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『花実を咲かす死などなく(2) 』
水嶋・琴美8036
 細かい装飾の刻まれたお気に入りのカップの中で、桜ジャムを入れた紅茶の水面が揺れる。カップへと唇をつけると、心地の良い春の香りと共に温かな紅茶の味が口の中に広がり、琴美は穏やかな笑みを浮かべた。
 春の柔からな日差しが、窓からは差し込んできている。今日は久方ぶりの休日。朝のティータイムを楽しみながらも、琴美は頭の中で今日の予定を立て始めた。
 午前中は読書を楽しみ、午後からはショッピングにでも行こうか。訓練場に行き、自主訓練をするのも良いかもしれない。料理やお菓子作りをするのも楽しそうだ。
 普段は戦場に身をおいているとはいえ、琴美も年頃の女の子だ。少女らしい笑みを浮かべ、彼女は今日が充実した良い一日になる事を願う。
 しかし、その計画は早々に頓挫する事となった。静かな朝の自室に、突然鳴り響いたのは通信機が着信を告げる音だ。端末に表示された上司の名前を見て、琴美はすぐに事態を察する。
 恐らく、任務の話だろう。どうやら、休日を楽しんでいる場合ではなさそうだ。
 けれど、琴美の顔に憂いの色はない。むしろ、いったいどんな任務なのか楽しみだと言わんばかりに、その顔はやる気に満ち溢れ輝いていた。ショッピングも読書ももちろん好きだ。のんびりとティータイムを楽しむのも、無論彼女にとって大切な時間である。
 けれど、それ以上に……町の平和を守るために戦う事。琴美にとっては、それが何よりもの至福の時なのであった。

 ◆

 上司から任務の内容を聞いた後、琴美は自室へと戻り着替えを始める。ワードローブを開き、取り出すのはあの戦闘服。半袖に改造し、帯を巻いた薄緑色の着物と、同じく薄い緑の色に染まっているプリーツスカートだ。彼女のグラマラスな体をなぞるように包み込む、黒のインナーとスパッツも忘れてはいけない。手に黒のグローブをはめ、茶色のロングブーツを履けば戦闘服への着替えは完了する。全身鏡に映る自分の姿を見て、琴美は満足げに一度頷いた。
 今回の任務は、近頃多発している誘拐事件の被害者達の救出。そして、その誘拐を行っていると思われる組織の壊滅である。無論戦闘は避けられる事ではない。避ける理由も、琴美にはなかった。
「罪なき人々をさらうなんて……許せませんわ」
 被害者達の事を思うと、優しき琴美の心がぎゅっと締め付けられるように痛む。必ずやこの任務は成功させてみせる。そんな決意と自信に満ち溢れた瞳で琴美は前を向き、まっすぐに歩いて行く。悪しき者達が待ち構える、戦場への道を。

 ◆

 町外れにある、今はもう使われていない廃工場。こんな場所に用のある者などいるはずないのに、そこからは微かに人の気配を感じる。木の上から様子を伺っていた琴美は、思わず笑みを浮かべた。
(やはり、ここだったようですわね)
 少ない情報から敵達のアジトを推理しいくつかリストアップしておいたのだが、どうやら一発目から当たりのようだ。
「それにしても、こんな場所に桜の木なんてあったかしら……」
 廃工場の横には、大きな桜の木があった。すでに花は開花しており、優しい桜色がまるで大きなブーケのようにいくつも咲き誇っている。確か、以前別件の調査の際にここを訪れた時は桜など咲いていなかったはずだ。
(誰かが移植したとしても、こんな寂れた場所へ移動する理由はありませんわよね。それに、何だかあの桜……普通の桜とは違う『何か』を感じますわ)
 どうにもきな臭く思え、琴美は訝しげにその眉をしかめる。誘拐事件と、この謎の桜の木。もしかしたら繋がりがあるのかもしれない。
「後でゆっくり調べたほうが良さそうですわね」
 その前に、まずは任務だ。
 琴美は武器を構えると、その身を宙へと踊らせる。華麗に戦場へと降り立った彼女の姿は、空から舞い降りた天使のように美しく、歴戦の戦乙女のように気高くもあった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年03月13日

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