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『 牛がキツネに化けた話 』
喬栄ka4565)&ちとせka4855)&ムウka5077


 正月らしい、よく晴れた日だった。
 肌をさすきんと冷えた風も、どこかしら真新しいものに思えて心地よい。
 雲ひとつない青空はどこまでも高く、金色の粉のような陽光がキラキラと眩しくふりそそぐ。
 喬栄は腕を組むように僧衣の両袖に手を突っ込み、賑わう街中を歩きまわっていた。
「流石は年明けだねぇ。皆さん、なんとも穏やかなお顔で」
 そう言う喬栄自身、誰よりも呑気そうな顔で目を細める。

 去年はいろんなことがあった。
 借金取りをうまく撒いたり、捕まって身ぐるみはがれそうになったり。
 ちょいと顔見知りの世話になったり、世話(※喬栄の主観による)したり。
(まあだいたい毎年そんな感じだ、たぶん今年もそんな感じでしょうよ)
 この男、僧衣が嘆いて家出しないのが不思議なほどの生臭坊主。
 やらない遊びを数える方がてっとり早い程の遊び人、当然おあしは続くはずもないが、なんだかんだでうまい具合に年末の借金取りとの激闘を超えて、今年も新年の朝日を浴びた次第である。
 賭け事の運はあまり良くないようだが、生き残る運だけは人一倍といえるだろう。

 そして新年早々、その強運は発揮された。
 人混みの中からぬうと飛び出た頭が、喬栄の前まできて足を止めたのだ。
 小麦色の肌をした筋骨たくましい青年は、猛禽を思わせる鋭い金の瞳で喬栄をじっと見据える。
「あんた、あの時の」
 ……まるで敵にでも出くわしたようだが、これはこの青年の常の顔。
 喬栄はへらりと愛想よく笑った。
「やあこれは、奇遇だねえ」
 青年はムウという。
 ハンターになって最初の依頼であれこれと気を配ってくれた喬栄を、面倒見のいい頼れる相手だと思っていた。
 つまり、それほど純朴な好青年なのである。(にげてー! 超にげてー!)
「久しぶりだな。あのときは世話になった」
 喬栄の思惑も知らず、律儀に礼を述べるムウ。
「いやいや、困ったときはお互い様だ。どうだい少年、ちっとは慣れたかい?」
「喬栄の助言のお陰で助かっている」
「そうか、そりゃあ重畳だねぇ」

 何気ない会話を続けながら、喬栄の頭は忙しく回る。
(こいつは新年早々運が向いてきたかねぇ?)
 借金取りから逃げ切ったとはいえ、この男、そもそも手持ちが満足だったためしはない。
 今だって空っ風が吹き放題とでも言いたいような財布の心もとなさである。
 自分に恩義を感じて居るらしいムウなら、少々御馳走になるのも難しくはないだろう。
「ところで、これから何か用でもあるのかい?」
「いや。もう済んだところだ」
 喬栄が明るい笑顔をみせる。
「そうかい、どうせならゆっくり話も聞きたいし。かといってこんなところで立ち話もなんだ。正月だからねえ、牛鍋なんかどうだい」
「牛鍋……?」
「美味いしあったまるしねぇ。いい店を知ってるんだよ、こっちだ」
 まるで自分が奢ってやるかのような言いぶりで、先に立って歩き出す喬栄。
 後ろからついてくる若者には、その表情も心の中も見えないのである。


 だが、喬栄の目論見はものの見事にひっくり返された。
「おっ?」
 上から響くようだったムウの声が、背中辺りから聞こえる。
 それと同時に、ぺしゃんと地面に何かが叩きつけられるような音がした。
「ん? どうしたんだい?」
 振り向いた喬栄は、足元に白い毛玉をみつける。
 いや良く見ればそれは、羊の毛玉のように豊かな髪をもつ少女だ。
「えっと、そのお嬢ちゃんは……?」
 ムウが猫の子を捕まえたように襟首を掴んで立ちあがらせた少女は、桃色を帯びた銀の瞳をぱちぱちさせていた。



 喬栄の後ろを歩いていたムウは、人々の足元からはみ出したように姿を現した子供に気がついた。
 白く輝く豊かな髪を短く切りそろえた、小柄なこの少女には見覚えがある。
 奇遇なことに、これまた依頼で知り合ったちとせだった。
 どこか儚げで人間臭さを感じさせない不思議な少女。
 だが精霊に親しむムウにとっては、そのどこか人間らしくない雰囲気は、むしろ好ましかった。

 声をかけようかと思った瞬間、相手の視線が困ったようにさまようのに気付いた。
 ムウ自身とはまた少し違った意味で、ちとせもあまり表情が顔に出ないタイプである。
 だからこんなに『困っている』と分かることが珍しい。
 そう思ったところで、ちとせがいきなり転んだ。
 ぺしゃんと軽い音を立てて何もない地面に転がる。子供は良く転ぶものだが、それにしても見事な転び方だ。
 ムウは小さく息をついて腰を落とし、腕を伸ばしてちとせが起き上がるのを助けてやる。
 ――その方法が多少乱暴に見えたとしても。
「大丈夫か、ちとせ」
 ちとせは何事もなかったように立ち上がって、目をぱちぱちさせた。
 すぐにムウに気付き、表情がわずかに緩む。まるでさっきまでの不安が和らいだかのように。
「……ムウ、かえ? ……久しいのぅ」

 聞けば、連れとはぐれて迷子になったという。
 さて、どうしたものか。
 ムウが考えながら前を見ると、喬栄がこれまたちょっと困ったような顔をしてこちらを見ていた。
 だがムウの足につかまり、その陰に隠れるようにしているちとせに、すぐに人のよさげな笑顔をむける。
「怪我はなかったかい、お嬢ちゃん」
「だいじょうぶ……じゃ……」
 ちとせは、消え入りそうな声で答えた。
 人見知りの激しい性質で、相手は見知らぬ老齢(※ちとせから見て)の男。
 せいぜいそう答えるのが精いっぱいだ。
 だが喬栄は全く気にする様子もなく、飄々とした調子で続けた。
「おっ、えらいねぇ。どこも痛くないなら良かったよ。おじさんは喬栄っていうんだ。お嬢ちゃんは少年の知り合いかい?」
 喬栄が顎を軽くしゃくってムウを示すと、ちとせはこくこくと頷いた。
「ちとせ、と……いうのじゃ……」
「依頼で世話になったのだ」
「そうかいそうかい」

 喬栄はにこにこしながら、またも忙しく頭を働かせる。
(迷子か……これはちょいとまずいねぇ)
 生臭坊主にも、少しばかりの良識は残っていたらしい。
 つまり、迷子の子供をこのまま放置はできないこと、そしてこれから向かう牛鍋屋でムウを口車に乗せて奢らせる光景を、年端もいかない子供に見せるのはまずいことに思い至ったのだ。
 かといって、牛鍋代を半分持つだけの手持ちはない。絶対に、ない。
 ちとせはそんなに沢山は食べないだろうが、喬栄自身の分すら持ち合わせがないのだ。
「あー、と。はぐれた場所はわかるかい?」
 とりあえずちとせを送り届けようと思ったところ、はぐれた場合の待ち合わせは決めてあったという。
 まだそれまでには少し時間がある。いい具合に、軽く食事するぐらいの時間が。
 喬栄は観念した。
 ――さらば、他人の奢りの美味い牛鍋。

「うん、じゃあ袖振り合うも他生の縁、おじさんたちとご飯食べようか」
 喬栄は笑いながらムウに話しかける。
「お嬢ちゃんも一緒に来るなら牛鍋はまた今度にするかねぇ」
「さっき、あったまるって……」
「うん、でもね、子供はうっかりと食べ過ぎて、お腹がびっくりしちゃうかもしれないからね」
 羊が牛を食うのもまずいだろうよ。
 ――などと思ったことはさすがに黙っておいた。
「そうだ。饂飩にしようか、そこにいい店があるんだよ」
 愛想よく、続いてちとせに話しかける。
「どうだお嬢ちゃん、お饂飩は好きかい?」
「おうどん……?」
 ちとせは小首を傾げ、喬栄とムウの顔を見比べた。
「そうか、お饂飩を食べたことがないか。ならちょうどいい、行こう」
 もちろん、喬栄がここまで饂飩推しなのは、饂飩が安いからである。
 相当寂しい懐具合とはいえ、饂飩ならばどうにか割り勘に耐えることもできよう。

 こうして喬栄を先頭に、ムウ、ちとせが続いて歩いていく。
(やはり面倒見のいい御仁だ)
 ムウは無言で無表情のままついて歩きながら、内心で喬栄の人柄に改めて感嘆する。
 まさか後ろからついてくる少女が、自分を老獪な生臭坊主の魔の手から救い出してくれたとは知る由もなかった……。



 少し歩いて、路地に入る。
 本来は日が落ちてから賑わう一角だが、ぽつぽつと開いている店もあり、賑やかな声と白く暖かな湯気が流れてくる。
 喬栄はそのうちの一軒に入った。
 しばし考え、ムウの大きさでテーブルは厳しいと、カウンター席に向かう。
 入った順に横並びに座り、壁に貼られたメニューを眺める。
「ええと、お嬢ちゃんには甘い御揚げのきつね饂飩がよさそうだねぇ。おじさんも同じにしようかな」
 当然、鴨南蛮だとか、五目饂飩だとかよりは安い。まだかけ饂飩と言わなかっただけましなのだ。
「じゃあ俺も」
「あっそ? じゃあきつねを三つ頂戴」
 喬栄は内心でほっとする。大丈夫だ、きつね三つの二等分ならなんとかなる。
「あいよー! きつね三つねー!」
 元気よく親父が答えた。

 狭い店なので、カウンターから調理場の様子がよく見える。
 ちとせは足をぶらぶらさせながら店の中をきょろきょろ見ていたが、やがて店の親父を目で追い始める。
 うどん玉を掴み、持ち手の付いた網に入れ、グラグラ沸き立つ湯につっこむ。
 すぐに引き上げるとばしゃっと湯を切り、丼へ。
 それから出汁と具を入れて、カウンター越しにドンと置かれる。
「きつねお待ちー!」

 ちとせはじっとそれを見つめる。
「きつね……が入ってる……のかぇ?」
 喬栄が割箸をとってやりながら、からからと笑う。
「あっはっは! 残念だけど違うねぇ。余所の国では御揚げは狐の神様の好物だって話だよ」
「狐……の神様。……好物、なのじゃな」
 ちとせは感慨深げにあらためて丼を見つめる。
 白く太い紐状の物がのたうち、茶色い謎の物体とネギが入っている。暖かい湯気が鼻をくすぐると、不思議な香りが抜けて行った。
「熱いうちに早くお食べよ。ほら、こう」
 喬栄は箸を割って、ずるずるっと勢いよく饂飩をすすって見せる。
 ムウもならった。
 無言で何度も口に運ぶ様子を見る限り、不味いものではないらしい。
 ちとせは恐る恐る、自分も箸で饂飩をつまんだ。
 そうっと二本ほどを口に含み、もそもそと噛みしめる。
 柔らかく、つるんと喉を通って行く麺は、ほのかな小麦の香りを残す。
 御揚げを噛むと、熱くて甘い汁がじゅわっと口いっぱいに広がった。
 ちとせは手を休めることなく、もくもくと饂飩を食べる。
 しばらく横目で見ていたムウが呟く。
「美味そうだな」
「……とても……美味、じゃの」
 ちとせはほぅと小さく息をつき、ほんの少し顔をほころばせた。
 それは、ちとせにしては珍しい程の表情の変化である。
「それは良かったな」
 ムウの僅かに細めた目だけが笑みを形作る。
 これもまた珍しいことだった。

 すぐ転ぶところや、儚げな様子が、ムウが見知っている少女にどこか似た少女。
 喜んでくれたら、まるで彼女が喜んでいるようで嬉しい。

 それは喬栄も同じだった。
(然し豪勢でなくとも、誰かと食べる暖かい食べ物は美味しいものだねぇ)
 いや、豪勢な方がもっといいのは本音だけれど。
 素直な少年少女と、飾り気のない食事をいただくのも悪くない。
 喬栄は、ちとせがお茶を飲み終わって息をつくまで、辛抱強く見守っていた。
「お腹はいっぱいになったかい? ではさて一緒に、ご馳走様でした」
「御馳走様……なのじゃ」
 ちとせは手を合わせ、小さく頭を下げた。

 勘定をすませて店を出ると、冷たい風が吹き付ける。
 だが饂飩で暖まった身体には、それも心地よいぐらいだ。
(いやはや焦った)
 うそ寒そうなのは喬栄。ムウと割り勘にしたものの、懐は前より軽くなってしまった。
 だがその分、胃の腑と胸はそれなりに。

 一行はちとせの待ち合わせ場所まで向かう。
 ようやく身内と合流し、ちとせは今度こそ安堵の表情を浮かべた。
「良かったな。今度からは気をつけるんだぞ」
 ムウの言葉に頷くちとせ。
 それから律儀に、どこか大人びた仕草でぺこりと頭を下げた。

 喬栄は一仕事終えたかのように、肩をすくめる。
「ま、キツネってのは化けるものだからねぇ」
「何の話だ?」
「ああ御免よ、独り言だ」
 牛鍋の予定がきつね饂飩に化けてしまったが、それもまたよし。
「んじゃまた」
 喬栄がひらひらと手を振る。
 ムウは敬意をこめた瞳で頷いた。
「依頼にまた同行したときはよろしく頼む」
 ……ムウの心中ではまだ、頼りになる男・喬栄なのだ。


 それぞれの胸の内は互いに預かり知らず。
 それぞれの向かう先は、お天道さまだけが知っている。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4565 / 喬栄 / 男性 / 51歳 / 人間(RB)/ 聖導士】
【ka4855 / ちとせ / 女性 / 12歳 / 人間(CW)/ 魔術師】
【ka5077 / ムウ / 男性 / 20歳 / 人間(CW)/ 霊闘士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、新年のあったかい饂飩をお届けします。
それぞれ立場も見た目も何もかも違う三名様が、ちぐはぐな内心を抱えながらも楽しくごはん。
そんな感じになっていましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
八福パーティノベル -
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2017年02月23日

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