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『彼女の流儀 』
ラファル A ユーティライネンjb4620

 久遠ヶ原学園を夜の闇が覆っている間、この荒唐無稽な学園もいくらか、大人しくなる。
 それは、学生の大半は寮生であり、寮には原則として門限が設定されているからだ。夜が深まれば深まるほど、外に出歩くものが減る。結果として『昼間よりは』静かな時間が流れることになる。
(それでも、うるせーときはうるせーけどな)
 建物の陰から通りを覗き込みつつ、ラファルは思った。もっとも、彼女はその喧噪を嫌ってはいない。

 今日の久遠ヶ原は、静かな夜のようだった。通りに人影はなく、頼りない街灯が物寂しげに己を照らすばかり。
(‥‥行くか)
 ラファルは物陰を抜け出した。
 彼女の寮の門限は、実はとっくに過ぎている。許可など取っていないから、見つかれば連れ戻されてたっぷり説教からの反省文提出は免れないところだろう。
(ま、そんなのは何とでもなる)
 寮での暮らしも長くなった。門限をやり過ごす手段のひとつやふたつは当然身につけているのが、優秀な撃退士ってものだろう。
 そのあたりはもちろん抜け目のないラファルさんである。

 通りへでたら、もうこそこそはしない。夜間の任務もある以上、別に学生が一人も出歩いていないわけではない。要は正体がばれなければいいのである。
(ペンギン帽子さえなければ誰も俺とは気付かねェってな)
 目立つトレードマークがもたらす裏の恩恵である。
 ともあれ無事学園を抜け出したラファルは、繁華街へとむかって歩き始めるのだった。



 街へ入れば、人工の灯りが眩しいほどに彼女を照らす。だが今日のラファルはそれを避けるようにして、影の濃いところを選んで歩いた。
 これから向かう場所のせい、だったかも知れない。
 人の波を避けるようにして裏路地に入り、ひっそりと口を開けている地下階段の入り口に体を滑り込ませる。視認性など全く考慮していない、悪趣味な紫の蛍光灯に照らされてラファルは階段を下りた。
 分厚く重い扉を開くと、人のざわめきが染み出るように溢れてきた。
 そこはバーであった。階段の悪趣味さとは全く比例しない、落ち着いた間接照明の照らす大人びた空間。ただ、テーブルのほとんどはすでに人で埋まっており、彼らの醸し出す雰囲気は落ち着きとはほど遠かった。
 入り口に立っていた長身の男が、ぎろりとラファルを見下ろした。
「注文を」
「ミルクをくれ」
 ラファルが答えると、近くの席に陣取っていたチンピラ風の男どもがからかうような笑いと視線を向けてきた。
 だが、
「なんか言ったか」
 ラファルが殺気を込めて睨み返すとあっさり視線を逸らした。
「──ふん」
 聞こえるように鼻を鳴らしてやってから、ラファルは奥へ進む。空いている席を見つけて腰を下ろすと、すぐに注文の品が運ばれてきた。ちびと口を付けてから、室内の様子と声に耳目を向けた。

 ──まったく天魔どもめ、許しちゃおけねぇ。
 ──その通りだ。あんな連中が人間の世界を我がもの顔で闊歩しているのなんざ、耐えられねぇぜ。

 聞こえてくるのは天魔を憎む声ばかり。程度の差はあれ、ほぼ全ての声に負の感情が練り込まれているのは共通だった。
 様々な年代の人間がいる。掃き溜めにふさわしいさっきのチンピラのようなものもいれば、きちんとスーツを着込み紳士然とした初老の男性もいる。女性もいる。若者もいる。
 さまざまな背景を持つ人が、天魔の排斥というひとつの目的を求めて集まっていた。
 ここはそういう場所なのだ。天魔への憎しみを棄てることができないものたち。世界が戦争の終結へと向かっていることを感じ取りながらもなお、そのことを受け入れがたく思わずにはいられない。そうしたものたちが日々集い、体の中に溜めておけない毒を吐き出す場所なのである。
 室内には彼らが吐きだした毒が充満している。だから一種異様な空気であるのだ。

 ラファルはグラスを傾けながら、その毒に身を浸していた。
 ここに集まったものたちと通じるものを、彼女も持っている。夜な夜な痛めつけられる、喪われた四肢の叫び。その果てに培ってきた憎悪は、取り返しのつかないほどに彼女の心深くを蝕んでいる。
 同じ思いに触れたからといって、それで安堵するわけでも、特別気持ちが昂揚するわけでもない。だが毒の中に己を投じることで、己自身の毒を幾分か紛らわせることは出来た。

「今は俺の方が最低だな‥‥」

 つい、言葉が漏れた。
 信念を譲るつもりなど微塵もない。それでもそんなことを言ったのは、この特異な空間の所為か。毒の中に身を浸すうち、彼女自身の毒も呼応して、しらず外へと染み出していたのかも知れない。

 目の前に、なみなみとミルクが満たされたグラスが置かれた。

「追加は頼んでねェよ」
「お近づきのしるしに──では、キザ過ぎますか」
 グラスを置いたのは、落ち着いた雰囲気の若い男だった。ラファルよりはいくらか年上、二十代半ばといったところだろうか。
 男は勝手にラファルの正面に腰掛けた。
「まあ、おごりですから。飲んでください」
「‥‥アンタは?」
 ラファルは遠慮なく、相手を値踏みする視線を投げかけた。
「同志を集めているもの、と言えばいいでしょうか」
 値踏みの視線が鋭くなった。

 彼女がここへ来たのも、幻視痛で眠れない夜を紛らわせる為ばかりではない。いつか魔界に攻め込むという目的を達するために、信用に値する仲間を得るためでもあったのだ。
 全体的な情勢を鑑みれば、学園の支援は当てに出来ないかも知れない。仲間は一人でも多いに越したことはなかった。
 この店がそうした反社会組織の一つであることを、ラファルはすでに掴んでいた。向こうから接触してくれたなら好都合だ。
 気持ちが昂っていくのを感じる。ラファルはこの店に入って初めて、自分が微かに笑みを浮かべていることに気がついていた。

   *

 ──だが、せっかくの昂揚は、たいして時間を置かずに萎むこととなってしまった。

(こいつは、ホンモノじゃねェな)
 天魔を排斥しようとする意思は壮大。理想を話すときの瞳の輝きは、他人に訴えかける力を持っている。
 だが、具体的手段となると途端に軽薄になり、話題を逸らしていく。何かと理由を付けて組織の内情は伏せている。
(何より、気に食わねえのは──)
「あなたの思いに、私はいたく感銘を受けました。悪魔は滅ぼさなければならない、確かにその通りです。あなたの本懐を達するために、私たちは全面的なバックアップをお約束しましょう」
 相手が、ラファルの気持ちを汲みすぎることである。
 それほど長くない会話の中で、相手はラファルの心情を巧みに読みとり、彼女の意に添うように言葉を選んでいた。
 その『気持ちよさが気持ち悪い』。
 本来なら、そんな些細な違和感すら気付かせないように喋るのかもしれない。相手は油断していたのだろう。おそらくは入店時の様子を見て、ラファルを粗野で好戦的なだけの人物と侮ったのだ。

「これを」

 男が小さな箱を取り出し、机の上に置いた。

「普段なら初対面でここまでしませんが──あなたには特別です」
「なんだこりゃ」
 箱を開けると、何の変哲もない、真鍮か何かで出来ていそうなブレスレットがご大層に収まっている。
「とある研究所の蔵出し品です。アウルの力を持つものが身につけると、その力を何倍にも増幅できるといいます」
「へえ」

 興味がある素振りを見せながら、ラファルは内心で舌を出した。
(決まりだな)

 こいつはただの詐欺師だ。

 アウルの力が何倍に〜などという都合のいいアイテムがそうそうあるとは思えないし、仮にあったとしてこんな場末のバーで転がり出てくるようなお粗末な話はないだろう。
「もっとも、効果を引き出せるものは限られるそうですが。‥‥きっとあなたなら、と思うのです」
(効果が無くても騙した訳じゃありませんよ、ってか。周到なこって)
「それで、幾ら払えばいい」
 ラファルが懐に手をやって言うと、男は驚いたように首を振った。
「まさか。これは好意でお渡しするものです。あなたとはこれから長いつきあいになる‥‥そんな気がしますのでね」
 それも、如何にも詐欺師の手口だった。最初から金銭を要求するのは二流未満、まずは逃げられないところまで引き込み、身動きをとれなくしてから思う存分搾り取るのが本物の詐欺師という奴だ。
「お近づきのしるしに、ってやつか」
「そうです」
 ラファルが箱を手にすると、男はにっこりと微笑んだ。



「‥‥やれやれ」
 バーを後にしたラファルは、男から渡された箱を眺めつつため息をついた。
 今日は外れだった。なまじ期待させることがあった分、落胆も大きい。
 無論、ラファルには詐欺師を放置しておくつもりはない。人界の罪は人界の法で裁く。それがラファルの流儀だ。
 この嘘っぱちのアイテムも、相手を法で叩くためなら有効な武器になる。
 あの詐欺師がこの街にいられるのも後数日といったところだろう。

「カンパに用意した金が浮いちまったな」

 自分の金だからそのまま持っていたっていいのだが、痛くもない腹を探られるのも面倒だ。
「どうしたもんかねェ」
 首をひねりながら、まだ暗闇に支配されている街中を、ラファルは一人歩くのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb4620 / ラファル A ユーティライネン / 女 / 16 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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彼女が真に昂りを満たせる日は、果たしてくるのでしょうか。
今回もご依頼ありがとうございました。
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嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年03月10日

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