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『戴冠 』
八朔 カゲリaa0098
 英雄はうなずき、言う。
 貫くは意志だ。
 英雄はかぶりを振り、言う。
 迷うは覚悟だ。

 八朔カゲリは眼を覚まし、自分が待機室の仮眠ベッドに横たわっていたことを思い出した。
 少し横になるだけのつもりだったのに、いつの間にか寝入ってしまっていたようだ。エージェント登録をしてまだ間もないこともあり、予想以上に疲弊していたのかもしれない。
 身を起こし、体の奥に溜まった重い息を吐き出す。
 あいつは俺にそう言うが、な。
 夢で英雄がカゲリに語りかけたのは、カゲリがなにかを問うたからだ。問いの中身を思い出すことはできなかったが……

 俺はけして俺自身を違えない。そう誓ったはずなのに、気がつけばいつも後ろを振り向いてばかりいる。
 過去に置き去られた両親の顔が見たくて。
 今に縛りつけられた妹の顔を見たくなくて。
 一歩を踏み出せば、両親の笑顔が遠ざかる。
 一歩を踏み出せば、目覚めることのない妹の寝顔を取り残す。
 未来へ進むこと。それは彼にとって、胸の内に抱え込んだ家族への裏切りに他ならなかった。自分だけが愚神の顎から逃れてしまったあの日のように。
「迷うは覚悟、か」
 カゲリは口の端に自嘲の笑みを刻む。
 本当は迷いたくなどない。自分を迷わせる家族の思い出をすべて振り切って駆け出したい。いつもそう思い、それにまた迷ってしまう自分に、覚悟などあろうはずがない。
 迷う覚悟もなく、貫く意志もなく、ただただ迷い歩く者。それが違えようのない自分なのだとしたら……
 HOPE東京海上支部より緊急連絡が入る。
 従魔群襲来。待機中の各員は現地へ急行せよ。


 戦場は山間部の小村。
 木々の隙間より続々と這い出してくる従魔を抑え、老いた村民の避難を完遂する。ただそれだけの任務だ。
 カゲリの契約英雄は万物を俯瞰すると言っていたが、あながちはったりでもなかったらしい。的確な指示と助言で、ほんの一時行き会った“ママ”の残した2丁の魔導銃50AEの照準を導いた。
 しかし、何体屠っても同じ速度で沸き出してくる従魔。甲高い咆哮を響かせ、数に任せてエージェントたちを押し込んでくる。
 3体を相手どったカゲリは、1体めを回し蹴りで吹き飛ばしておいて2体めの口に銃口を突き込んで連射。飛びかかってこようとした3体めに横薙ぎの斉射を喰らわせて眼を潰し、再装填した2丁のライヴス弾14発で撃ち裂いた。
 意気は認めるが、無駄な動きと弾が過ぎるな。
 英雄の評を聞こえぬふりでやり過ごし、先ほどの1体めを仕末したカゲリはひとつ息をついた。
 過剰な意気は逃避だ。
 戦場でなら、後ろを振り向かずにすむ。1秒先の生をつかむためには進み続けるよりないからだ。そして引き金を引き続けていれば、そんなことを考えている暇も与えられずにすむ。
「愚神は山の中か……隊をふたつに分ける! 1隊はこのまま村の防衛を! もう1隊は山へ入って愚神へ向かえ!」
 この任務を指揮する古参エージェントが一同に告げ、カゲリは先陣を切って山中へと踏み入った。
 留まっているよりは進むべきだろう。迷いに気づかないふりをこれ以上続けるよりは。


 従魔を退けながら、愚神討伐班は下生えを踏み越えて山頂を目ざす。
 それにしても暗い。高く伸びた木々の葉に空を遮られているからだ。
 が。その暗闇は、唐突に切れた。
 折り重なった倒木と、剥き出しの土。従魔の仕業だろうが、一体なんのために?
 答を導き出す間もなく、カゲリたちは従魔どもにのしかかられ、迎撃を開始した。
 愚神はどこだ!?
 2丁拳銃の弾圧で従魔を押し返しながら、カゲリは視線を巡らせる――いた。
 その愚神は、例えるなら1本のネジだった。
 ゆっくりと右へ回りながら、剥き出された地面の内へ我が身をねじこんでいく。
 カゲリは他のエージェントと共に銃弾を浴びせかけたが、ネジはなにを言うことも、身を縮めることもなく、確実に回転し続けた。
 愚神に気を取られたエージェントたちへ、左右から従魔が突撃してきた。土の奥から這い出してくるらしい、土竜めいたその体を覆う毒毛と鋭い爪牙がエージェントの血を侵し、肉を裂く。
 ここが決意と覚悟の場だ。
 カゲリは肚を決め、魔導銃のグリップを強く握り締めた。
 食いつかれ、斬り裂かれるがまま、前へ、前へ、前へ。
「させない――!」
 愚神に数百ものライヴス弾を叩き込み、最後には両手でしがみついて回転を阻むが。
 愚神は止まらない。
 HOPEの区分ではデクリオ級、しかもミーレス級とさほど差のない脅威度だと断じられたはずの愚神が、カゲリを物言わずに圧倒している。
 そう。カゲリは、圧倒されていたのだ。
 ――俺はけして俺を違えないんじゃなかったのか!?
 今この場に迷いはない。ただ前へ進み、愚神を討つという意志を貫くばかり。そのはずなのに、彼の渾身も不屈も、敵を打つ手すらも持たぬ“弱者”に届かない。
 だからどうした。
 俺は俺を貫く。それだけのことだ。
 回転に巻き込まれ、今にもねじ切れそうな体を踏みとどめ、カゲリはさらなる力を振り絞って愚神を押さえ込んだ。
「八朔、離れろ!!」
 彼と共にここへ来ていた古参エージェントが鋭く叫んだ。
 と。
「!?」
 瞬時に液状化した地が沸き立ち、足場を失くしたカゲリの体が大きく沈み込む。
 カゲリはようようと悟った。この愚神は土砂崩れを起こし、一気に下の村を飲み下すつもりなのだと。愚神や従魔の中にはある機能に完全特化したものがいるとは聞いていたが、まさかこれほどに偏ったものだとは予想していなかった。
 為す術もなく、カゲリは地の底へ引き込まれていく――
「掴まれ!」
 間一髪、投げ落とされたザイルが彼を土砂の波から引き上げた。
 宙を飛ぶカゲリと入れ違い、古参エージェントが前へ。液状化した土砂目がけ、跳び込んだ。
「押さえる!」
 古参が、ライヴスを変じさせた冷気を放ち、土砂を押し固める。
「長くは保たない――愚神はまだ、潜り続けている!」
 凍りついた土が、少しずつひび割れ、再び沸き立ち始めていた。
 エージェントたちが古参を助けようと愚神へ向かうが、その前に従魔どもが立ちはだかった。
 果たしてエージェントたちが倒れていく。
 従魔は倒れ伏した彼らの背をにじり、足がかりとしてさらなる獲物へ喰らいつく。
 愚神の声なき嘲笑が告げる。人は人なるがゆえに喰らわれるのだと。
 人ならぬものの意思の波動に打ち据えられ、命を喰らいちぎられながら、カゲリは己に問うた。
 俺はすべてを受け入れると決めた。
 俺はけして受け入れない自分を受け入れると決めた。
 俺は俺を、けして違えないと誓った。
 なのに俺は、受け入れることにも受け入れないことにも迷い続けている。
 なにかを置いていくことを恐れて、踏み出せずにいる。
 迷うことは覚悟。
 貫くことは意志。
 なら俺は――
「迷いだって貫いてみせる」
 手の内に握り込まれたライヴス結晶は、いざというときのために新人へ配給される“お守り”だ。
 置いていけないなら。取り残しておけないなら。
「八朔、やめろ――!」
 全部、この胸に抱えて進むだけだ。
 カゲリの内にあふれ出し、染み入る英雄が笑む。
 覚者、かくして真なる覚者となれり。

 愚神へと進み寄るカゲリから、金焔と黒焔とが噴き上がる。溶け合う中で色を失くした透焔は、彼を阻もうと飛びかかる従魔を瞬時に焼き祓った。
「八朔、すぐにリンクバーストを解け! 今ならまだ重体程度ですむはずだ!」
 古参を土砂から引き抜いて後方へ投げ、カゲリはさらに焔を燃え立たせる。溶かされ、焼き固められた土は堅き湖と化し、ただ中に在る従魔の回転を押し止めた。
「昔、今、先。どこにいても、俺は俺を違えない」
 カゲリはさらに歩を進めながら言う。
「俺は俺の敵を討つ。その中で俺が俺を貫けなくなったときは――俺を討て。決意はとうにすませてきた。足りなかったのは、覚悟だ」
 この言葉が古参や他のエージェントへ届くはずがない。そんなことは始めからわかっている。でも。
 俺は俺に告げよう。
 ただ在る様に在り続けることを――俺が迷い続けることを是として、貫け。たとえ誰がゆるさなくても、俺自身がゆるせなくても、その矛盾こそが俺なら違えず貫け。
 カゲリの手の内、魔導銃がその重みをもって彼に自身の存在を知らせる。
 これだけのライヴスの奔流を注ぎ込まれてなお、苦い記憶の染みついた銃は悲鳴ひとつあげず、彼をやさしく促すのだ。
 父母と“ママ”が――カゲリがなによりも恐れる「過去」が、彼の敵を指した。
 俺は後悔を恐れない。
 銃口が向けられたのは「今」――目の前に在る敵。
 俺は敵をゆるさない俺を恥じない。
 撃ち抜いた風穴の向こうに、妹の顔が見えて。カゲリは静かに笑みを返した。
 俺は「未来」へ進む。待っているのが地獄でも……なにひとつ、誰ひとり残してはいかない。全部連れて行くよ。昔よりも今よりも、先へ。
 そしてカゲリは、その言葉どおりになにひとつ残すことなく焼き祓った。

 愚神を討ち、バーストクラッシュしたカゲリは、負傷した他のエージェントと共に緊急搬送されることとなった。
 邪英と呼ばれるものに堕ちてもいい。その果てに滅びたとしてもかまわない。そう思っていたのだが……どうやら重体止まりで終わったらしい。漏れ出したため息は、安堵か落胆か。
 こんなことですらどちらにも決められずに迷うとは、俺は俺が思う以上に優柔不断なのかもな。
「八朔、まだ聞こえるか?」
 と。右耳に古参の不機嫌そうな声が飛び込んできた。
 体が動かない。反応することができない。が、そんなカゲリに構わず、古参は言葉をもうひと重ね。
「エージェントをなめるな。俺たちは仲間を絶対に見捨てたりしない。おまえが向こう側へ行っちまったら引き戻しに行くだけなんだよ。憶えておけ」
 そうか。エージェントとは……仲間とは、そうしたものか。
 なんとも言えない感慨に包まれる彼の左耳に、今度は幼さの残る少女の声音が忍び込む。
 迷いを貫く覚悟を定めたその意志が、己すらも糧とくべて燃え立ち、すべての否を焼き祓ってみせた。その有り様もまた燼滅。領土ならず己を統べる絶対なる肯定者の戴冠を――燼滅の王の誕生を、この同族殺しの神が言祝ごう。
 王か。大層な名前をもらったが、身の程を知らないだけの裸の王かもしれないぞ。
 王の鎧わぬ歩みこそがすべてを語ろうよ。踏み出すごとにいや増す胸と背の荷の重みに耐え、それでもなお進む生き様が。
 燼滅とやらを示さなきゃならないなら……俺は裸の王でいい。これから全部持って行こうというんだ。虚勢や綺麗事までぶら下げていたら、すぐに歩けなくなる。
 カゲリは苦笑しながら、鎮痛剤のもたらす深い眠りの底へと墜ちていく。
 燼滅の王とやらがどのようなものかはまだ知れないし、自分がそのようなものであるかも知れないが、自分にできることは進むこと、それだけだ。……すべてを抱え、すべてを負って、ただ前へ、前へ、前へ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【八朔 カゲリ(aa0098) / 男性 / 17歳 / 絶対の肯定者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 迷える己を貫くため、迷うことなく己を滅す。其の有り様を示し、少年は己という領土を統べる王と成った。
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2017年02月24日

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