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『誰かの為の 』
ツラナミaa1426)&まいだaa0122

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 舞田町蔵を自称
 四十〜五十歳と推定
 元研究員
 
 依頼主が管理する研究施設より脱走後、放棄された舞田ビルヂングへ潜伏。
 監視開始後三日目に一度のみ外出、購入物は食料品・各種日用品・子供服。
 周辺に能力者・英雄などの気配はなく、立ち居振る舞いから舞田自身も常人と推定。
 以後現在に至るまで外部との接触はなし。






 誓約。

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 それは相棒たる英雄からのメール。
 内容は、ツラナミが今より取り掛かる“仕事”の確認事項。
 事前調査からひとりで当たってもお釣りが来ると判断し、彼女には別件で動いて貰っている最中なのだが。
 ――まめなこった。
 日頃のずぼらな振舞いを不安に思われているのかも知れない。
 が、だからどうと言う事もなく元より切れ長の目を更に細め、一言一句視線でなぞる。
「――……」
 やはりすべて把握済みだ。
 これ見よがしに取って付けた末尾の一語に至るまで。
「…………」
 直ちにメールを隠滅し、スマートフォンを懐に仕舞いがてら煙草を取り出す。
 そうして耳を澄ませ、人の気配がないとみるや火を着けた。
 警戒がてら闇の狭間に一層黒くそびえる廃ビル――“舞田ビルヂング”を眺め、吹きかけるように紫煙を吐く。
 ――やれやれ。

 完全な道具にならずに、人で在るように、努力し続けて。

 相棒は事ある毎、この誓約をツラナミに突きつける。
 殺し屋という生業を思えば彼女の望みはまたなんとも――人間らしい事だ。
 こちらとしても仕事を手伝わせる代わりに望みをひとつ叶えると約束した手前、なおざりにはできない。
 ゆえ、ツラナミは煙草を嗜み、実際あるのかどうかも分からない倦怠感を口に出す。
 誓約を守る――否、“表現する”為とすべきか。
 だが、所詮はスタイルの域を出ない虚ろな“ふり”でしかない。
 先のメール然り、近頃の相棒の態度からも誤魔化し切れていないのは明らかだった。
 ――どうしたもんかねえ。
 人間らしく、とは。
 幾度となく浮かんだ自問の袋小路に迷い込みかけた矢先、おもむろに胸元が振動した。
 仕事の時間だ。
「あー…………だる」
 無意味なのを承知で、いかにもかったるそうに首と肩をこきこきと鳴らし。
 これ幸いとさえ思わずに、けれど躊躇なく、鬱陶しい思考を吸い殻と一緒に排水溝へ投げ捨てて。
 それが淀みの泡沫と化す頃、ツラナミは既に廃ビルの中へ侵入していた。


 * * *


「はぁっ――はぁっ――」
 がらんどうのフロアは窓から差し込むどこか遠くの何かの光と、違法に電源を引いてでもいるのか非常灯のいい加減な明かりとが中途半端に交差して、見通しがいいのか悪いのかどうにも煮え切らない。
 一言で表すなら、なんだ。
 ――“見えなくもない”。
 だが薄明かりが重なれば、闇にも闇が映る。
 ――支障はない。
 ツラナミは壁を凝視した。
 何かに怯えて追い詰められて、腰の引けた男の影が、走り抜けている。
 追う者の影を認めようと時折必死に振り向いては、叶わぬ焦りに足がもつれて。
「はぁっ、はっ!?」
 やがて何もない床を蹴躓き、無様に転ぶ。
 敷きっぱなしのカーペットのせいでろくに響きもしない鈍い音は、廃ビルの静寂に吸い込まれた。
 ほどなく這い蹲って小さくなった影に、影よりも暗い大柄で痩せぎすなモノが歩み寄る。
 足音はおろか衣擦れや呼気さえ殺し、過不足なく用心した足取りで。
「くくくくく来るなっ、来るなあ!」
 影――の主たる男は立ち上がろうとするも――かれこれ三階分逃げ惑って駆け上り体力を使い果たしたらしい――すっかり息が上がってそれどころではなさそうだった。
 せめてと身を翻し、目一杯引いて壁へともたれる。
 丁度窓から差す光に、酷く憔悴した中年の顔が当たった。
「あ――あんた、結婚は!? 子供は? 居るんだろ!? 家族のひとりやふたりさァ!」
 こちらの顔も見えたのか。
 だが、それを問う意味はさっぱり分からない。
 ――どうでもいい。
「俺もあの施設で随分非道な実験に手を貸して来たもんだが……嫌になったんだ」
 大声だが今のところ他の誰かが近づいてくる気配はない。
「子供ができちまってさ、心を入れ替えたんだ」
 しかし外の通行人が聞き取って面倒が起こらないとも限らない。
 ――さっさと片付けるか。
「……なァ頼むよ! 見逃してくれ! 幾らで雇われたのか知らんが相応のっ――!?」

 刹那、影と影がもつれ合った。
 すぐに一方が一方の口を塞ぎ、同時に取り出した得物で相手の胸を一度だけ。
 極めて正確な角度で速く、深く、けれど何気なく。

 刺し込んだ。


 * * *


 数分後、ツラナミは同ビル内の地下に降りていた。
 ――ナニかあれば全て始末しろとのお達しだ。
 男の所持品と地上階はひと通り確認したが、特に不審な点は見当たらない。
 あとはここを見て終い。
 だが――
「………………」
 ――ねえわ。
 他のフロアに輪をかけて暗いとばかり思っていたそこには光源が幾つもあり。
 すぐにそれが、ふた昔前のサブカルチャーで多く見られたような使途不明の実験機材群ふだと近未来研究施設さながらの光景が広がっていた。

 まず目に付いたのは、フレームに囲われたガラス質の円筒槽が大小ずらりと不規則に居並ぶ様。
 そのどれもに何らかの液体が満ちており、その中央では哺乳類の体組織と見られる――単なる肉片レベルのものから小さくも四肢らしき形状のものに至るまで幅広く――この手の話に付き物のベタなあれこれが浮き沈みを繰り返しては、時折不気味な泡を立てて生を自己主張している。
 ――培養カプセルってとこか。
 その全ては数本の管や線で幾つかの電子機器に接続され、管理されているらしかった。
 槽の中がはっきり目視できるのは、それぞれの両端から照射される光で中の液体が満たされ、淡く拡散している為だろう。
 そして極めつけとなるのが、最奥に横たえられたひと際大きな円筒槽。
 上面が開閉構造となっている事からも、他のそれとは明らかに扱いが違う。
 なにせ、中には――子供が入っているのだから。
 年の頃は三歳ほどだろうか、一糸纏わぬ姿の“それ”はよく母の胎内でそうしているとされる赤子のように手足を内向きに丸め、死んでいるのか、眠っているのか。
 幼さゆえパッと見では性差が分かり辛いが、身体特徴から女児と判断できた。
 特筆すべきはその手足が半ば機械化されている点。
 フォルムこそ生身のそれに似せてはいるものの、どこか軍事的な物々しさを感じる。
 また白髪の頭部には、幾つもの線が伸びる胡散臭いヘルメットで覆われていた。


 子供ができちまってさ。

「……ふーん、そういう事」
 ――マチダ……マイダ? マチゾーだっけ。
 チョーゾーかも知れない――最早名前すら忘れかけているが、とにかくあの男の命乞いの理由がこれか。
 そういえば相棒のメールで子供服がどうとか。
 心当たりすらうろ覚えのまま、それとなく辺りを見回す。
 するとやはり、子供服専門店のロゴがプリントされたナイロン袋が開封もされぬまま無造作に置いてあった。
 まあどうでもいいが。
 問題はこれらの実験機材と検体の始末。
 ――ただぶっ壊してバイバイってわけにもいかねえだろ。
 相応の準備があるならいざ知らず、ほぼ身ひとつで来たツラナミには手に余る物量だ。
 なにせ、これらの存在自体知らなかったのだ。
 まして検体が人間だったとか想定外すぎた。
 とりあえず相棒に連絡――とツラナミがスマートフォンを取り出した瞬間。
 目の前のカプセルがピーピー鳴き出した。
「……あーあ」
 それがアラームなのは明白で。
 こういう場面でそれが鳴る理由なんて、大抵決まっていて。
 仕方なく槽の方に目をやれば、見る間に液体が両端へ引き始めている。
 それにつれて子供の身体は徐々に底面へ近づき。
 程なくそのままの姿勢で完全に着床すると同時に、カプセルの上蓋がご丁寧にプシューっと蒸気を立てながら、ゆっくりと開いた。
 まだ――生きていればの話だが――子供が目覚める様子はない。
「……………………。どうしたもんかねえ……」
 小一時間ほど前に思った事をそのまま口に出してみた。
 こんな時、人間ならばそう言うだろうから。
 だが、実際はどうもこうもない。
 培養されたのか後から入れられたのかは不明だが、“それ”が人間の形をしている以上、生死と身元を確認しなくてはならない。
 結果如何でこの仕事の性質が変わる。
「…………」
 まずは肩に触れてみた。
 水と思しき液体に濡れた表面は少し冷めているが、芯から熱と脈動が伝わってきた。
 呼気に応じて身体が上下している事からも生きているのは間違いない。
 となると次は身元確認だ。
「…………ん」
 ツラナミが揺り動かすよりも早く、“それ”は少し身じろいでうっすらと瞼を開いた。
 手が懸からなくて何より。あとは話が通じれば言う事はない。
 コミュニケーションの基本は挨拶から。
「おそよーさん」
「お……おー……?」
 適当な声をかけると、検体は反応を示しながら目をくしくしこすって、ゆっくりと身を起こした。
 そして少しの間とろんとした目でツラナミを見ていたが――やがて。
「まま」
「……は?」
「マーマー!!!」
「は?」
 くりんと目を見開いたかと思うと、機械製の諸手をわきわきさせながら嬉しげに“ママ”と繰り返した。
 もちろんツラナミに向かって。
「…………」
 なんだこれ。
 改めるまでもなく男のツラナミを捕まえて出会い頭に“ママ”ときた。
 そもそもこいつママがどんなものか分かってないような気がする。
 なんだこれ。
「……刷り込み機能でも備わってんのか」

 ――人間のくせに。

「ふぬっ、すりこぎ!」
「――……」
 一丁前に駄洒落をキメて己の手にきゃっきゃとじゃれつく幼女を見下ろし、ツラナミは片眉を上げる。
 依頼主の意向に沿うのなら、こいつも消す事になる。
 やるのは簡単だ。この場でちょいと首を捻ってやればそれで済む。
 だが。
「ママのてておっきいです!」
 だが、こいつはマジで俺をママだと思っているらしい。
 再度、未開封のナイロン袋を横目で見る。

 居るんだろ!? 家族のひとりやふたりさァ!

 もし、あの男が生きていれば、ママは彼の役目だったのかも知れない。
 しかし仮にツラナミが見逃していたとしても、次の始末屋が雇われるだけだろう。
 いずれにせよ結局は同じ運命を辿り、そして、この子供も。

 四十〜五十歳と推定。

 ――そういえば同世代だったか。
 この歳でこのくらいのガキの親というのは。
 それに伴う行動というのは。
「……なかなかに人間らしいんじゃないか?」
「おおー? にんげ……じゃまいか?」
「あ? …………そーそーにんげですよ」
 きょと、と小首を傾げる幼女へ「多分な」とぞんざいに応えて。

 ――なら、親子ごっこも悪くない。

 仕事上便利だからと相棒を誓約で繋ぎ留める為の打算か、はたまた情でも湧いたのか。
 恐らく後者ではないが――ともあれツラナミはまるで実感の伴わない結論を、己が意思に定めた。
 それもまた“誰かの為の”ものなのだろうから。

 そして。

 ツラナミは肩と耳の間にスマートフォンを挟みながら、ナイロン袋の中を確認していた。
 ちなみに、早速野放しの娘はそのへんにある手だか足だかが入ったカプセルをぺちぺち叩いている。
 やがて彼女が「こんにちは!!!」などとお辞儀――と言う名の頭突きをしたあたりで、相棒と電話が繋がった。
「首尾は?」
 出し抜けで用件のみ言いながら、小さなオーバーオールやらパーカーやらを摘み上げては床に置き、また袋を漁り。
「……ふーん、あっそ。ならこっち来れるか。……さあ、身ひとつで充分じゃね? このくらい共鳴でどうとでも……――」」
 だが、次に出てきたモノを見て、思わず動きが止まった。
 なぜならそれは、哺乳瓶だったから。
「…………」
 ツラナミは相変わらず方々のカプセルと謎のコミュニケーションを交わす娘を一瞥し、卒乳の目安など思い出してみる。
 なんとなく一歳程度で止めるイメージがある一方、近年では二歳以上とも四歳程度までとも言われている。気がした。
 然るに我が娘は未だ適齢期を迎えていない可能性があるという事だ。
 そんな事を考えている傍で、急に黙り込んだせいだろう、先ほどから相棒がツラ、ツラ、とスピーカー越しにまばらな連呼を寄越す。
「いーや、なんでも」
 ――ある。
 相棒なら自分よりは詳しいかも知れない。一応女だし。
「ところでちょいと聞きたいんだが。お前さ、おっぱいって」
 ぷつん。
「あ」
 皆まで言う前に切られ、後には通話終了音が虚しく響くのみだった。
「…………」
 何をどう思われたのか知らない。
 ただ、経験則から言わせて貰うならこれは機嫌を損ねたパターンだ。
 となれば、まことに遺憾ではあるものの応援は期待できそうにない。
 ――一旦引き上げるか。
 ツラナミはカプセルのガラス面に顔を押し付けるといった奇行に興じる我が子を招き寄せ、袋を被せるように服を着せてやった。
 肌触りが気に入らないのか野性の力を試したいのか、幼女はストラップをぐいぐいしたり袖口を全力で広げたりしているが、まあいんじゃね別に。
「……あー、じゃあ行くか。ちゃんとママの後付いて来いよ」
「はーい!!」
 言うや否やさっさと歩き出すツラナミことママの後を、娘は喜々と追う。
「……そういやお前、名前は?」
「……おー? おなまえー?」
 歩幅の差を一生懸命埋めようと足早に歩きながら、「おなま」だの「あまなえ」だのと繰り返すばかり。
「ねえのかよ……」
 そもそも名前という概念が理解の埒外なのだろう。
「……後で考えるか」
「はーいママー!!」


 その後、紆余曲折を経て相棒と共に再度地下室を訪れたツラナミは、遺留された記録から幾つかの背景事情を知るに至った。
 この幼女が人工的に能力者として調整された存在である事。
 本来は兵器として売り飛ばされる筈が、半機械化の過程で情が湧いたのだろうあの男に連れ出された事。
 あのヘルメットを通じて歳相応の知識をインプットされていたらしい事――など。

 だが、そのいずれも、“ママ”にとってはどうでもいい話。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1426 / ツラナミ / 男性 / 47歳 / エージェント】
【aa0122 / まいだ / 女性 / 6歳(劇中は3歳) / 止水の申し子】
【NPC / 舞田町蔵 / 男性 / 47歳 / 元研究員】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お世話になっております。藤たくみです。
 長らくお待たせしてしまい大変申し訳ございませんでした。
 よく計算されたお二人の設定が窺える濃密なご依頼をいただき、光栄に思います。
 前回のノベルと似通う一方で全く逆とも言える状況でしたので、符号そのものは意識的なものとせずディテールを掘り下げる事に注力してみました。
 お気に召すものとなっておりましたら幸いです。
 ご指名まことにありがとうございました。

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2017年03月13日

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