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『無情なる鉛の有情 』
小鉄aa0213)&コルト スティルツaa1741
 HOPEニューヨーク本部。
 コルト スティルツは最上階にある展望台カフェの片隅に腰かけ、昼下がりの街を見下ろしていた。
「――かような場所で身を晒されるとは。誘っているのでござるか?」
 コルトの首筋に押し当てられたのは、黒く光る苦無。
「このカフェのこの場所は“死角”になってんだよ。半径5キロ内にあるスナイピングポイント全部からのな」
 そうでなきゃ、こんなクソまずいコーヒーなんざ飲みに来てやるかよ。
 コルトは背後に立つ影へ突きつけていた2丁拳銃を腰のホルスターにしまい、ゆっくりと振り向いた。
「……なにしに来やがった、脳筋ニンジャ野郎?」
 これ以上はないくらいのしかめっ面に、あわてて苦無を引いた小鉄は「いやいや」と手を振った。
「拙者、実はコルト殿にお願いし」
「断る」
「たいことがあ」
「いやだ」
「るのでござるよー」
「なあニンジャ? おまえさぁ、耳の穴、ちゃんと空いてるわけ?」
 白面を朱に染めて、コルトが斜め下からぐりぐり。小鉄の鳩尾に額をすりつける。もちろん親愛の情などではない。格闘術において頭突きの内に分類される、相手の鼻や眼をすり潰す技だ。40センチの身長差がなければ確実に鼻柱へ行っていたことだろう。妥協。これはそう、ちっちゃいコルトの妥協なのだ。
「ふふふ。忍びたるもの、どれほど痛くとも堪え忍ぶものござるよ! ってコルト殿、その黒光りするぶっとい奴は――!?」
「耳がクソで塞がってんだろ? 俺が貫通してやるよ」
 椅子に飛び乗ったコルトが、左右の手に握った拳銃の銃口で小鉄の左右の耳を挟み込み――

 駆けつけてきた警備員に「なんでもありませんの。ちょっとニンジャの妖術のせいで銃がびっくりしてしまいまして」としとやかに応えたコルトが、あらためて小鉄へ向きなおり。
「初撃で殺せなかったのは俺の未熟だ。しょうがねぇから話くらい聞いてやるよ」
「殺されたら死んでしまうので、思いとどまっていただけてよかったでござる」
 椅子の上に正座する小鉄の向かいの席に、どっかと腰を下ろすコルト。
 ――外からの射線、きっちり塞いでやがる。俺が撃たれても体で止める気か。こういうとこ小賢しいっつーかマジメなんだよな、こいつ。
 思いながらも、促す。
「で、なんだよ?」
 いつの間に購入していたのか知れない紙コップのコーヒーをひとすすり――覆面はそのままで。どうやって飲んでいるのかは、コルトがどれだけ眼をこらしてもわからなかった――し、小鉄がうなずいた。
「実は、拙者に銃撃を御指南いただきたく」
 コルトが眼をむいた。
 小鉄という男は完全近接戦闘特化型……と言えば聞こえはいいが、猛烈な遠距離攻撃オンチなのだ。銃はもちろん、得意のはずの苦無ですら、一度投げれば明後日のほうへ飛ばしてのけるほどの。
「なんでそんな無謀なこと思い立ったよ?」
 素直に理由を聞いてみれば、小鉄はぐいと拳を握り。
「忍とは時代に応じてあらゆるを利するもの! 近代火器程度使いこなせて当然!」
「って、誰かに吹き込まれたのか?」
「拙者歯ぎしりしすぎて奥歯欠けるかと思ったでござるよ!」
 コルトは重いため息をつき、テーブルに突っ伏した。
「おい24歳。中学生みてぇな意地張ってんじゃねぇよ。そんな奴殴っちまえばいいだろ」
 小鉄は神妙な表情でかぶりを振る。
「殴るより先に撃たれるでござろう? 撃たれたら痛いでござる」
 痛くても堪え忍ぶとか言ってたの、どこ行った?
 頭痛が痛い心情のコルトを見やっていた小鉄が、ふと。
「そういえばコルト殿は、初めて会ったときからまるで見目が変わらぬでござるな」
「てめぇの脳筋よか変わってるっての。……夕方まで付き合ってやる。報酬は、ニューヨーク女子に大人気な真っ白いカフェの、ホワイトクリームチーズパフェだ。もちろんふたりでお話しながらいただくのですわよ?」
 ひぃぃぃぃ。小鉄の喉から甲高い悲鳴が漏れ出した。
 影に紛れたい忍にとって、女子だらけの真っ白いカフェは鬼門中の鬼門。しかもニンジャ大好きなニューヨークっ子のただ中で思いっきり姿を晒し、きゃっきゃうふふとパフェをつつくなんて……!
 死刑台に向かわされる罪人よろしくとぼとぼ歩く小鉄と共に、コルトは意気揚々と地下の射撃練習場へ向かう。


「まず、どれだけなにが“できない”のか見せてみろ」
 拳銃からロケットランチャーまで、ありとあらゆる練習用火器を積み上げたコルトが顎をくいっ。小鉄を促した。
 で、小鉄も気合を入れてさまざまな銃器を手にするわけだが。
 普通に撃つだけなのに、当たらない。これはまあ予想どおりなのでいい。最大の問題は別のところにあった。
「突撃銃、両脇に抱えんな! 丸太じゃねぇ!」
「ロケット弾に「行け」とか言うな! 飛んでかねぇ!」
「跳ぶな回るな隠れんな! 射撃はニンジャ・ムービーじゃねぇ!」
 忍のアイデンティティというか、ただの悪い癖というか……射撃との相性最悪なものが次々と炸裂するわけだ。
 結果、弾は的に当たらないまま、壁と床と天井を穿ち続けるのだった。
「これだけ手を尽くして、なぜ当たらんのでござろうか……?」
「え? マジわかんねぇの? よしニンジャ、ちょっとお話しよっか」
「いや、待っ、目が! 目が怖いでござるんですけど!? それにそのサブマシンガンは――」
「銃口からたっぷり銃声聞かせてやんよ。ああ、心配すんな。1発めは単発威嚇用の空砲だ」
「2発めから実弾でござるね!?」
「9mm Para(拳銃用の9ミリパラベラム弾)だからそうそう死なねぇって。ま、愚神相手に条約なんざ関係ねぇから、JSP(弾頭の鉛が剥き出しになった拳銃弾。貫通力は弱いが殺傷力は特大)だけどな」
「呪文の意味はさっぱりわからぬでござるが、拙者の命が風前の灯なのは察したでござるよ!!」
 で。
 冷めた顔で引き金を引きっぱなすコルトと、体術の限りを尽くして回避し続ける小鉄との追っかけっこが始まった……。

 勝負の行方はともあれ、両者は一端ブレイクし、向き合った。
「授業は基本中の基本に絞る。応用がいいとか言ったらガチで殺すぞ?」
「拙者、基本中の基本大好きでござるー!」
 最初からこうしておけばよかった。
 コルトは盛大にため息をつき、小鉄にリボルバー拳銃を押しつけた。
「慣れてねぇ奴がオートマチック使うとジャムらせちまう。リボルバーならその心配はねぇからな」
「わかったでござる」
 空のシリンダーに、6発の弾をよどみなく差し込んでいく小鉄。義手とは思えない器用さだ。
 ――だってのに、なんで当たんねぇかな。
 理由のひとつはわかっている。小鉄が動作の中で撃とうとするからだ。
 彼はサイドステップや跳躍、ローリングの最中に引き金を引く。そうやって不意を突くのは悪いことではないのだが、射撃適性のはてしなく低い小鉄は、その間に狙いが定められていないのだ。
 ――つーか、銃なんて撃ったら当たんだろ。なんでそんなこともできねぇんだよ。
 戦場でしか生きられないコルトにとって、銃を撃つのは息を吐くことに等しい。
 初めてのときからそれなりにはできたし、数日で当たり前にできるようになり、ひと月で誰よりもうまくできるようになった。だからこそ、「息を吐く」ことができない小鉄の有様が不思議でならないのだ。
 ――引き受けちまったからには投げ出さねぇけどよ。
 苛立ちを吐息に乗せて外へ追い出し、コルトは自分を冷却する。
 とにもかくにも、狙いを定める基本的な感覚を教え込まなければ。

「的に向かって立て。動くな。腰落とせ。下半身は砲台だ。しっかり踏ん張って、床に据えつけろ」
 わかりやすそうな表現を選び、細かく指示していく。
 ――懇切丁寧個別指導って、塾の授業みてぇだな。
 苦笑するコルトの傍らで、小鉄が言われたように腰を据えた。どう見ても空手の騎馬立ちの構えにしか見えなかったが、下半身が安定しているなら問題はない。
「腕は砲塔だ。撃つのは銃じゃねぇ。砲塔だ。銃持ってる腕、まっすぐ的に伸ばせ。引き金は無闇に引っぱるんじゃねぇ。そっと絞れ」
「まっすぐ伸ばして、そっと絞るでござるな」
 火薬が弾ける乾いた音が響き、FMJ(フルメタルジャケット弾)が飛ぶ――的にはかすりもしない。
「引き金引くときに力入りすぎだ。……おまえニンジャのくせになんでこう、忍ばねぇの? 引き金引く気まんまんじゃねぇか」
 あきれたコルトの言葉に、小鉄は手の中の拳銃を見下ろし、ぽつり。
「撃つは、討つに通じるものでござる」
「あ?」
 顔をしかめたコルトに小鉄が向きなおる。正面を向け、体を据え、まっすぐに。
「拙者未熟でござるゆえ、常に最前に跳び出すよりないのでござる。そしてこの間合は」
 気がつけば。コルトの眼前に小鉄がいた。
 ――野郎、俺が息吸うのに合わせてきやがったのか!
 息を飲むコルト。
 動けない。この間合は銃も蹴りもままならぬ……
「……拳の間合だってんだろ」
「いや」
 手刀でコルトの首筋をそっとなぜ、小鉄は言った。
「命を見せ合う間合でござる」
 ぞくり。自分の首筋に手をやるコルト。斬れてなどいない。しかし今、コルトは確かに頸動脈を斬り裂かれ、血を噴いた。
 そう思わせるだけの気迫が、小鉄の手刀にはあったのだ。
 ……対する敵とこの間合に入れば、どちらかが殺し、どちらかが死ぬ。小鉄の言葉には、それだけの意味が込められていた。
 コルトは噛みしめる。この脳筋ニンジャはこの、命を獲り合うしかない距離の中に身を投じ、生き延びてきたのだと。
 ――そりゃ、気持ちも押し出てくるってもんだよな。でも、だったら俺にも教えてやれることがあるぜ。
 コルトの白面から、表情が消えた。
「おまえが使ってる得物は気合だとか気持ちだとか、そういうもんで威力も変わるんだろうけどな、銃はちがうんだよ」
 コルトが小鉄の脇から右手の銃を突きだし、撃った。
「銃ってのは無情だ。どんな撃ちかたしたって威力は変わらねぇ。それに平等だ。いい奴も悪い奴ももれなく殺す」
 さらに左手の銃を小鉄の股をくぐらせて撃つ。
「心を弾に乗せんな。余計なもんが乗っかれば、弾は重みで下向いちまう。心は置いてくんだよ。引き金引く指に――」
 右の銃を撃つ。
「――その根っこの根っこ、肚の奥に」
 左の銃を撃つ。
「なんにも乗っかってねぇ弾はまっすぐ飛ぶ。区別も差別もなく、ただ目の前の誰かをぶち抜く」
撃つ。
 撃つ。
 撃つ。
 撃つ。
 撃つ。
 撃つ。
 左右の銃を弾倉1本分撃ち切って、コルトは顎の先で小鉄の背後を示す。
 壁の一点に、花が刻まれていた。
 コルトの弾によって描かれた、硝煙の香りを放つ鉛の花が。
「銃に托すな。弾にすがるな。銃弾は、撃ち出されるまでの過程なんか語らねぇ。おまえが撃った結果しか見せてくれねぇんだよ」
 コルトがゆっくりと下がり、小鉄から離れていく。
 1、2、3――10歩。シロウトならまあ、こんなもんか。
「小鉄。俺はこれからおまえの胸の真ん中を撃つ。俺の弾はまっすぐおまえの心臓を抜けていく。それがイヤなら、おまえは俺の心臓を撃て。うまくいきゃ、おまえは今日って日を生き延びられる」
「拙者に、友を撃てと、言われるのでござるか?」
 覆面に隠した顔をそむけ、小鉄はかぶりを振った。しかしコルトは逃がさない。
「腐れ縁にケリつけるいい機会だろ。おまえが撃たねぇなら、俺だけ撃って帰るぜ?」


 小鉄とコルトが向かい合って立つ。
 小鉄は基本中の基本である両手撃ちの構えで。
 コルトは左右の手にぶら下げた拳銃をゆるく振りながら。
「せっかくだからさ、カウントしろよ。ゼロで早撃ち、悪くねぇだろ?」
「数えるならコルト殿が。拙者には余裕がござらんゆえ」
 構えこそいっぱいいっぱいなくせに、小鉄の表情にも体にも目立った緊張はない。一応はリラックスできている。これなら引き金を引き損なうことはないだろう。
 コルトは拳銃を持ち上げぬまま、声音を低く響かせた。
「5、4、3」
 小鉄の目から色が失せた。
 そうだ。心なんてのは邪魔もんだ。思いは肚ん中にしまい込んで、機械になりきっとけ。そいつを見せんのは、相手が死んだ後だ。
「2、1」
 引き金に置かれた小鉄の指は、「引く」気を見せず……銃に托さず、弾にすがらず、すべてを自らの内に置いたまま、そこに在り続ける。
 コルトは小鉄と同じように、すべての思いを肚に飲んだまま、平らかな声でそのときを告げた。
「0」

 小鉄が撃った。
 まっすぐに空を裂く弾が、コルトの心臓へと迫る。
 ――こいつは悪くねぇ弾だぜ、ニンジャ。無情と平等、忘れんじゃねぇぞ。
 ようやくコルトの右の銃が弾を吐き出して、小鉄の弾を斜め下から突き上げ。
「!」
 続く左の銃が、その弾を今度こそ撃ち落とした。


「さって。命まで張ってやったんだからよ、晩飯も追加してもらうぜ」
 うんと伸びながら射撃場を出るコルトの背に、小鉄が声をかけた。
「拙者、やはり銃は向いておらぬようでござるよ」
「ああ? 最後の感じで撃ったら当たんだろ」
 小鉄は「いや」とかぶりを振って。
「コルト殿を信じればこそ、迷わずに撃てたのでござる」
 引き金を引く指に心を込めてしまった。コルトの銃に自分の思いを托し、コルトの弾に最高の結末を見せてくれるよう、すがった。
 結局のところ、小鉄は目の前に立つ者を信じているのだ。味方なら共に生きてくれると。敵ならいっしょに殺し合ってくれると。両者は真逆のようでいて、とても似ている。とはいえ、戦場に立つ者でなければ理解はできないのだろうが。
 ――最初っから最後まで、心は捨てらんねぇか。確かに射手にゃ向いてねぇけどな。
 コルトは苦笑する。
 最後に小鉄が撃った弾は、1度弾かれていながらなおコルトの心臓へ向かってきた。正直、2丁拳銃でなければ死んでいたかもしれない。
 ――小鉄の弾は重かった。あれが心ってやつなんだとしたら、よ。
 そしてコルトは振り向いて。
「だったら信じとけよ、銃も弾もよ。それで今日教えた基本守ったら、当たってくれんじゃねぇの?」
 銃に心はいらない。今もそう思っている。
 しかし、もしかすれば、射手の心に銃と弾とが応える瞬間も、あるのかもしれない。
 ――はっ。こんなバカみてぇなこと、絶対口にできねぇけどな。
「そんなことより飯だ飯。先にパフェな」

 この後、小鉄はニューヨークの真っ白いカフェで「Ran of NINJA(忍者の乱)」と長く語り継がれることになる騒動を引き起こし、さらには小洒落たシーフードレストランでシェフに「WASHOKU THE KOTETSU」なる新メニューを閃かせ、客の号泣スタンディングオベーションを受けることになるのだが……がっつり巻き込まれて手持ちの銃弾を撃ち尽くしたコルトの心情を慮り、ここでは語らずにおく。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【小鉄(aa0213) / 男性 / 24歳 / 忍ばないNINJA】
【コルト スティルツ(aa1741) / 女性 / 9歳 / 木漏れ日落ちる潺のひととき】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 銃はかくも無情なり。
 されど射手はかくも有情なり。
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2017年03月09日

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