▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『それは枷などではなく 』
迫間 央aa1445)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001

 迫間 央(aa1445)は公務員である。世間でいえば取り立てて特異ではない彼の職業は、分母をH.O.P.E.の所属者に変えた途端かなり珍しいものとなる。
 英雄の多くは、元の世界についてわずかな記憶を残すのみだという。央の英雄・マイヤ サーア(aa1445hero001)も例に漏れない。この世界に現出したときの彼女は憔悴を極めていたが、その状態に至る理由は知るすべがなかった。
「マイヤ、散歩にでも行かないか? 特に用はないけど、今日は天気が良いから」
「ごめんなさい」
 弱々しくも、有無を言わさぬ拒絶の言葉。おかげで、長期戦の覚悟を決められたのは割と早い段階だったように思う。
 出会ってから半年。日々のほとんどをマイヤは幻想蝶の中で過ごした。央との誓約によってもたらされた猶予。それを対価にマイヤは自分の感情にけじめをつけた。
 愚神を討つ。マイヤの望みを叶えるために、央がH.O.P.E.の依頼を受けようとしたのは自然なことだった。しかし上から返ってきたのは、認可はできないという返事。立ちはだかったのは「報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない」という従事制限と職務専念義務だった。
「リンカーが戦うのは、市民の生活を守るためでしょう! 安全な生活の維持は社会の利益と言えるはずです。公共の福祉のための行為だと理解して頂くことは出来ないのですか?」
 上司は首を横に振る。めまいがした。当然あると思っていた足場が崩れた感覚。人口150万の政令指定都市であるK市には、リンカーの職員は一人も居ないという。
「迫間君。私たちの仕事に重要なのはね、『保つ』ことだよ。『変化』は忌避すべきことだ。公が変化すれば民は混乱する。ましてや愚神への関与なんてリスクの塊だろう」
 現場の需要を黙殺し、時世に合わない業態を保守すること。それが自分たちの正義だと上司は言う。
「愚神対策は自治体の仕事ではない、と」
 上司は部下の姿をしたイレギュラーの化身を、忌々し気に睨みつけた。
「君の職業は何だ? 市のために働きたいのなら、やり方を考えなさい」
 遠くで呼び出し音。受話器を取った女性の表情が固いものとなる。
「迫間さん……。小学校の砂場から化け物が現れたと……!」


 砂でできた人形が笑う。きっと奴にまともな思考能力などない。それでも確かに央を嘲笑っている。
「このっ!」
 央の振るう刃に切り裂かれ、形をなくしては、また粗雑な人型に再生する。このまま攻撃を続ければライブスが尽きるだろう。推定ランク、ミーレス級。
「耐久力しか能のない雑魚が!」
 ならば、その雑魚にいつまでも引導を渡せない自分は何者だろう。
「央、集中して……!」
 マイヤの鋭い声が聞こえた瞬間、ついに均衡は崩れ、敵は害なき砂塵に帰した。
 共鳴を解く。高揚気味だった思考が急速に熱を失う。ふとよぎるのは妙に現実的な不満。
(これも休職扱いってのが痛い。せめて給料が出ればな)
 マイヤは顔を俯かせて立っていた。青い髪が垂れていて見えないが想像はできる。息を呑むほど美しい、けれど哀しい表情を。央は彼女の表情を他に知らない。
「央、ごめんなさい。せめて私の感覚が戻ればこんな敵……」
「慣れればもっと上手くいくさ。俺も剣道と居合の経験があるとはいえ、戦闘に関しては素人だからね。今は場数を踏むことが大事だと思う」
 武器だってもっといいものが買えればな、と央は苦笑する。
「……あそこへ戻るの?」
 彼の身体が休息を欲しているのは明らかだ。なのに、彼はまっすぐ仕事場へと戻って行く。
「まだ仕事が残ってる」
 マイヤは言い返さず、幻想蝶へと戻って行った。
「マイヤが気に病むことじゃない。俺の問題なんだ」
 央の弁解は、マイヤを素通りする。せめて、彼女を恨んでいないことだけでも伝わって欲しかったのに。
「迫間くんの熱意はよく伝わったよ」
 上司の言葉が脳裏に蘇った。連鎖的に『仕事』の量を思い出し、足を早める。あの直談判の後、一般人よりも思考が早く疲労しづらいという理由で理不尽な業務量を持たされることになった。公僕という立場に誠実であるための制度が、こんな風に歪んだ形でのしかかるとは。
「もうこんな時間か」
 いつの間にか、窓の外はとっぷりと暮れてしまっていた。思い返せば、帰宅する同僚たちに幾度か生返事を返した記憶がある。
「ごめんなさい」
 ――また、言わせてしまった。せっかくマイヤが前に進むことを選んでくれたのに。
「さ、もうひと頑張りだな。この量なら1時間あれば終わる。大丈夫、最近は予測も正確になってきただろ?」
 彼は嘯く。道化を演じて見ても、彼女の笑顔は想像できないけれど、やらずにはいられなかった。


 踊る踊る、道化は踊る。ナイフを投げて、ターンして、ステップ踏めば大喝采。派手に転べば客が息呑む。余裕の笑顔で起き上がったら、華麗にキャッチ。
 客席から悲鳴が上がる。女が一人立ち上がるが、足がすくんで動けないらしい。道化師の胸にはナイフが突き立っていた。息が苦しい。道化師は央自身だからだ。青ざめている客は、白いウエディングドレス姿。マイヤ――そうか、夢だ。
「……央?」
 うなされていたのだろう。寝入ったと思しき時間からは、2時間ほど経っているだろうか。
「大丈夫だよ。夢なんていつ振りかな。今日はよく眠れたみたいだ」
 ゆっくり息を吐き、額に滲む汗を拭う。眠れないのはいつからだろう。体は疲労を訴えているのに、眼が冴える。食事もだんだんと喉を通らなくなった。腹は減っているのに、口に物を入れられないというのは不思議だった。頭はいつだって理不尽を嘆き、嘆く暇があるならと現状打破の方法を考える。考えれば考えるほど、決して解決できない問題に思えた。
 ある日、学生時代の友人に呼び出された。「俺の誘いを何回断る気だ?」などと言って、央の自宅近くの居酒屋まで足を延ばしてくれた。
「迫間、悪いことは言わねぇ。今の仕事辞めろ」
 央は虚を突かれた。けれど同時に「やっぱりそうだよな」とも思った。多分、転職を選ぶのが正しかった。けれど央は自分の生まれ住んだ街が、英雄を拒む事実を認めたくなかった。心無い視線にいくら晒されたって構わない。押しピンで自由を奪われた手足でも、あがき続けたかった。
「最近、休みは?」
 央は力なく首を振る。友人はカウンセリングをすすめてくれた。「俺も世話になったんだよ」というのが本当なのか、央を傷つけないための嘘なのか、そのときの彼には察することが出来なかった。
 カウンセラーとの出会いは、彼らの転機となった。
「迫間さん、あなたの志は立派です。けれど、私はあなたをこのままにしておくことはできません」
 彼は柔らかい口調で、しかし強い意志をもって言葉を紡いだ。
「HOPEに知り合いがいます。連絡を取るのでお待ち頂けますか」
「待って下さい! 私は今の仕事を辞めたくありません。大ごとにはしたくないんです!」
 我ながら、悲痛な声だと思った。マイヤが幻想蝶内から心配そうに名を呼ぶのが聞こえる。
「私もK市民です」
 央は息を呑んだ。
「私だって、貴方のような人にこそ、市に勤めていて欲しいんです」
 今までの出来事が悪夢だったかのように、状況は好転した。法務部の介入を待って、ようやく兼業が認められたのだ。もちろん波風を一切立てずとはいかない。上司の嫌味は当然増えた。同僚たちは的外れな同情の視線を央に送った。『貧乏くじ』だなんて、彼はつゆとも思っていなかったのだ。
「少し、良くなったみたいね」
「食欲も出てきた。今のうちに力をつけておかなくちゃね。マイヤもたまにはどう?」
 マイヤからは予想に反した答えが返ってきた。
「そうね。でも外は嫌。央が作ってくれるなら、少しだけお付き合いするわ」


「またかね、迫間君」
「ええ、お手数おかけ致します。今日の分は有給ということでお願いします」
 食えない笑みを浮かべる央は、颯爽と職場を飛び出す。上司の嫌味の言葉は、もうその背に追いつけない。
「マイヤ、行こう」
 彼女は何かを察知していたのか、すでに臨戦態勢だった。
「近いわね」
「ご名答。すぐそこの大通りで従魔が出た。マイヤには腕を振るってもらうよ」
 市民が行き交うフロアを足早に抜ける。マイヤが静かな声で問う。
「再三言われたけど、結局H.O.P.E.の専任にはならなかったわね」
「うん、そこは譲れないんだ」
「そう。それがあなたの望みなのね」
 彼女が微笑んだように感じたのは、気のせいだろうか。
「行きましょう。ワタシの望みと央の望み、両方を叶えるために」
 央は、思いを噛みしめるように深く頷く。
(戦おう、マイヤと生きていくために)
 血風吹き荒れる道行きの果て、今より少しでも英雄とリンカーが生きやすい社会があることを夢見て。今日から、2人で。
「ねぇ、央。――ありがとう」
 きっと道は険しい。けれど彼女が紡ぐその5文字をまた聞けるのなら、どこまでも頑張れそうだ。
 2人の身体が1つになる。誰もが振り向く速度で駆ける。抜けるような青空と愛する街の風景が早送りに流れて行った。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【迫間 央(aa1445)/男性/25歳/冷静に俯瞰する者】
【マイヤ サーア(aa1445hero001)/女性/26歳/追跡者(トレーサー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待たせいたしました、高庭ぺん銀です。大切な始まりの物語をお任せいただき、本当にありがとうございます。実はシリアスな話も大好きなので、全編通して楽しく書かせて頂きました。
ご発注頂いた内容を元に、色々とアレンジしております。違和感などありましたら、遠慮なくリテイクをお申し付けください。また別の作品でお会いできましたら幸いです。
WTツインノベル この商品を注文する
高庭ぺん銀 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年03月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.