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『 男子、厨房に立つ 』
ブルノ・ロレンソka1124)&オスワルド・フレサンka1295


 小鳥の声が賑やかに響く。
 ベッドで薄目を開けたブルノ・ロレンソは、久々に耳にしたその音が何を意味するのか、暫く考えていた。
「朝、か……」
 厚いカーテンは日光を遮り、寝室は暗く静かだ。 
 いつもなら昼過ぎまでここで眠るブルノだったが、のそりと身体を起こす。
「……ツッ」
 軽い頭痛に思わず顔をしかめた。

 それを切欠に、昨夜のことがおぼろげながら蘇ってきた。
 外したネクタイと上着を椅子に引っ掛け、靴と靴下を脱いだことを思い出す。
 つまり、そのままベッドに倒れこんだというわけだ。
 薄暗い中で目を凝らすと、脱ぎ捨てた物がちゃんと記憶通りの場所にあるのが見えた。
 そこでまた、軽いが不快な頭痛。

 ――もう一度寝なおすか。
 どうせ今日の仕事は日が落ちてからだからな。

 だがそこで起きたばかりのブルノにしては珍しいことに、唐突な空腹を覚えたのだ。
(面倒だ。寝てしまえば忘れるだろう)
 ……と、ベッドに潜り込もうとしたが、一度感じた強い空腹はこのままでは収まってくれそうもない。
 ブルノは諦めて、ベッドに暫しの別れを告げた。


 階段を降り、キッチンに向かう。
 そこでキッチンに繋がる居間兼食堂に何かの気配を感じ、ブルノはウェストベルトに挟んだ銃に静かに手をかけた。
 音をたてないように少しだけ扉を開き、身体は壁にぴったりと寄せ、室内を伺う。
 はたして、一人の男がソファに寝転がっているではないか。
 ドアを開き、ブルノはずかずかと部屋に入ると、ソファの角を(ソファが傷まない程度に)軽く蹴った。
「……何してんだ」
 背もたれ側に顔を向けた茶髪の男は、小さくクックと笑っている。
 笑いながらもその右手は、枕にしたクッションの下にさりげなく入っていた。
「君がここで寝ろって言ったんじゃないか」
 そう言って顔をこちらに向けたのはオスワルド・フレサンだった。
「何?」
 ブルノが顔をしかめる。
「そうだぞ、覚えてないのか? 俺は別にベッドで寝てもよかったんだが」

 ブルノはまた、少しだけ昨夜のことを思い出した。
 そういえばベッドに入りこもうとする誰かを、蹴りだしたような気もする。
 鉛弾をぶち込まなかったという事は、一応家にいることを許した人間だ。
 ――ああそうだ。
 ブルノはようやく思い出した。
 昨夜はオスワルドが珍しく良い酒を持ってやってきて、一緒に飲んで、少し深酒してしまったのだ。
 ソファの傍のテーブルには、酒瓶やグラスが残ったままだ。
 この部屋にはときどき、こうして泊まりこむ奴がいる。オスワルドは自分で勝手に毛布を探し当て、ソファのクッションを重ねて眠ったというわけだ。

「寒くもない、そこで充分だろうが」
 ブルノはそれ以上オスワルドに構わず、キッチンへ向かう。
「ああ、確かに寝心地はよかったよ。いいソファだね」
 邪険に扱われたことを気にする様子もなく、起き上がったオスワルドは思い切り伸びをした。


 だがキッチンに入り一通り辺りを見渡したブルノは、重大な難問に気付いたかのように眉間の皺を深くしていた。
「……これだけか」
 買わない食材がそこにあるはずもなく。
 昨夜のつまみの残りであるベーコンひと固まりと、少し古くなった卵がいくつか、それに硬いライ麦パン。
 これが使えそうな食材の全てだった。
 普段は外食しかしないのだから当然である。寧ろこれだけあったほうが奇跡だ。
「これは有難い。丁度腹が減ってたんだ」
 オスワルドがにこにこしながらキッチンに入ってきた。
「…………」
 ブルノは舌打ちこそしなかったが、ますます渋い顔をする。
 だが冷静に考えて、自分だけが食べるには多い量だ。そしてこのままでは、確実に卵もベーコンも腐る。腐るぐらいなら食わせてやってもいいだろう。
 ブルノは無言で物入れを探り始める。
 ……最後にフライパンを使ったのは何時だったろうかと思いながら。

 オスワルドも勝手にキッチンを探り始めた。
「こういうとき、結構勘が働く方でね。へそくりなんかが出てきたらどうしようか?」
「……フン」
 ブルノの反応はそれだけ。
 一瞬、オスワルドに調理を押しつけようかとも思った。
 だが首を振って思いなおす。
 自分の失敗の責任をとるのは仕方ないが、他人の失敗の後始末は御免だ。
 ――つまり、料理の技能についてはオスワルドにも期待は出来なかったのだ。

 ブルノは真剣な顔でコンロに火をつけ、フライパンを置き、切ったベーコンを並べる。
 じゅわっと脂が染み出たところでベーコンを裏返し、火が通ったところで卵を割り入れる。
 パンは薄く切って余った脂で焼けば、バターがなくても食べられるだろう。
「コーヒーカップはこれでいいかな」
「……そいつはティーカップだ。間違うな」
「はいはい」
 オスワルドはおどけた様子で肩をすくめ、カップを並べなおした。


 コーヒーの香りとベーコンの香りがキッチンに立ち込める。
 オスワルドは、コーヒーを満たしたカップをちょっともったいぶってブルノの前に置いた。
「すごいな、君の手料理を食べられる日が来るなんて。夢にも思わなかったよ」
 嬉しそうにそう言うと、自分の前にもコーヒーを置いて椅子にかける。
「俺もお前に食わせるつもりなどなかったがな。……まあ及第点だ」
 オスワルドが淹れたコーヒーのことだ。
「それは光栄だね」
 コーヒーは切らさず用意してあった。だがそれだけブルノがコーヒーの好みに煩いという事でもある。
 及第点なら上々というわけだ。

 ふたりは向かい合って朝食をとった。
 オスワルドはしっかり焼いたサニーサイドアップにナイフを入れる。
「それにしてもよく卵があったね」
「いつのかわからんがな。夏でもない、黄身が潰れてなけりゃ大丈夫だろう」
「運が悪ければ君と心中か……それはちょっと勘弁願いたいね」
 そう言いながらも、オスワルドは全く気にする様子もなく卵を口に運ぶ。

 その後キッチンに響くのは、ほとんど食器の音だけ。
 けれど無言はそれほど気づまりではなく。
 敢えて言うなら古馴染みに特有の、共に創りだす空気を味わうような時間だった。
 こんなところがブルノの店の連中に、オスワルドを「ブルノが気を許す数少ない友人」と思わせるのだろう。
 だが当人たちがどう思っているかは誰にもわからない。
 ふたりともそんなことをわざわざ言葉にするような歳でもない。

 ほとんど食べ終わった頃、ふと思いついたようにオスワルドが呟いた。
「ねえ思ったんだけど」
「なんだ」
 ブルノもフォークを置こうとしているところだった。
「これっていわゆるモーニングコーh」
 トスッ。
「なんならもう二度と起きなくていいようにしてやろうか?」
 ブルノの声が冷え冷えと響く。
「それは困るなあ」
 にこにこ笑うオスワルドの、テーブルに添えた指のすぐ傍に、ブルノのフォークが突き立っていた。
「さて、ごちそうさま」
 オスワルドは何事もなかったようにフォークを回収し、コーヒーを飲み干す。
「あぁ、もう作らん」
 ブルノが顔を顰めている。だがこれはオスワルドのせいではなく、自分の手料理のせいだった。
 死ぬほど不味いわけではないが、焼き足りないベーコンと焼き過ぎた卵の取り合わせは、あまり褒められたものではなかった。

 口元をナフキンでぬぐい、ブルノが席を立つ。
「俺は二度寝する。出るなら鍵を掛けて行けよ」
「俺ももう少し眠らせてもらおうかな。ああ、ここは片づけておくよ」
 オスワルドはひらひらと手を振る。
「好きにしろ」
 ブルノはキッチンを出て、自室に戻って行った。


 その夜、仕事に出てきたブルノが何時にも増して顰め面をしている理由を、従業員たちは慄きながら推測したという。
 理由が生臭いベーコンの悪夢であると言い当てられたものは、当然ながら誰もいなかった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1124 / ブルノ・ロレンソ / 男性 / 55歳 / 人間(CW)/ 機導師】
【ka1295 / オスワルド・フレサン / 男性 / 56歳 / 人間(CW)/ 猟撃士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、おじさんふたりの朝ごはんの一幕をお届けします。
番外編的なエピソードで、大変楽しく執筆いたしました。
コミカルに寄り過ぎて、キャラクター様のイメージから離れていないようでしたら幸いです。
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2017年02月28日

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