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『 見えるもの、見えぬもの 』
朱殷ka1359)&蒼聖ka1739


 乾いた風に煽られて、柔らかな羽根のように雪が舞い踊る。
「冷えると思えば、とうとう降ってきたか」
 空は見渡す限り厚い雲に覆われていた。
 暗い灰色を背景にして、ふわふわ頼りなげに、けれど尽きることなく落ちてくる雪。
 首元を温める赤い襟巻を撫でる朱殷は、言葉ほどに寒そうな様子もなく、目の前に降りてきた雪を息でふっと吹き飛ばす。
 雪はくるりと舞い、あっという間にとけて行った。

 故郷の村は、灰色の空をいただき、静かにいつもどおりに佇んでいた。
 朱殷にとって大事な場所であることは間違いないが、彼は村を出ていることが多かった。
 といっても遠慮する様子のあるはずもなく。
 赤い髪に雪を纏いつかせながらずかずかと大股で見慣れた小道をたどり、目的の家を目指す。
 そこは幼馴染の家だ。
 勝手に裏へ回るとはたして、ぼんやりと空を仰ぐ蒼聖の姿があった。

 野菜でも洗っていたのだろうか。
 だらんと腕を垂らしたまま、雪を目で追っている。
 朱殷はしばらくその様を見ていた。
 すると不意に蒼聖がこちらを振り向き、銀の瞳を大きく見開いた。
「今更雪が珍しいか」
 からかいまじりに尋ねる朱殷に、蒼聖はすぐに嬉しそうな笑みを向ける。
「朱殷。帰ってきたのか」


 同族が寄り集まり、ひっそりと暮らす村。
 この村の縁者の朱殷はあまり居付かず、めったに戻ってこない。
 この村に恩義を感じる蒼聖は、ここで村人と寄り添って暮らしている。
 朱殷が戻ってくるのは村へなのか、幼馴染の元へなのか。
 それを尋ねれば、朱殷は鼻で笑って答えぬだろう。

 蒼聖は朱殷の肩に降りかかる雪を軽くはらってやる。
「まだ年越しには日があるのに、珍しいこともあるものだな。さてはお前が雪を連れてきたか?」
 朱殷の首を赤い襟巻がしっかりと温めているのを見て、僅かに眼を細めた。
「いや、そろそろだろう」
「何がだ?」
 蒼聖がきょとんとして尋ねる。
「クリスマスの祝いだ」
「ああ……そういえば明日は24日だったか」
 蒼聖は思わずまじまじと朱殷の顔を覗き込む。
「まさかお前、そのために帰ってきたのか?」

 少し前に、この村の一族皆でクリスマスの宴を催したことがあった。
 皆で笑って騒いで、飲んで食べて。楽しいひとときを過ごしたものだが、まさか気まぐれな朱殷がそれを覚えていたとは。

「寒くなったので、そんな時期のような気がしただけだ」
 はぐらかすような曖昧な言葉は相変わらずで。
 蒼聖は思わず苦笑いを浮かべる。
「以前のように皆で賑やかに……とは、今からでは間に合わんな」
 年越しには戻ってくるだろうが、準備や何やらで村を出ている者も今は多い。
 だが年越しの祝いをするまで、朱殷がここに居続けるかどうか。
 蒼聖は咄嗟に引きとめねば、と思った。
「そうだ、今年はお前と俺だけで宴をするか? 二人分なら用意はできるぞ」
「私は酒があればそれでいい」
「では任せておけ」
 蒼聖がそれは嬉しそうに笑った。


 それから蒼聖は忙しかった。
 朱殷に頼めばやってくれることもあったのだろう。
 だが相手を喜ばせることが嬉しいという、世話好きの蒼聖の性格もあったし、何よりも幼馴染を驚かせたかったのだ。
(俺が驚かされたからな)
 買い出しのために街に向かいながら、蒼聖が頬を掻く。
 雪が舞い落ちてきた正にそのとき、朱殷のことを考えていたのだ。
 寒い中、どこでどうしているだろう。
 年越しには戻ってくるだろうか。
 そんなことを考えていたら、当人がすぐ傍に立っていたというわけだ。
 だから、今度はこっちが驚かしてやる。
 蒼聖は悪戯っ子がびっくり箱を作るような顔をしていた。

 そして24日の夕刻、朱殷がやってきた。
 蒼聖は嬉しそうに座敷へと招く。
「おお、ちょうど良い具合だ。さ、入れ入れ」
「……相変わらずまめなことだ」
 朱殷が軽く肩をすくめる。
 そこには蒼聖が腕によりをかけた御馳走が並んでいたのだ。
 色とりどりの具材を盛りつけた前菜に芋のポタージュ、そしてどんと据えられた山鳥の丸焼き。葡萄酒の瓶に大きなケーキまである。
「さすがにケーキは作れんので出来あいだ」
 朱殷は上座に敷いた座布団に座らせられる。
 蒼聖はいそいそと、硝子の酒器に赤い酒を注ぐ。
「偶には珍しい酒もよいだろうと思ってな」
「偶にはな」
 燃えるような赤い髪の男は、血のように赤い酒を煽る。
「……悪くない」
 こうしてふたりの宴が始まった。

 油断すれば酒しか口にしない朱殷に、蒼聖は次々と食べ物をとりわけてすすめる。
 その間にも、朱殷がいなかった間の村の出来事をあれこれと語る。
 ――まるで朱殷の記憶に、村のことをしっかりと刻みつけるかのようだ。
 朱殷は酒を飲みつつ、幼馴染の声に耳を傾ける。
 穏やかで優しい、地に足をつけた者の声。
 気まぐれに戻ってきた朱殷を、いつでも迎え入れてくれる。
 不思議と蒼聖は不在だったためしがない。
 街へ買い出しに行くことも、畑や山へ行くこともあるだろうに、まるで自分が戻る日を知っているかのようだ。
 だから朱殷は思い立ったら村へ戻ってくる。連絡したこともない。
 山がいつでもそこにあるように、朱殷は蒼聖の不在を疑ったことすらなかった。

 ひとしきり飲んで食い、ひとまず落ち着いたところで、朱殷はさりげなく脇に置いていたものを取り上げた。
「これをお前に」
 ぶっきらぼうな言葉と無骨な手がぬっと包みを突き出す。
 蒼聖はまた顔をほころばせ、包みを受け取りながら、反対の手で朱殷に何かを差し出した。
「俺からもだ」
 思わず受け取った朱殷が目を見張る。
 蒼聖はそれにはお構いなしに、自分が渡された包みを開いていいかと嬉しそうに訊いてきた。
「ああ」
 朱殷は反射的に答える。
「やあ、いい色だな」
 蒼聖は蒼いマフラーを広げて光に透かすように眺めたあと、綺麗に二つ折りにして首に巻き付けた。
「暖かいな、有難う」
 蒼聖は自分にだけ春の光が当たっているかのように、穏やかで優しい笑みを浮かべた。
 朱殷はそれが少し眩しく、視線を逸らして受け取った包みを開く。
 中身は手袋だった。
 朱殷の大きな手を柔らかく、そして暖かく包み込む、なめした皮の手袋。和装にも洋装にも良く似合いそうだ。
 じっと見つめていると、蒼聖がこちらを伺うように見ているのに気付いた。
「気に入らなかったか?」
 尋ねる言葉は何処か不安げに響く。
 朱殷はふと微笑んだ。
「いや……これではまた私が追いかけることになると思ってな」


 ――クリスマスには、親しい者に贈り物をするのだ。
 朱殷がそう教えられたのは去年のことだった。
 そんなことは全く知らず、朱殷は心づくしの贈り物を受け取りながら、何も返すことができなかった。
 次の冬がやってきたある日、ふと街中で目にしたのは、蒼聖に似合いそうな蒼のマフラー。
 自分を温かく包む赤い襟巻を撫でつつしばし考え、朱殷はそれを買い求めた。
 朱殷にとっては、それは去年の贈り物のお返しだった。
 だからその日に送れぬよう、珍しく村に戻ってきたのだ。
 慣れないくすぐったさを懐に抱えて――。


 追いかけることになる。
 その言葉の意味を反芻するように、蒼聖は少し首を傾げた。
 やがて合点がいったとばかり笑いだす。
「そういうことか」
 無頼漢のようでいて、義理堅いところもあるのが朱殷の面白いところだ。
 蒼聖はそのことは良く知っている。
「ならば……」
 言いかけた蒼聖が座りなおした。
「ならば追いつかれぬよう、俺は毎年違うものを送ろう。だから俺を毎年追いかけにきてくれ」

 それは再会を願う気持ちの表れでもあろう。
 ――約束などできない、朱殷を約束で縛りつけることはできない。
 蒼聖は朱殷がいつか自分のことなど忘れて、遠くへ行ったまま戻ってこないかもしれないとひそかに恐れていた。
 だがその恐れを朱殷の前で出すようなことはしない。
 彼のために。
 そして――自分が彼に厭われないために。
 だが今、ようやくわかった。
 朱殷の心は必ずこの地に戻ってくる。
 戻ってくる切欠さえあれば。

 朱殷は頭を掻き、諦めたように笑う。
 この幼馴染には叶わない。
「常ならば肩を並べゆきたいところだが。こればかりはお前の方が一枚上手よな……」
 自分のように気の向くままに生きることなく、地に足をつけ、しっかりと歩む蒼聖。
 その背中を憧れに似た気持ちで追いかけてゆく。
 言われずとも決して見失う事などない。
 その信頼は改めて言葉にする必要もないほど、朱殷の中では確かなものだった。

 だが朱殷は蒼聖の心を知らない。
 蒼聖もまた朱殷の心を知らない。
 互いに心の内に不器用な願いを抱いたまま、見えるものと見えないものを贈りあう。

「雪が強くなってきたな。積もるかもしれん」
「ならばここで夜明かしするか」
「よし、では新しく酒でももってこよう」


 道を、明りの灯る家々を、抱きしめるように雪は静かに降り続けた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0028 / 朱殷 / 男性 / 38 / 人間(CW) / 霊闘士】
【ka1739 / 蒼聖 / 男性 / 38 / 人間(CW) / 霊闘士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、クリスマスイブのエピソードをお届けいたします。
プレゼントの内容など一部こちらで解釈いたしましたが、ご依頼のイメージを損ねていないようでしたら幸いです。
またのご依頼、誠にありがとうございました。
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ファナティックブラッド
2017年02月27日

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