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『―空想世界の屋台骨・4― 』
海原・みなも1252)&瀬名・雫(NPCA003)

 前日に目的地付近まで到達して、事前に情報収集や物資補給を行う。大仕事に臨む前の『お約束』である。
 現在、この仮想空間『魔界の楽園』ステージ上に於いて、危険地帯に指定され、話題となっている難所の一つ『赤い大地』。その入口とも言える城塞都市に留まり、噂の真相を覗こうとするパーティーがあった。
「特に、攻略したらボーナスが出るとかじゃ無いんだよね?」
 何故に皆がそこに注目するのか? と云う点を追求するのは、幻獣ラミアに扮する少女――海原みなもである。
「他の難所もそうだけど、別にそこを制したからって何も出やしないよ。ただ、強さのアピールになるってだけでね」
 その疑問に応えるのは、黒いローブがトレードマークの少年――ウィザードであった。パーティーのリーダー格である彼は、非常に冷静な態度を保ち、些か冷めた感じでマップに目を通していた。
「つまり、『俺・最強!』を名乗りたい連中が集まって、勝手に修羅場ってるだけって事だね」
 更に冷めた……いや、呆れていると云った方が正解だろうか。頬杖を突きながら半目で窓の外を眺めているのは、翼獣ガルダの姿を纏う少女――瀬名雫である。
「それを言っちゃあ、身も蓋も無いって感じだけど……まぁ、間違ってもいないかな」
「だって、力自慢・腕自慢の奴らが互いに競い合って、一般人に敬遠されるような危険地帯を勝手に作った訳でしょ?」
「それですよ。近隣に住む人たちは、凄く迷惑してると思います」
 みなもの『近隣に住む人』と云う発言に、思わず雫たちは苦笑いを浮かべる。
 元々、この仮想世界に『住民』など居なかった。そこにキャラたちが定着している現状そのものが、既に異常なのだ。
 この世界での1日――24時間が、現実では30分に過ぎないと云う設定は、数日から数週間に及ぶ長期間の連続ログインを可能にした。その結果、それまでは在り得なかった『定住』と云う行為に出るプレイヤーが続出したのだ。
 無論、みなも達のような少年・少女がそれを真似る事は出来ない。学校にも行かなければならないし、長時間の遊戯は私生活の乱れに直結する。だから、どんなに長くとも2〜3時間……ゲーム内で一週間弱の滞在が限界である。
 しかしニートや大学生など、多少生活のリズムが狂っても文句を言われない立場の者ならば、運営の定めたログインの限界値である12時間を、フルに利用してゲーム内に留まる事が出来る。つまり……
「現実逃避の集大成?」
 雫が、最も『言ってはならない』キーワードを口にした直後。彼らは背後から唐突に声を掛けられた。
「……そう捉えられても、仕方ないかな。でも、好きでやってる事なんだ。否定的な見解は勘弁して欲しいな」
 驚いた彼らが振り返ると、そこには軍人さながらの装備を施した若者が立っていた。
「あ……すみません。ただ……」
「ま、いいよ。けど、それを言うとマジギレする奴も居るからね。言葉には気を付けた方が良い」
 苦笑いを浮かべながら、その青年は語った。曰く、確かにネット廃人の類も紛れてはいる。が、真っ当な生活を送りながらも自由に使える時間をフル動員してゲームを楽しんでいる人も居るんだよ、と云う事だった。
「貴方は? やはり『定住者』なんですか?」
「近いね。けど、限界ギリギリまでログインしている訳じゃないよ。普段は大学生やってるからね」
 簡単に素性を明かした後、彼はみなも達の陣取るテーブルに相席しても良いかと尋ねてから、了解を貰って席に着いた。
 一見すると人間の青年ではあるが、実はレッドドラゴンであるという。要するに『人化』コマンドを用いて街に居着いているとの事であった。
「で……あたし達に、何の御用でしょうか?」
「あ、これは失礼! 俺は冒険者たちの手助けをする、ガイドなんだよ。運営公認のね」
 聞けば、こうした危険地帯に無防備状態で突入しては全滅するパーティーが続出している為、運営が一定以上のレベルと実力を備えたプレイヤーを選出して、ガイドを任せる例があるらしいのだ。彼も、それを請けた一人であるらしい。
「それは分かりましたけど、どうして俺達に?」
「あの人に頼まれたからさ」
 そう言って、彼が視線を向けたその先には、前夜から世話になっている宿主の姿があった。

***

「あの向こうに居る連中の恐ろしい所はね、ゲーム世界に浸り過ぎて我を忘れている事なんだ」
「見境も、遠慮も無いって……事ですか?」
 みなもの質問に、ガイドの青年は無言で頷いた。つまり、普段の生活が上手く行っていない鬱憤を、ヴァーチャル世界で発散する連中が一番厄介なんだよね、と。そう云う事であるらしい。
「奴らにマトモな話し合いなんか通用しない。自分より弱そうな『獲物』を見付けたら、問答無用で襲い掛かって来る。無論、遠慮なんかしてはくれないね」
「だから、廃人とかって言われるのに」
 それを言っちゃあ……と、青年は苦笑いを浮かべながら、声量を落とせとジェスチャーして来る。何処で誰が聞き耳を立てているか分かったものではない。彼は暗に、そう語っているのだ。
「で、と……何日ぐらい滞在する予定なの?」
「俺らは、戦場の真ん中まで行くつもりは無いですから……ゲーム内で2〜3日、ってトコですかね」
「うん。親が心配するし、帰りが遅くなると怒られますから」
 ウィザードが代表で応えた後、みなもが補足を入れる。それに、雫も横で頷いている。
「OK、だったら装備はBレベルで良いか。戦場の雰囲気を感じて、どんなもんか見ておきたいってだけでしょ?」
 そう言って、青年は携帯食料や水などの生活必需品と、予定が押した場合を考慮して寝袋とテントを装備するよう勧めてきた。彼に言わせれば、これでもまだ軽装の範疇だと云う。
「戦地でキャンプ張る方が、危なくないですか?」
「山の向こう全部が、戦場って訳じゃないよ。乾いた川跡や岩陰など、身を隠す場所は沢山ある」
「それでも、交代で見張りに立つ必要はありそうですね」
 それは仕方ないね、と青年は笑う。実際、ジャングルなどで野営する場合なども、必ず見張りを置くのが常識だ。
 あとは移動手段だが……と、青年はサッとみなも達を見回す。
「君と、君は問題なさそうだね。問題は君だ」
 そう、脚の無いラミアであるみなもが一番危ないと、青年は指摘して来たのだ。
 飛翔能力を持つガルダである雫と、両足で走れるウィザードは、いざ強敵に追われても逃げ遂せる事が出来るだろう。だが、地表を這う事でしか移動できないみなもは、素早い退避行動が求められる場では格好のカモだ。
「確かに、あたしは足が遅いね……」
 落ち込むみなもに、ウィザードがフォローを入れる。
「心配ないって! 俺だって短時間なら飛べるし、その際に君を抱えて逃げれば問題ないよ!」
「本当? 守ってくれる?」
「当たり前だろ、今更何言ってんだよ」
 ……とか何とか。いつの間にやら自分たちの世界に入り込んでいる彼らを、すっかり取り残された雫と青年が眺めていた。
「もしかして彼ら……アレかい?」
「もしかしなくても、リア充ですよ」
 そう言いつつ、雫は苦笑いを浮かべていた……が、青年は本気で落ち込んでしまったようだ。
「あのー、私情は挟まないでくださいね?」
「……大丈夫、慣れてるから」
 そう語る青年の肩は、微かに震えていた。それを見た雫の胸に、一抹の不安が過るのだった……

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年03月02日

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