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『年の瀬のひとときに 』
瀬陰ka5599)&センダンka5722

 大晦。一年の最後を締めくくる、大切な日。
 街では人々がせわしなく歩いている。
 それもそのはずで、今はもう、新年を間近に控えた頃合いだ。
 冷たい風が吹く中を、しかし新しい年を迎える準備の為に人々は動き回る。買いものだったり、借金を清算したり、あるいは挨拶であったり。
 瀬陰はそんな中を歩いていた。防寒具にきっちりと身を包んでも、吐く息は白く、鼻の頭は僅かに赤らむ。――と、見覚えのある人影がふらふらと歩いているのが眼についた。
 瀬陰自身も立派な体躯をしている方であるが、更に背の高い楝色の髪、それにそこからのぞく二本の角。
 瀬陰は思わずくすりともにやりともつかぬ笑みを浮かべた。
 彼の名はセンダン――若かりし頃の瀬陰に傷を負わせた、豪放偕楽な鬼の男だ。鬼というのは比喩表現でなく、そう言う種族である。瀬陰自身も鬼の一人だ。と言っても、瀬陰のほうは既に家庭を持ち、性格も随分と丸くなったのだが。
 それにしても、センダンの歩きようと言ったらない。あてどなく彷徨い歩いているのが一目でわかる、そんな様子なのである。不機嫌そうな顔をしているし、いかにも外にいるのは不服であるという感じだ。服装にしたって軽く半纏を羽織ったくらいで、たいした防寒具を纏っていない。不本意ながらの外出というのも、そんな彼の姿を見れば想像に易かった。
「やあ、センダン」
 瀬陰はゆっくりと、背後から声をかけてやる。センダンはその声に一瞬驚いたようだが、すぐに相好を崩した。
「なんだお前か……って、随分しっかり着込んでいるな」
「まあね。むしろお前のほうが見ていて寒そうだよ。どうしたんだい? まあ、おおかた予想はつくけれど」
 そう言いながら、瀬陰はセンダンに己の襟巻きを掛けてやる。見ているだけでこちらまで寒くなってきそうだ、という言外の表現に苦笑いを浮かべつつ、
「……まあな。古い知り合いが押しかけてきて、大掃除だなんだと言って気が付いたら追い出されてた。にしても瀬陰、そんなに着込んだ上に随分と大荷物だな。出かけるのか、こんな年の瀬に」
「ああ。折角なのだし、これから初日の出を眺めに少々遠出をするつもりでね。……そうだ、もしよかったら一緒にどうだい?」
 やや飄々とした口ぶりでそう言ってみると、センダンは腕を組んでしかめ面を浮かべ、考え込む。
(あいつは、なにも言わずにしばらく留守にしたら心配するかも知れないが……帰ったら帰ったで、小うるさいのが面倒だし、そもそも俺が自分の家に帰る帰らないで悩む必要がおかしいよな……)
 それに、瀬陰の提案というのもなかなかに興味深い。
 もともと鬼たちが多く住む東方では新年の祝いをとくに大切にする傾向があった。初日の出なんてその際たるもので、あちこちでそれを拝む人々がいる、そんな風習が今もしっかりと残っているのが東方という土地柄なのである。
 だんだんいろいろと考えるのも面倒になってきた。こういうときは逆に流れにのまれるくらいの方が、いっそ楽なのはこれまでの人生で十分すぎるくらいに理解している。
「……構わないぜ」
 センダンは頭をがしがしと掻いてから、にやりと笑った。
 
 それからどれくらい時間が経過したろうか。
 瀬陰の目的地は、郊外にある山だった。決して高い山というわけでもないが、人の手のほとんど加えられていないそこは、木々の枝から葉の落ちた季節であってもどこかすがすがしい空気を感じる。
 街で瀬陰とセンダンが出発したのは昼過ぎであったこともあり、瀬陰の知人から借りたというこぢんまりとした庵にたどり着く頃には既に夜は更けていた。
「日の出まではまだ間があるし……酒でも飲みながら、ここで待つことにしよう」
 瀬陰はそう言いながら、大荷物の中から酒瓶をとりだし、軽く笑んだ。
「用意が良いな」
「まあ、寒い中をひとりでじっと待つのもあれだからね。あたたまるものでも作って気兼ねない話でもしながら年を越すほうが、うんと気分的には楽だろう?」
 庵の中には囲炉裏もしつらえられている。瀬陰は慣れた手つきでそこに火を入れ、鍋で簡単なすいとんをこしらえてみせる。
「冷めないうちに食べてしまおう。味のほうはそれなりに自信があるんだけどね」
 いいながら、センダンによそってやる。
「熱いから火傷しないようにね」
 瀬陰がそう言う矢先から、さっそくセンダンがあつあつのスープをすすって舌先をひりひりさせたりだなんていうお約束もあったりもしたが。
「……酒は?」
 センダンが尋ねれば、瀬陰はにこりと笑う。
「こいつは日の出を拝みながら呑む方がオツだろう? あと、さっきのは上物だからね、気軽に呑むのなら、こっちに」
 言いながら示したのは、ひょうたん。中にはどうやら酒が入っているようで、揺らすとたぷんと音がした。
「なるほど、たしかに。まずは食うか」
 あっさり頷いて、センダンは笑う。
「……それにしても、今年ももうしまいか。色々あったよなぁ」
「だね。そういえばこの前行った里でこの酒をいただいたんだけど、酒どころというやつだそうでね、おいしさは保証できると思うよ」
「ほう。俺はこいつも美味いと思うけどな」
 センダンはそう言いながらひょうたんから注がれた酒を飲み干してみる。そんな相手に笑顔を浮かべながら、瀬陰は言葉を紡ぐ。
「これはこれでおいしいと思うよ。高い酒でもないけれど、最近評判の酒らしくてね」
「なるほど」
「あとは最近……そうそう、良い鍛冶職人を見つけたよ。いかにも昔気質の親父さんだけれど、そう言う頑固親父だからこそ良い武具を鍛えることが出来るんだろうね」
「ふむふむ」
 主に語るのは瀬陰。センダンはそれに相槌を打つ方が多い。無論世間話程度はするのだが。
 そんな話をのんびりと交わしつつ、今年最後の質素な飯を食らう二人。
 すいとんもなくなり腹もくちくなれば、こんどは眠気が襲ってくる。センダンは何度かあくびを繰り返すと、ごろりと身体を横たえた。
「まだ日の出までにゃあ時間があるだろう。少し休ませてもらうぜ」
「はいはい」
 昔からの腐れ縁、そんな軽いやりとりをすれば、センダンは瞬く間に軽い寝息をつき始める。このままでは寒かろうと、上着を軽く引っかけてやる瀬陰。
 やがて瀬陰のほうも少しずつ、眠気の波が押し寄せてきた。
 
 ――庵の小さな窓の外は、少しずつ闇の色をかき消していく。
 ゆっくり目を明けると、もう日の出もまもなくだろう事は容易に知れた。
「センダン君、そろそろみたいだよ」
 そう囁いてやると、当の男はぱちりと眼をあけて伸びをする。戦いの中に身を置く二人からすれば、寝起きは良くなければならない。万が一のときに、寝ぼけ眼では戦士たる資格がないも同然だからだ。
 二人はきんと冷え切った空気のなか、しっかりと防寒具を着込んで庵の外に出る。吐く息はいつも以上に白く、そして澄みきっていて、心地よかった。
 そして、彼方からゆっくりと太陽が昇る。年の改まった新しい世界に、陽光の輝きが充ち満ちていく。それは世界を塗り替えるのと、きっと同意だ。
「――センダン君」
 瀬陰の手には、昨夜聞いた上物の酒がなみなみと注がれた杯。
 センダンはそれを頷いて受け取ると、目配せしてから同時に喉に流し込む。屠蘇のかわり――なのだが、喉がかっと熱くなった。そして確かに上物らしく、きりりとして、芳しい。
 それからそっと二人は目を閉じ、祈る。
 瀬陰は、この剣が常に信念と護るべきものの為にあることを誓い――
 ちらり、とセンダンの顔を盗み見る。彼はなにを祈ったのか。
 いつもと同じように見える、古い知り合い。
(君は君らしくあって欲しいな)
 瀬陰はそう胸の中で呟くと、とんとセンダンの肩を叩く。
「そろそろ行こうか。待っている人もいるだろうから」
「……そうだな」
 待つ人がいる。それは幸福なことだ。
 その幸福をそっと噛みしめて、二人は静かに山を下りていくのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5599 / 瀬陰 / 男 / 四十歳 / 舞刀士】
【ka5722 / センダン / 男 / 三十四歳 / 舞刀士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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遅くなりまして申し訳ありません!
再度のご発注に嬉しく思います。
キンと硬質な冬の空気をお伝えすることが出来ましたでしょうか?
腐れ縁の男二人、穏やかな年越し、楽しく書かせて戴きました。
風景描写なども、少し意識はしてみましたが……
啓蟄を過ぎての納品となってしまいましたが、楽しんで貰えれば幸いです。
では改めて、ありがとうございました。
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ファナティックブラッド
2017年03月06日

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