▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『お家に還ろう 』
海原・みなも1252
 ここはにぎやか「ブヒウギ村」。なんだか楽しげな名前だけど、ごく普通のオークさんたちが住んでるごくごく普通の村だよー。
 というわけで、こんばんは。海原・みなも(人魚狼バージョン)です!
 まずは近況! ちょっとだけマッチョになりました!
 ブヒウギ村の飼い犬科(飼い犬にあらず)になってはや数週間。規則正しい食事と愛情たっぷりのおやつ、そして散歩とは名ばかりの超運動。まさかね。アタシの腕に力こぶさんがご降臨される日が来ようとは。人魚狼生ってわからんもんだよねー。
 そして続報! なんか元の世界に還れそうなムードになってます!

 夕方の散歩(オークの若武者30匹とハーフトライアスロン)をすませて帰ってきたアタシに、人狼のお嬢さんが言った。
「そんちょうがいった。まじないしんとこいけ!」
 干し魚っていうか、煮干しなんぞかじりながら、普通に言ってくれたわけなんだけどね。いや、こないだも思ったんだけど、人狼とオークって敵対してるはずなのに、なんでこの子とかおばあさん、普通にオークの村に出入りしてんだろ?
 っていうかおばあさん! 犬科の本能を逆手にとった「干し肉取ってこい作戦」で激流に落として以来見かけないんだけど、まさか死ん――
「これ、“粉骨拳”さんに頼まれてたおみやげぶひ」
 ご存命でした。うん、ぶっちゃけ残念でーす☆
 ともあれ。アタシは呪い師さんとこへ向かうことに。……すごいな。お嬢さん、ついてこないんだ。こういうお話ってさ、普通、重要そうなキャラはなし崩しにご同行するんじゃないのかい?

「賢者曰く、赤き月の世より白き月の世とは“月道”にて繋がれるものぶひ。されど月道は希なるぶほ。赤き月三度またたく夜にのみその姿を現わさんぶふ」
 ひとりぼっちでアタシは呪い師さんとこ着いて、ふっかふかのソファとかすすめられてお茶なんかいただいて。リラックスしたとこで告げられた。
「希って、何十年に1回とかだとかなり辛いっすけど」
「うむ。白き月のトーキョーの東京標準時刻で言えば、3と6と9がつく日の8時から20時となっておる……ぶは」
 ようは3日に1回くらい、12時間繋がりっぱなし?
「……けっこう繋がってる感じするんすけど」
「トーキョーの環状線は2分から5分に1回くるのだろ? それにこちらの世界は月が出っぱなしで景色も変わらんから、待ち合わせしてるとどれだけ待ったかわからずイライラするぞ?」
 語尾の掟をついに忘れた、よどみないお返事だけど、そりゃあ2日半待ちっぱなしは辛かろねー。
「まあ、道のことはそれだけなのだが。問題は別にある」
「なんすか?」
 占い師さんは言いにくそうに豚鼻をひくつかせて、そろそろと言葉を継いだ。
「道を使うには“粉骨拳”の手形が必要なのだ」
「もう一度、あの海を泳いでみたかった……」
「あきらめるの早いのう!」
 だっておばあさんの許可って! 罠にはめたアタシに手形なんか押してくれるわけないじゃないすか!
 訪ねてったら絶対殺されるでしょ。殺風滅豚無手型8級試験に落ちたアタシが、免許皆伝なんなら永世名狼みたいなキリングマシーンに勝てるわけないDeathよ。
 あ。でも手形だけでいいなら、おばあさんが寝てる隙にぺたっと――
「現状、おぬしの保護者は“粉骨拳”だからな。保護者の手形にサインをもらってさえくれば、保護権はこちらに移せるからの。おぬしの帰還許可をこちらで役所に申請して――」
「もう一度、顔も知らない部活のみんなに」
「いやだから、あきらめるの早すぎだろうが!」


「ううう」
 アタシは赤黒い森の中を独りで進みます。
 この奥にはおばあさんとは名ばかりの餓狼の家があるわけだけど……正面から突っ込んだりしないよ? なになに強敵おもしろい、正面突破じゃーっ! って盛り上がれるほど、脳筋人狼業界長くないもんで。
 ああああああああ、行きたくないそして逝きたくない! 風林火はパスで、行きたくないこと山のごとしーっ!
 いっそのことブヒウキ村に永住しちゃう? ごはんもおやつもあるし、みんなもいるし。恋以外はなんでもそろうあったかい場所にさ。
 ま、そうもいかないってわかってるんだけどねー。
 向こうの世界に置いてきちゃったしがらみがあるから。アタシは還らなくちゃいけないんだ。絶対に。
 で。こっちの世界は将来食いっぱぐれたとき逃げて来れるようにキープしたい! 東京は、南洋人魚の血を引くアタシにとって、すごく寒くて乾いた場所だから。
 というわけで。
 もぐもぐ横に大きくもぐもぐ迂回してもぐもぐできるだけもぐもぐ見つからないもぐもぐように。
「まっすぐ帰ってくるとは殊勝じゃないか、みなも?」
 って! なんでアタシもぐもぐおばあさん家のもぐもぐ正門にっ!?
「驚きながら喰らうとこぼすぞ?」
 おおっと。食べ物を粗末にしちゃーならぬぅ。
 アタシは小脇に抱えた小皿の山をそっと置き、いちばん上の皿に乗ってたハチミツがけパンをぱくり。もぐもぐうまいっ!
 ――あ。
「ハニートラップとは卑怯なりーっ!!」
「くくく。犬科は目の前に食い物があるとついつい喰っちまうもんだからねぇ」
 アタシが来るのを、多分お嬢さん伝てに知ったおばあさん。自分の家まで点々と全年齢対応型ハニートラップしかけて、アタシをもぐもぐおびき寄せた!
 まさに鬼畜の所業ですよおそろしい! ……いや、こないだアタシもやったけど。
「たんと精もついたところで、そろそろ5級試験の話をしようじゃないか」
「あの、アタシ8級試験、落ちたんすよね?」
 おそるおそる切り出したアタシに、おばあさんは口の端を吊り上げて。
「たったひとりの弟子だからねぇ。モチベーションってのが大事だろぉ?」
 待って待って。だってさ、8級試験がオークの村殲滅とかなんだよ? 5級ってなにさせられるのさ?
「5級試験はオークの王城にカチコミかけて豚王の首獲ってくることだよぉ」
 無理無理無理無理。アタシはもうすっかり非ラブ&ピースの世界に染まっちまってますゆえね!
 そんなアタシの平和を愛する心を前に、おばあさん、言ってくれたね。
「修行するかい? 特訓にするかい? それとも、け・い・こ?」
 ベタベタっすわー。どれ選んでもいっしょっすわー。
 やっぱ“粉骨拳”に理屈は通じない。この還りたい思いをまっすぐぶつけるしかねー!
「師匠。アタシ、し――」
 アタシは神妙なつもりの顔をうなだれさせた。
「死んだほうがマシな修行がご所望だぁ!?」
 ――修行より大事なお願いにですね、来たんですけども、ね。
「そうじゃなくて! アタシか――」
「勘違いしてもらっちゃ困る。死ぬのはアタシじゃねぇ、ババアだよぉ!?」
 ――還らなくちゃいけないんですってば!
「ちが」
「血が見てぇんだよぉ、ババアの薄汚れたくっさい血がなぁ!?」
「ちがうんすってば! アタシのめ――」
「免許皆伝、ババアの命(タマ)といっしょにもらってってやんよぉ!?」
 ――眼を見て、ほしかったなぁ。
「そこまで言うならいいだろう。殺風滅豚無手型の免許皆伝が欲しけりゃワシの心臓つかみ出してみろやあああああああ!!」
 ボケもコメディもないガチ展開ですよ。
 てことはアタシ、かならず死ぬ必死で、決定した死で決死です。
 でももう逃げ道もなし。やるしかない。人魚狼にはね、必死で決死だってわかってても、やんなきゃいけないときがある!
「アタシは師匠の向こう側に行かなきゃいけないんす。……推し通るっす!」
 アタシは殺風滅豚無手型の弟子が最初に習う構え――右足を前に置いて、右手を大きく掲げる“猛る犬科”を決めた。これは猫ならぬ犬パンチから噛みつきに繋ぐ、人狼的には基本中の基本となる戦闘態勢だ。
「基本は大事だけどねぇ。基本も応用も知り尽くしたワシに、そんな初手は届かないよ」
 おばあさんの構えは――なし。なんでもない風に、アタシへ向かって歩いてくる。
 構えは意志だ。構えを見れば、相手がなにしたいか、どんな攻撃が得意かわかる。でも、こうやって構えずに来られたらそれが読めない。
 それでもアタシはなんとかおばあさんの意図を見極めたくて眼をこらす。
 と。
「アンタにひとつハンデをやるよ。ここにブヒウキ村土産のチョコレイトがある」
 おばあさんの右手に現われたのは、木の実に甘いチョコレートをかけたブヒウキ村の名物おやつだ。まあ、アタシは食べさせてもらったことないんだけど。
「喰ったことはないだろう。犬科にとっちゃ猛毒だからね。そこで、こいつをワシに喰わせたらアンタの勝ちもぐもぐ」
 ……はい?
「しまったあああああ! ついつい犬科の習性でえええええ!」
 犬科は目の前にある食べ物をついつい食べちゃうものなのだ。
 いや、そうなんだけどさ……。

 まあ、そういうわけで。
 あっさり勝利したアタシは、チョコといっしょにもらったっていう下剤を取ってくるのと引き替えに、サインつき手形をゲットした。
 人狼凶器有する犬科がこの世界を制圧できないのって、こういう習性のせいなのかもね……。


 意気揚々と村に戻ったあたしは、正式にブヒウキ村の飼い犬科として役所に登録された。
 体毛の色に合わせて青い首輪もらったよ。ピカピカの鑑札つきのやつ。うーん、なんかうれしいのがちょっと悔しい。すっかり飼い慣らされちまったぜーって感じで。
「はいー、痛くないぶひよー」
 嘘だーッ!!
 心の叫びに気づいてくれることもなく、オークのお医者さんがアタシの腕に注射針ぷちーっ!
 ぎゃー。沸き上がる原始的恐怖とかけめぐる物理的激痛!
 ああああああ、犬科は注射がなにより怖いいいいいい! バイトで犬の予防接種の付き添いに行ったことあるけど、今なら注射を前にした犬があれこれやらかしちゃう理由がよくわかるぅ!
 ちなみに、となりでお嬢さんがお尻にぷちっと注射されながら「おとこはいっつもそうやっておんなだます!」とか言ってます。
「向こうの世界に行く人狼は、狂犬科病の予防接種が義務づけられてるからぶひよ」
 それはそうかもだけどね。だからってなんで人狼のお医者さんじゃなくてオークのお医者さんが?
「人狼は気合でなんでもどうにかなるって思ってるぶひからね……」
 ああ、否定できない。
 でも。そんな脳筋業界とも、これでさよならなんだなぁって思うと感慨深いよねぇ。
 せっかくもらった首輪も、つけないままだったなぁ。
「狂犬科病注射は全部で6回ぶひから、日取り決めてこっちに通ってもらうぶひよ。向こうの世界だとワクチン持ってる医者がいないぶひからね」
 ええっ!?
 驚いたアタシの手をお嬢さんが握る。
「あっちかえって、こっちかえる!」
 ――そっか。そっかそっか。そうだよね。
 南洋系人魚の末裔な“あたし”はあっちの世界に還る。
 新米人魚狼で今は飼い犬科な“アタシ”はブヒウキ村に還る。
 どっちに行くとかじゃない。どっちにも還るんだ。
「よし! 還ろっか」
 アタシとお嬢さんは手をつないで月道に踏み込んだ。
 後ろのほうにちらっとおばあさんが見えた気がしたけど……それは還ってくるまで保留。今はそう、東京へ還ろう。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年03月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.