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『特別な日に期待した非日常 』
城里 千里jb6410

 二度寝は妹によって阻止されてしまったが、今日の寝起きはまずまずだった。

 妹に渡されたチョコはすぐ感想を聞かれるからと一粒だけ口にして、あとはどうせ一口と称して全部食べられてしまうまでが運命。お前の贈ったものをお前の方が食ってどうする、なんて考えてしまっても今更の話だ。

 朝食を済ませ、気持ち、歯を念入りに磨いてしまうのは少し勇み足過ぎるとは自分でも思う――が、万が一、億が一、いや、兆だろうが京だろうが恒河沙だろうが無量大数だろうが、そんな確率が一でも存在してしまいかねないのならば、念入りにやっておくのに越したことはない。

「ま、ないんだろうけどな」

 靴を履き学園へと赴く、のんびりとした日常を愛する城里 千里であった。




 今日の目覚めはばっちりだった。

 朝に弱いはずなのにばっちりだという日は、決まってなにか波乱が起こる。昔からそうだった。

 嫌な体質だなと思いつつも服に袖を通し――脱ぐ。別の服にして、袖を通してはまたも脱ぐ。そんな事を繰り返していると同居人に「さっさと飯を食え」と急かされ、仕方なくそれなりに納得できた服に袖を通す。

 朝食を済ませ歯を磨いているうちに、気が付けばシャワーを浴びていた。寝汗が酷かったとかそんな事は無いのだけれども、何となく。そう、何となくであって別に他意など決して、ない。ないったらない。

「どうせ何もないしね……」

 呟いてしまっている自分にも気づかず髪を乾かし結わえ、失敗続きの手作りは諦め、あらかじめ備えて置いたそれを手にした。

 靴を履き学園へ赴く、ただの乙女になり下がってしまった恋する黒松 理恵であった。




 さて、日常を望み登校した千里と、意気込んで登校した理恵だったが、学園で待ち受けていた恋のキューピッドに憧れた双子の幼い天使が巻き起こした騒動により、日常は見事に非日常のどん底へと叩き落とされる事となった。

 だが悪いことばかりでもなかったと、チョコパの片づけをしながら涙の後がまだわずかに残る理恵は、ちらりと千里に目を向けた。

 しれっとしたものだが、理恵にはわかっていた。千里が今、全力で理恵へ視線を向けないように必死なのだと。

 そして千里もまた、理恵がそれに気づいているとわかっていて、それでも視線を向けようとしない。

(いま目が合ってしまったら、それこそ気まずいからな……)

 だが理恵に向けない分、理恵の鞄に向けてしまう。きっとあの中にはチョコが入っていると、確信のようなものがある。チョコパの時には出さなかったというか、出せなかった、千里用のチョコがあるはずだと。

 今の理恵なら自分にチョコをくれるはずだ――そう考えてしまっている千里は、自虐的な笑みを浮かべた。

(期待すれば裏切られることだってあるとわかっているのに、まさか期待してしまうなんてな――いや、理恵にはもう裏切られるとかそういうものは抱かない、か)

 だがとにかく落ち着かない。

 しかし最初から用意されていないではと言う不安ではなく、渡せる機会がちゃんとあるだろうか、そのチャンスを活かせるのだろうかなどの不安にかられるとは、思いもよらなかった。

 人間、変われるものなんだなと苦笑しつつ、片づける手は止めない。

(それにしても、いまがそのチャンス、だよな……)

 双子の天使はみなと一緒になって帰って行ったし、部活仲間もよくわかっているのか、気を利かせてとてもゆっくりゴミを捨てに行ってくれている。

 なら、理恵はなぜ渡してくれないのか――

「なんでくれないんだろう、とか考えてる?」

 見事なまでに心を見透かされた千里は、とても珍しい事にびくりと大きく肩をすくませてしまった。

「図星?」

「……さて、なんのことだろうか」

 シラを切るのだが、理恵にまっすぐ見つめられ、どうしても合わせようとしない視線でばればれだ――と、千里は大きなため息をついく。だがここで何か弁明するようならば図星だと言っているようなもので、当然、図星だなんて認めたくはないのが千里であるが、今この状況は実にマズイ事も理解していた。

 理恵の目を見れば、理恵がこの状況――千里に対して優位に立っているという状況を楽しんでいるというのが、わかる。理恵の表面だけを知る者ならば「そんな事はないだろ」と言うだろうが、あいにく千里は理恵が何を思い、何を考えているのか手に取るようにわかってしまう人間なのだ。

 そして理恵も、千里が何を考えているのかわかるようになってしまった。

(お互い、それだけの仲にまでなったという事なのだろうが……)

 自分に隙があったのだと、少しばかり悔やんでいた。理恵の前では自分が隠しきれていないのだ――が、仕方ない。そうだ仕方ない事なのだ。

 自分の失敗を仕方ない物に置換している千里へ、「千里君」と理恵が声をかける。

「言っておくと、千里君の予想通りに私は千里君へのチョコは持ってきてるし、千里君に渡す機会も伺ってるの」

「――だろうな」

「で、今がその機会だともちろんわかってるわけ」

 やはりわかっている。

 ならばなぜ、くれないのか――理恵の次の言葉が予想できてしまうだけに、千里の表情は憮然としてしまう。

「千里君が欲しいって言ったら、あげるよ」

(やはりか……)

 そう来るだろうなとは思っていた。思っていたからこそ、あらかじめそのための心構えができていたのは救いだろう。

「……俺は、黒松から、チョコが……欲しい」

「よくできました♪」

 憮然としながらも悪戯っぽく笑う理恵の顔を見ると、意地悪されたのに嬉しくなってくるから不思議である。いや、不思議ではない。これも仕方ないことなのだ。

 軽く握った拳で胸を叩いているうちに、理恵が鞄からチョコを取り出して千里の前に差し出していた。

「店売りのだけど、はい。手作りは、ちょっとばかり、まあ……」

「凝ったものを作ろうとして、見た目だけでなく味もだめだったんだろ?」

「その通りです、はい。よくわかってるね……」

「理恵の事だからな――」

 言ってからハッとする千里だが、目の前の理恵は赤くなってうつむいている。つい勢いで、理恵と呼んでしまった。魔法の効果があったうちならそれのせいにできたが、今のは完全に素だった。

 ――油断しすぎた。

 そんな後悔はともかく、もらえるというだけでここまで浮かれてしまっている自分が恥ずかしい。

「千里君……あのね……名前で呼んでくれるとね、私……そのたびに恥ずかしくはあるけど……とっても、嬉しいんだよ」

 理恵がところどころ掠れながらもそんな告白をすると、千里は自分の胸をぎゅっと掴み、握りしめた。まるで自分の心臓を掴むかのように――というより、掴まれたかのような錯覚を覚えてしまったからだ。

 唇を噛みしめて、恥ずかしくなるような言葉が口から飛び出さないようにするだけで精一杯な千里だが、それでもぎりぎり、理恵が今なにを望んでいるのかに気づけてしまった。

 誰もいない部室に2人きりで、しかもどちらも言葉少ない状況、そしてそれを望む女性が目の前に、いる。

 普段なら絶対にしないが、理恵の頬に手を伸ばそうとしてしまう千里はここでもぎりぎり、わずかに残った冷静な部分が足音という情報を漏らさなかった。

「――もう、戻ってくる、な」

「――ん……残念」

 何が残念なんだとは聞かない。

(それはさすがに野暮すぎるだろ)

 急速に冷静さを取り戻しつつある千里はやっと、自分のいつものペースに戻りかけていた。

 だが理恵はというと、自分の人差し指を唇に当て、そしてそれを千里の口に押し付ける。

「……予約、だから」

 慌ててくるりと振り返り、「さて、そろそろ帰り支度だね」と平静を装ったタイミングと、部活仲間が部室の戸を開けるのは同時だった。

 すっかり通常運転に戻った理恵を、千里はチョコ片手に立ち尽くしたまま目で追いかけていた。部活仲間が何か言っているようだが耳には届かず、千里も言葉を発する事が出来ない。

 だがそれも仕方ない事なのだ。

 そう仕方ない――彼女の事が、好きなのだから。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb6410 / 城里 千里 / 男 / 18(外見) / 回りだす青春 】
【 jz0209 / 黒松 理恵 / 女 / 18(外見) / 素で可愛い乙女 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございました! タイミング的にネタをかぶせる事も出来たし、理恵の一面もみせることができましたが、甘々な2人の様子にご満足いただけたでしょうか?
またのご発注、お待ちしております。
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年03月09日

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