだけど、他の素材の美味しさが引き出されるのよ」
「そうなんですか? 縁の下の力持ちですね」
 まるで昆布を褒めてあげているような千が可愛らしい。
「あれ? もしかして、皆の食器ってお揃い?」
 それを見ていた若葉が彼らと自分の皿の違いに気づいた。槻右、野乃、千、拓海、リサ。彼らはそれぞれ色違いで同デザインの皿を持っていた。
「シャンゴリラに行ったときにお揃いで買ったのよ」
「なるほど。箸と箸置きも同じ色だな」
 ラドシアスも発見する。嬉しそうに顔を見合せるリサと千はますます姉妹っぽい。
「いただきまーす!」
 若葉はさっそく寄せ鍋に舌鼓を打つ。
「ん〜っ! 美味しい〜!」
 タラが口の中でほろほろとほどける。×印に包丁を入れた椎茸や油揚げもいぶし銀の味わいだ。
「冬はやっぱ鍋だね」
 思わず声に出すと、千がこくこくと頷いてくれた。
「とってもあたたまりますね。……あの具材は何でしょう?」
 千が寄せ鍋をじっと見つめる。リサと共に具材の解説をすると、千は物珍しそうに質問を返した。
「そんなに楽しそうに聞かれると、教え甲斐があると言うものだな」
 ラドシアスが言うと若葉が「そうだね」と頷いた。
「楽しい? はい、楽しいです。こんな日が、これからいっぱい来るなんて贅沢ですね」
 素直に喜びを表現する千に、彼らもリサも自然と顔がほころぶ。
「皆月殿、ジュースで乾杯だの!」
「ありがとう、野乃」
「もちろん酒もあるぞ、ラドシアス殿」
 野乃は飲み物を持って回り、客人たちをもてなす。ラドシアスも空になった央のコップに気づいて、酒を注いだ。
「ありがとう。俺からも……ああ、空だ」
 央からラドシアスへの酌が中断してしまったようだ。
「座ってて。俺が行くよ」
 槻右が申し出る。彼らと一緒に酒を干していた拓海は、ふと思い出した。
「槻右ー、お祝い用に一升瓶買ってきたんだ。台所に置いてあるんだけど」
 この日のために、少し奮発して買ったものだ。
「せっかくだからそれにしようか。紙袋に入ってるやつ?」
「それそれ」
 こちらのふたりも、早くも家族らしい雰囲気を醸し出している。
「あ、厚切ポテチあるよ。央、食べる?」
「シメが終わって、余裕があったらね」
「そうだね。了解」
 槻右は栓抜きを持って居間に戻った。
「……鍋、旨いな。迫間は料理が得意なのか?」
 ラドシアスと央が話し始めるのを見て、槻右はマイヤの隣に膝をつく。
「マイヤさんはお酒いかが?」
「そうね。少しだけいただこうかしら」
 若葉の元へは夜波がやって来る。
「すっかり懐いたね、皆月さん」
「俺の事は呼び捨てでいいよ?」
「それがしもか?」
「もちろん!」
 若葉は他の皆にも同じように声をかける。方々から「若葉」と声をかけられて少し照れくさそうだ。
「わっかばー!」
「拓海さんはもともと呼び捨てでしょ?」
「えー? ずるいぞ槻右―?」
 酔いのせいか拓海はテンションが高い。槻右は慣れた調子であしらって、若葉との会話を再開する。
「若葉は犬好きなの?」
「うん、家で3匹飼ってるんだ」
 若葉は犬たちと出会った経緯について話し始める。槻右たちはそれを興味深そうに聞く。もちろん夜波も一緒だ。二人の間に伏せて、熱心に拝聴しているらしい。
「賑やかだの……」
 来た当初はふたりきりだったこの家。今は――。
「うむ、良い雰囲気じゃ」
 他の者と話す間も、常にマイヤを視界に捉え気遣っていた央だが、どうやら心配はなかったようだ。槻右や野乃が次々と訪れ、今はリサと千の元に引き込まれている。野乃もそちらへ移動するようだ。
「お酒足りてますか?」
 千が控えめに問う。
「ありがとう。次があるから、もう一口だけもらうわね」
 マイヤは優しく答えた。表情から察するに、千にも好印象を持っているようだ。
「次の仕事か。精が出るの。場所はどこなのじゃ?」
「ロシアのノリリスクよ。野乃ちゃん達にはお土産が必要かしら」
「土産! ロシアはどのような菓子が有名であろうか?!」
 鶏のダシが出た水炊きは卵を割ったおじや、しょうゆベースの寄せ鍋はラーメンでしめる。
「幸せ……けどお腹いっぱい……」
 槻右が言うと、野乃はもう一度お玉を手に取る。
「ぬ……勿体ない」
「すごいな。けっこう食べてたよね、野乃?」
「今に槻右の背丈を追い抜くかもしれぬの?」
 英雄という存在には謎が多い。もしもそんな日が来るとしたら、嬉しいような悔しいような。
「そういえば年越しラーメンって初めてかも」
 若葉の言葉に英雄たちの一部が首を傾げた。
「ラドには話したことあったっけ? 一年の終わりに来年の健康とか長寿とかを願って、そばを食べる風習があるんだ」
「ああ、年越しそばとかいうやつか。ラーメンでは問題があるのか?」
 ラドシアスが問うと、若葉は答える。
「長いって言うのがミソなんだから、俺はアリだと思うけど」
 異議を唱えるものは居なかった。
「年越しそば兼、引っ越しそばってことになるのかな」
 央が言う。拓海がラーメンをすすって笑った。
「うん、両方でいいんじゃない。ダブルでめでたいし!」
「ふふ、いいかもね。わたしもラーメン頂こうかしら」
 リサも楽しげにラーメンに手を伸ばす。なんだかんだと言いながらも、どちらの鍋も綺麗に空になりそうだ。
「お鍋美味であったの!」
「ええ、またやりたいわね」
 野乃とリサが微笑み合う。何故か小声だ。理由はすぐにわかった。千がうとうととマイヤの腕にもたれている。マイヤに視線で謝ると、どこか嬉しそうな表情で首を振られた。
「とりあえず流しに運びますね。ほら、ラドも」
 若葉とラドシアスか食器を集め、央は空になった鍋を水に浸している。
「悪いな。後は俺たちでやるから、置いておいてくれ」
 拓海が申し出る。そろそろ時間も遅い。彼らは住人の言葉に甘えることにした。

●暮れ行く年とさよならと
「良いお年を!」
 若葉が元気よく挨拶する。ラドシアスもそれに倣った。
「良いお年を」
 来年もこの日常が続くことを彼は密かに願う。
「ありがとう。今日は来てくれて嬉しかった。気をつけて帰れよ」
 拓海が言う。若葉とラドシアスは、まっすぐ家族の元へと帰るようだ。
「俺達はこの後仕事だけど、皆、良いお年を」
 玄関に立つ皆に向けて微笑んだ央は、去り際、槻右の耳元に顔を寄せる。
「仲良すぎて、リサさんの嫉妬を買わないように気をつけて」
 他の者に勘ぐられる前に背を向けると、一拍遅れて「気を付けるよ」と苦笑交じりの声がした。
「私はここで」
「気を付けてね、マイヤさん」
 マイヤはリサの表情に微妙な変化を感じたが、口に出すことは無かった。吹っ切れたような表情とでもいえば良いだろうか。リサと野乃、まだ少し眠そうな千に手を振り返し、マイヤの姿は幻想蝶へと消えた。
「楽しかったー!」
 若葉は冷たい空気の中で伸びをする。
「そうだな。良い集まりだった」
 素直に頷くラドシアスに若葉は目を丸くするが、暗さのせいで彼に気づかれることは無かった。
「新生活、うまくいくといいよね」
 若葉が続けると、央が答える。
「そうだね。まぁ、あの様子なら心配するまでもないかな?」
「確かに!」
 別れ際、央は穏やかな表情で言う。
「若葉さんラドシアスさんも良いお年を」
 決して気を抜いているのではない。必ず依頼を無事に成功させ、帰ってこられるという自負があるのだろう。大いに根拠ある自信であることは、若葉たちもよく知っている。
「そちらもな」
「うん。また来年」
 だからラドシアスも若葉も能天気すぎるくらいの声で言うのだ。
「……来年も沢山思い出作れるといいね、ラド」
 ふたりになった帰り道。目で星座をなぞるように星空を眺めて呟くと、やはり素直な肯定が返って来た。
「楽しかったね」
 水音に紛れて槻右がしみじみ言うと、食器を手にやってきた野乃が頷く。
「これはどこにしまえば良いのじゃ?」
「それは棚の一番上」
「く……届かんぞ。拓海、出番じゃ」
 拓海は二つ返事で了承するが。
「……って、何故それがしを持ち上げておる?」
「届かないって聞こえたから」
「拓海が置いてくれればそれでよかったのじゃ……」
 呆れる野乃と笑う拓海。一足先に手が空いたリサは千と共に自室に戻る。外出のために着替えるのだ。
「お姉ちゃん、髪が浮き上がってます」
 千が思わずといった様子で笑う。犯人はあたたかなスヌードだ。
「ふふ、千ちゃんも静電気」
 毛糸のマフラーのせいで、千の頬に張り付く髪をはらう。
(私、世話好きなのね……)
 玄関に向かうと、3人もちょうどコートに着替え終わったところだった。静電気ネタは鉄板のようで野乃と千がじゃれ合っている。リサは拓海の隣に並び、そっと告げる。
「拓海のお世話はもうしない。千ちゃんのお世話するわ」
「え? リサ?」
 焦る拓海。1歩踏み出しただけのリサの背中が妙に遠く思えた。酔いのせいだろうか。
「リサ……?」
 もう一度呟く拓海を振り返ると、リサは無言で微笑んだ。凛とした、美しい笑顔だった。

●願いをこめる鐘の音
 寒空の下、5人は揃って出かける。今日は一年の終わりの日。そして、新しい家族にとっての始まりの日でもあった。
「冷え込んできたね」
 黒い背景に、槻右が白い息で絵を描く。
「そうだな」
 拓海が短く答えると、白い抽象画がもう一つ生まれて消えた。寒さのせいで口が動かし辛い。もう少し歩けば温まるだろうかと、マフラーに顔を埋めた。
「それがしと千は、屋台に行くの! リサ殿を借りるぞ、拓海」
 野乃がリサの手を取る。
「兄、お姉ちゃん、お供します」
「うむ、千にもこういった催しの楽しみ方を教えてやらんとな」
 千も控えめな強さでリサの手を握った。
「千、暗いから気をつけてね」
 彼らは除夜の鐘を突くため、別行動をとるという。槻右は千からリサへと視線を移す。
「ごめん、二人を頼むよ」
「任せて」
 リサは去って行くふたりの背中を見送ると、両側のぬくもりを感じつつ歩き出す。
「……大丈夫ね」
 彼女本人にしか聞こえない微かな声。
「お姉ちゃん?」
「ううん、何でもないわ。屋台回りましょう♪」
「はい!」
 リサは屋台を指さしながら言う。
「あれもこれもおいしそうね。野乃さん一緒に食べてね」
「望むところじゃ」
 ふふん、と野乃が得意げに笑みを返す。
「お店がいっぱい、兄……あれもお菓子ですか」
「鼈甲飴じゃの、美味ぞ?」
 そう言うと野乃は、はりきって3人分の飴を買いに行く。すると。
「一緒の部屋、楽しみです」
 野乃の前では恥ずかしかったのだろう。千の甘えるような視線がリサに向けられた。リサがきゅっと手を握ると同じ強さで握り返される。あたたかく胸を満たす感覚だ。
「ほら、千、食うてみ」
 香ばしく素朴な甘さが口の中に広がり、千はぱちぱちと目を瞬く。
「甘くておいしいです……! ふたりにも買っていってあげませんか?」
「そうじゃの」
 野乃は鐘の方向を見遣って頷いた。
 賑やかな新しい年が来る。触れてはいないけれど、隣に立つ温もりはそれだけで暖かい。
「好い一年にしようね」
「ああ、改めてよろしく」
 人混みの中でも、槻右の声は拓海の耳にはっきり届いた。拓海は穏やかな気持ちで返事をする。
(これからもっと知り合おう)
 拓海は何かを熱心に願う槻右の横顔を見つめ、誓う。
(どれだけ近付いたって俺たちは他人。心を開いて接しなくちゃ遠くなってしまう。けど、そんな風には決してさせない)
 拓海と槻右の番が来た。低く長く響く鐘の音。気が引き締まるような荘厳さと、包み込んでくれるような安心感。屋台を回る大切な者たちにも、どこかを歩いているはずの友たちにも聞こえているだろう。彼らはただ願う。――今年がいい年でありますように。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【三ッ也 槻右(aa1163)/男性/20歳/七不思議の討伐者】
【皆月 若葉(aa0778)/男性/18歳/義】
【ラドシアス(aa0778hero001)/男性/24歳/観測者】
【荒木 拓海(aa1049)/男性/26歳/ただ生きる為に】
【メリッサ インガルズ(aa1049hero001)/女性/18歳/ただ生きる為に】
【酉島 野乃(aa1163hero001)/男性/10歳/屍狼狩り】
【隠鬼 千(aa1163hero002)/女性/15歳/エージェント】
【迫間 央(aa1445)/男性/25歳/冷静に俯瞰する者】
【マイヤ サーア(aa1445hero001)/女性/26歳/宿縁の結び目】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
高庭ぺん銀です。明けましておめでとうございます、というには随分遅くなってしまいました。お待たせして申し訳ありません。
ハロウィンに引き続きご指名を頂きまして、ありがとうございました。飛び上がるほど嬉しかったです。シナリオでのアドリブ(鍋パーティ)をかける日が来るとは思いませんでしたので、嬉しさ倍増でした。
新たな生活を始める5人家族と、温かな友人の皆さんの新年に幸多からんことを。

物足りない点や違和感のある点などありましたら、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。それではまたお会いできる時を楽しみにしております。
八福パーティノベル -
高庭ぺん銀 クリエイターズルームへ
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2017年02月22日

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